第18話 噂の子リス女官、軍師の心を乱す
廊下の窓から差し込む朝の光が床の大理石に反射している。
嵐が去った後のような静けさが王宮を包み、響くのは二人の足音だけだ。
壁に並ぶ歴代皇族の肖像画。
金糸のタペストリー。
赤い絨毯が総帥の部屋まで真っ直ぐ続いている。
事故処理、捕虜の尋問、
それらの報告、書類整理。
気づいたらもう朝だ。
ルシアンは欠伸をかみ殺す。
朝日に照らされた装飾が、徹夜明けの二人の疲労をさらに際立たせる。
報告書をようやく書き終え、二人はそれを提出しに総帥の部屋に向かった。
鉛のように重たい足取り。
本来はルシアンだけでも問題ないのだが、事の重大さから二人で揃って報告へ行くのが相応しいとなって、出向くことになったのだ。
「なあ、アラン。
そもそもローゼル・イースティリア、って何者だ?」
ルシアンは改まった声でアランに尋ねた。
アランが意外そうな表情を浮かべる。
「何者……。
法務省の何の変哲もない女官ですよ」
「そうなんだが……」
「なんですか?
気になるんですか?」
言い淀むルシアンに、アランが悪戯っ子のような好奇心を覗かせた目を向ける。
明らかにアランの「気になる」の意味が、恋愛モードだ。
ルシアンのと意味が違う。
「気になるっていうか……。
その、凄腕女官だと名前だけは聞いたことあったのを思い出して。
実物があんなに小柄な女性だなんてびっくりしたから」
まさか、彼女が敵なんじゃないかと疑っているとは言い難い。
けれど、ずっと頭から離れないのだ。
緊張漲る中、堂々と真っ直ぐに射るように俺を見る蜂蜜色の双眸――。
「そうですね、やっていることは大胆でそのくせ優秀。
なのに、あの見た目ですからね。
ギャップが凄まじいものです」
アランは笑みを浮かべながら鷹揚に頷く。
「けど、あの子、わりと独身騎士の間では有名なんですよ」
「えぇ? そうなのか?」
ルシアンは驚いた。
「知りませんでした?」
「ああ。全然……」
……そうなのか。俺は全然知らなかった。
妙に胸がざわつく。
唖然とするルシアンに、アランはくすっと笑った。
「ほら、特にあの子、顔立ちが綺麗に整ってるし、なんだかんだ愛嬌があって可愛いでしょう?」
「まあ、そうだな」
そこは激しく同意する。ルシアンはうんうん、と頷いた。
「イースティリア女官は、あのとおり小柄でちょこまか動く感じも小動物に似ているとかで、小さくて可愛いものに目がない騎士たちは、彼女を見かけるたびにこぞって声をかけてますよ」
分からなくもない。ついちょっかいをかけたくなる。
「特にエヴァン。彼はストーカー級ですね」
「は?」
ルシアンの足が思わず止まった。
「ご存知なかったですか?
エヴァン・ゴルマンは子リス女官に夢中だということは」
アランは目を瞬いた。
「ああ……。全然。
子リス女官っていうのも」
ますますルシアンは呆然とした。
俺の知らないところで、若い奴らはちゃっかりしていたところも……。
これは、違う意味で衝撃だった。
「そうでしたか。
まあ、プライベートは本人任せですからね、ルシアン様は」
「そりゃあ、そうだろ。
ガキじゃあるまいし」
「確かに」
クスッとアランは笑う。
「その、子リス女官っていうのは、誰かが彼女の動きを見て名付けたんですよ。
いつも髪を高く一つに結い上げているのもその由来の一つらしいですよ」
「髪?」
「はい。ゆらゆら揺れる感じがリスの尻尾みたいでしょ?」
「ああ、なるほど」
確かに昨日も髪を一つに結びあげてあった。
「で、その子リス女官にエヴァンがストーカー……」
「はい。それはもう凄まじいですよ。
執務塔の前の回廊でほぼ毎日公開求婚に、隙あらば彼女に付き纏ってましたからね」
「あの、馬鹿……」
ルシアンは額を抑えた。
エヴァン・ゴルマンは悪い奴じゃない。
何よりも剣の筋がとても良く、親が知り合い同士という縁から剣術と魔法をルシアンが彼に教え込んでいた。いわゆる師弟関係だ。
だから分かる。
あれは夢中になると周りが見えなくなる猪突猛進型だ。
「だからイースティリア女官の顔が強張ってたのかぁ」
「おや、気付きました?」
「そりゃあなあ、あれだけ睨まれたら誰でも気付くだろ」
「すごかったですよ。
彼女がルシアン様の元に近寄ったときから、ずーっとそっちを睨んでましたからね。
特に、ルシアン様、あの子の頭撫でたでしょ?」
「え」
ルシアンは内心ぎくりとした。
(しまった……。あれは無意識だった)
可愛いと思った瞬間、手が勝手に動いていた。
「まあ。つい、ね」
(こいつも大概よくいろんなことを見ていやがる)
「ふうん、『つい』ね。いやぁ、師弟関係の弟子が師匠に嫉妬してる図って、なかなか面白いですよね。
あの時のエヴァンの顔、見せてあげたかったな。
完全に“師匠に恋敵認定”って感じでしたよ」
アランは意地悪くクスクスと、肩を揺らして笑った。
気まずくなったルシアンは、頬をぽりぽり掻いて視線を逸らす。
その時、回廊の交わるところで一人の女官が、書類を抱えて少し前を過ぎ去っていく。
どきっとした。
なんというタイミングだ。
「おや、噂をすればなんとやら。ですね」
間違いない、ローゼル・イースティリアだ。
こんなに朝早くに?
アランがルシアンを置いて、颯爽と女官受けのいい笑みを浮かべ、歩み進める。
「おはようございます。
イースティリア女官」
ローゼルは立ち止まった。
「リックランス卿。
おはようございます。
昨日はいろいろありがとうございました」
「いえいえ」
アランが手をひらひらと振り、ローゼルはルシアンにも気づいた。
視線が交わる。
彼女の長い髪と肩の輪郭が、回廊の隙間から差し込む朝日にキラキラと輝いていた。
ローゼルが口元に柔らかな笑みを浮かべて、ぺこりとお辞儀をした。
その瞬間、ルシアンの胸が高鳴った。
たちまち全身がカッと熱くなった。
今まで感じたことのない奇妙な感慨に囚われるも、ハッとして、ルシアンは慌てて会釈し返した。
アランとローゼルは、何やら話し始めた。
ルシアンは身体の底で、甘酸っぱい歓びが蠢くのを感じた。
柄にもなく鼓動が訳もなく速くなり、息がなにやら詰まる。
自分の胸に思わず手を当てる。
ローゼルを気遣うアランの優しい声が聞こえ、ルシアンは顔を上げた。
「はい、ありがとうございます。失礼します」
ハキハキとした鈴を鳴らしたような可憐な声音。
ローゼルは、お辞儀をしてこの回廊の先になる塔へそそくさと向かう。
その時も、ちゃんとルシアンに視線を投げて、律儀にもぺこりと頭を下げて行った。
「ふふ、礼儀正しい子ですね」
ルシアンがぽかんとしていると、アランが戻って来た。
「……あの子、こんなに早くから働いているのか?」
どこか夢見心地になりながらルシアンは呟くように尋ねた。
「らしいですね。
特に昨日の事件で彼女、いろいろ事情聴取やら片づけやらで引っ張りだこみたいです。
午後から法務省に戻るので、早急に片づけ作業をしないといけないからと言ってましたね」
「そうか。働き者だな」
ルシアンは素直に感心した。
「そうですね。
でも、働き者だからいいように使われている、っていうのもありますけどね」
含みのある言い方をするアランをルシアンは訝しげに見た。
「彼女、総務省のいわくつきの例のピージャンス女官。
あれに目を付けられたんですよ」
アランが気の毒そうに言うと、ルシアンの表情が一気に曇った。
「はぁ。あれか、総務大臣の公然の不倫相手」
そのため息は重苦しい。
「そうです。アレです」
アランの顔も歪む。
ピージャンス女官というのは、騎士団の中でもある意味、有名な女官だった。
常に新人美形騎士につきまとい、媚薬や淫乱剤など怪しげな薬入りの手作り菓子を振る舞う。
純粋に結婚相手を探しているようだが、ルシアンもアランも一時期つけ回され、彼女の積極性に恐怖すら覚えたことがある。
「さっき聞いてみたら、昨夜報告マロディオ商会探しの件、あれを彼女に命じたのもピージャンス女官なんだそうです」
「え?」
「ピージャンス女官のお気に入りはエヴァンですからね。
エヴァンが求愛するイースティリア女官は、彼女の格好の的です。
日頃から誰もがやらない仕事を当てつけのように言い渡していたらしいですよ。
可哀想に」
「そうか……。エヴァンのせいで踏んだり蹴ったりだな、あの子」
「本当、そうですね」
アランはクスッと笑った。
それじゃあ、偶然を装って商会探しをしたわけではないのだな。
ルシアンは頭を掻く。
アランは慧眼の持ち主だ。
そのアランの様子から、ローゼルに信用を置いているのがよく分かる。
個人的にも可愛がっているのも。
(であれば、俺の疑惑は杞憂ということか)
そう思ったら、どっと疲労感が押し寄せた。いや、大半は安堵と罪悪感だった。
疑って悪かったな。
ルシアンはじっと走り去って行くローゼルの後ろ姿を見た。
「今からの片付けの大半も総務の案件らしいですよ」
「はあ、難儀な性格だな」
ルシアンは苦笑した。
器用貧乏。
まさにその言葉がぴったりだと思った。
けど、なぜだろう。そんな彼女が好ましいと思えた。
「今回のことでエヴァン以外の騎士も、彼女の真っすぐな姿に心惹かれるでしょうね」
面白おかしくおどけるアランの口調に、ルシアンは苦笑を浮かべる。
「まあ、そうだろうね」
(俺だって、久々にいい子だなぁと思ったんだ。
疑惑が浮上さえしていなければ――)
ルシアンとアランは、目的の総帥前の部屋に向けて、ずんずん歩き進める。
朝の空気は清々しい。
昨日の事件なんて嘘だったかのように爽やかだ。
小鳥のさえずり。木々の間からは王城に棲みついたリスたちが走り回っていた。
子リス女官――。
ふと、その言葉を思い出す。
そして、昨日頭を撫でた手をもう一度見ていた。
不思議だった。
どうして、あの子に触れたいと思ったのか。
こんなことは初めてだ。
ルシアンはこの感情をどう表現していいか分からずにいた。
俺は怪しいと思えることが少しでもあれば、徹底的に洗い出さないと気が済まない性分だ。
それなのに、どうしてだろう。
彼女のことを深く調べて、もし不可解な点を見つけでもしたら――ショックを受けそうで、怖い。
そう思ったら、このまま何もしたくない衝動に駆られる。
けれど、もっと彼女のことを知りたい。
矛盾する自分の気持ちに戸惑う。
(たいてい俺に近寄って来る令嬢は、この顔面目当てか、クレインバール家のカネ、地位、名誉。
それらが目的の虚栄心に満ちた俗物ばかりで嫌気をさしていたのに――)
ルシアンは、自分の容姿が優れていることにそれなりに気付いていた。
だが、これまで無駄に整った顔面でいい思いをしたことがない。
異常な情愛を抱いた女に追いかけまわされる、
怪しげな媚薬を盛られる、私物は盗まれるなど。散々な被害に昔から遭っていた。
まさにピージャンス女官はその象徴だった。
あの媚びを使った目つき。
変に甲高い猫撫で声。
身をくねらせるように豊満な胸を押し付けて来る仕草。
すべて反吐が出る。
だからこそ、貴族令嬢への扱いは一線を置くことにしているし、正直一切関わりたくないと思っていた。
けれど、あの子はそんな変な動作をしなかった。
仕事中なのだから当然と言えば当然だ。
とはいえ、あれだけ真正面から堂々と来た令嬢は珍しい。
媚びも恐れもなく、ただ事態を伝えようとする緊張感だけが漲っていた。
魔法知識も感知能力も抜群で、隠匿魔術を解いてしまうほどの才覚。
純粋に興味が湧いた久々の女性。
「けど、お生憎、彼女にはすでに婚約者がいるんですよ。
顔がいいと言われる貴族が言い寄っても相手にしないそうです」
アランがあっさり言い、ルシアンは目を瞬いた。
残念だ。
率直にその言葉が胸を掠めた。
「そりゃあ、あれだけ可愛ければ、婚約者がいても当然だ。
さぞかし婚約者に大事にされているだろうなぁ」
なんだか急にやる気が失せて、ルシアンはぽりぽりと頭を掻いた。
いいな、と思ったら、すぐこれだ。
お決まりのパターン。
いい女には、すでに相手がいる。それが世の中ってもんだ。
「いや、それが、どうやら違うらしいんですよ」
アランは声のトーンを少し下げた。
「え? 違う、とは?」
ルシアンも声を潜めつつ、思わず身を乗り出した。
「気になります?」
「そりゃあ……」
ルシアンは口ごもった。
アランがますますニッと笑った。
「どうやら、彼女の婚約者ウルーム伯爵子息は根っからの女性好きで、婚約者を放置して至る所で遊び歩いてるらしいんですよ」
「は?」
「最近はイースティリア女官が内務官勤務で出席できない夜会やサロンを狙って積極的に参加し、数々の令嬢と逢引しているとか」
「信じられん。
あんなに可愛い婚約者がいるのに他の女と逢引き?
男の風上にも置けない野郎だな」
ルシアンは声を荒げた。
そして、そこではっと思い出す。
「……って、ちょっと待て。
よりにもよって、あのウルーム伯爵の息子の婚約者が彼女なのか?」
ルシアンは聞き返した。
「はい。よりにもよって、です」
「はぁ、ありえない」
ルシアンは大きなため息をついて、こめかみを押さえた。
ウルーム伯爵といえば、錬金術師として有名である一方、何かと胡散臭く、過激思想者。
守銭奴でありながら、あらゆる疑惑がつきまとう胡乱な貴族。
最近も彼が行っている事業についてこちらは多大な迷惑を被っている最中だった。
総帥が特に毛嫌いしていて、軍部上層部としてもマークしている要注意人物だ。
だが、彼のことを突っ込んで捜査しようとするも、彼の後ろ盾の四大公爵グロウディーナ家に圧力をかけられ、なかなか調査が進まず手をこまねいている。
(そんな疑惑のある家門にあの子が嫁ぐのかよ。しかも数々の浮名を流す息子の元に)
「可哀想すぎるだろ」
つい心の声が漏れる。
「じゃあ、天下の軍師閣下が救ってあげたらどうです?
最近のお芝居は婚約破棄からの逆転結婚が流行ってますよ」
アランがあっけらかんと笑った。
「は? 救う? 何で俺が?」
ルシアンはぽかんとした。
「だいたい、そういう甘ったるい芝居のヒーローは熱を上げているエヴァンが相応しいだろ」
「だめだめ、エヴァンではお話になりません。
まず、彼女に嫌がられてます」
「ああ、それね。
うん、致命的だな」
ルシアンは顎を撫でながら、塔内に入り、階段を昇った。
「はい。そして、エヴァンは彼女の兄に勝てない」
「あの子の兄って……。
ああ、アルバート・イースティリアか。
かなり有能なんだってな」
ルシアンは思い出す。
文武両道、眉目秀麗。
子爵子息ながら皇太子に才能を見出され、現在は共に留学中の秀逸な青年。
十中八九、その優秀さから皇太子の側近として名を連ねるだろう。最も将来を有望視されている貴公子だ。
「アルバート子息とエヴァンは同じ年で、魔力はルシアン様に次ぐほどです」
「それはすごいな。
将来、王宮魔術師としてスカウトされそうだ」
「ええ。でも、魔術師だけでは勿体ないかもしれません。
なにせ、剣術も騎士団員に匹敵する腕前です。
俺もアカデミーで外部講師として手合わせしましたが、なかなかでしたね」
「ほう、アランが認めるほどか」
「はい。ルシアン様も弟子にしたくなるほどの洗練された腕前ですよ」
「へえ」
ルシアンは興味を覚えた。
「で、そんなパーフェクトなアルバートの難点は、妹ローゼル嬢を溺愛し過ぎていることです」
アランの目が鋭くなった。
「世に言うシスコンってやつか?」
「はい。それはもう、他の令嬢が引くほどなんだそうですよ。
だから、彼女と婚約するなら、まずは兄を納得させないといけません。
エヴァンとアルバートの剣術は互角です。
ですが、頭脳では全然勝負になりません」
アランの口調に皮肉は込められていない。
恐らく、本当に皇族近衛騎士に入るようなエヴァンでも太刀打ちできないのだろう。
「んじゃあ、レオーネ・ウルームはアルバートの許可は得てるというのか?」
「まさか」
アランは激しく首を振った。
「あれこそアルバート・イースティリアどころか、エヴァン・ゴルマンの足元にも及びませんよ。
レオーネの場合は、例によって彼の父親ウルーム伯爵のごり押しで婚約が決まったようなものです。
気の毒ですよね。
しかも伯爵本人が彼女を気に入っているそうですから」
「ふうん」
意外だ。
あの守銭奴なら貿易で潤っている上級貴族の令嬢を狙いそうなのに。
「あっ、そういえば」
ふと思い出したようにアランが呟いた。
「レオーネ・ウルームも最近怪しい連中と付き合ってると報告がありました」
「怪しい連中?」
ルシアンは眉をひそめ、そして閃く。
「あれか、例の奴隷の件にも絡んでくる……」
「はい、そうです」
神妙な声。
この国では奴隷売買は禁止されている。
だが、半年ほど前、ウルーム伯爵領地内で極秘調査に来ていた魔法騎士団員が、偶然、奴隷の焼印の入った男を保護した。
調査を進めていくうちに、その男はどうやら劣悪な鉄鉱石採掘の労働環境から逃亡してきたらしく、他にも酷使されている奴隷たちが大勢いるという。
あの領地は、この国で最も良質な鉄鉱石を産出し、古くから腕のいい刀鍛冶たちがいることでも有名だ。
だが、その裏ではおぞましい人身売買のネットワークが根を張っていたため、事態を重く見た総帥は、すぐさまルシアンとアランにさらなる本格的な潜入調査を指示したのだ。
アランは声を潜める。
「どうやら、奴隷を束ねている例の術師とも付き合いがあるようなんです」
「ほう。ますますきな臭くなってきたな……」
打ち消した俺の疑惑も、あながち当たりかもしれない。
ウルーム伯爵はグロウディーナ公爵家と繋がっている。
この貴族社会、誰がどこで繋がっているか分からない――。
この調査も影響力のあるグロウディーナ公爵家の懐具合を探るのだから、軽々しく他の騎士に任せられない。
アランはグロウディーナ公爵家と同じ四大公爵家の三男。
彼が周辺を嗅ぎ回っても、公爵家から表立った攻撃はできない。
ルシアンもまた同じだ。
辺境地の武闘派の領民を味方につけた、代々続く強力な魔法使いの血統。
攻撃を仕掛ければ、逆にあちらが痛いしっぺ返しを食らうだろう。
現実には接点がないように見えても、思いもよらぬ人物同士が繋がっていることもある。
たとえば、真面目一徹のイースティリア家と胡乱なウルーム伯爵のように――。
不意に、ルシアンの背筋を冷たい戦慄が走った。
抜群の魔法知識と感知能力を持ち、王宮の書類や手続きのすべてを把握できる立場にある女官。
そんな優秀な彼女がウルーム伯爵家、あるいはその背後のグロウディーナ公爵家と手を組んでいたとしたら――。
ルシアンは身震いした。
緊張の中で堂々と自分を射抜いてきた蜂蜜色の双眸が、ルシアンの脳裏を横切る。
小柄で真面目、礼儀正しく無害そうな可愛らしい見た目。
そういう女官だからこそ、誰も疑わない。
有能だからこそ、国の情報を切り売りできる。
ルシアンの心はざわめく。
打ち消してもいい疑惑なのかもしれない。
けど、打ち消す確証がない。
なにせ、このテロ行為の意味が全然変わって来る。
確かめなければ。彼女がこの国にとって、有害か無害かを。
そうこうしているうちに、ルシアンとアランは総帥の部屋の前に到着した。




