第17話 反撃の果て、そして深まる疑念
この王宮内に爆破型の魔法陣が仕込まれている――。
指示を出し切ったルシアン・クレインバールは、静かに反撃の時を待つ。
しばらくすると、廊下の気配が落ち着いて来たようだった。恐らく、エヴァンを中心に各部隊が魔法陣解体、侵入者捕獲に向かったのだろう。
エヴァンは恋愛方面以外、至って真面目で優秀な男だ。そのエヴァンに意中の女官がいるとは耳にしていたが、まさか彼女だったとは。
ローゼル・イースティリア――。
(アイツ、俺と女の好みがダダ被りなんだよな)
ルシアンは気まずそうに頬をぽりぽり掻く。
思わずさっきローゼルに触れた手を見た。
小さい頭、柔らかな髪。甘い匂いもした。
その時、視界にアランが動き出したのが入った。
いよいよだ。
ピリッとルシアンの顔つきが強張る。
アランは、宰相近くまで自然な動作で歩み寄り、何かを囁いている。恐らくローゼルが伝えてくれた内容をそのまま告げているのだろう。
そして、打ち合わせどおり、例の不審者である給仕の男に宰相補佐の書記官が声をかけた。
廊下へ呼び出している。男は特段怪しむ様子はなく、書記官の言葉に素直に頷き、そのまま廊下に出る。
さて、ここからが俺の仕事だ――。
ルシアンは動き出す。
静かに、穏やかに。会議参加者に話しかけられても、何事もないように振る舞う。
皇族のすぐそばでの乱闘は望ましくない。なにより皇帝陛下の御心と違うことになる。
ここは、俺とアランで直接手を下すのが最善だ。
*
「書記官殿、広間内では話せない私への御用とはなんでしょう?」
廊下に出た男は堂々とした素振りで書記官に尋ねた。
書記官は無言でにっこり微笑んだ。
「用があるのは俺ですよ」
男の背後にぬっと立ち、ルシアンが立つ。
ニコリともせず言うとルシアンに、男の顔色がサッと変わった。どうやら彼は自分が不審者だとこちらにバレたことを悟ったらしい。
男は即座に詠唱を口にする。
「――焦熱地獄!」
廊下に炎が迸った。
このままではあっという間に燃え広がる。きっと隙あらば、あの魔法陣も爆破させるだろう。
「――迅雷猛撃!」
ルシアンは間髪入れず、雷の詠唱を呟き、剣を振り下ろす。その風圧で火炎はかき消えた。
同時に稲妻の走る矢が、無数に男へと襲いかかった。
男は舌打ちしながら、素早く防御壁を発動させて身を守る。
男の周囲を纏う薄い膜。
だが、それも一瞬。
硬質な音を響かせ、瞬く間に砕け散った。
男は身を翻しながら、詠唱を口にした。
そのとき、ルシアンは聞き逃さなかった。男の口にした詠唱の言語を。
「――風刃裂空!」
風魔法の刃が、容赦なくルシアンと書記官に真っ直ぐ向かってくる。
「甘いな」
ルシアンの剣が一閃、風刃は空中で霧散し、相殺する。
書記官には、ルシアンが会議広間へ戻るよう目で合図をした。
早くこの場を去れ。怪我するぞ。
書記官はすぐさま察して、広間に飛び入るように逃げる。
その僅かな隙に男は立ち去ろうと走ろうとした。
だが、別の開け放たれた扉からアランが飛び出した。
「……っ!」
男は不意打ちを食らった形で、行く手を阻まれた。
アランは、男の前に仁王立ちで立ちはだかり、剣を抜く。
同時に、すでにアランの唇は詠唱を唱えていた。
「……永遠の薔薇よ、死の鎖となれ。
――紅鎖冥縛 」
床が揺れる。アランの植物魔法が発動しているのだ。
男はハッとして、すぐさま攻撃魔法の詠唱を始める。しかし、間に合わない。
棘があるバラの蔦が男のいる真下の床から生え、男に襲い掛かった。バラの蔦がうねり、男の身体を締め上げる。
「うっ」
骨の軋む嫌な音がして、男は窒息寸前で意識を失った。
そして、バラバラと統制された足音を立てて、広間で待機していた騎士団員たちが現れた。男を完全に捕縛して運び出す。
「相変わらず容赦がないな、お前。あの棘は皮膚を貫いて相当痛いぞ」
ルシアンは剣をしまいながら、苦笑を浮かべた。
「ルシアン様に言われたくありませんね」
アランは憮然として広間を覗き込んだ。
皇族が次第に出席者全員集まりつつある。
彼らは、廊下で捕物劇があったことには気づいていない。提供された最高級の果実水や菓子などを食べてお喋りに興じている。
「会場内に怪しい気配はもうなさそうですね」
「ああ」
あと数分で会議が始まろうとしたとき。
「アラン様」
アランの部下がそっと近づき、耳打ちをした。アランの目が大きく見開き、息を呑んだ。
ざわっと、ルシアンは嫌な胸騒ぎがした。
「そうか、ご苦労」
騎士はアランとルシアンに丁寧にお辞儀をしてその場を去った。
「どうした?」
ルシアンは、強張った顔つきのアランに尋ねた。
「はい。城内に侵入した者たちは確保、そして魔法陣はすべて破壊完了したそうです。このまま王宮魔術師と魔法騎士団合同で城の巡回をし、城外に残党がいないか順次捜索範囲を広げていくとのこと」
「そうか。他には?」
安堵するけれど、アランの顔つきが険しい。どきんとして不安な気持ちになった。
「それが……」
言いにくそうにアランがルシアンの側により声を潜めた。
「ここで捕縛した男以外、全員自害しました」
ルシアンの目が刹那、見開く。
だが、すぐ穏やかな、そう見える表情をした。
「そうか。致し方ない。総帥の使い魔に警戒レベル五にアップすると伝えてくれるか。俺は宰相に事の次第を報告してくる」
「承知いたしました」
アランは重々しく頷いた。
ルシアンはそつなく何事もない顔で広間に戻る。
さて、給仕以外の捕まえた賊たちを、捕縛直後むざむざ全員自害させてしまったこと、どうやって言い訳しようか。
これは、始末書もんだな。
***
その後、騒動は収束し、静けさを取り戻した王城で皇族会議はつつがなく無事終えた。
ルシアンは執務室で第2騎士団団長アランと共に書類を記載していた。
最終報告書と、捕虜自害についての始末書をまとめるためだ。
十ある騎士団のうち、第2魔法騎士団は王城警備担当。此度の騒動について、総騎士団長のルシアンとアランで早々に軍部最高峰地位の総帥に報告する義務がある。
「で、侵入者は結局何人いたんだ?」
補助官席に座っていたアランが書いていた手を止め、顔を上げる。
「えーっと、皇族会議広間にいた給仕役の男一名、西門塔に潜んでいた魔術師三人、王都の城壁内で見張っていた二人、計六人です」
「魔法陣は全部で何箇所?」
「イースティリア女官が見つけた三か所以外に五カ所。計八カ所でした。幸い、魔力感知に優れた魔法騎士が複数いたので、手分けして早々に発見できました」
アランは指を折りながら淡々と答えたが、その声には安堵が混じっていた。
「もしあのまま気付かず放置していたら、イースティリア女官の見立て通り、大爆発を起こす危険な代物だったそうです」
「だろうな」
今回魔法陣を破壊した王宮魔術師からの報告書に目を通すに、火属性の高等魔術ばかり複雑怪奇に編み込まれていた。
「天井に魔法陣を描いていたと聞いた時点でかなりの腕前だと思っていたが……。想像以上だな。――あれは上級を超えた特級魔法使いだ」
「そのようですね、俺もあの魔法陣のレベルの高さには驚きました。どうやら全魔法陣、あの給仕役の男が書いてたようですよ」
「全部?」
「はい。魔力残滓がすべて彼のと一致しました」
アランが筆の手を止め、ルシアンを見た。
魔法を使えば必ず痕跡の“魔力残滓”が残る。
それは一人一人の指紋のように異なり、調べれば誰のものか分かるものだ。
「あの男の魔法の腕は相当なものです。あれだけ強力で緻密、かつ巧妙で繊細な魔法陣をいくつも描けるとは、凄まじい忍耐力と魔力量です」
「あれだけの腕前なら、我が国の魔術師にスカウトしたいくらいだよな」
ルシアンは皮肉めいて笑った。
「そうですね。相手がテロを仕掛けてくるような物騒な連中でなければ、人事のスカウト部門が大喜びで彼を口説いたと思いますよ」
「やっぱり、お前もそう思うか」
「はい。あの捕虜は下手したら、ルシアン様に近い魔力量を秘めてましたよ。不意打ち作戦でなければ、あそこまで容易に捕縛はできなかったでしょう」
「ほう。そうか」
ルシアンは生まれつき莫大な魔力を持っている。
そもそもの魔力の強い血統であると同時に、幼少期から魔法を徹底的に教育され、並みの王宮魔術師以上に魔法を使えるようにはなった。
剣術が魔法よりも秀でていたため、ここまでの地位にたどり着いたが、ここまで手の込んだ魔法陣を描く才能はない。
結局のところ、俺は魔法の天才には勝てない。
「そういえば、総帥は捕虜の自害以外、何かおっしゃってましたか?」
アランがルシアンに尋ねた。
「いや、特に」
「そうですか。この報告書と始末書を持って行くときに色々言われそうで怖いですね」
「まあな」
最終的に、総帥は迅速に軍全体を動かし、後方支援を整え、約束どおり応援を寄越してくれた。
だが、こちらの想像以上に早く事態収拾ができたのは、皇帝陛下直下の極秘組織である<影>の諜報部隊たちが動いたからだ。
これはまさに異例中の異例。彼らは皇族を守るためだけに存在する精鋭中の精鋭であり、軍部組織とはまったく切り離された存在。
そんな彼らをやむなく動かしたのは、皇族の命の確保のため。そして、総務大臣提案の杜撰な警備を、なんだかんだ皇帝陛下も黙認してしまった負い目があったのだろう。
「そういえば、給仕役だった男は何か吐いたか?」
「いいえ。未だ無言を貫いています」
「自白剤は飲ませたんだろ?」
「はい。ですが、何も」
アランは首を振った。
「かなり強靭な精神力だねぇ。まあ、捕虜が詠唱した言語に、隣国マリュード皇国しか使わないマリュードナバロー語が混じっていた。その時点で、どこの国の刺客かは明白だ」
ルシアンは、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そのことなんですが」
アランが手元にあった一つのファイルをとって、ペラペラとページをめくった。
「ルシアン様。これを」
アランからのファイルを受け取り、ルシアンはさっと目を通した。ある商会の六名の男たちの名前と詳細な身元と身体特徴が書かれている。
「マロディオ商会?」
聞いたことのない商会だ。
「本日の入城申請書の写しと、総務省から借りた資料の一部です。本日彼らは皇族会議で使うワインを納品する予定でした」
「でした?」
ルシアンは眉をひそめた。
「はい。ですが、ここ、総務省資料に載っているマロディオ商会の六名が、夕刻スラム街で遺体となって発見されました。死亡時刻は早朝。顔をひどく損傷していました」
「撲殺か?」
「いえ、死因は頸動脈を鋭い刃物で綺麗に切られたことによるものです。
顔の損傷は、身元がすぐに判明しないよう回避する目的なのかもしれません」
アランの口調は重く、含みを持ってルシアンを見た。
「その殺害の手口……。ここ最近のマリュード皇国の暗殺部隊のお家芸だな」
「そうです」
「偶然マリュード皇国と関係ない賊に殺された。そういうわけじゃないな」
「無論です。入城資格を奪って侵入するために犠牲となって殺された。そう言っても過言ではないです」
アランは語尾をかすかに強めた。
「入城資格を奪って侵入するため? どういうことだ?」
ルシアンは眉をひそめた。
「実は、先程から話に出たイースティリア女官。彼女が気付いたんです」
「え?」
「報告によりますと、彼女、総務省の女官に命令され、急遽この商会を探し回ることになったそうです。正門まで問い合わせると、すでに彼らは入門済みになっていた」
「その入城済みの男たちが今回のテロリストだった、と?」
ルシアンが確認するように尋ねるとアランは頷く。
「はい、そうです。そもそも転移魔法や飛行魔法で城への侵入は、魔法そのものを跳ね返す結界が張ってあるから侵入は不可能です。であれば、正門から堂々と商会の人間と偽って入城すればいい、という考えだったのでしょう」
「随分と舐めた真似をしてくれたものだな」
ルシアンは皮肉めいた笑みを浮かべるも、内心舌打ちをした。
「全くそのとおりです」
本来は貴族以外の平民は裏門を使用するのがルール。だが、本日限り、商会と業者はすべて正門から入門するよう総務省からお達しが出ていた。
目的は、入城手続きの効率化、とのことらしい。
「『怪しい連中の侵入を防いで効率的だ』なんて、総務大臣のビアード卿ほざいてましたけど、肝心の『護衛と総務が入門の際に、人員の顔まで確認する』という項目がなかったんです」
アランから怒りを含んだ声が漏れ出た。
「実際、衛兵たちは総務省の指示どおり、業者名と人数だけを確認して、申請者の顔や氏名までは照合していない。そして、彼らはそのまま入城です」
「王城の衛兵だというのに随分とお粗末だな。とはいえ、総務省からそういう指示が出ていたのであれば、彼らを責められまい」
「これが例年通り我々騎士の一斉チェックが入っていれば、ここまで易々と会議に賊が侵入できなかったはずなんです。突然発動させた新型の結界もそうです。あの場にイースティリア女官がいなかったら、俺たちは今頃……」
アランは悔しさを滲ませて歯軋りをした。
そう、あのまま小さい女官の彼女が気付かなかったら、どうなっていたことか。
考えただけでゾッとする。
――はい、頑張ります。
目を輝かせて、真っすぐ俺の目を射抜くように見たあの子。
自分より遥かに小さくて、華奢。緊張で強張った表情の裏に、愛嬌のある笑顔。蜂蜜色の双眸。
一瞬だけ、ルシアンの胸が甘く疼き、体の中を温かい光が走り抜けた。
とはいえ、そもそもなぜ法務省応援人員の、しかも身元調査担当の彼女が、そこまで総務の仕事をしていたのか。
なんとなくルシアンは想像する。
小さな彼女が商会の名簿を一枚一枚照合し、ちらちらとすれ違う人間の顔を見て確認する。やがて、誰も気に留めなかったその空欄の人物を、彼女だけが見逃さず見つけた――。
まさか。
ルシアンは動揺した。自分の思い至った推測に、強烈な衝撃を受けたのだ。
全身にざわっと鳥肌が立った。
そんなわけがない。何度もその考えを頭の中で打ち消す。けれど、どう考えてもおかしい。
胃袋が熱く感じ、頭の中で、あの吸い込まれそうな真っ直ぐな蜂蜜色の双眸が、暗く陰る。
ルシアンの唇に、冷笑が浮かぶ。
「なあ、アラン。今回、敵はよく俺たち内部のことを知っているよな」
「え?」
「侵入するにしても、やけに手際がいい。総務大臣発信の警備案は勿論のこと、どの商会が本日王城に出入りするのか、皇族会議のことはすべて機密事項にしてある。出入りする商会にも会議を終えるまでは、他言無用。機密保持魔法契約を交わしているくらいだ」
それなのに、なぜこうやすやすと侵入できた?
低いルシアンの声に、部屋は重い静寂に包まれた。
アランは強張った表情でルシアンを見据えた。
蠟燭の炎がゆらゆら揺れる。
「今回の警備案は然り、総務大臣が武官を毛嫌いしている事実、その思考、考え方。いささか、内側を知り過ぎている」
ルシアンの口調は、やんわりと、しかしどこか警戒を滲ませる鋭い。
だんだんと身体が冷たくなってくるのを感じる。
――誰かが、城内から漏らしているのではないか。
アランの肩がぴくりと跳ねた。
「まさか……内通者が?」
その声は少し震えていた。
ルシアンは無言で頷く。
「敵は、ちゃんと目敏く見抜いていたんだ」
この騒動は、この国の王城、王宮の警備体制の甘さを露呈させた。
いわば、国の恥でもある。
信頼を失わないためにも民衆にも近隣諸国にも知らせない、このテロ未遂事件は公開しないし、内々的に処理される。
それも敵の狙いのうちだろう。大々的に内通者を炙り出すことはできない。
「俺たちは、完全に敵に足元を見られていた」
ルシアンは席を立ちあがり、暗い窓ガラスに自分の顔が映っていることに気づく。
此度のテロ未遂行為。盤面を敵側は、あまりにも完璧にコントロールしすぎている。
最も陰で活躍したのはローゼル・イースティリアだ。
偶然商会探しを総務の女官に押し付けられ、偶然不審な男に勘づき、偶然危険な魔法陣を見つけた。
果たしてここまで偶然が揃うものだろうか。
一瞬、闇を映す窓ガラスに、彼女の姿が映ったような感覚に陥る。
――彼女は一体何者だ?
法の番人一族のライアナース卿の直属の部下であり、建国以来の名門イースティリア家の令嬢。参加者全員の身元調査を一任されるほどの厚い信頼。
だが、今回の一連の動きを振り返ってみれば、彼女はあまりにも都合よく的確な場所にいた。
これがもし、すべて彼女の計算だとしたら?
ルシアンは、身震いするほどのおぞましさに駆られた。
そもそも彼女は味方でいいんだよな?
ルシアンは暗い窓に映る自分の顔を見つめながら、胸の奥に重い疑念を抱いた。
この国には、戦争をしたがっている貴族派閥がある。
表沙汰にはなっていないが、亡国ナバロー王国の復活を願う勢力もいる。
魔法軍事国家であるこの大国を憎み、再び非魔法国家の建国を望む者たちは、敵国と手を組み、常に国家転覆を狙っている。
そして、この王城内に敵に通じる者が潜んでいる――。
――ローゼル・イースティリア。
君は、あっち側じゃないよな?




