第139話 見えるイロと、偽りの名前
ローゼルは食事をしながら、昨日起きたことを集まったみんなにすべてを話した。
誘拐された時の馬車の中でのやり取り、アミラス教徒たち。
ただし、なんとなく継母シャルルの話だけは父がここにいることで憚られ、そこは割愛してしまった。
最後にギルベルトが補足するように、ローゼルと同じイロをした女性ばかり、『アミラス教 黒の杖』に狙われていたことを包み隠さず告げた。
団長たちは、特に魔力にイロがついているという考え方がまさに目から鱗だったようで、みんな真剣に聞き入る。
一通り、話を終えるとクロフォードがびっくりした顔で口を開く。
「っていうか、みんな、イロ、見えないのか?」
みんながぎょっとした。
「え、お前、見えるのか?」
ノーランがクロフォードを見た。
「ああ。俺、それが当たり前だと思っていたから、今更みんな、何を驚いてるんだろうって不思議だったんだよ」
「出た、天才魔術師発言。
凡人の気持ちを逆なでするやつだ」
トーマスがぼそっと苦笑を浮かべながら言った。
「しゃあねえだろ。
見えるもんは見えるんだから」
クロフォードに全然悪びれる様子はない。
当然だ、彼にしてみたらそれが日常なのだから。
「す、すみません。
わたしも見えます……」
恐る恐るエレナが手を挙げた。
「へえ、そうなんだ。やっぱ、格が違うなぁ」
「魔力に色が見えるってなんだか大変そうですね」
口々にみんなが反応する。
「んだよ、ヴァービナス女官の発言になった途端、みんな、反応がやけにいいぜ。
俺には冷たいくせに」
不貞腐れたようなクロフォードの声。
「しかたないだろう、これも日頃の行いだ。
お前はいちいちカンに障る言い方するんだからな」
ノーランがぎろりと睨んだ。
「そうだ、言い方ってものがある」
トーマスも便乗して大きく首を上下に振った。
「悪かったね、これが俺なんでね」
むくれたクロフォードはオムレツを一気に頬ばった。
「まあ、この国で最も魔力感知が鋭い部類に入る二人は、元々見えていてもおかしくはない話だな」
ルシアンも、パンをちぎりながら言った。
「ちなみに、そのイロというのは、どのような素質がある者が認識できるんだ?
我々騎士にはイロが見えないようだ」
ノーランが手を挙げて、ギルベルトに尋ねた。
「これは生まれつきと言えばいいんでしょうか。
恐らく魔力感知が鋭い方は、無意識のうちにイロが見えたりしているんです。
祖国ではここ帝国より魔法使いの人数も多く、魔力感知に優れた者も多かったので、見えることが通常になっていたんだと思います」
「なるほど。
魔力量としては我が国も王国も遜色ないが、母数も違えば、秀でている部分も違う……」
納得した様子で、ノーランはブツブツと呟いた。
「っていうか、すべてをまとめるとだぜ」
クロフォードが声を上げた。
みんなの視線がクロフォードに集まった。
「イースティリア女官を誘拐したのは、王都で問題を起こした不良騎士……えっと、名前が……」
だが、名前を思い出せず、言葉に詰まった。
「オークレー次官が独断で釈放したのは、元第4のクラウス・ブラシオだ」
ノーランがスープを口に運びながら言った。
「そう、それ。
そのクラウス・ブラシオが実行犯ってことだな。
だけど、イースティリア女官の拉致を依頼した白いガウンの『アミラス教 黒の杖』に殺された。
で、『アミラス教 黒の杖』にイースティリア女官が運ばれるまでの間の護衛を、オークレー次官がギルベルト・マルコシアス卿――いいや、ギルベルト・グロウディーナ卿に命じていた。
そういうことだな」
クロフォードは最後に皮肉を含めて、ちらっとギルベルトに視線を投げた。
「……はい。
身分および名前を詐称しており、誠に申し訳ございませんでした」
ギルベルトはすまなそうな顔をして、頭を深々と下げた。
「まったくだ。
まさか偽名だったとはね。
驚いたよ。
骨のある男だと見込んでいた分、非常に残念だ」
嫌味をたっぷり込めてノーランが、ブスっとウィンナーをフォークで刺した。
「まあまあ、そう責めるな、ノーラン。
ギルベルトくんはすべて洗いざらいルシアン様に話したんだろ?」
トーマスが鷹揚に手を広げた。
「はい。包み隠さず話しました。
誓ってクレインバール卿を裏切りません」
真顔でギルベルトは大きく頷いた。
「だよね。俺はギルベルトより、オークレー次官に問題があると思うんだよね。
彼が偽名だと知っていて、なおかつ妹の仇の情報をあげる代わりに自分の言うことを聞け、と脅したんだ。
これが軍部の上官のやることか?」
「うむ。確かにな。
だが、俺はオークレー次官につけ込まれる事実があること自体が問題だと思う」
ノーランは憮然としてウィンナーを食べ始めた。
「まあまあ。
本人も反省しているようですし、今後彼には二重スパイになる誓約をしてもらったそうなんですから」
アランが苦笑を浮かべながら、食事を口に運んだ。
「そうだが……」
ノーランは言葉に詰まった。
「毎回毎回我々の斜め上をいくオークレー次官の動向が、事が起きる前に入手できるんです。
これ以上にありがたいことはありませんよ。
ね? ギルベルト。
期待していますよ」
アランは口元をナプキンで拭き、微笑んだ。
だが、その眼光は鋭く、有無を言わせぬ迫力がある。
「もちろんです」
ギルベルトは一瞬たじろいで、大きく頷いた。
ローゼルは大好きな魚介トマトスープを口に運び、アランに気圧されるギルベルトを盗み見た。
ギルベルト・グロウディーナ——。
昨晩ローゼルがルシアンと甘い時間を過ごして、すっかり眠りについている頃、ルシアンはギルベルトの正体とその目的を白状させていたらしい。
そのことは少なからず、ローゼルには衝撃的だった。
あれほど濃密に愛し合ってローゼルを満たした直後なのに、ルシアンは何事もなかったかのように総魔法騎士団長としての仕事をきっちりとこなしていた。
そのプロフェッショナルさには脱帽した。
一方、ギルベルトの偽名は、すごく裏切られたような感覚に陥った。
ローゼルにとって、昨夜共に過ごした時間は濃厚なものだった。
彼の朴訥とした性格、素朴な優しさ。
あんなに妹の死を悼み、彼女を騙した男を心底憎み、苦渋に満ちた表情を浮かべていたことに、彼の並ならぬ覚悟を見た気がしていた。
(あれもひょっとして演技だったのかしら……)
ローゼルが懐疑的な気持ちでいると、ギルベルトと目が合った。
どきっとした。
「ローゼル嬢。昨日、正体を隠してしまっていて、申し訳ありませんでした」
ギルベルトがまた頭を下げた。だが、彼はそのまま顔を上げない。
「俺は命じられたとはいえ、あなたの誘拐に加担するようなことをしてしまいました。
弁解の余地もありません。
ですが、これだけは信じてください。
昨日あなたに話した妹の話に嘘偽りはありません」
沈黙が流れた。
「えっと……顔を上げてください」
ローゼルは掠れた声でそう言っていた。
彼はゆっくりと顔を上げ、貫くようにローゼルを見据えた。
その目は真剣だ。
昨夜の焚火に照らされる横顔と同じ目だ。
ローゼルはその真っすぐな瞳に一瞬たじろぐ。
「その、もう嘘はついていないんですよね?」
「はい」
真摯な声。
「でしたら……」
考えてみれば、私が大蛇に襲われた時に助けてくれたし、食事だって美味しかった。
「じゃあ、何も問題ないです。
妹さんの話に嘘偽りはないと信じます」
精一杯、表情を繕おうと思って、ローゼルはなんとか笑顔を浮かべた。
「まあ、一番嫌な目に遭ったイースティリア女官がそう言うなら、受け入れざるを得ないが……」
ごにょごにょノーランが呟いた。
「んで、今回の護衛が検問もあったせいで達成できなかったことは、オークレー次官は知っているのか?
じゃないと、イースティリア女官が元気に戻って来たことにいちゃもんつけてくるぜ。
昨日誘拐された直後もかなり法務省の面々と揉めたって聞くし」
クロフォードが再びギルベルトに視線を飛ばした。
「はい。昨日の段階で急ぎ手紙魔法で伝えてあります。
予定ルートが外れたのか、待てど暮らせど馬車は来ず、依頼は達成できなかった。
無論、ローゼル嬢と俺は顔を一度も合わせていないことになっています」
「おぉ、仕事が早いことで」
トーマスが口笛を吹いた。
「すごい。
手紙魔法使えるんですね」
エレナが素直に感心する声を上げた。
「えっと、はい。
一応、生活や戦闘で使えそうな基本の魔法は一通りこなせます」
ギルベルトは、はにかんだ笑顔を浮かべると、団長たちからも「ほう」と感嘆の声を上げた。
手紙魔法は、転移魔法を簡素化した魔法だ。
けれど、その転移魔法の難易度がとてつもなく高い。
たとえ一通の手紙を送るだけであっても、空間を越えて物質を送る以上、並の魔法使いが易々と使いこなせるような術式ではないのだ。
(しかも、座標が固定されている決まった場所じゃなくて、動いている人間に直接送るのは、さらに難しいんだよね。
この人、やっぱり只者じゃなかった……)
「繊細で超難度な手紙魔法を使える、それは貴重な戦力になりますね。
ありがたい」
アランは顎を触って、頬を綻ばせた。
「それは間違いないな。
うちの騎士団員で手紙魔法を使える人員はほぼ皆無。
ラッキーっすね、ルシアン様」
トーマスがルシアンに同意を求めた。
「まあ、そうだな」
ルシアンはやんわりと曖昧に微笑んだ。
一瞬だけ、ルシアンは父を一瞥する。
父は平然と食事をしているように見えるけど、その眼差しには割り切れない感情が滲んでいる。
ギルベルトが遠縁とはいえ、あのグロウディーナ家と親戚。
よりにもよって、なのだ。
そう思うと妙な因縁を覚え、ローゼルも心がどんよりと沈む。
「とにかく」
ルシアンがコホンと咳払いをして仕切り直す。
「オークレー次官に我々が何も勘付いていないというふうに思わせるために、今までどおり、ギルベルトは『ギルベルト・マルコシアス』という名で通す。いいな」
騎士たち全員が「承知しました」と一斉に声を上げた。
その声を皮切りに、給仕たちがデザートとお茶を運び始める。
食堂は銀食器が触れ合う微かな音と、他愛ないおしゃべりの声が響く。
「んで、結局のところ、その『アミラス教 黒の杖』と、この帝国に潜んでる『秘密結社 黒の杖』の奴らは同じ組織と考えていいんですかね?」
トーマスが、デザートの果物を頬張りながらルシアンに問いかけた。
「そうだな。同じ組織体とみていいだろう。
目的は同一で、インリューラーク王国で『アミラス教 黒の杖』がギルベルトの妹に対して行ったことは、この国に起きた婦女連続殺人事件と同様の手口だ」
「国は違っても、亡ナバロー王国の王権復古を望んでいるってことですか。
うわぁ、アミラス教、マジで厄介だなぁ」
トーマスの声にみんな同感とばかりに頷いた。
「厄介どころじゃないぞ」
ルシアンが眉間にしわを寄せ、マルスクに目配せをした。
「インリューラーク王国に『アミラス教 黒の杖』のことを確認をしたところ、今朝正式回答をもらったんだ」
ルシアンはマルスクから資料を受け取った。
「へえ、こんな早朝に?
やけに対応が早いな」
デザートも食べ終えたクロフォードは、パンのおかわりをもらって、むしゃむしゃ食べ始めた。
「そうだな。
本来なら外交上の面目を保つため隠しておきたかった情報なんだろうが、危険集団が帝国に流入したとなるとさすがに放置できず、警告のために包み隠さず速報を出してきた。そんな感じだ」
「ギルベルトの話どおり、それだけインリューラーク王国でも問題視されていたってことですかね」
トーマスはティーカップに手を伸ばした。
「だろうね。
この正式事件記録によると、過去数回にわたり、若い女性の身体を使って継ぎ接ぎの人形を造っていたことが記されていた。
ギルベルトの妹の十一年前の事件もだ。
その際、呪具人形が完成していることが記録にも残っていた」
「呪具人形が完成?」
トーマスが眉をひそめた。
「そう。
しかも厄介なことに――ここで新事実発覚だ」
ルシアンの声が一段と低くなった。
空気がピンと張り詰めた。
不穏な沈黙が流れた。
みんなの顔が強張り、固唾を飲む。
「——呪具人形完成と同時に、奴らは反魂の術とやらを成功させていたらしい」
その場にいる誰もが言葉を失った。
反魂の術の成功――亡ナバロー王国の王族の復活だ。




