第135話 黒リスの伝令と、疑われる傭兵
洞窟の奥で焚火が赤々と燃え、薪が崩れるたびに火花がぱちぱちと弾けた。
ギルベルトがローゼルの双眸をじっと見つめた。
そんな時、二人は同時にハッとした。
気配がしたのだ。
たくさんの魔力。
これは、人間が持つ魔力だ。
ひょっとして、アミラス教の彼らがここまで追いかけてきた!?
背筋が凍った。
「マルコシアス卿」
「しっ」
ギルベルトはローゼルの口元に人差し指を当てた。
それから、立ち上がって焚火に足で土を被せた。
火は小さくなって消えていく。
煙が周囲に充満する。
乾かしてあった衣類を手に持ったギルベルトは、ローゼルの服を無言で手渡し、そそくさと自分は服を羽織って出入口で身構える。
ローゼルも倣って、身支度を整えた。
ここには一応、不審者や魔物が侵入できないように結界が張ってある。
だけど、魔力感知の優れた魔法使いがあっちにいたら、それこそ、ギルベルトより強い魔法使いだったら、すぐにこの結界も破られてしまう。
外はいつの間にか雨足が弱まっていた。
しとしとと滴る水音が遠くに響く。
やがて森の奥からホウ、ホウと梟の鳴き声が聞こえ始めた。
どれくらい時間が経っただろうか。
暗闇にもようやく目が慣れてきた。
次の瞬間、パリンと硝子が割れたような音がした。
結界が破られた。
さっと、ギルベルトが剣を持ち、ローゼルもすぐに魔法が使えるように準備をする。
「キッキィ」
洞窟に小さな動物の鳴き声が響いた。
小さい動物だけど、魔力を秘めている。
見た目に反してとんでもなく恐ろしい魔物か?
「チチッ、チッィ」
また小動物が鳴く。
今度は誰かに呼びかけているような感じだ。
そのうち、ぴょこんと洞窟の奥に入って来た。
小さな脚をピタッと止め、立ち上がって鼻をヒクヒクさせて、洞窟内を探る。
ウサギより小さくて、ネズミより少し大きい。尻尾がふさふさしている黒い獣。
洞窟の外、遠くからほのかな明かりが差し込み、その獣の輪郭が照らされて浮かび上がる。
暗闇に光る瞳。
黒真珠のようにつぶらな——その獣の尻尾の付け根が、ピカッと光った。
「あ……」
ローゼルはその黒い獣に見覚えがあった。
普段ふさふさの毛で見えないけれど、尻尾の付け根には、宝石がついたリングをつけている。
こんなお洒落なものを身につけた獣は――
「小次郎?」
ローゼルが呼ぶと、黒い獣は耳と尻尾をピンと張り上げた。
「キキキィィキ!」
歓喜の声を上げ、ローゼルの元にぴょんぴょん跳ねるようにして駆け寄って来た。
間違いない、同期エレナといつも一緒にいる黒リスの小次郎だ。
ローゼルが嬉しさのあまり、手を広げると小次郎が胸元に飛び込んできた。
「キキィキキキィィ!」
心配したぞ、とでも言っているかのように小次郎は、ローゼルの胸元に頬ずりをする。
再会できたことを心の底から喜んでくれているようだ。
(あぁ、本当に小次郎だぁ……)
小次郎の柔らかい背中をそっと撫でながら、ローゼルは鼻の奥がツンとした。
その様子をぽかんとギルベルトが眺めた。
「あの、イースティリア嬢。
この動物は……リスですか?
魔物じゃなくて……」
「はい、友人のお友達です。
小次郎と言います」
ローゼルは小次郎を掌に載せて、ギルベルトの前に差し出す。
「ん? 友人のお友達?」
目を丸くさせてギルベルトは、小次郎をまじまじと見る。
「リスにしてはやけに魔力を秘めているような……」
ギルベルトがそっと指を小次郎の前に出すと、小次郎はちょこんと小さな前足をその指に乗せた。
「キキィ?」
首を傾げる。まるで「お前は誰だ?」と聞いているようだった。
ローゼルはくすっと笑う。
「小次郎、この方は私を助けてくれたギルベルト・マルコシアス卿だよ。
ねえ、小次郎。
あなたがここにいるということはエレナもいるの?」
小次郎はローゼルに再び向き合うと、「キィ」と小さく頷いた。
「キキキィィキ、チィチィィ」
何かを訴えるようにさらに鳴く。
「ごめん、小次郎。
私、エレナじゃないから、君が何をしゃべっているのか分からないんだよね」
小次郎はしょんぼりしたように肩を落とす。
ふいに、ギルベルトが外を見た。
ローゼルも弾けるように顔を上げた。
この魔力!
「誰かそこにいるのか?」
よく通る男の声。
(この声——!)
その声にローゼルは胸が熱くなった。
傍らで再びギルベルトが身構えるが、ローゼルは違った。
さっきまでの悲壮感がすっかり影を潜め、張り詰めた糸が緩む。
小躍りしたくなるほどの歓びが身体中を駆け巡る。
「ルシ様……っ!」
気づいたら、そう声を上げていた。
「ローゼか!?」
外からの声がわーんと洞窟内に響き渡る。
(あぁ、疑いようもない。
この声はルシ様だ)
全身を縛り付けていた見えない縄が、ぷつりと切れる。
やがて、たくさんの明るい光が外から洞窟内を照らす。
あまりにも眩しくて、一瞬目の前が真っ白になった。
思わず目を閉じて、顔を背ける。
そっと瞼を開いて、もう一度明るい方を見た。
次の瞬間、大きな影が覆いかぶさるようにしてローゼルを抱き締めた。
「ローゼ、ようやく会えた!」
歓喜と安堵に満ちた声。
ローゼルは懐かしい柑橘の香りに包まれる。
そこに僅かに漂う煙草の匂い。
「ルシ様」
ローゼルはそっとルシアンの顔を見上げた。
ルシアンの後ろから照らされる明かり。彼の強い輪郭がしっかりと映る。
大きな背中にローゼルはぎゅっと手を回して、しがみついた。
ルシアンの鼓動を感じ取って、ローゼルの胸の奥で固まっていた氷の塊が、一瞬にして溶けていった。
押し殺していた不安が、涙と共に堰を切ったようにどっと溢れ出る。
「ごめんなさい、ごめんなさい。
私、誘拐されちゃった」
「謝るな。
ローゼが悪いわけじゃないんだ」
「だけど」
「チッチッ……」
ローゼルが涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、二人に挟まれた小次郎が苦しそうに鳴いていた。
まさに、ルシアンの巨体に押しつぶされそうになっている。
「あ、悪い」
ルシアンが少し空間を空けると、小次郎は鼻を鳴らして、すかさずローゼルの肩に飛び乗った。
「キキィキキィィッ、チチチッチチッ」
なにやらすごい剣幕でルシアンに向かって、鳴いて怒っている。
「何言っているか分からんけど、まあ、すまなかった。
危うく押し潰すところだったな」
ルシアンは苦笑を浮かべ、それから彼はふと何気なくギルベルトに視線を投げた。
「珍しい魔力も一緒だと思ったら、貴殿だったか。
ギルベルト・マルコシアス卿」
気さくな声音だけど、どこか警戒心の滲んだような隙のない雰囲気が漂っている。
ハッとした様子で、ギルベルトは剣を納めて、姿勢を正す。
「これは、クレインバール卿。
ごきげんよう」
恭しく頭を下げた。
「珍しいところで会うな」
冷ややかな緊張感が漂う。
「あの、ルシ様……」
彼に助けてもらったことを伝えなくては、そう思ってローゼルはルシアンの腕にそっと触れる。
その時、別の安堵する男の声が響いた。
「あぁ、ようやく見つかったかぁ。
イースティリア女官」
その声の主は、王宮魔術師クロフォード・ノーエランドだった。
掌サイズの魔法の光の球を灯した手を翳し、ギルベルトを一瞥した。
「へえ、異色の組み合わせだな」
皮肉めいた口調でクロフォードが、さらに場を凍りつかせた。
ローゼルの肩にいた小次郎が、ぴょんと地面に降り立った。彼はクロフォードの方へ走って行く。
「お疲れ、小次郎。
ちゃんと見つけたじゃないか」
クロフォードはしゃがみこんで、足元まで来た小次郎の頭を指の腹で撫でた。
撫でられて嬉しそうに目を細めるも、小次郎は小さく鳴く。
「キキィキキキィィ、チチッ、チチッ、キィキ」
これまた、何か不満を必死で訴えている感じだった。
「ああ、クレインバール卿に危うく潰されそうになった?
仕方ないだろ、日中探すのをずーっと我慢して、ようやくの再会だ。
多少は目をつぶってやれよ」
そのうち、洞窟の外から、わらわらと光の球を持った騎士たちが入って来た。
「お、イースティリア女官だ」
「ようやく見つかったかぁ」
「よかった、よかった」
空気が一気に弛緩する。
だが、全員、ギルベルトがここにいることに驚く。
「これは、どういう巡り合わせだ?」
第4魔法騎士団長ノーラン・ターラントが最後に入ってきて、呻くように呟いた。
騎士たちはギルベルトに訝しげな視線を投げる。
あ、これ、あまりよくない展開かも。
ローゼルはそう思って、冷や汗をかく。
たぶん、この雰囲気からして、騎士たちは、ローゼル誘拐事件にギルベルトが絡んでいると強い疑念を抱いている。
「だ、大蛇に襲われて、もうダメと思ったところを、た、助けてもらったんです。
マルコシアス卿がいなかったら、今頃私は大蛇のお腹の中でした」
気づいたら、ローゼルはそう声を上げていた。
噛み噛みだったけれど、内容はしっかり伝わったようで、みんな、きょとんとしていた。
「へ? 誘拐犯からじゃなくて、大蛇から救ってもらった?」
不思議そうな顔つきでクロフォードが、小次郎を拾い上げながら尋ねた。
「は、はい。
ゆ、誘拐犯たちからは自力で逃げ出しました」
ローゼルは大きく頷いた。
「自力で?」
みんながぎょっとした。
「どういうことだ?」
ルシアンが目を瞬いて、ローゼルに尋ねた。
「えっと、私を誘拐したのはアミラス教徒たちだったんです」
全員が息を呑み、顔を強張らせた。
ぴちゃん、と水音が遠くで響いた。
「それで、その、実行犯は、この前、私がボコっちゃった赤い髪の問題騎士でした」
「クラウス・ブラシオか」
ノーランが小さく舌打ちをした。
(あの首を刎ねられてしまった騎士の子、クラウス・ブラシオっていう名前だったのか……)
最期まで名前すら教えてもらえなかった赤髪の青年。
ローゼルを引き渡して、自分は幸せになれると、そう勝ち誇った笑みを見せていた。
かすかに鈍い胸の痛みを覚えた。
ローゼルは、話が長くなると思い、生贄様や魔力のイロについては割愛して、事の顛末だけを簡潔に伝えた。
「……それで、馬ともはぐれてしまって、仕方なく森をひたすら歩いていたんです。
それで、さっきの大蛇との遭遇の話に戻ります」
「なるほど」
場が和んだ。
とりあえず、騎士たちのギルベルトに向ける疑念の眼差しは霧散していった。
(よかった。
命の恩人が魔法騎士団から疑われては申し訳ないもんね)
「アミラス教か、厄介だな」
クロフォードから神妙な声が漏れた。
「ああ。
最近帝国に集結し始めている噂は耳にしていたが、こちらとしても本格的に捜査をしないといけないな」
ノーランの低い声。
再びさっきとは違う緊迫した空気が流れ出す。
その時、ぽんとルシアンがローゼルの頭に手を置いた。
ローゼルが見上げると、ルシアンの目が垂れ下がって、口元は優しく微笑んでいた。
「そうか。
ローゼは自分で自分の身を守れたのか。
偉いぞ」
みんなが真剣に話し合いをしている中で、ルシアンはローゼルの両頬を優しく押さえ、額にキスをした。
「ル、ルシ様……!」
大勢の人たちの目にさらされ、ローゼルは途端に恥ずかしくなった。
だけど、ルシアンはお構いなしでローゼルの肩を抱く。
「さぁ、みんな」
改まったルシアンの声が洞窟に反響する。
「二人には更にいろいろ細かな話を聞きたいだろうが、とりあえず、深夜遅くまでイースティリア女官の捜索、ご苦労だった」
ルシアンはみんなの顔を見回す。
「こうしてイースティリア女官が無事保護できたのも、ひとえにみんなの協力と迅速な初動捜査のお陰だ。
感謝する。
特にノーラン、素晴らしい活躍だった」
ルシアンに名指しをされたノーランは、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに気を引き締めた顔つきになった。
「いえ、当然のことをしたまでです」
「謙遜するな。
あとは王城に遣いを出し、この旨を正式に報告してくれ。
ライアナース卿も安心するだろう。
ただし、報告は無事保護の一点だけにしろ。
アミラス教の件は伏せておけ」
「承知しました」
ノーランは短く答え、後ろに控えていた第4魔法騎士団の面々も頭を下げた。
「ああ、あと、クロフォード。
魔力の流れを読むのが上手い小次郎をこうして助っ人として出してくれて感謝する」
「俺じゃないって。
ヴァービナス女官と、小次郎の飼い主だ」
「キキィ!」
小次郎がすかさず抗議をしているような声で鳴いた。
「あぁ、悪かった。
飼い主じゃないな」
クロフォードは後頭部をぽりぽり掻いた。
「あの、ノーエランド卿」
ローゼルは声を掛けた。
「おう。無事で何よりだったな」
クロフォードは人懐っこい笑顔を浮かべた。
「あの、ありがとうございました。
それと、小次郎も」
「いいって」
「キキィ!」
小次郎は後ろ足で立って、尻尾を大きく振って返事をした。
「小次郎がさ、イースティリア女官の魔力を覚えていてね。
それでなんとか足取りが追えたんだ。
たぶん、人間だけの捜索だったら、もっと時間がかかったと思う」
肩にいる小次郎の尻尾を撫でながら、クロフォードは言った。
「そっかぁ。
何かお礼をしないと……」
「それよりも、戻ったらヴァービナス女官のところに顔出してやって。
ヴァービナス女官は今にも泣きそうな顔をしてたからさ」
「そうだったんですね」
エレナの心配する顔が頭に浮かんで、ローゼルはまた泣きそうになった。
「ああ、そう。
それと、以前ご紹介してもらった魔術本なんですけど」
しんみりとなりそうになるのを堪え、ローゼルは思い出したことを言う。
「本?」
「はい。あれを読んでいたお陰で今回かなり命拾いをしました。
素敵な本を教えてくれてありがとうございました」
ぺこりと頭をローゼルが下げると、クロフォードは苦笑した。
「そんなの気にするなよ。
ちゃんと使いこなせた自分を今は褒めてやれよ。
本当、よくぞ無事で。よかったな」
にかっと歯を見せてクロフォードは笑った。
その笑顔に、ローゼルはまた涙ぐんだ。
指先で目尻に溜まった涙を拭って、ローゼルはノーランたち騎士を振り返る。
「皆様も、本当にありがとうございます。
こんな遅くまで……。
本当にご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
ローゼルは深々と頭を下げた。
さっきから頭を下げっぱなしだけど、今は感謝の意をこうやって表すことしかできない。
「いや、全然迷惑じゃない。
むしろ、何事もなくて本当に良かったよ」
ノーランがやんわりと微笑んだ。
他の騎士たちも同意するように頷いた。
いつも厳つい顔つきのノーランの貴重な笑顔に、ローゼルの心はますますほっこりしてきた。
嬉しさのあまりルシアンを見上げた。
ルシアンはローゼルの視線に気がつくと、抱いている肩を強くぎゅっとした。
それから、すっと目が鋭くなり、硬い表情になる。
「マルコシアス卿」
ルシアンがギルベルトに向き合う。
「イースティリア女官を助けていただき、感謝する」
「いえ。偶然居合わせただけですから。
それで、えっと……」
ギルベルトの視線がルシアンの手に注がれる。
ルシアンがローゼルの肩を抱いているのをさっきから気にしているようだ。
「イースティリア女官とは、どういったご関係で?
クレインバール卿には婚約者はいないとの認識でしたが……」
聞きづらそうに、だが、聞かずにはいられない。そんな感じでおずおずして尋ねた。
「あぁ、まだ公にしてはいないが、彼女の婚約破棄が無事成立したら、即婚約する仲だ」
「え?
あ、そういうことで」
あまりにもルシアンがあっけらかんというので、ギルベルトは面食らう。
「ル、ルシ様、みんなの前で、そんな堂々と……!」
ローゼルは赤くなった。
「気にするな。
ここの連中は俺たちの仲をすでに知っている面子ばかりだ」
ルシアンはにっこりと笑った。
「ですけど、ですけど……」
ローゼルがたじろいでいると、みんな、ニヤニヤする。
ノーランだけは、憮然として腕を組む。
そんな最中、ギルベルトは何かを逡巡していた。
そして、その口を開いた。
「それはさぞかし心配したでしょうね。
誘拐だなんて、只事ではありませんからね」
「まあな」
ルシアンは肩をすくめた。
「——でしたら、さっきイースティリア嬢に話したことをクレインバール卿のお耳にも入れた方がいいかもしれませんね。
特に継母について。
あと、貴女の魔力のイロのことも。
イースティリア嬢、話してもよろしいですよね?
犯罪に関わることですし」
含みのある視線でギルベルトがローゼルを見た。
有無を言わせぬ口調。
ローゼルは内心ぎくりとした。
ようやく安息の地に帰れると思ったけれど、やはりこの話題は避けられないようだ。
「なんだ? それは」
ルシアンが眉をひそめた。
今はとにかくゆっくり休みたかったローゼルはぐずぐずしていた。
そこへギルベルトが毅然と言い放つ。
「恐らく彼女の継母は、イースティリア家に嫁ぐことで、彼女を監視していたのです。
だから、アミラス教徒たちに『生贄様』なんて呼ばれる事態に陥ったんだと思います」
その台詞に、弛緩した空気が一気に張り詰めた。
「『生贄様』か――。
その詳しい話、俺も聞きたいな」
帰ろうとしていたクロフォードが踵を返してこちらに歩み寄った。
「俺もそれ、興味がありますね」
ノーランの低い声も響く。
顎に手を当てながらルシアンは、ローゼルに視線を落とした。
「そうだよなぁ。
みんな、聞きたいよな。
だが、できれば今宵はローゼルの身体を休めたいところ。
皆も疲れているだろう。
明日俺の執務室にでも集まって……」
「王城にはオークレー次官が待ち構えております」
ノーランがルシアンに擦り寄り、小さく囁いた。
「ああ、そうか。
あの御仁には情報を与えたくないな」
ルシアンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、深く考え込む。
「じゃあさ、クレインバール卿の屋敷でモーニング会議は?」
明るい声でクロフォードが提案した。
「俺の屋敷で?」
ルシアンが不思議そうな顔をした。
「そっ。
気兼ねなく俺たちも集まれるし、あの御仁も来ない。
それに」
ちらっとクロフォードがローゼルを見て、ニッと笑った。
「今クレインバール邸にイースティリア伯爵も待機しているんだろ?
だったら、ちょうどいいじゃん。
イースティリア女官もそのまま親子の対面を果たした後、屋敷に泊まって会議に参加すれば」
クロフォードはいい提案をしたと言わんばかりに、ご機嫌に笑った。
「キキィ! チチッ、キキィキキィィキ」
クロフォードの肩に飛び乗った小次郎も二本足で立ち、右前足を元気よく挙げて鳴いた。
「小次郎が『ヴァービナス女官と一緒に朝ごはん食べにお邪魔するぞ』と言っているぜ」
クロフォードが小次郎の言うことを翻訳したのか、小次郎は満足そうに頷いて、鼻をひくつかせた。
「ほら、その方がヴァービナス女官もイースティリア女官の無事な姿がすぐに見られるだろう。な?」
クロフォードがローゼルに目配せをした。
ローゼルはぱっと目を輝かせて、ルシアンの顔を見上げた。
エレナに会いたい。
ちゃんと元気だよ、って顔を見せたい。
「しゃあねぇ、それが手っ取り早いか」
ルシアンはため息交じりに言いながら、ローゼルの頭を撫でた。
それから、もう一度ぐるりと全員の顔を見回す。
「では、明朝、我がクレインバール邸に集合だ。
本日の労いを兼ね、朝食を振る舞おうじゃないか。
ちゃんと朝から腹空かせて来いよ。
朝から酒を出すことはできないが、稀少なコーヒーを用意しておく」
どっとみんなから歓声が上がった。
「ということだ、ギルベルト・マルコシアス卿。
今宵は我が屋敷で休んでくれ」
ルシアンがギルベルトに言った。
「え、よろしいのですか?」
「ああ。こちらとしても少々聞きたいことがあるからな」
にっかり、ルシアンは歯を見せて笑った。
そして、ルシアンの視線はローゼルの胸元に注がれた。
急いで着替えたのでボタンが一つ掛け違っている。
どうやらルシアンはそれが気になったようで、警戒対象としての意を込めた凄味のある笑顔でギルベルトを見た。
否、睨みつけた。
一瞬、ギルベルトの顔が硬直した気がした。
だが、彼はすぐに背筋を伸ばした。
「改めましてお言葉に甘えて、伺わせていただきます」




