第133話 忘れた記憶と、唯一無二の生贄様
「——あれはアミラス教信徒です」
一瞬、ローゼルはギルベルトから放たれたその言葉の意味が理解できなかった。
「アミラス教……」
そう呟いた途端、不意に継母シャルルの叫び声が蘇った。
悪魔。
ローゼルはびくっとして顔を上げ、凍りついた。
次に、ローゼルの頭の中で、父がお茶を飲む光景が横切った。
そう、あの時、ルシアンと三人でお茶を飲み、大好きなケーキを食べて――
父の声が反芻される。
――シャルル・イースティリアの生家
セインレイム准男爵家。あそこは亡国ナバロー王国の貴族の末裔です。
しかも、ただの亡国貴族ではありません。
祭事で使う魔道具の神官の血統で敬虔なるアミラス教信者。
父の真剣な眼差し。
いつしかローゼルの動悸は激しくなる。
白いガウンの刺繍。
私、あの人達を知っている。
かなり前、そう、彼女が我が家に現れてからすぐ——
遠い記憶――シャルルと父の結婚当初の頃。
父が王城へ出仕している最中で、兄もアカデミーに通い始めて家にいなかった時だ。
妊娠中のシャルルのもとに、教会の人が何回も出入りしていた。
「神の祝福を」とか言って――
二階の窓からローゼルは、白いガウンに青白い肌の男たちが、玄関に入っていくのを見ていた。
ある日、彼らはローゼルに気づいてこっちを見上げた。
その瞬間。
パッと彼らは目を見開き、そして、みるみる不思議な光が輝きだした。
まるで長年探していた宝物を見つけ出したような、熱っぽい喜悦と希望に満ちた眼差しだった。
くっきりと彼らの唇の端が上がる。
快哉を叫ぶように。
ゾッとした。
ローゼルは何か鋭いもので心臓を貫かれたような気がして、激しい恐怖に襲われた。
さっと目を逸らして、部屋の奥へ逃げ込んだ。
この人たちを屋敷の中に入れてはいけない。
玄関に駆け寄って鍵を掛けたい衝動に駆られ、自分の部屋の扉を開けた。
だが、次の瞬間、興奮気味でシャルルが自ら扉を開け、彼らを出迎える声が玄関ホールから聞こえた。
シャルルが彼らを招き入れる。
ああ、入ってきてしまった——。
ローゼルはすぐに部屋に引っ込んで、勉強机から帝国の貴族令嬢用の分厚い淑女教本を探した。
教本を必死でペラペラとめくる。
どこかで見たことがあった彼らの袖の刺繍。
見つけた。
そこで、彼らの正体を突き止めた。
禁教アミラス教徒の印。
この印を見つけたら、魔法騎士団に通報しなくてはならない。
背中に冷水を浴びせられたような心地となる。
兄や父に報告しなくては。
シャルルは、魔法を主体とするこの帝国の国教ではなく、邪教のアミラス神を崇めている。
だけど、それは憚られた。
シャルルが見張っている。
一挙手一投足、彼女の目がローゼルを監視している。
彼女がやって来て以来、この屋敷は彼女によって支配されていた。
だから、あの時、ローゼルは決めた。
あの人たちと関わらないようにしよう、彼らが訪れてももう窓の外を見るのをやめよう。
そう思って、彼らが現れるときは決まってベッドの中に隠れて避難していた。
彼らのことを忘れてしまおう。
忘れるのが一番いい——
私は何も見ていない――
「そうでした……。
彼らの白いガウンの刺繍はアミラス教のものです」
ローゼルは口元に手を当てて、小さく声を上げた。
すっかり忘れていた。
それ以前に、シャルルから受けた仕打ちがいろいろ衝撃的すぎて、いちいち覚えていられなかったというのが正直なところだけれど、忘れようと決めたまま、本当に忘れていたのだ。
「お義母様が出迎えた人たちは――
やっぱり、アミラス神の信者だったんですね……」
自分に言い聞かせるようにローゼルはぽろりと呟いた。
それをギルベルトは聞き咎めた。
「お義母様が出迎えた?」
ギルベルトは眉をひそめた。
しまった。
つい気が緩んで口を滑らせてしまった。
ローゼルはマグカップを持っていない手で口を塞ぐ。
けど、もう遅い。
「えっと……。
今の、聞かなかったことにしてください」
ローゼルは視線を泳がせた。
「いいえ。
断じて出来ません」
ギルベルトが断言した。
(で、ですよね……)
ローゼルは心の中で冷や汗をかいた。
強張った表情でギルベルトは身を乗り出した。
「アミラス教はこの国では邪教と言われてますよね?
なのになぜ?」
「はい……。
そ、そうですね」
責め立てるような澄んだ彼の瞳がじっとローゼルに注がれた。
そこには、アミラス教に対する強い憎悪が滲んでいる気がした。
ローゼルは「う~ん」と悩んだ。
この人は白装束の仲間ではない、きっと。
仲間だったら、「かなり怪しい集団」なんて言わないだろうし、むしろ彼の持つ嫌悪感や警戒心がヒシヒシとこちらに伝わってくるようだ。
「内緒ですよ?」
ローゼルはそっと声を掛けた。
「もちろん。
殺人などの人を傷つける犯罪行為でなければ、誰にも言いません」
ハッキリとした声でギルベルトが言い切った。
(殺人って。
極端すぎる例だなぁ)
雰囲気的に薄々感じていたのだが、彼は曲がったことが嫌いな性格のようだ。
なんとなく同期のレイノルド・ハウルデュースと同じ匂いがする。
真面目、実直。
そんな感じだ。
「あとで誰にも話さないという、誓約書。書いてもらいますよ?
それでもいいですか?」
「構いませんよ。
なんでしたら、ここで契約魔法でも交わしましょうか?」
「え、そんなすごい魔術も使えるんですか?」
「はい、できます。
それだけ今から貴女の口から出る話は重要なことなのでしょう?
こういうのは信用第一です。
犯罪に加担しなければ、俺は構いません。
むしろ、何かお力添えできるかもしれません」
ギルベルトは切実さを訴えるような眼差しでローゼルを見た。
嘘を言っているようには見えない。
ふと、ローゼルの中で別の不信感が湧き起こる。
この人、一体何者なんだろう——。
契約魔法を使うなんて、国の重要ポストに就くような人しか発動することができない高等魔術だ。
そんな魔法が使える彼。
ただの傭兵でも冒険者なんかでもない。
それでも、どうしてだろう。
この人に話した方が今後の何かの助けになる。
そんな直感があった。
「契約魔法は、今のところ結構です。
……あなたを信じます。
実は……少々複雑なんですが、私の継母の生家はそのアミラス教の信者なんです」
ローゼルはおずおずと言葉を紡いだ。
「え? そんなことが許されるんですか?
いえ、それよりもそんな方を後妻に据えるということは、イースティリア家もアミラス教を擁護する貴族なんですか?」
ギルベルトの顔つきが険しくなった。
「違います。
断じて我が家はアミラス教徒ではありませんし、むしろ、魔法に重きを置くヴォンミロク教を信仰しています」
ローゼルは手を振って否定する。
「その……事実が伏せられてて公にはなってないんですけど――
どういうわけか、その辺、父は高位貴族に図られて、継母を後妻に迎えることになってしまったんです」
「そんなことが……!」
ギルベルトは大きく目を見開く。
「なかなか闇が深いですね。
では、なぜ彼らに生贄様なんて呼ばれるのか、継母殿から何か聞いていたりしてませんか?」
さらに畳みかけるように、ギルベルトは新たな質問をローゼルにぶつけた。
「いいえ、まったく存じませんし、親子仲が悪いのでそんな話なんてしたことすらありません。
マルコシアス卿がその名をおっしゃらなかったら、たぶん、ずっと忘れていたくらいです」
「では、今日の誘拐以外に、最近彼らと接触した機会はないと?」
「えっと、王都に買い物に出掛けた一度だけ。
その時に白いガウンの男性二人に尾行されたことはあります。
なんとか巻きましたけど……」
「なんと……」
ギルベルトはきつく眉間にしわを寄せる。
「尾行されていたということは、きっと前々から目をつけられていたんでしょうね」
低く呻くような声音に、今度はローゼルが聞き返した。
「え? 前々から?
どういう意味でしょうか?」
脳裏をよぎるのは、幼い頃、彼らが窓を見上げて笑ったあの瞬間だ。
見つけた。
今思えば、そう言っていた気もする——
ローゼルのマグカップを持つ指が震え、水面が揺らぐ。
ギルベルトは、顎に手を当て、束の間逡巡し、それから重い口を開く。
「実は——
俺の妹も奴らに目を付けられていたんです」
「え?」
ローゼルの動きが止まる。
「妹は貴女と同じイロの魔力で、どうやらそれを『彼』に気づかれ、連れ去られてしまったんです。
妹は誑かされたといってもいい」
怒りに満ちた声だった。
火の音だけが洞窟に響き、重苦しい沈黙が二人の間に落ちる。
その一方で、ローゼルは混乱していた。
(今、この人、ものすごくコンパクトにまとめて、しかも何気にすごいことをさらりと言ったけれど……)
いろいろと突っ込みたい箇所がある。
「マルコシアス卿、あの、いくつか質問をさせてもらってもいいですか?」
「――ええ、どうぞ」
ギルベルトは頷いた。
「まず私と同じ『イロ』の魔力って何ですか?
魔力に色がついているんですか?」
「ええ。文字通りのイロのついた魔力のことです。
こちらの国では魔力に色付けはしないんですか?」
「えっと、それは属性のことですか?」
ローゼルは首を捻った。
「いいえ、色です。
赤、白、黄色とかの色です」
「ん? こういうことですか?
『あなたの魔力は水属性で青色だね』とかそんなニュアンスですか?」
「まあ、そんな感じです。
属性とは別に、魔力そのものに色がつくんです」
ギルベルトは肩をすくめた。
「とはいえ、色が魔力についているのは、本当にごく一握りの方ですよ。
大半は白や薄い灰色、黒が強いダークグレーのモノトーンが主流です」
「へえ。魔力に色。初めて聞きました」
ローゼルは感心したような声を上げた。
「魔力量が途方もない方だと、明確な色がついていたりするんだそうですよ。
分かりやすく例を出すと、こちらの魔法騎士団の団長たちは皆さんイロ付きでした。
さすが、魔法軍事帝国だ」
「そうなんですね。
じゃあ、クレインバール卿は?」
つい、ローゼルは興味を持って聞き返してしまう。
「あの方は、非常に珍しいイロです。漆黒に近い、そう、とても深い群青色です。
戦闘になると紅蓮も混ざり合うので、なかなか興味深いなと感じましたね。
他には第2団長のアラン・リックランス様は澄んだ若草色、第3団長トーマス・ケリークロノム様は真っ白に黄金が時折見えました。
あの方は光属性の魔力に満ちている」
「なるほど。
じゃあ、私は?」
ローゼルは無邪気に尋ねた。
一瞬、沈黙が流れた。
ギルベルトはゆっくりローゼルを見据え、柔らかく微笑んだ。
その目はどこか遠く、懐かしそうに。
まるでローゼルを通して別の誰かを見ているようだった。
ローゼルを通した誰かへの情愛——。
「貴女は黄金色に近い蜂蜜色です。
その瞳のように美しい色です。
先程も申し上げましたとおり、妹と同じイロでした」
「妹さんと同じ……」
「ええ。……いいや、貴女の場合、妹よりも強い黄金色です」
柔らかなギルベルトの表情が、ふと曇った。
それから、はあ、とため息をついて、何の感情もこもっていない目で、焚火に視線を投げた。
「そういえば、貴女は事前レクチャー会で、俺と初めて目が合った時、ケリークロノム団長と仲良くお話をされていましたよね」
急に話題が逸れ、ローゼルは戸惑う。だが、ギルベルトの口調は静かだった。
「あ、はい。
見てたんですか?」
「ええ、もちろん。
目が合いましたしね」
ギルベルトはにっこりと笑った。
「そうでしたね」
それもあって、ローゼルは彼の面差しをちゃんと覚えていた。
「そうそう。
強い灰色の彼も一緒でしたね。彼は書記官ですか?」
「あ、はい。そうです。
私の同期レイノルド・ハウルデュース公爵令息です」
「ハウルデュース。
ほう、彼が総帥の御子息……。
それで……」
一人納得したようにギルベルトは何度も頷いた。
(なんだろう。レイノルドが強い魔力だから気になっていたのかな?)
「あの時のルシ……クレインバール卿との訓練試合、すごかったです」
ローゼルは興奮を滲ませて明るい声で言った。
あの時の光景をローゼルは思い出す。
ローゼルには二人の姿は速すぎて線でしか捉えられなかった。
けど、高速で凄まじい威力のぶつかり合い、大きな魔力量が衝突しているのは、身体が直に感じていた。
「いえいえ、俺なんてまだまだですよ。
お噂では耳にしておりましたが、さすがこの国の軍師閣下。
天下の武装魔法使いだ」
「ですよね」
ローゼルはなんとなく自分のことのように誇らしい気分になって、つい、頬が緩んだ。
「すでにあの時、ケリークロノム団長から聞き及んでいるかもしれませんが――」
ギルベルトは真顔でローゼルを見る。
「俺は妹の仇がこの国に潜伏していると情報を掴んでやって来たんです。
そして、奴に復讐するためにこの国の魔法騎士団に入団することになりました」
復讐。声音は穏やかなのに、彼の双眸には強い憤怒の光が灯っていた。
「妹さんの仇ということは……」
彼の妹の身に何が起きたのか、なんとなく想像がついた。
もう彼女はこの世にいない。
「そうです。
――あの白装束の連中の供物のひとつにされ、殺されてしまいました」
やっぱり。
ローゼルの胸に鈍い痛みが走った。
同時に、ふと引っ掛かる。
「ん?
でも、生贄ではなく供物?」
どう違うのかしら。ローゼルは首を傾げた。
「ええ、妹は供物でした。
ここ、アイルナバロー連合帝国の王都グランディアでも、つい最近まで起きていたらしいですね、婦女連続殺人事件。
あれと同じことが俺の故郷インリューラーク王国の街でも起きてたんですよ」
ローゼルは息を呑んだ。
そうだった。
反政府組織『秘密結社 黒の杖』もアミラス教徒の集まりで、女性たちを次々と殺害していった。
「手口はここ帝国の犯行と全く同じでした。
街から何人もの女性たちが消えた。
それも魔力持ちで若い女ばかりがいなくなる。
血を抜かれ、身体の一部を切り落とされ、奪われ――
最期はその辺の道端に遺体は放置される」
淡々と話すギルベルトの声。
「奴らが次々と女性を殺害した理由は、崇める建国王復活の儀式を行うため。
いわば、儀式のための供物が必要だったんです」
ローゼルはヒヤリとした。
——ナバロー王国の王権復古を望む危険組織だ。
その上、呪術を使って、すでに亡くなったナバロー王国王族の魂を蘇らせようとしている物騒な連中だよ。
ローゼルの頭の中で、ルシアンの声が不意に蘇った。
「本当に不気味な奴らですよ」
忌々しげにギルベルトは言い捨てた。
「そちらの国での犯行も『秘密結社 黒の杖』が暗躍しているんですね」
神妙な顔つきでローゼルは呟いた。
沈黙。
「『秘密結社 黒の杖』ね。大層な名前だ」
彼は小さく嘲笑った。
自己嫌悪と後悔が込み上げる彼の表情。
ローゼルは奇妙な違和感を覚えた。
『秘密結社 黒の杖』もアミラス教を信仰する宗教団体だ。
同じ宗教を信仰している時点で、国を跨いでも同一の組織のような気もする。
けど、何か違うのかしら。
「インリューラーク王国では違うんですか?」
ローゼルの問いかけにギルベルトは、言葉を選ぶようにゆっくり話し出す。
「そうですね……。
目的は同じですよ。
ただ、帝国では潜伏して信仰し、王城や要人に近づく秘密結社ですが、故郷のは違うんです。
『アミラス教 黒の杖』と呼ばれ、教義を掲げて、魔法使いを見せしめに殺す過激派組織なんです」
見せしめに殺す——。
ローゼルはたじろいだ。
なんて恐ろしい。
だけど、考えてみれば、彼らの教義は亡国の王権を神と同一化し、魔法を憎む。
呪術こそ、この世のすべての術式の始まり。魔法を使う者は人ではあらず。
この国もかつてナバロー王国と呼ばれていた頃、アミラス教を国教とし、特に女性の魔法使いを悪魔の遣いの『魔女』として弾圧していた。
ローゼルは焚火に視線を落とした。
「王国でもアミラス教は危険視され、常に目を光らせ、捕縛対象になっています」
ひややかなギルベルトの低い声。
「そうですよね。
インリューラーク王国も魔法使いの国ですもんね」
「ええ。
こちらの彼らの装束は、その組織名通り黒らしいですね。
インリューラーク王国では、貴女を誘拐した連中と同じ、白いガウンを纏っています」
「え、じゃあ、あの人達はインリューラーク王国から来たということですか?」
弾けるようにローゼルは顔を上げた。
「恐らく……」
重々しくギルベルトは頷いた。
異国からやってきたアミラス教徒。
思い出すのは、エルド男爵邸に魔法騎士団が踏み込むと、そこは異国からやって来た邪教アミラス教のアジトと化していた話だ。
なんだか嫌な因縁を感じ、ローゼルは背筋が凍る思いがした。
どこかでぴちゃんと水滴の落ちる音がした。
「帝国は四年前にアミラス教徒、『秘密結社 黒の杖』の大摘発をしたそうですが、それよりずっと前から、そう、二十年前からインリューラーク王国では、白い装束の集団が目立ち始めていました。
一見穏やかそうな彼らだが、自分たちの教義を曲げない強硬派ばかり。
次第にインリューラーク王国民とも、武力衝突や諍いが絶えなくなりました」
ギルベルトの声が洞窟内に響く。
「ここ数年は、王国の魔法騎士団の取り締まり強化も相まって、その数は減少傾向にあったんです。
減少と言っても、結局、彼らはここ帝国に拠点を鞍替えしたようですけどね。
まさかあんなところで奴らと遭遇するとは――」
ギルベルトはくいっとお茶を飲み切った。
帝国に拠点を鞍替え。
アミラス教がこの国に棲みつき始めたというの?
白い装束。
魔法使いを迫害する人たち。
ローゼルを見て歓喜を上げる彼ら。
(妹さんと同じ色の魔力……。
まさか、それが理由で私は狙われたの?)
ローゼルは眩暈を覚えた。
「イースティリア嬢。
もう一杯、お茶はいかがですか?」
唐突にギルベルトが気さくに声を掛けた。
「え、っと、はい。
ください」
ローゼルは立ち上がってギルベルトの元までマグカップを持っていく。
ギルベルトはこぽこぽと音を立てて、ローゼルのマグカップにお茶のお代わりを淹れた。
生姜とスパイスの独特な香りが漂う。
「妹さんのことは、その、ご愁傷様と言っていいのか……。
なんて言えばいいのか」
ローゼルは視線を足元に落とした。
「貴女が哀しむことはありませんよ。
すでに十一年も前のことですから。
ただ、俺の中で踏ん切りがつかないんです」
ギルベルトの声には、悔やんでも悔やみきれない深い後悔の念が含まれていた。
「十一年前……」
ローゼルはまじまじと彼を見た。
「妹さんはおいくつの時に亡くなってしまったんですか?」
「十七歳です。
俺が十八の春の時でした」
寂寥感が漂う声。
十七歳——。
ローゼルはますます複雑な心境に陥った。
身分問わず、女の子の中でも早い子はすでに結婚して、子持ちになっている年齢だ。
ローゼルも借金がなければ、女官をやらずに、十六歳でレオーネと結婚する予定だった。
(私は必死で働いていた十七歳だったけど、本当なら妹さんにとって一番楽しい盛りだったはずなのに——)
そんな時に殺されてしまった——
ローゼルはそっとギルベルトの焚火に照らされる横顔を見た。
十一年。
長い年月だ。
その間、彼はずっと妹の仇を追っていた——。
不意に、ギルベルトがぐっとローゼルの双眸を覗き込んだ。
ローゼルはぎくりとした。
その眼差しは、真剣でやけに熱を帯びていた。
「いいですか。
供物扱いではなく、生贄『様』と彼らに呼ばれているのです。
貴女は彼らにとって唯一無二の存在。
だからこそ、今後、身の回りに気を付けてください。
特に周囲にいる男性に」




