第128話 法務省の仲間たちと、冷たい雨の墓地
――少し時は戻り、墓地の馬車乗り場にてジョージ・ライアナース伯爵は、振り返った瞬間、ローゼルが見知らぬ不審な客車に引っ張られるのを目撃していた。
「イースティリア女官!」
ライアナースは真っ青になって声を上げた。
だが、馬車は問答無用、その場をすさまじいスピードで走り去ってしまった。
「さ、攫われた!」
「え?」
ぎょっとしたイーサン・モーデッリア子爵は、ライアナースの視線の先の馬車を慌てて見た。
「あの馬車にイースティリア女官が無理矢理引っ張られて連れ去られたんだ!」
「なんですと!」
ライアナースの声に周囲の官僚たちは反応して、集まり出す。
「イースティリア女官が?」
「ああ、突然背後から襲われたらしい」
「なんてことだ」
みんなの表情が険しくなっていく。
「おやおや、女官一人が上司に無断でお出かけしただけなのに、大袈裟ですねぇ」
そこへ爪ヤスリで爪を整える軍部上層部のオークレー次官が、悠長な口調で間に入った。
彼の背後には屈強な騎士たちが数人控えている。
「大袈裟とはどういうことですか?」
ライアナースは眉をひそめた。
「文字通り、大袈裟だからですよ」
オークレー次官は削って整った爪に息をふうと吹く。
「たかが女官。そして、伯爵位とはいえ、そもそもは子爵位の娘でしょ?」
「そこに身分は関係なかろう。
彼女は実力で試験を突破した我々の仲間だ」
「いやいや。今世紀最大の悪女なんて恐ろしい噂のあるご令嬢じゃないですか。
レオーネ・ウルーム伯爵令息というれっきとした婚約者がいるというのに、最近じゃあ、彼より格上のルシアン・クレインバール軍師に夢中とか。
女性にあるまじき奔放な振舞いですな。
はしたない」
「いま、そんなこと、関係ないのでは?」
「現に行方不明なんだ」
法務省の面々から非難の声が上がる。
「まあまあ、皆さん。
考えてみてください。実際、
攫われたなんてライアナース卿はおっしゃってますが、攫われるように見せかけた演技なんじゃないですかね?」
もったいぶった口調で、オークレー次官は爪ヤスリを近くの騎士に手渡した。
「あれがイースティリア女官の自作自演だと申すのか?」
冷ややかな声でライアナース卿は尋ねた。
「ええ、そのとおりです。
きっとクレインバール卿以外にも誑かしている殿方が他にもいるんでしょう。
まあ、それでどこかの男の恨みを買って攫われた可能性もありますがね。
なにせ出自が子爵位ですし、しかも借金まであるんでしょ。
信用するに値しませんよ」
やれやれとため息交じりにオークレー次官は首を振った。
「貴殿は彼女の何を知っているんですか?
彼女ほど仕事に忠実で我々法務省メンバーから頼りにされている女官はおりませんよ」
怒りを露わにしたモーデッリアが言い返した。
「はっ、痴れ者がっ」
オークレー次官はキッとモーデッリアを睨みつける。
「子爵程度の者が私に知った口を利くな」
その声に一瞬、空気がぴりっと緊張する。
騎士たちが一歩前へ出て、モーデッリアを威嚇するように見下ろし始めた。
異様な迫力にモーデッリアは背中を仰け反った。
「ライアナース卿、少々部下の教育がなっていないのではないですか?
ましてや、性に奔放な女官を部下にする時点で、せっかくの貴殿の評判が地に落ちますよ」
嘲笑うオークレー次官に反感を抱いたのだろう、周囲の法務省官僚たちが、ライアナースとモーデッリアの後ろにぞろぞろ集まり始めた。
その眼差しには、憤怒と嫌悪が強く滲んでいた。
「貴殿こそ、少々お考えを改めては?」
腹に据えかねる、という調子でライアナースが低い声音で凄んだ。
「なにをだね?」
オークレーは鼻で嘲笑った。
「前々から思っていましたが、この国で行き過ぎた身分至上主義は止めていただきたい。
確かに我が国は貴族社会ではあるが——
我々、特に法務省の面々は中立公平な立場で常に仕事をしております。
それはイースティリア女官も同様です。
貴殿の祖国では先程のような発言がまかり通ったかもしれませんが、この国では誹謗中傷という罪にあたります。
今後くれぐれもご注意を」
じっとりとした目でライアナースは、恫喝ある声音で警告した。
オークレー次官がぐっと詰まった。
「さて、軍部次官殿。我々は大事な仲間のイースティリア女官を探したい。
軍部でお力添えいただけるか否か、その辺りはどうなんでしょう?」
ライアナースは改まった声を出した。
「フン。
男と駆け落ちのようなことをする女官の捜索に、貴重な我が騎士たちを貸せるわけがあるまい」
「ですから、その駆け落ちという考えは間違っているんです。
イースティリア女官に限ってそんなことをする女官ではありません。
妄想も大概にしてください!」
モーデッリアが我慢ならないと声を荒げた。
「まったく、私の許しがないのに口を開こうとは。
こういう下賤で不作法者貴族が法の仕事しているとは、おぞましい以外何者でもないな」
オークレー次官はおもむろに顔を歪めた。
「どういうことですか?」
モーデッリアから呻くような声が漏れた。
「いいかい。
その女官が攫われたという物的証拠がなければ、我々は決して動く必要はないということだ」
「——それはつまり、魔法騎士団の上官が、伯爵位の法務大臣の証言を無視するということですね?」
モーデッリアは慎重な声で確認するように尋ねた。
「貴様はますます失礼な奴だな。
無視ではない、証拠を出せ。
そう言っている」
「ですから、それはライアナース卿が目の前で目撃したんですよ」
「じゃあ、身代金でも要求されているのか?
犯行声明は?
ひょっとしたら女官の茶番かもしれないのに。
これだから、軍部上官の私が各部署で目を光らせておかないといけないんだ」
「目を光らす? 証拠?
くだらない」
ライアナースは忌々しげに舌打ちをした。
「もう結構。
そちらの軍部が動かないのであれば、ライアナース一門の護衛兵で探します」
そうライアナース卿が言い返すと、オークレー次官は口元に不気味な笑みを湛えた。
「私兵を。
ほう、それは国の軍部の方針に反旗を翻すということですな?」
「反旗?
お戯れもいい加減にしてください。
軍部が動かないから、やむを得ないと申しているのです」
「あぁ、なるほど。
女官を探すという大義名分のもと内乱を起こすのですね。
つまりは、あの女官とグル。
あの女官、イースティリア伯爵の令嬢でしたかね。
なるほどなるほど、イースティリア伯爵とライアナース伯爵が結託して国を転覆させようという試みか」
「悪ふざけも大概にしてください!」
「イースティリア女官は連れ去られたんです」
「ライアナース卿が国に反旗なんてありえません、言いがかりです」
他の法務省官僚たちから次々と怒りの滲んだ声が上がった。
だが、スッとオークレー次官の前に屈強な騎士たちが庇うように立ちはだかって、彼らから有無を言わせぬ巨大な魔力と迫力が放たれ、皆、押し黙った。
「これ以上、次官の邪魔立てをするのであれば、公務執行妨害罪で全員逮捕いたします」
恫喝の滲む騎士の声。
「なにを!?」
「これのどこが公務執行妨害なんだ!?」
「軍部上層部の横暴だ!」
互いにバチバチと火花が散るような一触即発の雰囲気が漂う。
そこへ涼やかな声が間に入る。
「――何か勘違いなさってやしないかな?」
一瞬、場がしんと静まり返った。
全員、気圧された様子で、声の主に振り返った。
宰相のデメトリオ公爵だ。
全員が驚いた。
オークレー次官も目を見開く。
「宰相閣下殿、参列されていたんですか?」
オークレー次官は揉み手で、宰相に近寄った。
「ええ。今回の事件は陛下も御心を痛めるので、代理で私がお忍びで参列した。だが――」
デメトリオ公爵はゆったりと官僚全員の顔を見回す。
「オークレー次官」
デメトリオ公爵は、ぴったりとオークレー次官をまっすぐに見据えた。
さすがのオークレー次官も、デメトリオ公爵の静かなる迫力にぴくりと肩を震わせた。
「これで何度目の諫言になるのかな」
「はい?
なんのことでしょうか?」
「ここはあなたの祖国ではない。
この国のルールに従えないというのであれば、即刻ご帰国なさってはどうだい?」
冷たい声だった。
背筋が凍るような空気が流れた。
デメトリオ公爵は氷属性の魔法を得意とする魔法使いだ。
彼の纏う雰囲気が物々しく、そして身体の芯まで凍り付くほど冷ややかだ。これはかなり怒っている。
その場の全員がごくりと唾を飲み込んだ。
「いろんな御意見があるのは結構」
ひんやりとする宰相の声が響く。
「皇族に対して不敬を働かなければ、陛下は寛大な方なので大抵のことをお許しいただける。
だが、私は少々違う。
陛下の御身のため、帝国繁栄のため、国に不誠実な官僚は不要だ。
むしろ、この国のルールに則れない者は陛下の害とみなす主義だ」
「何を言っているんですか、宰相閣下殿。
私はね、君たちの元同僚である前総務省大臣に請われてこの国に来たのだよ。
それを害呼ばわりするとは。失礼じゃないかね」
むっとしたオークレー次官は反論した。
デメトリオ公爵はゆったりと顎を撫でながら、間を開けて告げる。
「であれば、前任者も更迭されたことだし、貴殿も帰国されても一向に構わんよ」
「はい?」
オークレー次官はぽかんとした。
「軍部のことは、アウグスト・ヴァレンティス大公にお任せしているが、貴殿の今の発言はいかがなものかと思ったところだ。
それに、物的証拠と申しておったが、逆にイースティリア女官が貴殿の言うとおり男と駆け落ちをしたという証拠は?」
「え?」
「どこにもない。そうだよね?
オークレー次官」
宰相は一歩オークレー次官に近づいた。
「いや、あの女官は婚約者がいるにも関わらず、他の殿方に、あろうことか軍師のクレインバール卿に色目を使ってるんですぞ」
「色目……。
ほう、私から見れば、横恋慕しようとしてるのはクレインバール卿の方。
むしろ、クレインバール卿と恋仲になんとしてもなりたい公爵令嬢のご機嫌取りを必死でしているのが貴殿。
そう見てしまうのだが、違うのかな?」
失笑が沸いた。
オークレー次官の顔がカッと赤くなった。
「し、失敬な……!」
「どちらにしろ、あの生真面目な女官、イースティリア女官が姿を消した。
この事実は変わらない。
男との逢引なのか、はたまた誘拐されたのか。
確認は必要だ」
ふと笑い声が止んだ。
静まり返る空気。
「さて、マルスク」
デメトリオ公爵は、人だかりの一番後ろにいた青年を指さした。
みんなが一斉に振り返って、彼に注目した。
そこには、若い青年がいた。
人懐っこい笑顔と美しい中性的な容姿、モノトーンの執事の恰好。彼はルシアン・クレインバールの側仕えの従者だ。
「なっ、お前は!」
オークレー次官の顔が青ざめた。
どうしてここにいるんだ!
そう問いただしたいのだろうが、突然のことで口をパクパクさせた。
「お前はこの状況を直ちに主に報告しに戻りなさい」
落ち着いたデメトリオ公爵の声に、マルスクは胸に手を当てお辞儀をする。
「承知しました。
ついでに、第4魔法騎士団にも知らせて参りますね」
「ほう、第4魔法騎士団――ターラント家の息子が団長だな。
彼もどこかに控えているのか?」
デメトリオ公爵は興味をそそられたように身を乗り出した。
「おかしいぞ!
どうしてここに第4魔法騎士団がいるのだ?」
ようやく声が出たオークレー次官は、顔を真っ赤にさせてマルスクに怒鳴った。
「ああ、はい、申し上げます」
マルスクは慇懃丁寧にお辞儀をする。
「この辺りは、魔物が多いからと、主であるルシアン様が前々から苦慮されておりました地域。
本日大勢の官僚の皆様が、魔物出没ゾーンの境界線にあたるこの教会の葬儀に参列されるとのこと。
念には念を入れて、ここら周辺の魔物討伐を含めて、第4魔法騎士団に巡回するよう指示しておりました」
「勝手なことを!
だいたいな、お前のような従者もなぜいるんだ!?」
ますますオークレー次官は腹を立て、怒声を上げた。
「僕はルシアン様の代わりに葬儀に参列したまでですよ。
個人で葬儀に参列してはいけないなんてルールはありませんよね?」
マルスクはいけしゃあしゃあと言い返した。
「糞生意気な……!
それでも、上官の私の許可を貰うのが当然だろう?
軍師より私は偉いんだぞ!!」
「偉い……。
何がだい?」
静かに宰相が乾いた声で訊いた。
「ですから、私は次官ですよ。
私の許可なく……」
「オークレー次官。
魔法騎士団は、軍と警察両方の役割を持っているせいか、貴殿はその辺を混合しているみたいだね」
デメトリオ公爵がオークレー次官の台詞に被せるように言った。
「混合?」
「だからね、オークレー次官は国の安全を担う軍の次官だ。
クレインバール卿は、というと、軍の軍師であると同時に、刑部省警察任務長官の総魔法騎士団長。
軍と警察の役割は違うよ。
クレインバール卿はそれぞれ違う二つの役割を担っているんだ」
「え?」
オークレー次官は目をぱちくりさせた。
「警察組織の魔法騎士団というのはね、誰かに指示される前に、不測の事態に備え、万全を期し、治安を守る役目がある。
戦争などの有事でない限り、いちいち管轄外の軍部の上官の許可を求める必要はないんだよ。
総帥にルシアンが逐一報告しているのは、あれはルシアンの自発的行動。
能力の高さゆえの過剰適応だ」
オークレー次官は絶句した。
「では、マルスク。
追加で第4魔法騎士団に事の次第を報告すること。
その際、誘拐の可能性も高いため、他の領地に連れ去られないよう検問措置を取るように。
そう宰相命令として伝言を頼むね」
改まった声でデメトリオ公爵は言った。
「はい、かしこまりました」
「そして、王城に戻り次第、クレインバール卿にもそのように伝えること」
「承知」
マルスクは毅然として答えた。
オークレー次官がマルスクを睨みつけた。
生意気な従者め、そう言いたいのだろう。
だが、マルスクも臆面もなくオークレー次官に見つめた。
静かで有無を言わせぬ圧迫感がマルスクから放たれる。
その瞬間、オークレー次官側の魔法騎士団員が、びくっと身体を震わせた。
オークレー次官も反射的にたじろいだ。
それほど、中性的なこんな華奢な若者から発せられる気迫は凄まじかったからだ。
彼ら全員、異様なまでに緊張感が漲り、喉がカラカラに乾いた。
だが、それも束の間。
オークレー次官はぐっと詰まった表情で、小さく咳払いをした。
「いやいや、そこの従者くん、ちょっと待ちなさい」
マルスクを引き留めた。
「宰相閣下。
その、第4魔法騎士団に検問をさせるだなんて、それは少々やりすぎなんじゃないですか?」
「女官が行方不明なんですよ」
宰相が答えるより早く、咎めるような声が法務省側から上がった。
「もしこれが本当に犯罪に巻き込まれたら、どうするつもりですか?」
「責任は次官にありますよ」
「軍部上官が女官を見捨てるなんて醜聞甚だしいですね」
非難めいた声が続々と響く。
「まさか、ナディア・グロウディーナ公爵令嬢が彼女を行方不明にしろと命令した――とか?」
誰かがハッとして声を上げた。
場が一気に静まり返り、途端に法務省の面々から怒号が上がる。
「そうか、グロウディーナ公爵令嬢はクレインバール卿に相手にされていなかったよな。
それで腹を立ててイースティリア女官を誘拐したのかもしれない」
「なんと!」
「やり過ぎだが、彼女ならありえる」
「そんな卑怯な手を使うだなんて、公爵位だからとはいえ許せん!」
懐疑的な声まで上がり、オークレー次官は鼻白んだ。
「待ってくれ、諸君。話が飛躍しすぎだよ」
まあまあ、と手を広げて宥める。
「公爵令嬢が、なぜ格下の伯爵令嬢に目くじらを立てるような真似をするんだい?
彼女は年頃の令嬢の憧れであり、むしろクレインバール卿と並ぶとお似合いで、イースティリア女官が邪魔してるからそんな心が狭いことをするわけがないん……」
「なんで、そう言い切れるんですか?」
オークレー次官の言葉にかぶせるように誰かが言った。
「イースティリア女官にクレインバール卿が求婚したのは、もはや官僚の誰もが知っています」
「そうだそうだ」
「今回誘拐されたイースティリア女官だけじゃない。
随分前から彼女が気に入らないという女官たちが暴漢に襲われて退職し、社交界からも姿を消しているという噂もありますよ」
責め立てる口調は、周囲に同意を求めるようだった。
オークレー次官はキッと周りをねめつけた。
「何を言う、偶然だ。
言いがかりにも程がある」
オークレー次官が言葉を発するほど、猜疑心が溢れ、どんどんと雰囲気は険悪になっていく。
デメトリオ公爵宰相という最強の味方を手に入れた法務省のメンバーたちは、もはや一歩も引かない。
しばらく、どっちも引かない沈黙が流れた。
「くっ、仕方ない。
分かった、すぐにでも検問を行おう」
さすがに分が悪いと思ったのだろうか、折れたのはオークレー次官だった。
「だそうだ。
マルスク、すぐいきなさい」
デメトリオ公爵が涼やかな声を向けた。
マルスクは「承知」と言い、飛行魔法で今にも雨が降り出しそうな空へ飛び立つ。
「はぁ、さすがクレインバール卿の従者。レベルが高い」
「イースティリア女官に何事もなければいいが」
「そうだな。
エルド男爵も亡くなって、これでイースティリア女官にも何かあったら……」
「馬鹿、縁起でもない」
口々に懸念する会話がざわめく。
オークレー次官は不貞腐れたような顔つきで、自分はさっさと馬車に乗った。
去っていく彼の馬車を辟易した面持ちでライアナースは見送った。
「ライアナース」
ぽんとデメトリオ公爵がライアナースの肩を叩いた。
「あぁ、宰相。
この度はお口添えいただき、ありがとうございました」
のろのろとライアナースがお辞儀をし、その隣にいたモーデッリアも深々と頭を下げた。
「いや、たいしたことじゃないよ。
むしろ、彼の横暴ぶりがこの目で見れてよかったかもしれぬ。
彼は私の前ではお利口さんぶるからね」
デメトリオ公爵はやんわりと微笑んだ。
「イースティリア女官のことは心配だろうが、魔法騎士団の精鋭が動く。
なおかつ、あの男の逆鱗に触れた。
ただでは犯人も済まないだろう」
「ですが……」
「とりあえず、君たちも王城に帰りなさい。
それから、改めて刑部省に報告だ。
いいね?」
冷静に言葉を紡ぐデメトリオ公爵に、ライアナースは自分の不甲斐なさを感じたようでがっくりと肩を落とした。
「承知いたしました」
「彼女が明日以降、元気に出仕できるよう環境づくりをしておくのも上司の役目だ」
デメトリオ公爵はそう言うと、空を一瞬仰ぎ見、そして馬車に乗っていった。
「大丈夫ですかね、イースティリア女官」
モーデッリアはやはり未だ不安が払拭できない。
「すまない、儂が傍にいたはずなのに」
力なく呟くライアナースにモーデッリアは首を振った。
「それは私も同じ気持ちです。
今はデメトリオ公爵のおっしゃるとおり、彼女の帰る場所を作っておきましょう。
オークレー次官のように、彼女を悪く言う貴族はどこかしらに潜んでますから」
「そうだな」
二人は頷き合い、ローゼルの無事を祈った。
そして、空から冷たい雨が降り始めた。




