第125話 軽口で隠した覚悟と、禁足地への出立前夜
――ローゼルとルシアンが互いの気持ちを確かめ合っているその頃。
魔法騎士団詰所の仮眠室にて。
「どうだ、ネイト。
そろそろ寝ないと、明朝、辛いぞ」
燭台を持ったレイノルドがネイトに尋ねた。
ネイトは倉庫から持ち込んだ備品をアイテムバッグにしまいながら、頷く。
「おぉ、そうだな。
っていうか、これ、すごい量が入るな」
その声には興奮が滲んでいた。
「軍部特製だからな。
だからといって詰め込み過ぎるなよ」
「分かってるって」
ネイトは保存食や着替え、薬草などを手際よく入れていく。
捜査する騎士たちの補佐をする形になっているため、書記官グッズとして公式文書用具の羊皮紙やインク壺、筆記具、印章・封蝋セットは不可欠だ。
「いやぁ、騎士団が遠征をする時に準備をするのをよく見かけていたけど、まさか実際自分が使うとは思ってもみなかったよ」
ネイトはすべて入れ終わって、アイテムバッグをパンパン叩く。
「すごいよなぁ、アイテムバッグって。
万能すぎるって」
その声には、好奇心が滲んでいた。
今から出る大冒険に胸が高鳴っているのだ。
レイノルドは小さく笑う。
「そりゃあ、高度な魔法陣によって異空間と接続された特別製収納袋だからな。
しかもこの国最高峰の魔法アイテムのひとつだ」
遠方に出掛ける時、魔法騎士団員は必ず一つ携帯する。
個人所有ではなく「帝国軍備品」として共有で使い、刑部省備品として登録されている貴重な魔道具でもある。
「そうそう、レイノルド。これがバッグの中に入ってたんだけど。
前これを使っていた奴の忘れ物かな」
ネイトがレイノルドに手渡す。
「なんだこれ。
馬車の留め具か何かか?」
レイノルドは、受け取った赤黒い留め具を見つめた。
「んー、よく分からん。
よくよく見るとさ、表面には古びた刻印があるんだよ」
ネイトは首を捻った。
レイノルドはさらに留め具を目の前まで持ってきて、まじまじと舐めるように見た。
「——本当だ。なんだろう」
「さぁ」
「まあ、いいや。モラレス卿に渡しておく。
きっとあの人のことだ、この刻印が気になって鑑定魔法をかけてくれるだろ」
そう言うと、レイノルドはポケットの中に留め具をしまった。
「で、例の古文書は、レイノルドが持っていくんだっけ?」
ネイトは改まった声で尋ねた。
「ああ。オークレー次官たちが俺たちを怪しんで、持ち物検査をしたがった場合を考えてね。
俺は一応公爵令息だから、彼らもあまり深く探らないだろう。
とはいえ、探りにくい替えの下着のところに忍ばせておいたけどな」
レイノルドはニヤッと笑った。
「あはは、それは傑作だ。
それ、絶対に調べにくいって。
見たくねぇもん」
「悪かったな。
見たくねぇもんと一緒にしまって」
レイノルドがむっとした。
「そういう意味で言っているわけじゃないよ、マジになんなよ。
ふつう野郎の下着を野郎は見たがらねぇってこと。
ましてや、公爵令息の高級下着だぜ」
「そういうことか。
って、高級下着とは限らないだろ」
「いやいや、俺とは違う良いもんをきっと履いているはずだぜ」
ネイトはケラケラ笑った。
「じゃあ、下着のところに入れて正解ってことか」
レイノルドは真面目くさった顔つきで、納得するように頷いた。
「あぁ、そういうこと。
ナイスアイディアだ。
ま、こういうとき、公爵令息っていう身分は便利だな。
絶対、俺の荷物なんて雑に引っかき回して終わりだろ。
下着とか皆の前で晒されそうで、ちょっと恐怖だ」
「あり得るな、あの御仁なら」
「だろ? だから、逆に悪いな。
大事な書類もすべてレイノルドに持ってもらうことになって」
ネイトはふと真顔になった。
「構わない。
むしろ、ネイトが持ち物検査をされた場合、そっちの方が割を食うかもしれない。
それこそ下着やらなんやら見られるだろうし」
「いいんだって。
子爵位だからこそ、俺は普段あの御仁からゴミ扱いされて、ノーマークで気楽でいられるんだからさ」
「……そんな自分からゴミだなんて」
レイノルドは眉をひそめた。
「しゃあねぇじゃん。
あの御仁は子爵以下、下級貴族は人として見ていないことで有名だ」
今回の出張の名目は、魔法騎士団遠征調査の事前準備のため。
これがもし、レイノルドの同行者が魔法騎士団員なら、オークレー次官は必ず細かく詮索してくる。
だが、同行者が爵位の低い書記官であれば、その視線もいくらか緩むに違いない。
書記官同士の事前準備出張。
詮索するだけ無駄。
そう思ってくれることを祈るばかりだ。
バッグを抱えるネイトの前に、レイノルドはしゃがみ込んだ。
視線が同じになった。
「俺は、今回の出張の相棒がネイトでホッとしている。頼りにしているぞ」
その声は真剣で、ネイトもレイノルドを見据えた。
「ああ、そう言ってもらえて光栄だ。
今回の遠征メンバーに選ばれたのもそこだろ?
俺がクレインバール卿を――いや、ローゼルを裏切らない。
だからだろ?」
ニッとネイトの口角が上がると、レイノルドの口元も柔らかくなった。
「ああ。ルシアン様の中ではそれが一番大きい」
「だよな」
「だけど、それだけじゃないぞ」
レイノルドが補足するように言う。
「ネイトの剣の腕が確かであり、若手の書記官の中でも切れ者だからこその選定だ。
元々ルシアン様は、ネイトは魔法騎士団の方が向いているんじゃないのかって思っているそうだ」
「へえ。初耳。
それは光栄だね」
ネイトは口笛を吹いた。
さすが、凄まじい情報収集能力。
当然か、彼はあの若さで軍師であり、また魔法騎士団の総団長なんだ。
「一応、俺、官僚になる前、何度か魔法騎士団から入団のスカウトが来ていたことがあったんだ」
「ほう、それは俺が初耳だな」
レイノルドが片眉をぴくりと上げた。
「だと思うぜ。
この話、ローゼルにしかしていないから」
「どうしてスカウトが来るほどの腕前があるのに、魔法騎士団にならなかったんだ?」
「それ、レイノルドに聞かれたくねぇな。
レイノルドだって未だに魔法騎士団へキャリアチェンジを望まれているくせに」
「俺は、獣医になりたかったから……。
その知識を生かせるのは、騎士ではないと思ったんだ」
ぽりぽりとレイノルドは頬を掻いた。
「そっか。
俺の場合は母親だよ。
『危険だから武官になるのだけは辞めてくれ』って泣きつかれて、渋々断念したんだ」
「なるほどな」
「でも、結局、今回命懸けの任務に行くことになって、さすがに母親に本当のことを打ち明けれなかったもんなぁ。
簡単な遠征出張に行くって手紙を出しておいたけど」
ネイトは、こころなしかため息交じりに呟いた。
「手紙を出すだけ偉いよ。
ちゃんと親孝行しているじゃないか」
「まあな。
一番の親孝行はさっさと結婚して、孫を見せることなんだろうけど、あいにくそれはまだ先だ。
これくらいはね」
「それを言われると、俺も耳が痛い」
大袈裟にレイノルドが耳を塞ぐので、ネイトは声を上げて笑った。
二人は、支度を終えたバッグを手に持って、刑部省宿舎に向かう。
すでに雨は小降りになっているが、しっとりと湿った空気を含んでいる。
夜気は冷たく、雨に洗われた土と樹々や草の匂いが押し寄せる。
「んで、話は戻るんだけどさ、レオーネ・ウルームの殺人捜査の再開は、ウルーム伯爵家をいたく買っているオークレー次官も望んでいたところなんだろ?
どうして今更こっちの捜査の人員にまで口を出し始めたんだ?」
ネイトは肩をすくめた。
「もともとアラン様主体であの領地を探っていたんだ。
けど、どういうわけか、最近いろいろいちゃもんをつけてくるようになった」
やれやれとレイノルドは首を振った。
「ふうん。つまりはあれか。
――再調査をするのはいいが、あの領地に何人も行かれては困る。
特に第2魔法騎士団と第4魔法騎士団。ってところか」
「だろうな。
あの二人の団長たちは、自分の権力で言うことを聞かせられない物凄い親が背後にいるからな。
特にノーラン・ターラント卿」
「元軍師で、現財税省の大臣だっけ。
予算も握っているし、グロウディーナ公爵と学友という旧知の仲。
逆鱗に触れるわけにはいかないよな」
「そういうことだ」
「んで、片や、魔法省大臣のリックランス公爵は、仲良しこよしの前ビアード伯爵とは犬猿の仲。
魔法関連もこの際牛耳りたいオークレー次官にとって目の上のたんこぶか」
「へえ。ネイトはいろんなことをよく観察しているな」
レイノルドは感心したような声を出した。
「まあね、爵位が低い人間ほど人間観察が鋭いんだぜ。
そうしないと、うかうかと上流貴族にいいよう捨て駒にされちまう。
これ以上モブキャラはごめんだ」
ネイトはおどけるように言った。
また雨脚が強くなってきた。
王城を包む雨音が、夜の重さに拍車を掛ける。
「――あの御仁は、いずれこの国の魔法に関わることをすべて手のうちに収めたいんだろうな」
レイノルドはおもむろに言葉を紡いだ。
「そうだと俺も思ってた。
自分は魔法を使えないくせに、大層な夢を抱くもんだよ」
ネイトは鼻を鳴らした。
「まったくその通りだな。
だが、実際、王宮魔術師について口出しをしようと試みたらしいけど、彼らを取り仕切るマインラート・ソシュール様から『魔法が使えない人は黙っていてください』と一蹴されたみたいなんだ」
「はっ、ざまぁないね。この国の元王宮魔術師筆頭様の発言は重みがあるよ。ってことはだぜ、刑部省の人間が近づくと警報が鳴るように結界を張ったのは、それが原因か」
「かもしれない」
「じゃあ、レイノルドもこれからは気安くエレナに会いに行けないな。
残念だなぁ、そりゃあ」
ネイトが揶揄うような口調で、口角をニッと上げた。
「俺は問題ない。
実は、特別に立ち入れるようにエレナに魔法を施してもらったからな」
得意気にレイノルドが笑った。
「んだよ。特別扱いかよ。
まあ、本来は協力体制を築き上げる関係性なんだよな、魔法省と刑部省って。
それなのに、あの御仁のせいで随分と仲が拗れちゃったな」
「仕方あるまい。
魔法省の未発表の研究の情報を入手するために、オークレー次官が昇進させた騎士たちが、魔法省の女官を誑かそうとしていたんだ」
「らしいな。
やることがえげつないよな。
で、そいつらって厳重処分されたんだっけ?」
「一応、表向きはそうらしい」
「そうらしいって、歯切れが悪いな。
軍部上層部の書記官なのに」
「ちょうど俺はエレナたちと出張に行っていたから、その辺りの詳細を知らないんだ」
レイノルドはゆっくり首を振った。
「ああ、なるほど。
前回未回収のままだったオーレイヴ荒原の禁足地の調査中だったか。
マモノ増加の理由っていう」
「そうだ」
数か月前、今回の出張先でもあるウルーム伯爵領地内にあるオーレイヴ荒原周辺に、レイノルド、魔法省のエレナ・ヴァービナス女官、王宮魔術師クロフォード・ノーエランド、数名の騎士たちと調査に向かった。
「だが、残念ながら空振りだった。
禁足地まで入ることができなかったんだ」
苦々しい顔つきでレイノルドは呟いた。
目的は『マモノ増加』の調査。
ここでは、『マモノ』は魔物ではなく『奴隷』をさす軍部の隠語である。
この国では奴隷は禁止されている。
それなのに、あの地では、奴隷を使い、魔法騎士団に納めている魔剣の材料である鉱物を採掘している容疑が浮上している。
そして、その奴隷も実は――
ネイトは、ルシアンの執務室で見せてもらった机上に広げられた数々の資料を頭の中で何度も反芻する。
魔剣を含む武器があの地へ搬入されている記録。
異国から流れ込んだ傭兵たちの名簿。
そして、敵国に潜んでいた間諜たちが命懸けで手に入れた新兵器の図面。
不穏分子たちと、魔剣をはじめとする数々の武器が、あの地に集結し始めている。
ネイトはため息をついた。
「戦争が始まるかもしれない――か」
小さく呟く。
思い出すのは入省当時に発生した王城襲撃テロ事件だ。
公式には、不安を煽らないよう軍部の緊急実戦演習なんて発表しているが、実際は敵が王城に攻めてきた。
王宮魔術師たちが空中戦を繰り広げ、城壁手前では魔法騎士団員と、腕に覚えのある刑部省の書記官たちが命懸けで戦闘をした。
ネイトも、もちろんそこでレイノルドとタッグを組んで闘った。
城内でも王宮の離れにある取り壊しが決まっている宮殿付近でも、激しい魔法戦があったという。
(あの時も冷や冷やもんだったけど、今度はそうも言ってられないぐらい本格的なんだよな)
「おっかないよな。戦争なんて」
カリカリとネイトは後頭部を掻いた。
「それを防ぐために俺たちが行くんだ」
レイノルドは確固たる口調で力強く言った。
「そうだな」
ネイトも決心を固めるように大きく頷いた。
――ローゼが、戦争を仕掛けようとしている奴らに狙われているんだ
不意に、ルシアンの苦々しい声が蘇る。
気づかぬ間にローゼルは、自らの意志とは無関係にその勢力の格好の「生贄」になるよう変容を強いられていたという。
そう告げる彼は毅然としていて、冷静だった。
けれど、その手は小刻みにぶるぶると震えていたのをネイトは垣間見た。
――このままでは、奴らの思うつぼであり、なんとかいち早く足止めをしたいと思っている。
あれだけ圧倒的な騎士のルシアンもさすがに焦燥感に駆られ、そして、ローゼルをつけ狙う奴らに腸が煮えくり返っているのだろう。
(俺が今ローゼルにしてやれることは、ローゼルの身に降り掛かっている火の粉を少しでも多く払ってやることだ……)
お酒が大好きで、頑張り屋のローゼル。
目が合えば笑顔を見せてくれるローゼル。
絶対に、この任務、達成してみせる。
すべてはオーレイヴ荒原の奥地、禁足地に元凶がある。
帝国建国前にあったナバロー王国よりさらに前にあったと言われるウルーインダナビアム国にローゼルを危機から救うヒントがある。
明日レイノルドとネイトは、ルシアン・クレインバールとアラン・リックランスの指揮の下、極秘任務に当たる――。




