第119話 軍師の通い路の真相と、疑惑の伯爵家
——情報収集と称して娼婦館に深く入り浸っていた人が豹変したんだ。
ノーランはお茶に視線を落としたまま、どこか棘のある冷ややかな声で言った。
ルシアンが娼婦館に入り浸っていた。
まさか、そんな。
ローゼルはまるで鈍器で頭を殴られたような衝撃に、絶句する。
不安に駆られ、足元が揺らぐような心許ない感覚。
自分の中で何かが崩れていく気がした。
その様子にトーマスの顔がサッと真顔に戻って、ノーランを一喝する。
「おい、ノーラン。
ここで言う話じゃないだろ」
「え?」
ノーランが何度も目を瞬く。
「ひょっとしてルシアン様が娼婦に通っていること――知らなかったのか?」
慌ててノーランは腰を浮かした。
ローゼルは動揺しながらも、首をぶんぶん上下に勢いよく振った。
「確か、それって一時期噂になってましたよね」
ネイトが口を挟む。
「軍師閣下は娼婦に通っている。令嬢に興味がないのは、そこの娼婦館に気に入った女がいるから。
いつか身請けするんじゃないのかって」
乾いたネイトの口調にローゼルはやけに胸がざわついて、たちまちさっきまで美味しかったお茶の味が消えていく。
「だから、みんな、そうじゃないだろ」
トーマスが苛立ち、頭を掻いた。
「まず、ファーヴァ書記官」
改まった顔つきで、トーマスはネイトを指さした。
「それは本当に根も葉もない噂だ。
あの人が娼婦館に通う事情は大きく三つだ。
それも事務的なもので……」
「やっぱり通ってたんですね……」
ローゼルは絶望的な気分になって、トーマスの言葉を遮る形で呟いた。自分の顔が青ざめていくのを感じる。
自分だけに注がれているはずの愛情だと思っていたのに、あの甘い営みを他の女性とも――
胸に鈍い痛みが走り、視界がみるみるうちに滲み出す。
涙目になっていくローゼルに、トーマスはまずいと思ったのか、ノーランの頭を拳で小突く。
「馬鹿、お前のせいで泣いちゃうじゃないか。
これ、ルシアン様にバレたら八つ裂きにされるぞ」
「え、あ、すまない。
俺の言葉が足らなかった」
ノーランは気まずそうに頭をぽりぽりと掻いて、急いでローゼルと向き合うように座り直した。
「えーっと、イースティリア女官。
聞いてくれ。
まず娼婦館は昔から魔法騎士団の大事な裏社会の情報源であり、二つ目、人的救済の場でもあるんだ」
「え? 救済?」
「そうだ。
この国は人身売買や奴隷を禁止している。
だが、闇取引や闇オークションで連れて来られる異国の女性がまだ多い。
それは知っているよね?」
「はい……」
「彼女たちをこちらが保護しても帰れる場所がない。
なにせ言葉が通じないからな。
一体どこの国からやって来たのか分からない。
そういう女性たちが路頭に迷うことがないよう、あそこで下働きしてもらいながら、生きていくための基本的な教育を施している」
「保護施設のような役割を果たしているということですか?」
ローゼルは、恐る恐る尋ねた。
「そう。教会も一時期候補にあったらしいが、教会派は、異国から来た彼女たちを強引に改宗させようとする可能性が出てきた。
だから、やむなく娼婦館にしたんだ」
「なるほど。
信仰する神様が違うから……。
無理矢理知らない場所に連れて来られて、心の拠り所の信仰まで奪われるのは、さすがに殺生な話ですもんね」
この国の教会は、すべて国教の魔法を尊ぶヴォンミロク教だ。
禁教でない限り、この国は帝国の法律に従う他宗教には寛大だ。
けれど、教会はどこか違う。
他宗教を軽んじ、自分たちの神がすべてだと信じている。
「そういうこと。
で、才覚ある者は言語を覚えて自立し、そうでない者はそのまま——。
まあ、そういうことだ」
「つまり、選択肢を与えて、ご自身で生き方を選ばせると」
「うん、話が早くて助かる」
ノーランは少しほっとした顔をする。
「だから、俺たち魔法騎士団として、付き合いを続けているっていう側面がある」
それならば、腑に落ちる。
ルシアンは面倒見がいい。
世間では鬼騎士団長、バケモノ軍師とか恐れられているが、実際人を見捨てることができない性分だ。
身分があり、地位がある。
だから、当然、彼女たちを気にかけるだろう。
サーサーという柔らかな音が外から聞こえた。
雨が降り出した。
雨音はどんどん大きくなっていく。
頭では理解している。
帝国の総魔法騎士団長としての仕事の一環だって。
それなのに、胸に込み上げるどす黒い嫉妬と、全身がピリピリするようないたたまれない苛立ちが駆け巡った。
(私って心狭いかも……)
「三つ目。ここからは魔法騎士団によくありがちな話なんだけど」
今度はトーマスが説明し出す。
「魔法騎士って『魔法』って言葉がつくからには、魔法が使えるのが大前提だ。
かつ、騎士は常に体力勝負。
当然毎日訓練して、いつ敵が攻めてきてもいいように爪を研いでいる。
そのせいで屈強な奴が多い。
ほら、俺たちもそうだ」
腕まくりをするトーマスがノーランに目配せし、ノーランも渋々腕を出し、二人で大きな腕の力こぶを自慢げに見せつける。
ムキムキの盛り上がる筋肉。
「な、すごいだろ?
ルシアン様はもっとすごいぞ」
ニカっと歯を見せてトーマスが笑った。
ローゼルはくすっと笑った。
どうやら泣きそうになっていたローゼルを少しでも慰めようとしてくれたようだ。
(女の子に筋肉見せても、筋肉フェチじゃなきゃ、そこまで喜ばないよ)
そう思いつつも、彼らのささやかな気遣いがなんとなく嬉しかった。
それに、ルシアンの彫刻のような逞しい肉体美はすでに毎晩拝んでる。
彼も毎朝ちゃんと屋敷の庭園で素振りなど鍛錬を欠かさない。
「まあ、そういうこと。
でも、魔力って不思議なもので体力と比例する場合があって、身体を鍛えれば鍛えるほど、魔力量も増える傾向にあるんだ。
それで、中には莫大になり過ぎた魔力を自分で調整できなくなる者もいるんだ。
それを“魔力過多”というんだよ」
袖を直しながら、トーマスは神妙な顔つきで言った。
魔力過多。
「それなら私も聞いたことがあります」
「おぉ、そうか」
トーマスはニッと笑った。
「ちなみに、コイツ、ノーラン・ターラントもそう。魔力過多気味だ」
ローゼルはノーランを見た。
ノーランはむっとして何故か視線を逸らす。
「俺はあそこに通わなくても、別に自分で調整できる」
不愉快そうに眉をひそめた。
「そうだな。
大半はノーランみたいに自分でコントロールできる。
だけど、ルシアン様は違うんだ」
トーマスが含みを持った声で、ティーカップに手を伸ばす。
「自制できないほど、魔力が溢れ出ている。
とんでもない魔力過多なんだよ」
「そんなに?」
「ぱっと見は、分からないと思う。
けど、そもそもあの人って生まれつき魔力量が凄いだろ?
魔力過多症状に陥ると、膨大な魔力が抑えきれずにダダ漏れになるんだ。
酷くなると吐き気が止まらなくて体調を崩すし、機嫌だって最悪になる。
あの人が体調管理にうるさいのは、そういう事情もあるんだ」
トーマスの話を聞きながら、ローゼルはハッとした。
言われてみれば、ルシアンは薬のことや医術、治療魔法についても博識だった。
(なるほど。
やけに私の持病への造詣も深かったのは、そういうことだったのね)
納得するローゼルの表情を確認しながら、トーマスは抑揚なく言う。
「結局のところ、魔力過多症は治癒魔法や薬で治すことはできないんだ。
最も手っ取り早い対処法が、女性と性交渉をすること。
つまり、男の溢れた気を、女が受け止めて均す」
「え?」
ローゼルが目を見開き、ネイトも驚いて思わずこちらを振り返る。
その反応にトーマスとノーランは苦笑を浮かべた。
「性交渉という単語で卑猥に感じるかもしれないが、これは東方の国に伝わるれっきとした陰陽思想の健康法の一つだ」
ノーランが、落ち着き払った声で言った。
「陰陽思想……」
ローゼルはぽかんとした。
「イメージつかないよねぇ。
まあ、ちょっと小難しい話をするとだな」
ティーカップを置いて、トーマスが身を乗り出す。
「この世界は、いつも『陰と陽』の二つで回っているんだ。
どちらか一方が欠けても、もう一方は成り立たない。
それが男と女にも同じことが言える」
「男と女にも……?」
「うん。陰が女、陽が男。
男女が交わることで体内の陰陽の気の調和を図るんだ。
互いの精気の消耗を防いで、足りないものを補う。
そうやって健康を維持する」
「要は男女の睦み合いに健康維持の秘密があるってことですか?」
ネイトが尋ねた。
「そう。
ルシアン様はそうやって莫大な魔力を発散させているわけだ」
「む、睦み合い……」
あけすけな単語にローゼルは、思わず口元を押さえた。
「あれ? でも、それって……」
ローゼルはふと思い出したことを口にする。
「魔法省で、それにちなんだ研究をしている特別補佐官がいると聞いたことがありますけど——」
「ああ、いるね。
変わり種のスケベマダム」
苦虫を嚙み潰したような顔つきでトーマスは呟いた。
「へ? スケ……」
なんだそれは。ローゼルは首を傾げた。
「会ったことない?
彼女、いつも好き好んでボディラインが分かるようなスケスケの服を着ている露出狂。
一種の名物女官だよ」
「え、会ったことないです」
「あれは、服じゃなくてネグリジェですね」
ネイトが呆れ顔で口を挟むと、トーマスは半笑いを浮かべた。
「だよねぇ」
「え! ネイトは知っているの?」
ローゼルは仰天して、ネイトの顔を見た。
「うん。時々、刑部省に現れて、『私の実験台にならない?』って勧誘してくるんだよ。
しかも、すげぇ破廉恥な格好だからね、何人もの下心を持った書記官と騎士が犠牲になってたんだよ」
ネイトは苦笑を浮かべながら、頬を掻いた。
「そうそう。
男って本当馬鹿だからさ、みんな、あのスケベな服装につられて、ウキウキ気分で被験者として行くんだよ。
でも、散々出し尽くして、次の日騎士として全然使いものにならない」
トーマスは他人事のようにケラケラ笑った。
「だから、あの人を出禁にしてるんですね」
「そう。
なのに、時々現れるんだよねぇ」
「でも、その方って立派な研究者なんですよね?
内容が内容なだけに大っぴらに宣伝されてませんが、男女の睦み合いの時に、うまく魔法を行使すれば体にいい影響があるって。
実際、王宮医務室と共同で何度も世界的に論文を発表してますよね?」
祖父が物珍しいからと送ってきた論文に、確か彼女のがあった。
エレナからもそういう風変わりな研究者が魔法省にいると教えてもらったこともある。
男女が交わると魔力も変わる——
「そうなんだよ。
あんなんでも、世界から注目を浴びている研究者なんだよね。
つまり、魔力過多の対処法はスケベマダムの論文に基づいているということなんだよ。
意外でしょ」
「魔力過多も度を越えると大変なんですね」
独り言のようなネイトの呟きに、トーマスが素早く反応する。
「そういうこと。
ファーヴァ書記官。変な噂を信じ込みすぎ」
「はい、すみません」
「ではでは、諸君、ここで結論だ」
トーマスは仕切るようにパンと手を叩く。
「ルシアン様は、情報収集と自分の魔力量を安定させるために、義務的に娼婦に通っていただけ。
決してお気に入りの子がいるとか身請けするとか、あの人に限って絶対にないから。
ルシアン様が総団長になる前からしごかれた俺が保証する」
「そうですか」
ローゼルは安堵した表情を浮かべた。
同時に、思い当たることがあって、妙に恥ずかしくなった。
なにせ、ルシアンと愛し合った翌日はやけに体調がいい。
最初に気づいたのは、濃厚な口づけをする間柄になってからだ。
なんとなく翌日は化粧のりも良く、身体が軽い。
深い仲になってからは、さらにそれを強く感じていた。
(ルシ様が毎晩私と睦み合おうとするのは、てっきり愛されているものだと思っていたけど、ルシ様自身も魔力量が多くて苦しんでいたからで……)
じゃあ、実際は誰でも良かった?
不意に、そんな不穏な考えがよぎる。
心の何処かで黒くうねる暗雲が立ち込めて、背筋がひんやりとした。
だけど、すぐに打ち消す。
そんなわけがない。
(ほら、エレナだって言っていたでしょ。ルシ様の魔力が私を治してくれているって。
でも、それは私だけじゃなかった。
私の体が、彼の苦しみも受け止めていた)
そう思ったら急に彼が愛おしくなった。
(連日愛され続けてちょこっと寝不足気味だったけど――。
ルシ様のためなら、毎晩の激しい閨事も頑張れる気がしてきた)
ローゼルの口元に、思わず小さな笑みが零れた。
「イースティリア女官」
空気が僅かに和んだところで、ふいにトーマスに名前を呼ばれて顔を上げた。
「ファーヴァ書記官の聞いた噂もさぁ、結局真相を知らない奴らがそういう派手な尾ひれをつけて盛り上がっているだけだ。
気にしないでね」
トーマスは手をひらひらさせて笑った。
ネイトは、無表情なまま黙ってすっかり冷めたお茶をぐいっと飲み干した。
「俺も本当にこのとおり悪かった。
迂闊だった。
つい知っているものだと思い込んでいた」
ノーランがローゼルの顔を覗き込むようにして謝った。
「おいおい、ノーラン。
考えてみろ。
ふつう、惚れた女にそんなことを打ち明けるか?」
ローゼルが返事をする前に、トーマスが呆れ返ったように声を上げた。
「え? そういうもん?」
きょとんとするノーランに、トーマスはやれやれと肩をすくめた。
「お前だったら、わざわざ打ち明けるか?」
トーマスの問いかけに、ノーランは一瞬躊躇う。
「……そうだな。
話す必要がなければ話さない」
「だろ? というか、ルシアン様の魔力過多はこの国の機密事項なんだ。
敵国が知ったら大変なことになるだろうが」
「ああ、そうだった。
すまん」
「ってことで、二人とも外部には話さないこと」
トーマスが唇に人差し指を当てて、ローゼルとネイトに念を押した。
「あと補足しておくと、いままで定期的に娼婦館に顔出す役目はルシアン様だったけど、その役目を第5騎士団の誰かに任せることにしたみたいだ。
昨日第5の騎士団長とその話もしたらしいし」
「そうなんですね」
そう返事をしつつも、ローゼルの不安は消えない。
「ってことで、結婚祝い何がいい?」
にこ〜っとトーマスは笑った。
「その話、まだ生き残っていたんですか?」
ローゼルは慌てた。
「当然。第5の奴に任せた時点で、間違いなくルシアン様がイースティリア女官に一筋ってことだし、あの調子だと早々に結婚式、挙げそうじゃん」
「だけど、性急すぎだろ」
ノーランも苦言を呈した。
「いいんだよ、こういうのは。おめでたいことなんだし」
上機嫌なトーマスに対して、ますますノーランは顔を曇らせた。
「……あの、私、まだ婚約破棄だって出来ないんで、結婚なんて……」
もじもじしながら、ローゼルは視線を落とす。
ティーカップのきらめく琥珀色の水面を見た。
「ああ、それね。
ったく、アイツもいい加減観念すればいいのに。
全然吐かないんだよなあ」
トーマスは手を頭の後ろに組んで、椅子にもたれかかった。
アイツというのは、レオーネのことを言っているのだろう。
「あの、差し出がましいんですが……本当にレオーネが殺したと確定したんでしょうか?」
ローゼルは堪らず、ずっと疑問に思っていたことを口に出した。
トーマスとノーランが、互いをちらっと見合う。
一瞬剣呑な空気が漂い、ローゼルはたじろいだ。
「えっ、なに、なんかそう思う根拠でもあるの?」
トーマスが面白がる口調で尋ねた。
だが、その瞳の光は鋭い。
「根拠っていうか……」
ローゼルは机の下にある指をこねくり回して、ぼそぼそ話す。
「レオーネ・ウルームって、婚約者の私が言うのもあれなんですが、ものすごく臆病で浅はかな人なんです」
「え?」
ローゼルの台詞にみんながきょとんとした。
どうやら、ローゼルが一応婚約者であるレオーネを庇うために言い出したのでは、と思っていたらしい。
だけど、実際は正反対。
ローゼルは続ける。
「レオーネって情けないほど、弱虫で小心者なんです。
人を殺すなんて大それた度胸があるはずありません。
それに、平民の子が妊娠したからって、むしろ『本当に俺の子か?』なんて嘲笑って逃げる碌でなしです」
「碌でなしって……」
あまりにもはっきりローゼルが言うので、トーマスは失笑した。
「いや、一理あるな。
根性なしの金持ち令息って感じは否めない」
顎を撫でながらノーランは同意し、ネイトまで振り返ってローゼルの話に真剣に耳を傾けた。
「ふうん。
なあ、イースティリア女官から見て、ぶっちゃけ、婚約者はどんな男だ?」
ノーランがテーブルに両腕を置いて前のめりで尋ねた。
「えっと……。
本音を話してもいいんですか?」
「もちろん」
「私、一応、十年間レオーネと婚約者やっているずぶずぶの関係者ですよ」
「全然ずぶずぶで構わないよ。
俺たちよりあの小僧……じゃない、彼のことをよく知っているし。
今後の捜査の参考になると思うんだよね」
トーマスから「小僧」という言葉が出たことが気になりつつも、ローゼルは答える。
「では、ぶっちゃけさせていただきます」
ローゼルは、ぐっと上半身を前に出して畳み掛けるように話す。
「レオーネは、変に育ちだけはいいんです。
プライドが高く、自分より立場が下の人には居丈高。
でも、騎士の皆様のような圧倒的に自分より強い方々にはヘコヘコするタイプです」
「長いものに巻かれるタイプ?」
「はい。
あと、口だけは達者で自信満々なのに、言葉の中身はすご〜く薄っぺらいんです。
常に他責思考というか……。
私の中でレオーネほど有言不実行な人はいません」
「なんだ、それ。
有言不実行?」
トーマスは呆れ果てながらも、半笑いを浮かべた。
「有言実行の反対、やるやる詐欺です」
「つまり、君の婚約者は、腰抜けの口だけ野郎だというのかい?」
乾いた声でトーマスは尋ねた。
「そう、それです。
碌でなしっていうより、腰抜け! ぴったりです」
ローゼルは目を輝かせて、両手を合わせた。
「うわぁ、溜まっているね、彼への愚痴。
っていうか、そこまでいくと悪口だ」
ついついトーマスは苦笑を浮かべた。
ノーランもネイトも奇妙なものでも見るかのようにローゼルに注目した。
だが、徐々にローゼルの話に興味が湧いた雰囲気がある。
「それじゃあ、誰が彼女を殺害したんだろう?
イースティリア女官の率直な意見を聞かせて欲しいな」
トーマスが食らいつくようにローゼルを見据えた。
ローゼルは束の間逡巡して、改まって尋ねる。
「そうですね……。
じゃあ、二、三、私から質問してもいいですか?
一応クレインバール卿からこっそり事件の概要は聞いているんですけど、どうしても分からない箇所があって……」
「へえ、ルシアン様から情報提供。
うん、だったらいいよ。俺が答えられる範囲内になるけどね」
トーマスはニヤニヤ笑って、頬杖をついた。
「はい。十分です。
まず、今回入水自殺と見せかけて殺害したんですよね?」
「うん、そう。
彼女が飛び込んだと信じた目撃者もいたくらいだからね」
「事故から事件への決め手は、騎士の皆様が魔道具を見つけたことですよね?」
「そうだね。
そもそも魔道具って、すご~く貴重で高額なんだけど、今回のはさらに稀少な幻影魔道具」
「被害者女性が橋から飛び降りる幻影を見せるものだったんですよね?」
「うん。そんな貴重な魔道具が見事、粉々に破壊されていたんだ。
拾い集めるのに苦労したらしい」
粉々。魔道具というのは繊細だけど、それでもすぐ壊れないように外装はかなり頑丈に作ってある。
簡単に壊れるものじゃない。
「証拠隠滅に随分と手をかけてあった感じですか?」
「だね。破壊するにも時間がかかったんじゃないかな」
トーマスが肩をすくめ、ローゼルは顎に人差し指を当てて考え込む。
レオーネはハッキリ言えば、単細胞。
今思えば本当に、本当~に浅はかで取るに足らない男だった。
そもそも殺人っていう単語だけでも彼には恐ろしすぎて、頭に思い浮かばない。
もし殺害するにしても、つい感情的になって、その場にある鈍器で頭を殴って、そのまま泣きながら山奥に遺体を埋めるのが関の山。
そんな彼が自殺に見せかけるような巧妙な凝った殺し方をするのだろうか?
ましてや、地元の自衛警察団を欺くほど、冷静に証拠隠滅を図れるのか。
「変ですね。
臆病風に吹かれて尻尾を巻いて逃げ帰るような男がレオーネです。
そこまで周到な証拠隠滅が冷静にできるとは、とてもじゃないけど思えないです」
醒めた声でローゼルは言い切った。
トーマスとノーランはきょとんとした顔になり、すぐに大声で笑い出した。
「あーっはっはっ。
ここまで婚約者の無罪を違う意味で信じるなんて」
「逆に痛快だ!」
よっぽどローゼルの発言が面白かったのか、二人はしばらくの間、腹を抱えて笑い続けた。
「……あの、私、本気ですよ」
落ち着いたところで、ローゼルは呟いた。
「うん、本気だね。すっごい熱量だもんね」
トーマスは体勢を立て直した。
「それだけ、あの婚約者に苦労させられたんだね」
「はい。ものすごく苦労しました」
「だよねぇ。
いいよ。続けて」
まだ愉快だと言わんばかりにトーマスは笑いをかみ殺しながら、話を促した。
「だから、たぶんですけど、彼の実家が一枚噛んでいると思います」
スッとトーマスとノーランの顔が真顔になった。
「実家ってウルーム伯爵家か」
眉間にしわを寄せたノーランは、続ける。
「だが、あの魔道具はウルーム伯爵が作ったもので、なおかつウルーム伯爵の名前で盗難届も出されているんだ。
盗まれて困っているのに家族が協力?
変じゃないか?」
「その盗難届もおかしくないですか?
嫡男が殺害で使っているかもしれない道具をあえて父親が盗難届を出すなんて。
遠回しに魔法騎士団に息子を捕まえてください、と言っているようなものですよね」
ローゼルは控えめに声を出した。
「あぁ、言われてみれば――。
それもそうか」
ノーランは唸る。
腕を組んでトーマスがローゼルの顔を覗き込んだ。
「だけど、逆に考えれば外部の犯行と見せかけるために親子ぐるみで犯行に及んだ可能性はある」
「親子ぐるみはありえません」
ローゼルは即、断言する。
「レオーネは他責的な人間です。
父親に打ち明けているなら、父親に任せて逃げます。
父親のウルーム伯爵だって彼の性格を把握しているから、きっとほとぼりが冷めるまで、他国に留学させたりすると思いますよ。
けど、ウルーム伯爵はそんなことしなかったし、レオーネが捕縛されたのは、まさに寝耳に水だったというか……驚いていました」
そうでなければ、ウルーム伯爵がわざわざ王城まできてローゼルに婚約続投を願い出るわけがない。
「――私が思うのは、犯人はレオーネじゃなくて、家中の誰か。
それもウルーム伯爵家から魔道具を盗み出せるような人ではないかと思います」
ふいにローゼルの頭の中に何人かウルーム伯爵家の従者たちの顔が思い浮かんだ。
その間にノーランとトーマスが顔を見合わせ、小声でボソボソと話し出す。
「あの小僧は殺害動機もあるし、怪しいって思っていたけど、イースティリア女官の言うことも一理あるな」
ノーランは険しい表情になった。
「ああ。考えてみれば、レオーネはイースティリア女官の話どおり典型的な臆病者だ。
人を殺しておいて冷静に魔道具を見つからないように破壊するとかできるタマじゃねえ」
「だよな、俺もそう思った。
確か、ウルーム伯爵の動向はルシアン様とアランがチェックしていたはずだ。
領地は第8魔法騎士団が見張ってるんだっけ?
ウルーム伯爵捕縛のために」
「そうだ。
ちょっと路線変更で相談してみるか」
「だな」
トーマスとノーランは同時に頷き、それからローゼルと向き合う。
「ありがとう、イースティリア女官。
参考にさせて頂く」
トーマスが真顔で言った。
「はい、それじゃあ」
ローゼルが腰を浮かすと、トーマスが付け足すように言う。
「ごめん。
あと一点、別件で確認したいことがあったんだ」
「はい、なんでしょう」
ローゼルは一瞬警戒する。今度は何を聞かれるんだろう。
「おい、ネイト・ファーヴァ書記官もいいか?」
ノーランがネイトを手招きして呼んだ。
ネイトは訝しげに二人のもとに歩み寄り、ローゼルと顔を合わせて首を捻った。
雨混じりの風が窓ガラスを叩く。
外はすっかり灰色一色に染まっていた。




