第117話 桃色の偽命令書と、慇懃無礼な子リス女官の反撃
先日酔った勢いで、しでかしてしまった乱暴騎士たちへの鉄槌。
ローゼルはその件で、魔法騎士団のところへ事情聴取に行かなくてはならない。
明るい昼下がり。
憂鬱な思いと緊張を胸に、急いで庭園に面する王城の回廊を駆け抜けた。
(まずい、遅刻だよ)
今回の法務省資料室での事件と、あの後始末に想像以上に時間がかかってしまった。
大臣であるライアナース卿への報告に、新しい資料室への備品や本棚の整理、それに伴う各省庁への通達、問い合わせ対応などなど。
とにかく忙しい。
「ローゼル・イースティリア子爵令嬢」
その時、怒気の含まれた女性の声がローゼルを呼び止めた。
聞き慣れた嫌な声。
この声って……。
ローゼルは渋々足を止め、そっと振り返った。
声の主は、凄まじい憤りの形相のナディア・グロウディーナだ。
(うわぁ、最悪。
こういう急いでいる時に限って面倒なご令嬢が今来ちゃったよぉ)
しかも、お決まりの取り巻きの令嬢たちまでちゃっかり従えている。
ローゼルはうんざりした。
だけど、こういうのは表情に出しては負けだ。
どう転んでも彼女は格上の公爵令嬢であることに間違いない。
「ごきげんよう、ナディア・グロウディーナ公爵令嬢」
穏やかに、涼しげな笑みを浮かべて、ローゼルは慇懃丁寧に胸に手を当ててお辞儀をした。
令嬢スタイルなら、本来はカーテシーを披露するべきなのだろう。
だけど、今は女官なのでわざと官僚スタイルで挨拶をする。
そんなローゼルの態度にナディアが露骨に顔を歪めた。
だが、次の瞬間、彼女は大きな瞳をさらに大きく見開いた。
おや、もう気づいたのかな?
心の中でローゼルはにやりと笑った。
なにせ目の前にいるのは、彼女の知っている青白く不健康なローゼル・イースティリアじゃない。
(ふふん、私は今人生最大の健康を手に入れている令嬢だよ)
勝ち誇った笑みを浮かべたい気持ちをぐっと抑えながら、内心はガッツポーズだ。
クレインバール邸の朝の身支度は、実家よりもいろいろ手厚い。
侍女のケイトたちが腕によりをかけたヘルシーメイク。
いやいや、その前の晩から念入りなトリートメントとマッサージが施されている。
ローゼルがお風呂でうたた寝している間に、肌艶はツルツルのピカピカだ。
お陰で、長年ガシガシしていた髪がキューティクルばっちりになったし、食べ物も最近はちゃんと栄養価の高いものをしっかり食べているからか、体調もばっちり。
なにより嬉しいのは、化粧乗りがいいことだ。
青白い肌で、目の下の隈も、むくみもひどかった数か月前とは雲泥の差。
これにはナディアだけじゃない、取り巻きの令嬢たちも驚いている。
「あの子ってこんなに小綺麗だったかしら?」
「やけに生気が漲ってるわ」
「あの口紅の色って、最新のモノではなくて?」
(でしょでしょ!
メイク道具も公爵家に劣らない最新かつ最高級品を使っているんだから!
しかも、ルシ様に愛され、超絶満たされているのよ!)
心の中で小躍りしているローゼルの態度が透けて見えたのか、ナディアは憮然とした。
「イースティリア嬢」
彼女は仕切り直すようにコホンと咳払いし、一瞬間を置いてから、口角をニッと上げた。
艶然とする余裕があるように見える可憐な微笑。
これで性格が良ければ、完璧な上級貴族令嬢なのに。
「はい。なんでしょう?
グロウディーナ公爵令嬢」
ローゼルは愛想よく返事をした。
「あのね、先日イースティリア子爵に、あなたを正式に公爵令嬢の侍女として雇ってあげるという文書を送ったの。
そのこと当然知っているわよね?」
軽蔑と揶揄を込めた口調でナディアは言った。
ローゼルのこめかみが、一瞬ぴくりと動く。
(おっ、さっそく来た!)
思ったより早い動きだけど。
彼女の言う「正式に公爵令嬢のあたしの侍女として雇ってあげるという文書」——ローゼルは先日父が持って来た手紙を思い出す。
『ローゼル・イースティリア子爵令嬢を我がグロウディーナ公爵の侍女として正式雇用する。
なお、これを断ることを禁ずる。
公爵リュシューリル・グロウディーナ』
文面と封筒の蝋封を見れば、公爵家からの命令書のように思える。
だけど、淡いピンク色のこじゃれた便箋と封筒。女性が書いた筆跡。公爵家の正式文書にあるまじき曲がった蝋封。
こんな杜撰なものが、上級貴族の公爵家からの正式命令書だとは到底言えない。明らかな偽造文書である。
(この子も私と同じで知らされていないんだよね、きっと)
継母シャルルとその子デジールを受け入れる代わりに、グロウディーナ家はイースティリア家には関わらない、というグロウディーナ公爵と父との密約を。
これがもし本当に公爵が出した正式文書だったら、公爵が約束違反をしていることになる。
それ以前に、放置しておけば、約束違反をした公爵自身が父に接触してくるはずだ。
だが、あの筆跡と公爵家の蝋封を使う大胆不敵さ。
間違いなく末娘ナディアが作為的に書いたものだとローゼルは推測した。
近々必ず、ナディア自身が自分より格下令嬢のローゼルに声を掛けるはず、そう踏んでいた。
結果は、後者。
やはり、あれはナディアが出した手紙——偽命令書だ。
「正式に私を侍女に、ですか?」
ローゼルはあえてすっとぼけた態度で尋ね返した。
「あら、あなた、何も聞いていないの?」
ナディアは怪訝そうな顔をした。
「はい。何のことでしょう?」
「本当に知らないの?」
もう一度ナディアは確認するように聞いた。
「はい、全然。
そんな無礼な内容を公爵閣下が我が家に送ったんですか?」
無邪気にローゼルは首を傾げた。
「無礼な内容?」
ナディアの形の良い眉が不愉快と言わんばかりに吊り上がった。
「あら、あたくし、一瞬幻聴が聞こえたのかしら」
顎に人差し指を曲げて乗せ、ちらっと取り巻き令嬢たちに目配せをした。
幻聴。
つまり、ローゼルが「無礼」という言葉を使ったのを雑音だと言いたかったのだろう。
「そうです。幻聴に間違いありません」
「ええ。私も変な音を聞きましたわ」
ナディアの機嫌を損なわぬよう令嬢たちは、クスクスとどことなく悪意のある嘲笑を浮かべた。
「何がおかしいんでしょうか?
天下の公爵家が、無礼で、なおかつ、無作法な内容を平然と格下貴族に正式文書として送った。
そう私は言いました。
決して幻聴ではありませんよ」
ローゼルはやんわりと微笑むが、そこには嘲りも含まれ、令嬢たちは息を呑んだ。
「まあ、公爵家に対して無作法だなんてよく言えたわね」
「どっちが無礼なのかしら」
腹に据えかねる、という調子でナディアが口を開く。
「イースティリア嬢。
なんですか、その態度。
やはりあなたは令嬢の出来損ないだわ」
「はあ」
ローゼルは、ひんやりと見下ろしてくるナディアに生返事をした。
「いい? 小賢しく、上級貴族の殿方にばかり色目を使うしか能のない女官のあなたを……。
しかたないから、あたしの侍女にしてあげるっていうのよ。
とてもありがたいお話でしょ?」
バサッと、ナディアは手に持っていた扇を広げ、口元を隠した。
少し首を傾げ、流し目でローゼルを見る仕草は妖艶であり、まさに上級貴族令嬢だ。
だけど、やっていることは、無礼で無作法、非常識な行動だ。
令嬢の出来損ないは、どっちなんだか。
「ですから、それが無礼千万なんですよ」
ローゼルは非難の混じった眼差しを向けた。
「はぁ!?」
今度はナディアから公爵令嬢とは思えぬ、素頓狂な声が上がった。
「ナディア様。
この子、子爵位だから淑女の『しゅく』の字も分からないんですよ」
取り巻きの一人が、ナディアを宥めるように囁いた。
ほかの取り巻きたちもここぞとばかりに、ヒソヒソと告げる。
「そうですよ、ナディア様が目くじらを立てる必要性なんてありません」
「こんなんだから、婚約者を格下の男爵令嬢なんかに盗られるんですよ」
「ええ、まったくですわ。
男性と肩を並べる小賢しい知識ばかり蓄えてるから、最低限の淑女の礼儀すら全然なってないんですよ」
「これだから下流貴族は」
「子リス女官なんて武官ごときに呼ばれていい気になっているだけよ」
耳の奥にまとわりつく令嬢たちの冷笑。
ローゼルは令嬢たちの声が全然聞こえないふりをする。
黙って、ただにっこりと微笑むだけ。
(はあ? あなたたち、本気でそれ言ってるわけ?
そっちの方が無知も甚だしいんだけど。
っていうか、まずは常識ってもんを身に着けたら?)
ローゼルは、あっかんべーをして悪態をつきたいのをぐっと堪えた。
そうローゼルが思っている一方、令嬢たちの陰湿な笑い声を背景に、ナディアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「それもそうね。
みんな、ありがとう」
取り巻き令嬢たちにナディアは、感謝の意を表す。
令嬢たちは「その意気です」なんて、声援を投げた。
(馬鹿じゃないの?
なぁにが、「みんな、ありがとう」よ)
心の奥底で、ローゼルは盛大に鼻を鳴らした。
ナディアは、扇を音もなく閉じると、細い指先でしなやかに柄を支えた。
それから、敵意を露わにしてローゼルに向き合う。
有無を言わせないという決意が込められた瞳。
「明日よ。
明朝に我が公爵家に来なさい。
これは命令です」
無表情なまま凛然と命じた。
ローゼルは、小さく吹き出し、笑い声を立てた。
「ですから、グロウディーナ公爵令嬢。
それが無礼であり、一歩誤れば『不敬罪』なんですよ」
「はい?」
ナディアたちは、そつなく笑みを浮かべながら「不敬罪」まで言い出したローゼルを不気味そうに見た。
何を言っているんだ、と。
(ったく、面倒だな。
一から十まで言わないと分からないかな?)
ちっと、心の中で舌打ちをしながら、ローゼルは時間短縮のために、ナディアが送ってきたあの命令書の手紙を——手札として使うことにした。
「ナディア・グロウディーナ公爵令嬢。
私が帝国公務員なのはご存知でしょうか?」
「ええ。当然でしょ。
女官だから用が特にないくせに、王宮を歩き回れるんだもの」
ナディアはせせら笑った。
(はあ? 相変わらず世間知らずね。
女官でも縁故採用の給料の低い『准』帝国公務員はともかく、ちゃんとした女官たちは仕事で精一杯なんですよ)
思いっきり、内心でやれやれと首を振りながら、ローゼルは深呼吸をした。
こういう時は、声のトーンは物静かに。
穏やかに、冷静さを保つことが最優先。
相手が相手だから逆上させすぎも良くない。
お灸を据える程度がちょうどいい。
ローゼルは、ナディアとその後ろに控える令嬢たちをぐるりと見回す。
彼女たちから僅かだが、脅えの色が見えた。
彼女たちだって馬鹿じゃない。
今からローゼルが何を言うのか不安なのだ。
なにせ、ローゼルは法務省女官。
帝国公務員になれるということは、それなりに知識があるということ。
自分のせいで「不敬罪」となり、家に迷惑がかからないか、そう冷や冷やしているはずだ。
「ご存知で良かったです。
最近は『外部人材』の女性も増え、制服が違えど、王城に出入りできる点で帝国公務員の女官も同等と乱暴な括り方をする方もいますからね」
ローゼルは人当たりのいい笑顔を浮かべる。
「では、当然こちらもご存知ですよね?
帝国公務員の鉄板ルール」
「鉄板ルール?」
一段と声が低くなったローゼルに、ナディアは訝しげな表情をした。
「はい。
——正当な理由がない限り、業務遂行中の帝国公務員の業務妨害をしてはならない。
また、皇族以外不当な命令や指示、不要な重圧をかけてはならない。
というものです」
一瞬、ナディアは怯んだ。
次に、困った表情で周囲の令嬢たちと顔を見合わせる。
取り巻き令嬢の一人が頷くので、ナディアは勢いよくローゼルを睨みつける。
「し、知っているわよ。
当然でしょ」
(いや、噛んでるし……)
この反応は、明らかに知らなかった感じだ。
だいたい彼女は公爵令嬢なのだから、難しくて厳しい淑女教育を受けているはずだ。
こういう法律には専門家とまではいかずとも、それ相応の知識はなくてはならない。
(それなのに、知らないって……。
どれだけ甘やかされて育ったのかしら)
呆れ返るのを顔に出さないようにして、ローゼルは淡々と続ける。
「でしたら、我がイースティリア家に届いたとおっしゃる文書は、帝国公務員の私に不当な命令を下したことになります。
そのことにお気づきで?」
「え?」
「だから、このままではグロウディーナ公爵家は『不敬罪』で処罰されちゃいますよ、と進言してるんすよ」
「適当なことを言わないで」
ナディアは戸惑い始め、心なしか青ざめていた。
「適当?
私はこれでも法律を整備し、順守を促す側の法務省の人間です。
格上の公爵令嬢にそんな適当なことを言うと思いますか?」
「そうだけど……」
尻込みするナディアに、ローゼルは一歩前へ踏み出す。
「考えてみてください。
グロウディーナ公爵令嬢のお話によると、『帝国公務員を辞職して公爵家の侍女になれ』っていう命令書になるんですよ。
解釈の仕方によっては、皇族から公爵家に忠誠を乗り換えろ、と命令しているようにも聞こえます。
それって、公爵家の方が皇族より格上と声高らかに豪語しているのと同然ですよね」
「なっ……!」
ナディアは言葉を失う。
背後に控えていた令嬢たちがざわめき始め、眉をひそめた。
「あなた、失礼よ」
一人の令嬢が声を上げた。
「だいたいあなたは子爵令嬢でしょ。
子爵家が公爵家に従うのは当然でしょ?」
「いいえ。身分は関係ありません。
その命令書とやらは、不敬罪とみなされても致し方ありません。
私の忠誠は帝国公務員らしく皇帝陛下に捧げていますので」
ローゼルは胸に手を当て、大袈裟に王宮に向かってお辞儀をした。
「ですが」
顔を上げて、取り巻き令嬢たちを再び見廻した。
浴びせられる意地悪な視線に、ローゼルはにこっと微笑んだ。
みんな、ぎょっとしたような奇妙な表情になる。
ローゼルは、なんだか愉快な気分になった。
「今、ナディア嬢のお友達のご令嬢がおっしゃったことは、先程と同様、『公爵家は皇族よりも高貴な家柄なのだから鞍替えしろ』ということ。
しかも、公爵自らが堂々と書面で御命令をされたことになります。
つまり、不敬罪を超えて、反逆罪にもなりかねない行為です」
「は、反逆……!?」
ざわめきが広がり、動揺が走った。
「だ、だから、いちいち大袈裟なのよ。
格式高い我が家に従うのが下流貴族の役目よ。
そんなことも知らないの?」
ナディアは、どこか脅えたような声を出した。
「いいえ。
勘違いされては困ります」
毅然とローゼルは言い切った。
「勘違い?」
「はい。
私の父メイット・イースティリアは、先日陞爵して伯爵になりました」
再び取り巻き令嬢たちは一斉にどよめく。
「いつの間に伯爵家に?」
「そういえば、先日内々で陛下がお気に入りの臣下を呼んで祝賀会を開いたとか。
それも待ち望んだ家臣の陞爵だったとか」
「え、じゃあ、その待ち望んだ家臣って……」
彼女たちは、恐る恐るローゼルを見た。
この取り巻き令嬢の面子を見る限り、ほとんどが伯爵令嬢だ。
下だと見下していた令嬢が同じになった。
(ご愁傷さま。
これで、あなたたちは私を格下の子爵令嬢だと馬鹿にできなくなりましたね)
この国では中位の階級の伯爵家が公爵家の侍女見習いとして雇用されることはない。
取り巻き令嬢たちは顔を青ざめ、ナディアの顔色を窺い、そして懐疑的な眼差しを向けた。
当然だ。彼女たちからしてみれば、まさか公爵令嬢がイースティリア家昇格の話を知らないなんて、あり得ないことだ。
訝しげな目。
ひんやりとした不穏な沈黙。
(ふふん、勝った!)
ローゼルは、真顔でいながらも、心の中では大興奮だ。
「なっ、なによ。
法律、規則、ルールって偉そうに。
見てなさい、お父様に言いつけてやるんだから!
あんたなんて女官を続けられなくしてやるわ」
まさに悪役令嬢が言うような負け犬の遠吠え、そんな捨て台詞をナディアは平然と吐き捨て、ローゼルを指さした。
思わずローゼルはくすっと笑ってしまう。
「承知いたしました。
どうぞ、公爵様にもよろしくお伝えください。
ですが」
ぎろりとローゼルは全員の顔を睨みつけてから、にっこりと笑う。
ルシアンがこの前オークレー次官に見せたときの笑顔を意識して。
「もし、今後このようなお話をまた頂戴するようでしたら、私ローゼル・イースティリアは、正式に宰相府へ報告いたします。
それからナディア・グロウディーナ公爵令嬢を帝国公務員法違反者として、正式に刑部省に訴えさせていただきますので。
もちろん、ご一緒にいる皆様も同罪ですので、悪しからずご了承ください」
効果は絶大だった。
ナディアをはじめ、そこにいる全員が驚愕した。
みんな、凍りついたように立ち尽くす。
取り巻きの令嬢たちは無言で目配せし合って、今後の出方を窺っている。
腹の探り合いをする空気感。
だけど、ここで一押しをする必要がある。
二度と邪魔されないために。
いくら父親が自分に甘いとはいえ、大貴族の一人として厳格かつ冷徹な仕事をする公爵が安易に許すとは思えない。
恐らく、ナディアは父親に内緒で公爵家の蝋封を使った。
となると、父親に泣きついたって逆に叱られるだけ。
それならばと、優しい遠縁の叔父さんであるオークレー次官に頼るかもしれない。
(だけど、さすがに今回はオークレー次官も庇い立てはできないよね)
相手が下級貴族だったらまだしも、昇格した中級の上位のイースティリア伯爵だ。
揉み消すことはそう簡単じゃない。
「ああ、そうそう。
私、ナディア嬢だけに一言申し上げたいことがありました」
ふと思いついたようにローゼルは声を出した。
「な、なによ」
明らかにナディアの声が慄いた。
ローゼルは、さらにぐいっとナディアに近づいて囁く。
「リュシューリル・グロウディーナ公爵閣下以外の方が、公爵家の正式な蝋封を使って、格下貴族に正式文書を送るのは、いくら血縁者とはいえ偽造文書罪になりますよ」
顔色が青から今度は真っ白になったナディアは、ばっと顔を上げてローゼルの顔を見た。
「まさか……」
震える彼女の声。
あなた、やっぱり受け取っていたのね。そう言おうとする言葉をナディアはぐっと飲み込んだ。
(はい、ちゃんとあなたからの命令書=偽造文書罪の証拠はこちらで預かっています。
クレインバール邸のルシ様の執務机の引き出しにありますよ)
ローゼルは小声で続ける。
「今度私の仕事の邪魔をするようでしたら、その際は公爵家の蝋封の入ったお手紙を私の上官、法務省大臣ライアナース卿を通して提出いたします。
この場にいるご令嬢の皆様も共犯者としてご報告いたしますので、こちらもご承知おき下さいね」
ナディアは恐ろしいバケモノでも見る目つきでローゼルに視線を投げた。
ローゼルは身を引き、姿勢を正す。
もう一度、にっこりと微笑んだ。
「それでは皆様。
急ぎの業務がございますので、失礼致します」




