第113話 小さな女官の反撃と、逃げ場のない朝
「おはようございます」
ミレイユ・カーネルは今朝も元気に笑顔で挨拶する。
この時間帯は、各省庁の中で最も頭のいい秀才たちが揃っているという法務省の官僚たちが多く出勤する。
だからこそ、天使のように愛らしい挨拶は欠かせない。
だけど、今日はなんだか様子がおかしい。
いつも笑顔で返してくれる男性陣たちが、やけに顔が強張っている。
それに、なんとなく避けられているような――
シシィ子爵も今朝に限って姿を見せないし、他にもミレイユと深い関係になった官僚たちが誰も顔を出さない。
毎日懲りずにみんな、ミレイユのところにやって来ていたのに。
特にシシィ子爵。
(なによ。シシィ子爵ったら。
この前、頬にキスしてあげたらすっかりのぼせ上っていたじゃない)
フンと鼻を鳴らしつつも、漂う不穏な空気にミレイユは説明し難い不安に駆られた。
何かあったのかしら?
(まあいいわ。
今日も頑張れ、可愛いあたし)
ミレイユは資料室を目指す。
とはいえ、あの鬱屈した空気は好きじゃない。
じめっとした小難しい契約書ばかりの空間。
不気味な気配がひしひしと感じる埃っぽい部屋。
(でも仕方ないの。
王都で美しく可愛くいるには、領地にいるときよりも倍お金がかかるんだもの。
おねだりをしてアクセサリーや化粧品を買ってもらったけど、シシィ子爵以外、誰もドレスを買ってくれないのよね)
ミレイユは資料室に向かうため、階段を上る。
すれ違う官僚たちに、いつもどおり可愛く挨拶をするも、微妙な空気がやはり漂う。
(もう、一体なんなのよ)
ミレイユは内心イライラし始めていた。
(ハッキリ言って法務省の人たちって、他の省に比べやけに頭がいいけど、面白みがないのよね)
いざ、法律家の旦那様ともなると、お茶会を開催する貴婦人たちは礼儀や作法に厳しく、お堅い女性ばかり。
だったら、令嬢たちから憧れる華やかな外交官が理想だ。
(いろんな国で活躍する麗しい旦那様を支える妻のあ・た・し)
ミレイユはうっとりとした表情で、異国で外交官として活躍しているランス・マクィーン卿の隣で腕を組む自分を想像する。
彼は、ここで働き始めて道に迷ったミレイユを笑顔で法務省の資料室まで案内してくれた素敵すぎる殿方だ。
そう、ミレイユは彼に一目惚れをしたのだ。
だけど、残念ながら、彼には婚約者がいる。
しかも相手は優秀な女官として働いているというじゃないか。
一体どんな女なのか。
ミレイユより可愛いのか、はたまた美しい令嬢なのか。
マクィーン卿が選んだ女性だ。
きっと息を呑むほどの美貌の持ち主のはず。
ミレイユは胸を高鳴らせ、その女官を見に行った。
——心底がっかりした。
真っ黒なローブを頭からすっぽり羽織ったキノコが生えたようなじめっとした女。
それでも、南部地方で有力貴族のひとつ、ヴァービナス侯爵家の令嬢だというから驚きだ。
(きっとマクィーン卿は爵位が上の侯爵家の娘と婚姻するよう親から言われて、渋々婚約したんだわ。
あたしたちは境遇が同じなのよ)
「あぁ、可哀想なお方」
きっとお話する機会が再び訪れれば、あたしたちはあっという間に互いに恋に落ちるに決まっている。
だが、ミレイユが思わず見惚れてしまったのは、ランスだけじゃない。
イケメン部類に入る資料室に現れる大半の殿方は、ミレイユが誘えば、ころっと落ちた。
みんな妻子持ちという点が気に食わないけれど、簡単にベッドで寝物語を囁き合う仲になった。
肉体関係さえ持ってしまえばこっちのもの。
ミレイユの言うことのほとんどは聞き入れてくれる。
シシィ子爵が唯一の独身者だが、彼は容姿も性格もすべてにおいて論外だ。
だいたいある程度の年齢になっても結婚していない官僚は、何かしら癖があって、結婚相手としては除外。
なんとか麗しい独身官僚とお近づきになりたい。
そう、野蛮な武官——美しい魔法騎士団員でも全然構わない。
一番好きな顔は、ルシアン・クレインバール卿だ。
噂では聞いていたけれど、実物はそれ以上。
武官なのに、端正な顔立ち、筋肉隆々でもすべてが洗練されていて、全然気持ち悪くない。
いい意味でミレイユは度肝を抜かれた。
(ああいう武官の方々とどうやったらお近づきになれるのかしら)
誰かに紹介してもらいたいところだけど、あいにく武官と縁のある文官はミレイユの知り合いにはいない。
ミレイユは法務省の資料室の扉を開けた。
ここの開錠施錠は決まった時間になると、魔法で自動に行われる。
え? どういうこと?
部屋に入って、ミレイユは目をぱちくりさせた。
部屋はもぬけの殻だった。
カーテンも絨毯も、本棚も作業机も、全部ない。
がらんとした広い空間。
こんなにも広かったのかと改めて驚かされる。
けれど、何が起きたのか。
さっぱり分からない。
「おはようございます。
ミレイユ・カーネル男爵令嬢」
若く明るい女性が、ミレイユに声を掛けた。
振り返ると昨日資料室にやって来た小さな女官だった。
エルド男爵の代理で、契約審査室にやってきた子。
大きな蜂蜜色の双眸に、色白で全体的に透明感のある美少女。
自分よりも美人は嫌いだ。
それに、女官たちはむやみやたらと賢い。
だからか、変に気位ばかり高くて鼻持ちならない女ばかり。
ハッキリ言って、プライドばかり高くて女性として魅力がない。
それなのに、この子は愛らしい表情、聡明そうな雰囲気。
しかも、奥手なホキアン・バーンズリー卿と親しげに話す仲だった。
ズルい。
私だって大臣の息子さんと仲良くなりたいのに。
(しかも、偉そうにあたしに注意してきたのよね、この女)
「随分と遅い出勤なんですね。
契約上の就業時間から一時間遅れてますよ」
彼女は部屋に入るなり、皮肉を込めた台詞と笑顔を向けた。
(またあたしに説教をするつもりなのかしら)
昨日あの女が部署に戻ってからすぐにシシィ子爵を呼び出した。
さっそく泣いて(嘘泣き)訴えたけど、この女は昨日以上に不遜な態度だ。
どうやら態度を改める気はないらしい。
学習能力がないのかしら。
いいえ、ひょっとしたらこれはその意趣返し?
腹立たしいのは、今日も綺麗に髪を整え、小奇麗な化粧を施し、世の中の大半の男の人たちが可愛いと思ってしまう可憐な笑顔を平然と浮かべていることだ。
こんなに可愛いくせに、女官をやっているだなんて、ますます小ざかしい女。
でも、どうせ女官をやっている時点で大した身分じゃないはず。
「おはようございます。
女官さんは本日も作業ですか?」
ミレイユは心の奥に渦巻く黒い思いを押し殺して、にっこりと笑った。
もちろん、とびっきり可愛く見える笑顔で。
「いいえ。今朝はあなたとお話しようと思ってね」
彼女は、ミレイユにとって嫌味なほど、可憐な笑顔を浮かべて近寄って来た。
その時、彼女の後ろから黒いローブを羽織った人影が見えた。
「あっ」
見覚えがあった。
ランス・マクィーン卿の婚約者だ。
どうしてここに? この女官とどういう繋がりが?
それから、やけに大柄な灰色の瞳をしたごつごつとした男と、育ちのいい牧羊犬のような顔をしたホキアン・バーンズリー。
男性二人はそれぞれ大きな木箱を抱えて登場だ。
ミレイユが怪訝そうにしていると、生意気な小さな女官は人懐っこい笑顔を浮かべる。
「まだあとから来訪者があるんだけど、まずはこの四人とお話をしましょう。
ミレイユ・カーネル嬢」
「えー、意味がわかりません。
どうしてですか?
ミレイユは何もお話することなんてありませんよぉ」
ミレイユは半ば非難するような目で彼女を見た。それでもくねっと首を傾げて、可愛さをアピールした。
「カーネル嬢はこの部屋がなぜこうなったのか、その辺、気にならないの?」
小さな女官は一歩近づいて、ミレイユの顔を覗き込んだ。
「えっと、それは。
……そうですね」
ミレイユは何やら漂う後ろの三人の気迫に気圧され、おずおずと頷いた。
いつも優しい表情のホキアンですら、やけに冷ややかな表情だ。
「それじゃあ、順を追って話をしていきましょう」
小さな女官は他の三人の顔を見回した。
三人は同意するように頷いた。
彼女は明るい声で口火を切る。
「実はね、ここには敵対勢力が忍ばせた魔法陣が描かれた絨毯と、魔法の掛かったカーテンが配置されていたの。
しかも、とっても危険な魔法だったんだよ」
「えー、そうなんですかぁ?
ミレイユ、全然気づきませんでしたぁ」
なんとなくは勘付いていたけど、こういう時は素知らぬ顔をしたり、阿保な可愛い女の子の振りをした方がいい。
そうした方がみんな優しくなるし、仕方ないなぁと何でも許してもらえる。
ほら、能ある鷹は爪を隠すっていうしね。
その時、黒いローブの女——エレナ・ヴァービナスがくすっと笑う。
「そうだよね。
あなた、魔力がほぼないもんね。気づくわけないよね」
まるで魔力がないことを馬鹿にされた気がして、ミレイユはカッと顔が熱くなった。
「なんですか、あなた。
初対面なのに失礼なことをいいますね」
ミレイユはわざと頬を膨らませて怒った顔をした。
「え、全然初対面じゃないよ。
何度も魔法省まで足を運んでわたしのこと、嗅ぎまわっていたでしょ?」
エレナがじっとミレイユを見た。
「嗅ぎまわってませんよぉ。
ミレイユ、そんな暇なことしませんからぁ」
ミレイユは、「ぷんぷん」という効果音をつけて言い返し、怒ったように見える表情を繕う。
けれど、内心は焦っていた。
バレていないと思ったのに、彼女は気づいていた。
「まあまあ。
とりあえず、話を進めようか」
やんわりと小さな女官が口を挟んだ。
含みのある視線をエレナに向けた。
「そうだね」
意味深な笑みを浮かべて、エレナが小さな女官に話の進行を委ねるように頷いた。
小さな女官はにっこり笑って、ミレイユの顔を見た。
「それで——そんな物騒な魔法があるところに、国の機密事項になる契約書は置いておけないでしょ?」
「そうですね」
ミレイユは相槌を打った。
「でしょ?
だから、上層部のお偉いさんもそう判断して、昨晩にお引越しを強行したの。
ねえ、あなたは採用されてから半年間、一日中ずっと毎日ここにいたのに何も感じなかった?」
じっと蜂蜜色の双眸がミレイユを覗き込む。
澄んだ美しい瞳。
「えっと、まあ。言われてみればぁ……。
気持ちがいい部屋とは言い難かったですね。
でも、ミレイユは、あの失礼な人の言うとおり魔力がないので、何も影響はありませんでしたよぉ」
ミレイユはエレナを指差し、嫌味を込めて答えた。
小さな女官の彼女は、特にそれに取り合わず続ける。
「そう。
体調が悪化するようなことがなくて良かった」
「はい。
ミレイユは身体が丈夫なのが取り柄なんですぅ」
「うん、体調管理は大事だよね」
「そうですよねぇ、えへっ」
あくまでも健気な令嬢ぶって答えた。
だけど、ひやひやものだった。
そんな大々的な魔法が掛かった家具があったなんて全然知らなかったし、あの人は何も言っていなかった。
「はあ、信じられないなぁ。
僕だったらあの空間は半日もいられないよ」
ホキアンがぼやいた。
「同感だな」
名前を知らない灰色の瞳の男が後頭部を掻いた。
その時、ミレイユの「いい男センサー」が反応した。
広い肩、研いだナイフのような顔つき。髪は坊主に近いほど潔く刈り上げている。
だけど、この清潔感。
細かい小物のセンス。
袖口のカフスボタンですら、この国最高級品の代物だ。
見るからに高位貴族出身の令息。
「あの、申し訳ございませんがぁ、あたしぃ、貴方様と初めてお会いするんですがぁ」
ミレイユは灰色の男のところへ一歩前に出た。
「お名前教えてもらえませんかぁ?」
ウルウルした瞳で見つめた。
たいていの男はこの瞳で、なおかつ、上目遣いすればメロメロになるものだ。
だけど、この男の反応はやけに怜悧だった。
いや、軽蔑したような眼差しを注いでくる。
露骨に名乗りたくないと暗に仄めかすように顔を歪めた。
「レイノルド、教えて上げたら?」
エレナが茶化すように囁くように言った。
「あっ、馬鹿」
レイノルドが眉をひそめた。
「レイノルド様ですか?」
すかさずミレイユが声を上げると、レイノルドはさらに嫌そうな顔をする。
「ほら……。
いいじゃん、減るものじゃないんだから」
悪戯っ子のような声でホキアンが肘でレイノルドを突っついた。
「彼はレイノルド・ハウルデュース公爵令息だよ」
「エレナ!」
レイノルドがむっとした。
「ホキアンの言うとおりだよ。
むしろ、この後どうなるか見て見たいしね」
エレナの顔が、すっと真顔になった。
「だけど……!」
「まあ、公爵令息ですの!
あたしのことは、ミレイユと呼んでください」
ミレイユが薔薇色に頬を染め上げた。
公爵。なんて素晴らしい響き。
今まで王城で働いていて、そんな上流貴族の官僚と交流できたことがない。
なんて運がいいんだろう。
まさにお婿さん候補発見だ。
しかも、あの制服は軍部の書記官。
この男が駄目だったら、彼から見目麗しい騎士たちを紹介してもらえばいい。
クスクス。
レイノルド以外の三人の官僚が肩を揺らして笑い始めた。
「分かりやすすぎだね」
「本当だね。
ここまであからさまだと、品格を重んじる風紀委員長のリースト女官も絶句ものだよ」
「まあ、いいんじゃない。
こういう子だって分かったことだし。
さっさと終わらせようよ」
三人から悪意を感じた。
ミレイユはなんだか嫌な感じがした。
「そうだな。
終わらせよう」
レイノルドは大きくため息をついて、ミレイユに向き合った。
「いいか、カーネル嬢。
貴殿に易々と名前で呼ばれるいわれはない。
そこ、しっかり線引きしてもらおうか」
その口調には拒絶感が滲んでいた。
ミレイユは口をすぼめた。
(なによ、ケチ。
いいじゃないの、ちょっとぐらい)
でも、これはいい機会だ。
レイノルド・ハウルデュース。覚えておこう。
「それでぇ」
ミレイユはぐっと身を乗り出した。
「早く真面目にお仕事をしたいのでぇ、新しい資料室の場所、教えてくださいよぉ。
すでに就業時間は過ぎてますしね。
当然、この時間帯もお給金は貰えますよね?
貰えないなら訴えますよぉ」
意地悪い目でミレイユは、小さな女官を見た。
可愛いけど、名前も覚えるほど価値のない女。
頭いいですって雰囲気にバシバシ出してるけど、大した事ないはずだ。
たぶん、顔だけで女官に選ばれたんだろう。
(女のくせに官吏登用試験に合格できるなんて、ありえないもの)
女は可愛いが一番。
女なんて男と肩を並べて働くものではない。
女は、おバカな方が可愛いと男たちは口を揃えて言う。
(っていうか、またシシィ子爵に訴えてやるからね。
他にも不倫関係になった法務省の人たちにも。
そうなったら、こんな女官なんて――)
「訴えてみればいいじゃない」
彼女はミレイユの心を見透かしたように言った。
「え?」
真っすぐ貫くように見つめる瞳。
彼女は責めるような強い口調で口を開く。
「それこそ、またシシィ子爵に被害者ぶって告げ口をするの?
でも、まず自分の置かれた立場をよく顧みた方がいいんじゃないかな?」
「何を言っているんですかぁ?
ミレイユ、さっぱり分かりませんけどぉ」
「それじゃあ、まず、これ」
ホキアンが木箱から一枚の厚手のしっかりした封筒を取り出して、ミレイユに手渡した。
「なんですかぁ? これ」
ミレイユは封筒の中身を取り出して中を見た。
え?
その瞬間、言葉を失った。
『ミレイユ・カーネル男爵令嬢殿
帝国規第十三条、十六条に則り、汝が度重なる規律違反と職務怠慢をしていると認められた。
よって、ここに汝の王城の出入りを禁止し、職務を解く。
本通知は即時効力を有し、帝国の印章をもって証する』
「な、なにこれ!」
ミレイユは声を荒げた。
通知書を持つ手がプルプルと震える。
(これって、要はクビってことでしょ?
信じられない。
どうしてミレイユが?)
目の前が怒りで真っ赤に染まった。
屈辱的だ、こんなの。
「帝国規第十三条、十六条って知ってる?」
忌々しい小さな女官がミレイユに尋ねた。
「そんなもの知りませんよ」
ミレイユの声に憤怒が滲んだ。
「盗難と風紀違反だよ」
小さな女官は告げた。
「は?」
「まず十六条」
彼女がミレイユに一歩近づいた。
「昨日ね、法務省であなたが誑し込んで肉体関係を持った官僚すべて処罰されたんだ」
「何言ってるの?」
「もちろん、あなたの頼みの綱のシシィ子爵もね。
あなた達、深い仲なんだってね。
二人で休みを合わせて旅行に行くぐらい」
ミレイユは絶句した。
ど、どういうこと?
ミレイユとの関係性は秘密のはず。
どうしてバレたの?
鼻白むミレイユだが、ここで引き下がってはいけない。
「何を言って……ミレイユは誑し込んでませんし、そんなぁ、肉体関係なんてぇ。
恥ずかしくてそんな破廉恥なこと、しませんよぉ」
身体をクネクネさせてミレイユは反論した。
「よく言うよ」
その瞬間、小さな女官の眼光が鋭くなった。
「さっきも言ったけど、あなたと不倫関係にあったことを全員白状したの。
風紀第三者委員長リースト女官が全部あなたのしたことを把握しているわ。
残念ながら、言い逃れできないよ」
「違いますぅ、ミレイユは脅されてたんですぅ。
怖かったんですよ、男の人たちに囲まれてぇ……」
「あなたからシシィ子爵の頬にキスしていたのを数人の官僚が目撃しているみたいだよ」
彼女はミレイユの言葉を遮るように言った。
「そういえば、昨日、君、ローゼルから言われていたよね?」
ホキアンが思い出したように横から声を投げる。
「帝国公務員法に抵触していますって。
君は資料室に仕事で訪れた僕の邪魔をして、強引に食事会を開かせようとした。
そればかりじゃなくて、エレナの婚約者ランスを横恋慕する気満々だったよね。
これらすべて風紀第三者委員会に通報させてもらったよ」
思いがけないホキアンの笑みに、ミレイユは戸惑った。
「通報なんて、ひどいです……」
「ひどいのはそっちでしょ?」
涙目になるミレイユに対して、小さな女官はきっぱりと言い切った。
「そっちって?」
わざときょとんとして分からない振りをしていると、小さな女官はこれ以上言い逃れを許さないと訴える強い眼差しを向けた。
「中立、公平。
法務省のクリーンで勤勉なイメージをあなたが壊したの」
「クリーン?」
(はっ、笑わせる)
ミレイユがちょっと誘惑したら何人もの男が簡単に落ちた。
これのどこがクリーンなのか。
「あなたごときに揺らぐ官僚にも問題もあるけど、あなた自身にも問題があるわ。
そんなんだから実家からも勘当されるのよ」
強い口調で小さな女官は言い放った。
「な……っ!」
ミレイユの心をひんやりとした指が撫でていく。
だが、たちまち血が頭に昇ってきた。
「あんた、なんでそんなことを……」
怒りと当惑。
静かな声でホキアンが隣から念を押すように言う。
「君、経歴詐称していたんだね。
魔法騎士団の調査によると、君は親が選んだ婚約者が気に入らないとかで、姉の婚約者に横恋慕しようとしたり、その上、領地の屋敷に火をつけようとしたとか。びっくりしたよ。
やっぱり商会から斡旋してもらうと経歴は嘘だらけになるんだね」
ミレイユは言葉を失った。
みっともなく、一言も言い返せず、こうして震えているだけだ。
どくどくとこめかみが波打つ。
喉がカラカラだ。
悔しくて、哀しくて、惨めでたまらないのに、言葉はちっとも出てこない。
小さな女官は、まだミレイユを見ていた。
唐突にミレイユの中の暴力的な衝動が身体を駆け巡った。
糞ったれ。
この女のせいだ。この女が女官でなければミレイユは責められなかったのに。
(この女の頬をぶっ叩いて逃げてやる!)
小さな爆発のように身体で弾けた。
ミレイユが手を挙げた瞬間、その手首は誰かに強くつかまれた。




