↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/140

第111話 小次郎の道案内と、消えたランタン

 ローゼルは法務省大臣ライアナース卿から、定時後、特別に資料室を開ける許可を貰っていた。

 そのローゼルの裾の刺繍がドアノブを触った途端、淡く輝く。


 カチッと鍵の開いた音がした。


 扉を開くと、しんと静まり返った資料室が広がっている。


 暗幕カーテンがみっちり閉められ、真っ暗だ。

 ローゼルはあらかじめ用意しておいたランタンを部屋にともすと、柔らかな灯りが周囲を照らす。


 同期四人は、その灯りを頼りに、続々と部屋に入っていく。


 なんだろう、やけにひんやりとしていて、肌寒い。

 ローゼルは気づくとランタンを持つ腕をさすっていた。


「まず、あれよね。

 問題の魔法陣が描かれている絨毯を見せて欲しいかも」


 途端にエレナが仕切り出す。

 ランタンの灯りに照らされるエレナの横顔が、少し強張っている気がした。


「エレナはこの部屋、初めて?」


「うん」


「じゃあ、こっちだよ」


 ローゼルが案内しようとすると、小次郎がいきなり飛び出して、契約書の棚まで一目散に走る。


「キキィ!」


 小次郎の元気な鳴き声が響く。


「小次郎はこの部屋のこと、知っているみたいね」


 エレナは小次郎を視線で追いながら呟いた。


「え? そうなの?」


「うん。

『庭園の木からこの部屋を覗いたことがあるぞ。

 俺様何がどこにあるのか知っているぞ』だって」


「ふうん。

 そうなんだね」


 ローゼルは、そっとエレナの顔を覗き込んだ。


 一見ほのぼのとするような和やかなやり取りなのに、やはりエレナの顔つきはどこか険しかったからだ。

 警戒しているといえばいいのか、その目はどこか不審げで、この部屋に間違いなく何かがあると確信めいているように感じた。


 不穏な空気。


「キキッキ、キィ!」


「こっちだぞ、って言っている」


「本当に小次郎は、この部屋に詳しいのね」


「そうみたいだね。

 わたしが研究に没頭している時は、構ってもらえないからか、しょっちゅう庭園を駆け回っているみたいだよ」


 ようやくエレナから笑みが零れた。

 ローゼルは、ほっとして「そうなんだね」と相槌を打った。


 今はカーテンが閉まっている。


 けれど、昼間は窓越しに大樹の枝が迫っていて、濃い緑を湛えた枝葉が広がっていた。

 葉の隙間から漏れる陽光。それが床や壁に斑模様となって、明滅を繰り返す。


 ローゼルの頭の中で、その枝に小次郎のようなリスがトトトっと器用に駆け上る姿が目に浮かんだ。

 ふさふさと揺れる尻尾。


 小次郎の尻尾の付け根には、ちょっとした小さな真珠と小粒の宝石で作った輪っかのアクセサリーがあった。

 黒い毛に白い真珠が映える。

 宝石は黒真珠と緑、紫色が混じり、とても可愛い。


「あの黒い子、エレナのペット?」


 ホキアンが不思議そうに尋ねた。


「そうだよ。

 あっ、ホキアンは小次郎とは初対面だっけ?」


 みんなで小次郎の後を追いながら、エレナがホキアンに聞き返した。


「うん。初めてだね。

 しかもちょっと透けてる感じが精霊っぽい」


「透けてる? 精霊?」


 ローゼルは聞き咎めた。


「え、じゃあ私には普通に見えるってことは――」


「ああ、そっか。

 ローゼルは魔力があるからね。

 小次郎の姿がくっきり見えるんだよね」


 エレナはさらりと答えた。

 

「ってことは、僕はそこまで魔力がないから小次郎が透けて見えるってことかな?」


 ホキアンの質問に、エレナが彼を見上げる。


「たぶんね。

 ホキアンは精霊の気配を知っているのね」


「うん、そうだね。

 領地にそういう精霊を大事にする少数派民族がいるんだよ。

 実際、会わせてもらったし」


「へえ、この国に精霊。

 珍しいね。

 西の大陸はたくさんいるらしいけど、こっちの東の大陸の精霊の大半は滅んでしまったって聞くよ」


 エレナが小次郎を追いながら呟いた。


「らしいね。

 その民族は代々稀少な森を護る精霊を崇め奉っていて、僕も次期領主として挨拶に行ったんだ。

 その気配に似ているよ、あの子」


 ホキアンは真っすぐ小次郎に視線を投げながら囁くように言った。


 小次郎が精霊。

 変な感じがする。


 精霊というと、ふわふわした抽象的なイメージしかない。


 ローゼルにとって小次郎は全然透けていないし、ちゃんと掴める実際に実在している黒リスにしか見えない。


 しばらく間があってから、ホキアンが思い立って言う。


「――でも、小次郎は、あれだよね。

 精霊でも人間と契約した使い魔。

 違う?」


「え?」


 ローゼルは目を見開いた。

 初めて知ることばかりで驚く。


(小次郎は使い魔なの?)


 半信半疑で、小次郎を改めて見た。


 ふさふさの尻尾を振って、元気にぴょんぴょん飛んで進む小次郎。

 早く来いと言わんばかりに、振り返って鼻を引きつかせる。 


「あはは、さすが」


 エレナは朗らかに笑う。


「そうだよ。

 ——あの子はある方からお預かりしている使い魔なんだ。

 今でこそわたしの相棒だけどね。

 これ、内緒の話だよ」


 にっこり笑ったエレナは、自分の口元に人差し指を当てた。


「私、てっきりエレナが王城で手懐けたリスだとばかり思っていたよ。

 ふつうの食いしん坊な黒リスっていうイメージしかないし」


 ローゼルは頬をポリポリ掻いた。


 昼間見た小次郎の姿が思い浮かぶ。


 胡桃をかぶりつき、苺をむしゃぶりつく。

 苺のおかわりをもらえないと分かると、途端に不機嫌になってどっかいっちゃう、そんなどこにでもいる気まぐれな黒いリス。


「プッ、食いしん坊、間違いない!」


 エレナは吹き出した。


「まあ、そうだよね。

 見える人にとっては見えて当たり前、透けて見えるなんて不思議な話なんだろうね。

 けど、全然魔力がない人にはまったく見えない。

 それが精霊なんだよ」


 ホキアンは苦笑した。


「へえ、そうなんだ」


 やっぱり変な感じだ。


「キィキキィ!」


 みんなの話題になっている小次郎が突如鳴いた。

 何かを見つけたように絨毯を前足でカリカリ引っ掻いている。


 エレナとレイノルドが屈んで、そっと絨毯に触れる。


 二人の顔つきが途端に強張った。


「すごい魔力だな」


 レイノルドが言った。


「そうだね。

 これ、この部屋の盗難防止結界を隠れ蓑して魔力を抑制しているね。

 でも、改めてこれだけに着目すると電流みたいなピリピリした魔力を感じる。

 しかもかなり強力だよ」


 エレナも同意するように頷いた。その目はなかなかに険しい。


 ホキアンが少し離れて、遠くから絨毯の模様全体を捉えようと目を細める。


「うん。確かに、言われてみれば、僕の目から見ても魔法陣が描かれているって分かるよ。

 だけど、本棚がいい塩梅の目隠しだ。

 これはなかなか……。

 誰かに指摘してもらえないと気づけない」


 レイノルドもホキアンの横並びになって魔法陣を確認をする。


「まったくだ。

 ローゼルは、本当よく気付いたな」


「ううん、私はたまたまだよ。

 契約書を拾い上げた時に、絨毯を触ったからね。

 っていうか……」


 ローゼルは再び自分の腕を触るようにさすった。

 さっきから小さい電流が走ったように身体が痛い感じがする。


(なんだろう。

 この絨毯、午前中よりも魔力が強くなっている気がする……)


 急にローゼルは不安が込み上げてきた。


 それに、カーテンの閉まった暗く押し込まれた空間。


 暗い部屋。

 天井と壁が差し迫ってくるような圧迫感。

 閉塞感。


 どくんどくんと自分の心臓の音が大きく聞こえ始め、次第に落ち着きがなくなった。


 喉がカラカラだ。


 エレナは小次郎と何かを話し始め、レイノルドとホキアンもそれぞれ資料室を探る。

 

(大丈夫だよ、みんながいる。

 独りじゃない。

 最強同期メンバーと一緒なんだよ)


 そう思うのに、胸を掻きむしりたくなるような、逃げ出したい衝動が込み上げた。


 濃厚な闇が迫りくる。

 じわじわと息が詰まって、首筋に冷や汗が流れた。


 苦しくて、歯を食いしばる。

 なんとかこの重苦しい空気を打破したい。


 そう強く願う。


 ローゼルは無意識のうちにランタンを床に置いて、つかつかと窓の方へ進む。


「ローゼル?」


 みんなが不思議そうにローゼルを視線で追う。


(そうよ、きっと暗いから不安なのよ)


 暗い部屋——罵声。

 どうしてこういう時に思い出してしまうのだろうか。


 兄が留学に行ってしまってから何度も継母シャルルに物置に閉じ込められたことを――


 ローゼルは堪らず、暗幕カーテンを開けようと手を伸ばす。


 ピリリ


 指先に静電気が走った。


「……痛っ!」


 思わず手を引っ込めた。


 痛い? 

 ローゼルは指先を見た。


 いや、違う。

 これは魔力だ。 


 そう思ったら、戦慄と悪寒が身体を走り抜けた。


 高まる緊張。


「エレナ! 

 カーテンにも魔力が宿ってる!」


 ローゼルは気づいたら大声を上げていた。


 エレナがハッとしてローゼルの側に寄る。

 小次郎も駆け寄ってローゼルの頭に乗った。


「どれどれ?」


 エレナはそっとカーテンを触った。

 びくっと彼女の肩が大きく震えた。


「本当だ。

 なにこれ……」


 エレナはぎょっとした表情のまま、カーテンをまじまじと見上げた。


「キキィキキィ、キィキィ!」


 小次郎も前足で触れ、必死な声で鳴いた。


「そうだね、これも隠匿魔法だね」


 エレナは小次郎の鳴き声に答えるように呟く。


「これは、魔力の発動を外部から分からなくする魔法だね」


「え? そうなの?」


「うん。

 ――きっと絨毯の魔法陣の発動を察知させないために用意したんだと思う。

 ねえ、ホキアン」


 エレナがホキアンに声を掛ける。


「カーテンを交換したりするのって、事前に総務省に申請が必要よね?」


「うん。そうだよ」


「あと、カーテンを外から運び入れたりするから、出入りする商会の入城申請もだよね?」


「だね」


「どの商会が搬入したか調べられる?」


「いつ実施したのか、その時期にもよるけど……今は軍部に衛兵の管轄は戻っているけど、ね?」


 ホキアンはレイノルドに意味深な視線を投げる。


「そうだな。

 ようやく正常化したと言えばいいのか……。

 軍部か総務省に入城申請の控えが残っているから調べれば分かると思う」


 レイノルドは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


「ふうん。

 ひょっとすると、この絨毯の持ち込みも、このカーテンを導入した時期も同じかもしれないね。

 同じ魔力を感じるよ」


 エレナは独り言のようにそう呟くと、今度は絨毯を撫でるようにじっくり触る。

 ゆっくりと刺繍に合わせて指でなぞり、しまいには四つん這いになって、刺繍を文字に見立てたものを一つ一つ丁寧にじっと見つめ始める。


 小次郎もそれに倣うようにお尻を高くつきあげて、くんくんと絨毯の匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせていた。


「ホキアン、レイノルド。調べてもらえないかな? 

 いつ導入したのか、どの商会が搬入したのか、あと申請者。

 この三つ。頼める?」


 エレナの声に、ホキアンが応える。


「うん、いいよ。

 このあとすぐに確認しておくよ。

 もし申請が総務省になかったら、管轄権が移る前だ。

 その時はレイノルド、頼むよ」


「分かった」


 ホキアンとレイノルドが頷き合っている間、ローゼルはしゃがみこんで、エレナと小次郎の様子を見守った。


 やがて、レイノルドとホキアンも同じようにしゃがみ込んだ。


「ねえ、ローゼル。

 あのカーテンを閉める役目は誰?」


 ふいにエレナが尋ねた。


「えっと、それは――『外部人材』の受付の子だよ。

 ほら、この部屋って真東に窓があるでしょ? 

 朝日で契約書が日焼けするといけないからって、帰りがけに閉めるようお願いしてあるの」


 ローゼルはもう一度立ち上がってカーテンに触れた。

 やっぱりピリピリ感がある。


 さっきの焦燥と衝動、不安は去っているものの、やはりこの部屋は昼間より落ち着かない。


 あの子——ミレイユは毎日触れているのに、どうして何も感じなかったんだろう。

 何かあれば、絶対に騒ぎ立てているはずなのに。


 ここにある魔法は、絨毯以外、ほんの些細な魔力だ。


 けど、これだけ一箇所に集まると、いくらカーテンの開いている昼間とはいえ、半日居続けたら気分が悪くなるなり、下手したら目が回ってしまうはずだ。


 王城勤めが合わない『外部人材』はすぐ辞めてしまう。

 そう考えると、あの子は半年間以上ここに勤めている。


(あぁ、そっか。

 魔力がほとんどない子だったっけ)


 非魔法使いはあまり魔力の影響を受けない。


 時々、繊細な人だと非魔法使いでも、魔力を感じることがあるらしいけど、彼女はそういうタイプじゃない。


 絨毯に仕込まれた魔法も、契約書の裏側に書かれた魔法陣も。

 こんなに魔法に溢れている部屋なのに、長時間いても何も感じない。


 それはちょっと羨ましいことだけど――逆に、魔法が絶対のこの国では、魔力が少ないのは本人たちにとって強烈なコンプレックスだったと思う。


 レイノルドが絨毯を踏まないよう大回りして、ローゼルの隣までやって来た。


「ローゼル、もうちょっとカーテンを開けないか。

 なんだか息苦しい」


 レイノルドは詰襟の一番上のボタンを外しながら、カーテンに手を掛けた。


「うん。同感。

 開けよう」


 二人で部屋のカーテンを全部開け放った。


 空がうっすらオレンジ色から紺色のグラデーションを醸し出す。

 そろそろ日没だ。


 それでもローゼルはうっすらと差し込む窓からの光にほっとした。


 ようやく呼吸ができる。


 そう思った時、レイノルドも同時に深呼吸をし始めた。


 二人できょとんとして、ふっと吹き出した。


「なぁんだ、レイノルドもこの部屋の空気に息が詰まりそうだったのね」


「ああ。何とも言えない気持ち悪さがじわじわ来た感じだ」


 二人で苦笑し合った。


 その間にもエレナは絨毯の上に座り込み、小次郎がその膝の上に座る。

 なにやら一人と一匹で小声で相談し出している。


 議論を交わし合う一人と一匹。


 その姿がなんとも可愛い。

 こんな緊迫した状況でなければ、この光景を楽しんでいただろう。


 だけど、いつの間にかホキアンの姿が見えない。


「あれ? 

 ホキアンは?」


「え?」


 ローゼルが持って来たランタンもない。


 ふと、入り口側の控室から音がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。