第109話 鴨肉の宴と、蠢く傭兵たち
魔法騎士団一の暴れ馬、第5魔法騎士団長フィリップス・バトリックの登場だ。
ルシアンや長身のマティアスよりもごつごつとした巨体の男。
稲妻のような黄色の髪、屈強な体格に似合わず、子犬のようなつぶらな黒い瞳。
「よう」
「お久しぶりです。フィリップス殿」
涼しげな表情でマティアスが声を掛けた。
「おうおう、まったくだ」
フィリップスは豪快に笑って、空席のテーブルにどかっと座った。
あまりにも巨体なため、せっかくの異国風の高級な椅子が壊れるのではないかと思うほど、椅子が一瞬深く沈んだ気がした。
「例の新種の魔物討伐、ご苦労。
忙しいところ、呼び出して悪いね」
ルシアンは空いているフィリップス用のグラスに果実水を注いだ。
コポコポと注ぐ音が響く。
「ああ、まったくだ。
腐臭漂う気持ち悪い魔物たちの討伐を押し付けやがって。
ありゃあ、呪物のひとつだぞ」
フィリップスは、注がれた果実水をくいっと一口で呑み干した。
「やはりフィリップスもそう思うか」
「やはり、とは。
ルシアン、さてはお前、それを分かっていて俺にやらせたんだな?」
忌々しげにフィリップスはルシアンを睨みつけた。
「適材適所というものだよ。
あれは恐らく錬金術と呪術の融合で誕生した魔物だ。
そんなおっかないものを手当たり次第、討伐できる奴はそうそういない」
ルシアンは表情を変えず、もう一度空になったグラスに果実水を淹れる。
「呪術には光魔法が一番効く。
第3魔法騎士団長トーマスも強力な光魔法の使い手だが、血統的にやはりフィリップスには遠く及ばない。
こういうのは、フィリップスに任せるに限る。
必ず期待以上の結果をもたらしてくれる俺の優秀な部下だ。
違うか?」
含みのある眼差しで、ルシアンはフィリップスを見た。
フィリップスはテーブルに肘をつき、その手の甲に顎を乗せて、じっとルシアンを見つめ返した。
「まったく、お前は相変わらずおだて上手だな。
誰が同じ手にのせられてなるものか」
フィリップスは憎まれ口を叩いた。
「そう言いながらも、フィリップス殿。
口元がかなりたるんでいるようですけど?」
二人の様子を静かに見ていたマティアスが、炭酸水を飲みながらくすっと笑った。
マティアスの言う通り、フィリップスの口元には優越感を含ませた笑みがくっきりと浮かんでいた。
「仕方あるまい」
ニヤついたまま、フィリップスは椅子の背にどかっともたれかかる。
「皇族の血を引く俺よりも、生まれつき莫大な魔力を持つ——この国の最高峰の武装魔法使い——ルシアン・クレインバール様が褒めてくださっているんだ。
喜びもひとしおってもんだ」
ひゃひゃひゃひゃ、とフィリップスは声を上げて笑った。
ぽちゃんと、池の鯉が飛び跳ねた音がした。
「だが、ぶっちゃけ、あの魔物は面倒だ。
物理的な攻撃では意味がない。
業火で燃やすか、強力な光攻撃で倒すしか手がないときた。
しかも、やけに人間らしさの残る魔物だ。
討伐後も戦争直後のような後味の悪さがある」
フィリップスは骨付き肉を手で持ち、がぶりと豪快にかぶりついた。
「後味が悪いのは当然だ。
あれは遺体を使って人工的に造られているからな」
重々しい口調でルシアンは言った。
「遺体を?」
眉をひそめたマティアスの食事の手が止まった。
「そう。気味が悪いだろ?
今、こちらでも第3魔法騎士団副団長のテラリスを中心に解析を進めている」
「ほう。テラリスがか。
であれば、次第に詳細が明らかになるだろう。
それよりも、ルシアン。
そちらもなかなかに忙しそうだな。
あの横暴次官は凄まじい速さで随所を改悪しているとか」
「ああ、そのとおりだ。
忙しすぎてヤキが回りそうだよ」
ルシアンは苦笑を浮かべ、大皿から豚バラ肉の煮込みを自分の皿に取り分け、ひょいと口に入れた。
「おっ。それ、美味そうだな」
フィリップスはルシアンが食べ始めた料理に注意を奪われている。
早速、自分の皿にも肉を取り分けた。
「んまー、肉がとろとろじゃないか」
頬ばりながら至福の笑みを浮かべるフィリップスに、ルシアンとマティアスは苦笑した。
「そうですか、忙しい——」
マティアスが次の料理に手を付けながら、冷ややかな目でルシアンを見る。
「それはルシアン様が思うように動けないからであって、自由に動く駒がいれば話は別。
だから、我々を呼んだ。
違いますか?」
「正解だ。
さすがだな、マティアス」
ふっとルシアンは小さく笑って、果実水をぐびっと飲んだ。
「——今、王城の定期メンバーは例のオークレー次官のせいで身動きがとりにくくなっている。
しかも、近々オークレー次官が寄せ集めた異国の傭兵貴族を魔法騎士団に入団することが決定した」
「は?」
マティアスとフィリップスは手を止めて、同時に目を瞬いた。
二人はルシアンに非難めいた視線を向ける。
「どういうことだ?」
二人から注がれる厳しい視線を受けながら、ルシアンは事の経緯を淡々と話した。
例のごとく、明文化されていない規則、規範性に基づいた採用ルールは無視され、重鎮たちが居ぬ間に、オークレー次官は帝国として傭兵貴族と雇用契約を交わしてしまった——
マティアスは冷静にところどころ的確な質問をしながら聞いていた。
一方フィリップスは、豚バラ肉の煮込みが気に入ったのか、すべて一人で平らげてしまった。
「実際、午前中、入団予定者の骨のある者とは手合わせをしてみた」
ルシアンの声は乾いていた。
「ルシアン直々にか?」
フィリップスは面白がる目つきで、ルシアンを見た。
「ああ。団長クラスでも十分かと思ったが、恐怖心を植え付けておとなしくさせるには、手っ取り早く俺と手合わせするのがいいと踏んだんだ」
誰からも畏怖されるカリスマ。
自分よりも恐ろしい武装魔法使いがいると分かれば、強い抑止力になる。
「それだけ、魔力が強い奴がいたってことですか?」
マティアスの眼光が光った。興味を引かれたようだ。
「そうだな。
一人、手強いのがいた」
一瞬、間をおいてルシアンは答えた。
「すごいな、そいつ。
筋の通った奴であれば、入団は大歓迎だ」
息を呑んでから、フィリップスは鷹揚に手を広げた。
「ああ、なかなかの異色なプロフィールだったが、まともそうな男だったね」
「一人だけですか? ほかは?」
「ほかはほぼ戦力にもならない粗暴者ばかりだ。
太刀筋も魔法も粗削りで、とてもじゃないが魔法騎士団を名乗るほどの腕は持っていない」
「一体どこからそんな怪しい奴らを連れてきたんでしょうね。
胡散臭すぎでしょ」
マティアスが怪訝そうな顔になった。
「今回王城でも問題になっている『外部人材』を斡旋している商会やギルドに依頼したようだ」
「あぁ、そういうこと」
「おー、それそれ。
そのことについて、いい情報を持ってきたぞ」
フィリップスは、思い出したように声を上げた。
それから、軍服のポケットから丸めてあった分厚い資料を取り出して、テーブルの料理皿の間に置いた。
「なんだ、これは?」
ルシアンが首を傾げながら資料のページをめくる。
たくさんの人物名と出身、身体的特徴が書いてあった。
フィリップスは新たな料理に手を伸ばしながら、淡々と話す。
「数か月前から周辺諸国の冒険者ギルドで傭兵の募集が掛けられていたんだ。
しかも大量に。
少々不穏なものを感じてね、調べてみた」
「へえ。それで?」
ルシアンは関心を持って、話の先を促した。
「国名は伏せてあったが、今のルシアンの話を総合すると、だ。
募集国はここ帝国に間違いない」
「え? 我が帝国は傭兵なんぞ募集してませんよ」
すかさずマティアスが反論した。
「ああ、正式募集はしていない」
「ということは、ここに記載ある身分の高い者を魔法騎士団に入団させようと目論んだわけか。
今朝方見たことがある名前がちらほら載っている」
ルシアンは資料を読み進めながら呟いた。
「ほう。今回の魔法騎士団入団予定者のリストはちゃんとルシアンたちにまで渡っているってことか。
案外、オークレー次官というのは律儀なんだな。
そういったリストすら非公開で明かさないとばかり俺は思っていたぞ」
フィリップスは意外そうな顔をした。
「いや、最初はフィリップスの推測どおり、俺たちに公開する気なんてさらさらなかったようだ」
「やはりか」
「だが、さすがにそれは宰相と刑部省大臣の大公、それから総帥が許すわけがない。
きつくオークレー次官は叱られ、渋々といった顔で持って来たよ」
「渋々ですか。
いちいち気に食わん男ですね」
マティアスが静かな怒りを滲ませた。
「んまあ、奴は所詮そういう男なんだろうや。
ルシアン、一度そのリストと照らし合わせてみろ。
なかなかに面白い事実が発覚するかもしれんぞ」
「面白い事実ね……。
そうだな、このフィリップスの資料通りだと、大半が犯罪者ばかりだ」
ルシアンは冷静に呟いた。
「なんと……!」
マティアスが息を呑んだ。
「さすが、すでに予測しておったか」
フィリップスがくっと小さな笑みを浮かべた。
「薄々そんなことだろうと思ってはいたよ。
いくら貴族出身でも、所詮、傭兵だ。信用はしていない。
名前や身分偽装ならまだかわいいもんだ。
最悪なのは他国の指名手配犯も入っているってところだな」
ルシアンは肩をすくめた。
「犯罪者をこの国の騎士に据えるなよ」
ひんやりとするフィリップスの声。
「当然だ。
こっちでも正式に洗い直してみる。
もともと明後日、そのために時間を取って、オークレー次官と打ち合わせをする予定だったんだよ」
「おっ。いよいよタイマンバトルか?」
ニヤリとフィリップスは笑った。
「そうだ。腕っぷしじゃなくて、口頭の、だけどな。
その時、怪しい奴はなにがなんでも採用を見送るつもりでいた。
とはいえ、これは強力な証拠になる。
本当に助かったよ」
ルシアンは薄ら笑いを浮かべて、資料を丸めて自分のポケットにしまった。
「そうだろう、そうだろう。
軍師閣下のお役に立てて光栄だよ。
災いの種は早々に対処するに限るからな」
満足そうに大きく何度も頷いたフィリップスは、そのまま食事を続けた。
災い——
あの午前中の演習をローゼルがレイノルドと見に来ていた。
頬を薔薇色に染め、目をキラキラと輝かせる。
愛らしい蜂蜜色のローゼルの双眸。
そこには羨望と憧れ、好意と溢れんばかりの恋情があって、間違いなくルシアンだけに向けられた感情。
そんなローゼルの存在に、ルシアンより早く気づいた——あの時、手合わせをしていたギルベルト・マルコシアス。
唯一、まともな太刀筋と、団長クラスの魔力を持っていた男。
だが、一瞬見せたあの動揺したような、驚愕という言葉がぴったりの表情。
ざらりとした嫌な胸騒ぎが横切った。
「それで、第11魔法騎士団なんてものができる、そう小耳に挟みましたけど、本当ですか?」
マティアスの声にルシアンはハッとした。
「さすが情報が早いな。
——本当の話だ。
オークレー次官を指揮官にした第11魔法騎士団の設立だそうだ」
「なんだそれは!?」
「ルシアン様が指揮官じゃないなんてありえません」
二人がぎょっとして、ルシアンの台詞に被さるように口々に声を荒げた。
「ルシアンあっての魔法騎士団であろう?」
「そのとおりです。
騎士団を新設する上に、総騎士団長をトップに迎えないとは。
それでは、軍部次官専属部隊ではないですか」
「だよな。
だが、恐らく阻止はできない。
すでに雇用契約に新設騎士に所属する旨を記載してある」
「雇用契約書か……。それは難儀な」
憮然とフィリップスは腕を組んで、眉間にしわを寄せた。
「だからこそ、なんとか採用数を最小限にするしかない。
この資料を目の前に突き出されては、ああ言えばこう言うオークレー次官もさすがに黙るだろう」
「まったく。
オークレー次官を最初にこの国の表舞台に引っ張ってきたのは、前ビアード伯爵でしたよね。
全く厄介なことをしてくれましたね、あの色ボケ爺は」
マティアスは嫌悪感すら漂わせ、顔を歪ませた。
「それ、ちょっと違うぞ」
フィリップスがさらりと訂正をした。
「違う?」
ルシアンは聞き返した。
「ああ。奴をこの国の社交界へ最初に連れてきたのは、国境沿いの領地を持つゴルツ伯爵だ」
「ゴルツ伯爵。
戦争推進派貴族だったな」
それでいてグロウディーナ公爵と親しい。前ビアード伯爵とも蜜月関係にあった。
「そのとおりだ。
数年前、ゴルツ伯爵主催の夜会でお披露目されたのがこの国でのデビューだ。
うちの部下が潜入捜査の一環で、参加しておったから間違いない」
「ゴルツ伯爵領地といえば、ウルーム伯爵領地と隣だったかな」
ルシアンの声がさらに慎重になった。
「ああ。ウルーム伯爵領地の南西に隣接している」
「ということは、ウルーム伯爵とも懇意にしていたかもしれないのか」
ルシアンは不愉快感をあらわに、テーブルを指でトントン叩いた。
「その可能性は高いですね。
ウルーム伯爵領地の周辺は、反軍部の貴族が多数領地を構えています。
公になっていなくとも、隣接していれば自ずと親交はあるはずです」
マティアスが言った。
「そうさなぁ……。
あの辺りは、旧ナバロー王国だった時、ウルーム伯爵領地を中心に第二の都として栄え、未だに隠れアミラス教徒の多い地域でもある。
いくら教会派の貴族が睨みを利かしているとはいえ要注意地域だ」
フィリップスが顎を撫でた。
「要注意といえば……レオーネ・ウルーム伯爵令息。
あの男が通っていたとされる闇賭博場もあの領地内にあると推測されている。
その辺りも今、第2魔法騎士団団長のアランがなんとか吐かせようとしている」
ルシアンの顔が険しくなった。
「闇賭博か。
周辺の裏社会の金の動きが気になるな。
資金源、利権金、儲け分、いわゆる黒い収益ってやつも把握しておくべきだ」
「そうだな」
フィリップスの意見に同意するように、ルシアンは大きく頷いた。
「ウルーム伯爵——」
ふと、マティアスが小さく呟いた。
間の悪い奇妙な沈黙が流れた。
「なんだ、マティアス。
何かあるのか?」
沈黙に堪えきれなくなったフィリップスが尋ねた。
「ええ。
実は——最近ウルーム伯爵領地とノーエランド侯爵領地の領地沿いで、胡散臭い輩が頻繁に出入りしていると連絡が入りましてね」
マティアスはそこで言葉を切った。
ウルーム伯爵領地の北東には、国教ヴォンミロク教の敬虔なる信者ノーエランド侯爵の領地が広がっている。
反ヴォンミロク教のウルーム伯爵とは大変仲が悪い。
「その連絡をくれたのは、ノーエランド侯爵か?」
ルシアンは質問をした。
「はい。侯爵としては、
『国境沿いの自分の領地を通って、ウルーム伯爵領地に入ろうとする不逞の輩が多くて困る。
さらなる厳重な警備と取り締まりを頼む』との要望です」
「ほう、物凄いタイミングだな。
俺も、その領地に送り込まれているという連中の情報を持っているぞ」
得意げにフィリップスが胸を張って口を挟んだ。
「さっきの資料に載っていた貴族でない庶民の傭兵。
少なくとも五百はくだらないはずだ」
フィリップスは、香草を効かせて香ばしく焼いた鴨肉に手を伸ばしながら、ルシアンのポケットにある資料を指差した。
「ああ、そうだな」
「こいつらは王城ではなく、別のところに派遣されるそうだ」
「別のところ?」
ルシアンとマティアスは、声を揃えて聞き返した。
「おう。ウルーム伯爵領地だ」
ルシアンとマティアスは一瞬言葉を失った。
部屋の空気が凍り付いた。
「まさか……」
マティアスが青ざめる一方で、フィリップスは平然とむしゃむしゃ食べながら続ける。
「それで不思議なことがあってな、集合場所がノーエランド侯爵領地内にある川沿いの廃墟なんだ」
「廃墟?」
「そう。
そこからウルーム伯爵領地を目指すルートらしい」
「なんだ、それは。
いや、それはつまり、あれですか。
ノーエランド侯爵のおっしゃる不逞の輩というのは……」
「おうよ。間違いなく、その庶民身分の傭兵どもだろうな。
そりゃあ、侯爵からしてみたら物騒な連中が入ってきたって慌てるはずだ。
ひゃひゃひゃひゃ」
「笑い事じゃないですよ」
笑うフィリップスと、狼狽えるマティアス。
そんな二人が会話を交わしている間、ルシアンは、頭の中で目まぐるしく今までのウルーム伯爵領地での出来事を反芻していた。
ウルーム伯爵領地内で保護した奴隷の存在。
その領地の温泉街の奥にある結界と禁足地。
あそこに、この国屈指のクロフォード・ノーエランドやエレナ・ヴァービナス、レイノルドたちは入ることのできなかった。
王都の闇社会に流通し出した偽装金貨だが、それと同一のものを所持していたレオーネ・ウルーム。
出処は領地内にあるという闇賭博。
それから、納品された魔剣の度重なる不良品と、ナイトマーケットで見つけた「廉価品」として掲げられていた剣。あの「廉価品」の運送先——
なるほど、マルスクが情報屋として雇った露店の老婆の情報はここで一致するわけか。
ルシアンは不敵な笑みを浮かべた。




