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カァーム・ビュラクラト ―社畜女官ローゼルの婚約破棄奮闘録― 私は何も望まない  作者: 兎丸 蓮


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第105話 異国の傭兵と、鬼軍師の鬼しごき

 ローゼルはエレナに打ち明けた資料室の魔法陣のことをレイノルドにも話す。


 レイノルドは相変わらずポーカーフェイスで、彼がどんな気持ちでいるか読み取ることは出来なかった。

 それでも、ローゼルの話を真剣に受け止める感じはある。


 話が確信に近づくにつれ、レイノルドの顔つきが徐々に険しくなった。


「それは懸念すべき事項だ」


 呻くような低い声。


「――是非とも俺も夕方同行させてくれ。

 念のためにルシアン様とアラン様の耳にも入れておく」


 レイノルドは少し身を乗り出した。


「ありがとう」


 ローゼルはほっと肩を撫で下ろした。


 レイノルドが側にいる。

 この前みたいに襲われることはこれでないはずだ。


「助かるよ、レイノルド。

 軍部に連絡したくても、ほら、今なにかと忙しいでしょ?」


 うんざりしたような顔つきでエレナがため息をついた。


「……まあ、なんとかするさ。

 定時後なら同期とこの後飲みに行く約束があると言えば、問題ない」


 一瞬躊躇って、レイノルドは肩をすくめた。


「そう? ただでさえ、例の騎士たちがいるからなかなか身動きがとれないのに」


「まあな。

 でも、なんとかなるだろう」


「え、どういうこと? 

 さっきエレナも軍部が動きが取りにくいって言っていたけど」


 ローゼルはやっと二人に尋ねることができた。


 不穏な気配。


 エレナとレイノルドが、眉をひそめて目配せをした。

 しばらくするとレイノルドが重い口を開く。


「ローゼルは、オークレー次官を知っているか?」


「うん。前、グロウディーナ公爵令嬢と一緒にいるのを見たことがある。

 ネイトがあの人だよって教えてくれた。

 いろいろ厄介な人なんだってね」


「そうなんだよ、本当にネイトの言う通りなんだ」


 レイノルドはしみじみと呟く。


「最近のオークレー次官は自分の派閥を作りたいからか、本来なら魔法騎士団になるには未熟な上流貴族の息子たちを優遇してどんどん採用してるんだ。

 見習い騎士からのスタートならまだしも、即騎士に昇格させるから、魔法騎士団自体の質が一気に下がっている」


 騎士の質。

 

 この前王都で女の子を苛めていた騎士たちをローゼルが武装魔法で殴ったけれど、あれもそういう類だったのだろうか。


「そっか。……厄介どころか迷惑な人だね。

 そんな身分だけが高くて中途半端な人たちが騎士だなんて。

 一生懸命やっている騎士たちが不憫だよ」


「本当に……」


 レイノルドのため息は重たい。


「で、彼らが軍部内部を監視——とまでいかないが、逐一オークレー次官に俺達の動きを報告しているようなんだ。

 何かあれば、いちいち口出しをしてきてね、かなり仕事がやりにくくなっているんだ」


 レイノルドは憮然として鼻を鳴らした。


「そういうことだったのね」


 ローゼルは納得した。


「それにしても——今後はさらに内部スパイが増えそうね」


 エレナがレイノルドが持って来た議事録に目を通しながら、忌々しげに呟いた。


「ああ、それな。

 エレナもそう思うか?」


 レイノルドの表情は辟易としていた。


「もちろん」


「だよな」


「なに、それ」


 ローゼルは、エレナが読んでいる資料を横から覗いた。

 さっき目にした『来週入団予定の傭兵について』の議事録資料だ。


「異国の傭兵って……」


 ローゼルは息を呑んだ。


「そうだ、ヤバいだろ? 

 あの男、気付かぬ間に『国内の軍事力増強する』とか御託を並べて、独断で異国の傭兵を大量に魔法騎士団員として採用しようとしていたんだ」


 また外部の人間だ。

 しかも、外部人材で来た人たちより遥かにグレーな存在。


 ローゼルは背筋が凍りついた。


 そもそも傭兵は魔法騎士団が大切にしている信義や忠誠よりも現物主義。

 俗物的だ。

 すべて金次第で、裏切りや寝返りも珍しくない。


 そんな彼らが武装魔法使いとしてこの国の中枢ではばを効かせるようになる――。

 なんて恐ろしいんだろう。


「何で、そんな忠誠心怪しげな異国の人たちが、ここ帝国の魔法騎士団になれるの?」


 ローゼルの質問にレイノルドは苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「オークレー次官の言い分はこうだ。

『傭兵と言っても、一応彼らも国に帰れば上流階級の人間。軍部強化に彼らが欠かせない』ってね」


「上流階級って……。

 傭兵をやっているってことは、そんなに褒められた経歴の持ち主ではないはずよね? 

 むしろ胡散臭いとうか、落ち人というか……」


「そうだ。

 今、ルシアン様がそいつらの経歴をすべて洗い出している。

 それなのに、オークレー次官は独断で雇用契約書まで結んでいるっていうから、こちらとしては彼らが辞退するか、罪人でない限り解雇できない」


「え、なにそれ」


 ローゼルは目を見開いた。

 人事採用規則までもが無視されている。

 

 ローゼルは勢い込んで、レイノルドに切り込むように尋ねる。


「契約書の内容に不備はないの? 

 他国との契約は国にとって大切なことだもの。

 ことに王城採用は決まった雛形で、ちゃんとした文章じゃないと無効だよ?」


 契約書は厳格な規律《ルール》のもと作成しないといけない。


 そのため、人事採用契約書を作れる人間はごく僅かに限られる。

 それが異国の人間相手となると、さらにハードルは上がるはずだ。


 契約書に不備があれば、採用も却下できる。


「それが……宰相も驚くほどしっかりとした契約書だったんだ」


 急にレイノルドの声が気弱になる。


「帝国として契約を結んでしまったからには、こちらから一方的に解約できなくなっている。

 もし、こっちが勝手に解約すれば、帝国の約束不履行で多額な違約金が発生する」


「え?」


「彼らとの契約は試用期間三ヶ月を含め、約一年間。

 それ以降は、次官推薦があれば永続的に魔法騎士団員で居続けられる。

 そうなっている」


「ちょっと、それ、かなり横暴な契約じゃないの」


 ローゼルは面食らいながらも、規則度外視のことを平然と行うオークレー次官に腹を立てていた。

 

 法務省女官としてここは一言、物を申したい。


「異国の傭兵を採用している時点で、今までの魔法騎士団の規範性は全然織り込まれていないよね。

 まず帝国民でなければ刑部省に所属できないし、身分云々関係なく実力的や倫理観チェック試験を通過できないと騎士にもなれないはずだよ」


 レイノルドはローゼルが憤るのを受け、苦笑を浮かべながら、オークレー次官の狡猾さを代弁するように続ける。


「『文面化されていない不文律や空気に従う義務などない。

 契約書の条文に抵触しない以上、私のやり方は完全合法だ』と、オークレー次官は言い返してきたよ。

 あの御仁にとって、規範性とはあってもないようなもの」


「ひどい。

 みんなが口に出さなくても当たり前だと思って従っている伝統的なルールは関係ないっていうの?」


「ああ。『異国の傭兵を勝手に加えてはならない』とはどこにも、一言も書かれていない。

 あくまでも自分はルールを守っている、違反はしていないと言い放つんだ。

 形式上の正しささえあれば、どんなにおかしな人事であっても強行するみたいだな」


「本当に、横暴も横暴だよね」


 それまで黙っていたエレナが苦々しく呟く。


「この強行スケジュールもひどいね。

 そんな人たちが来週頭からやって来ることが昨日、急遽決まったなんて。

 信じられない」


「えっ」


 ローゼルは飛び上がるように驚いた。


「ひどいでしょ?」


「うん。

 っていうか、かなりの急展開だね」


「そうなのよ。

 これ読んで、わたしもびっくりだよ。

 ほら、ここ見て」


「え、どれ?」


 ローゼルはさらに資料を覗き込んだ。


「ここだよ、ここ」


 エレナがトントンと指で叩いた。


「採用日程についての話し合いの参加者。主要メンバー誰一人入っていないんだよ。

 陛下やハウルデュース総帥、宰相、各大臣たちが重要会議を開催している間に決めちゃったみたい」


「うわ、悪質」


「だよね」


「それな。

 あとから宰相が苦言を呈してくださったらしんだが、あの御仁は『今更契約内容と違うと相手から訴えられるから今更取消はできません』って言い逃れしたみたいなんだよ」


 レイノルドが後頭部をカリカリ掻いた。


「本当だ……。信じられない。

 ますます強行突破だね」


 ローゼルは唖然とした。


「でしょ?」


 エレナの口調に怒気がハッキリと含まれていた。


 いくら身分がしっかりしているといっても、やはり傭兵=金で動く現実主義者。

 主君や国家への忠誠よりも「契約」と「金」に従うだろうし、このままでは王都や王城が荒らされてしまう。


「そう、それで——そのことなんだが、面白い話がひとつあるんだ」


 レイノルドが、意味深な間をあけて不敵に笑った。


 ローゼルとエレナは顔を見合わせた。


「なになに?」


 二人は前のめりになって、レイノルドに注目した。


「本日彼らをルシアン様の名前で事前レクチャーをするということで全員呼び寄せたんだ」


「へえ、クレインバール卿が」


 エレナがにやにやしながら、ローゼルをちらっと見た。


「もう」


 エレナに揶揄われたのが分かったローゼルは、カッと顔が赤くなった。


「まあまあ。話を進めるぞ」


 レイノルドの灰色の瞳の奥が鋭く光る。


「レクチャーと言いつつも、実際どこまで腕の立つ者たちなのか、オークレー次官が提出した採用書類通りなのか、見極めるつもりで招集したらしい。

 だが、実際は大半を振るい落とす作業だ」


「なるほどね。

 やられっぱなしってわけじゃないんだね」


 ローゼルも口元を押さえて、くすっと笑った。


「だね」


 エレナも笑みを浮かべた。


「すごい勢いだぞ。

 朝からルシアン様を始め、騎士団長クラスから全力で訓練体験と称して、本格的にしごかれているんだ」


 興奮気味にレイノルドは話す。


「しかも、ルシアン様は昨日一日休んだからかやけに調子が良くてね。

 かつてないほどの鬼のしごき、現役の騎士団員が真っ青になるくらい凄まじいんだ」


「道理で。軍部の訓練所から悲鳴に近い声が聞こえてくるって魔法省のみんなが騒いでたよ」


 エレナが苦笑を浮かべた。


「奴らも最初は自分の腕前を認めてもらって待遇アップを狙っていたようなんだけど、想像以上のキツイ鍛錬で、大半がギブアップ。

 すでに半分以上が魔法騎士団になるのを辞退した」


「おぉ~」


 ローゼルとエレナは歓声上げ、拍手した。


「つまり、こちらが辞めさせられないなら、あちらから辞めてもらおうってことだね」


 ローゼルは言った。


「そういうことだ。

 傭兵たちも、ルシアン様の絶好調なあの強さを目の当たりにして尻尾を巻いていたぞ」


 レイノルドは、ホクホクとした顔つきで、コーヒーを飲んだ。


 なんとなくローゼルの頭の中で、ルシアンが嬉々として彼らに鬼のような訓練をやらせている姿が思い浮かぶ。


 手加減なく魔法が使える。

 自由に剣を振るえる。

 きっと少年のようなあどけない笑顔を浮かべて、さぞかし生き生きとして動き回っているだろう。


 実際どんな感じか見てみたい。


「ねえ、まだ、それってやってる?」


 ローゼルはレイノルドに尋ねた。


「ああ。たぶん。

 結構しぶといのが数名いたからまだ続けているはずだ」


「ここの帰り、見に行ってみよう」


 そう思ったら、心が踊った。


「それじゃあ、俺が案内するよ」


 レイノルドはマグカップを机に置いた。


「いいの?」


「ああ、もちろん。

 ……というか、ローゼル一人であんなむさ苦しいところに現れたら、ルシアン様のご機嫌が途端に悪くなる。

 ましてや、傭兵ごときが声掛けようものなら、この話をした俺が締めあげられる」


 レイノルドは眉をひそめた。


「あはは、大袈裟だよ」


「大袈裟じゃない。

 それだけルシアン様はローゼルを大事に想ってるんだよ」


 さらりとレイノルドから恥ずかしげもなく言われ、ローゼルは目を瞬いた。

 その隣でエレナがニヤニヤ笑っていて、気恥ずかしさが駆け巡った。


「それじゃあ、二人とも定時後、法務省の資料室前に集合ね」


 エレナが仕切るように手をパンと叩いて、解散となった。



***



 軍部訓練所は熱気に包まれていた。


「な、何が起きているの……」


 ローゼルは、上空を見上げて呟いた。


 ここは王城内軍部訓練所。


 王城の開けたところにあり、ちょっとした観戦場にもなっている。

 どれだけ内部で騎士たちが乱戦をしても周囲の建屋に迷惑がかからないように、強靭な結界が張られている。


 そんな上空では火花が散っている。


 大きな魔力が二つ。

 凄まじい乱闘。


 息もつかせぬ熱戦に、騎士たちから歓声が上がる。


「魔力のひとつはルシ様よね」


 空の黒い影を目で追いながら、ローゼルは呟いた。


「ああ、そうだ」


 レイノルドが頷く。


 何が起きているのか見定められないほど、目の前で行き交う線。黒い影。


 とんでもない空中戦だ。


 相手も並みの腕利きのようだ。


 ルシアンほどでないにしろ、かなりの魔力保持者であり、戦闘経験も豊富。

 そうでなければ、こんな凄まじい訓練戦闘が行われるはずがない。


 圧倒されて半ばぽかんとするローゼル。

 目を細めて空を仰ぎ見るレイノルド。

 

 そこへ一人の背がひょろっと高い騎士が声を掛ける。


「よう、イースティリア女官」


 第3魔法騎士団長トーマス・ケリークロノムだ。


「ごきげんよう。

 ケリークロノム卿」


「見に来たの? 

 恋人の有志」


「こ、こ、こ、恋人!」


 ローゼルは赤面した。


「照れるな照れるな。

 騎士団長連中にはバレてるから」


 アハハ、とトーマスは愉快そうに声を上げて笑う。

 それからローゼル、レイノルドの隣に立ち、空を見上げた。


「すげぇだろ? 

 ルシアン様、あれでも力の半分も出していないんだぜ」


「え、半分以下であの魔力ですか!」


 ローゼルは驚きを隠せない。


 宙を飛ぶ影が飛び、交錯する。

 時折、目の前を誰かが走って行き、再び上空へ向かう。


「私には誰が何をやっているのかさっぱりわかりません。

 とにかくすごいっていうことしか」


「まあ、そうだろうね。

 俺たちもようやく二人が何をやっているのか把握するだけで必死」


 くすっとトーマスは笑った。


「誰ですか? 

 あの手練れの傭兵は」


 レイノルドが尋ねた。


「ああ、インリューラーク王国出身の傭兵くんだ。

 名前はギルベルト・マルコシアス。

 あちらでは男爵家の三男なんだとか。

 今回オークレー次官が連れてきた傭兵出身貴族の中で最も優秀。

 魔力量も凄まじいし、あの通り、なにかと戦闘経験も豊富みたいだ」


「へえ」


 レイノルドが感嘆の声を上げた。


「それほどの腕前があるなら、どうしてインリューラーク王国の魔法騎士団に入団しなかったんでしょうか? 

 あちらもここ帝国と同等以上の魔法軍事大国ですよね?」


 ふと思いついたローゼルが質問をすると、トーマスは一瞬目を見開き、口角を上げた。


「さすが、目の付け所がいいね。

 そう、本来ならあちらの国の魔法騎士団に入団すべき人材だと俺も思う」


 トーマスは目を細めて、再び上空の二人に視線を投げる。


「オークレー次官が連れてきた連中は、貴族出身の者とはいえ、どいつもこいつもなんか胡散臭い連中なんだよ。

 けど、彼だけは異色だね」


「異色?」


 レイノルドが眉をひそめた。


「ああ。要は真っ当な奴ってことだよ」


「なるほど、そういう異色ですか」


 何気なく相槌をレイノルドは打った。


 だが、ローゼルはそこで首を捻った。

 

(真っ当が異色ってどういうこと? 

 それだけ危険人物が多いってことなのかな?)


 びくびくしながら、二人の会話に耳を傾けた。


「どうやら彼の妹の仇《かたき》がこの国に潜伏しているらしいんだ。

 しかも、相当な悪党。

 そいつをこの手で捕まえたいんだってさ」


 トーマスは肩をすくめた。


「間違いなく他の連中と動機が違いすぎますね」


 レイノルドが呻くように呟いた。


「そう。目的意識が待遇の良さや金とか俗物的なものじゃない。

 それであの力だろ? 

 ルシアン様が直々に実力を測るって言い出して、それでさっきからあの通り。

 かれこれ一時間近く経つぜ」


「っていうか、ルシアン様、かなり楽しんでますよね」


 レイノルドがふっと笑うと、トーマスも腕を組んで笑みを浮かべる。


「分かる? 

 そう、ルシアン様は楽しくてしょうがない。

 仕事は相変わらず厄介事だらけ。

 でも、プライベートもイースティリア女官のお陰で充実しているみたいだけど」


 含みを持った視線でトーマスがローゼルを見る。


「それでもやっぱ、ストレスは溜まるよね。

 ちゃんと癒してあげてよ、恋人さんよ」


 トーマスの口元には意地悪な笑みが浮かび、レイノルドも意味深な眼差しを向けてくる。

 ますますローゼルは居たたまれなくなり、視線を地面に落とした。


「ところでさ、イースティリア女官」


 改まった口調でトーマスが名を呼ぶ。


「はい、なんでしょう?」


 ローゼルは、もじもじしながら返事をした。


「明日の昼一にでも刑部省の軍部内取調室で聴取を取りたいんだけど、時間ある?」


「えっ! 

 私、何も悪いことしてませんよ」


「悪いことしてないけど、悪い奴にワンパンしたんでしょ?」


「へ?」


「なんだよ、それ。

 ワンパンって」


 レイノルドがぎょっとした。


「この子さぁ、すげぇんだよ。

 うちの例の不良騎士どもを武装魔法でやっつけたらしい」


「え? 本当か?」


 ますますレイノルドが目を瞬いた。


「うん……。

 お酒の勢いも相まって、ワンパンしました。

 でも、ルシ様にも手伝ってもらったから決して一人で倒したわけじゃないよ」


 ローゼルは指をこねくり回しながら、言い訳がましく、ぼそぼそ呟いた。

 トーマスは愉快だと声を上げて笑う。


「アハハ! ほらな」


「はあ、さすが想像の斜め上を行く子リス女官だ」


 レイノルドが唖然とした。


「どういう意味よ」


 ローゼルはムッとした。

 

「ってことだ。

 まあ、その最終的な事情聴取ってやつだ。

 一応関係者全員から話を聞かないといけなくてね」


 笑みを浮かべてトーマスは言った。


「ああ、そういうことで。

 分かりました。

 では、明日伺います」


「君の上官のライアナース卿には話を通しておくから」


「はい。ありがとうございます」


 その時、突如目の前に何かが落ちてきた。

 凄まじい衝撃波で砂埃が大きく舞う。


 あっという間にこっちまで砂に覆われそうになったので、ローゼルは咄嗟に詠唱する。


「――水幕《アクア・スクリーン》!」


 ローゼルの声とともに、薄い水の膜が瞬時に広がる。薄い水の膜を張ってこちらが砂まみれにならないようになった。


 これは、この前王宮魔術師のクロフォード・ノーエランドが勧めてくれた本に書いてあったちょっとした防御結界だ。


 膜は砂埃を柔らかく包み込んで地面へと落とした。


 周囲は咳き込んでいるが、三人は平然としていた。


「へえ、すごい」


 トーマスが口笛を吹いた。


「これ、ローゼルが?」


 レイノルドは半信半疑で、そっと目の前に現れた水の膜に触れた。


「え、あ、うん。初見だからまだまだで、触ると……」


 途端に水の膜の魔法が解け、ばしゃんと地面に流れ落ちた。


「ほら……」


(まだまだ強靭さが足りない。

 もうちょっと強度を増して……)


 ローゼルが冷静に自分の魔法の足りない部分を分析している間に、砂埃は晴れ始め、地面に一人が倒れ込んでいた。


 そこにもう一人。

 倒れている男に剣先を向けている影が見える。


「参りました」


 倒れている男から声が漏れた。


 おおっ、というどよめき。

 次に沸き起こった大歓声が訓練場を揺らした。


 ようやく周囲がはっきり見えてきて、ルシアンが剣をしまい、倒れている男に手を伸ばしていた。


「なかなかの腕前だったぞ」


 ルシアンの声だ。


 男は大柄ではあるが、涼しげな風貌だった。

 ブロンドの長髪が自然と似合う美形で、これまた女性たちに人気の出そうな感じだ。


 年齢はたぶんレイノルドと同じくらい二十代半ば。

 ただ、若さに似合わず只者でない老成されたオーラを滲ませている。


「いい勉強になりました。

 軍師閣下を今後の目標とさせていただきます」


 慇懃丁寧に彼は深々とお辞儀をした。


「大袈裟だ。

 ただ、磨けばお前はモノになる。

 日々精進を怠るな」


「はっ」


 不意に倒れていた彼が顔を上げて、遠くから見ているローゼルと視線が合った。

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