第99話ー黒水溝ー
魔導フェリーに乗ってもう5時間が経った。
「おかしい…。」
縁は甲板で綺麗な秋晴れの空を見上げつつ、険しい顔で言った。
「え?何がおかしいんですか?」
びっくりした様子のヤンガが尋ねる。
ユエは船酔いしたヤオの背中をさすっている。
「全く、ヤオって顔は良いのに、朝はダメだし、まさか船もダメなんて…。師匠こんなに波も穏やかで天気もいいのに、またトラブルの匂いですか?」
ユエがボヤく。
「ここ、台湾海峡は黒水溝と言ってな、Down Of Chaosのはるか前、いにしえから難所として有名なんだ。こんな波も立たない凪になるなんて、おかしすぎる。」
と縁は言った。そこに満身創痍のヤオが、
「この先まだ何かあると…?」
とげんなりしながら聞く。
縁は真っ青な顔をしたヤオに苦笑しながら、空間術式に手を突っ込む。そして、1枚の符を取り出してヤオの胸にペタリと貼った。
「この符が効くまで我慢しろよ?私は船長にちょっと声をかけてくる。」
と3人を残して甲板から船室に入っていった。
「カンカンカンカン。」
鉄のステップを踏んで、操舵室に登って行った。もちろん、ここは関係者以外は入ることができない。Sランク冒険者としての職権を使ってだ。
コンコン。扉をノックする。
「Sランク冒険者の滝野縁だ。船長にお会いしたい。」
縁は険しい声で言った。中から船員が扉を開ける。
「客室乗務員から聞いております。どうぞ。」
と船員が言った。
縁に向かって背の高い筋骨隆々とした、よく日に焼けた中年の男がやってきた。
「鄭 遠洋という。この劈浪号の船長だ。縁と言ったか。お前、Sランクなんて嘘だろ。」
と声をかける。その言葉に、
「違ぇねぇ!こんなやわな女がSランクなわけねぇな!」
と若い男が軽口を叩く。
「海仔!お前なんてこと言いやがる!これだから若いもんは!!」
船長がその男にゲンコツをかました。
「すまねぇ。気を悪くしねぇでくれ。まだ見た通りのガキなもんで、人を見る目がなってねぇんだ。」
船長が謝る。そして手を差し出した。
「気にないでくれ。見た目で判断されるのは慣れてる。船長の言う通り、私はSランクじゃない。SSSランクだ。偽って悪かった。」
差し出された手を握り返しながら、縁は答えた。
”SSSランク”
その言葉に、操舵室は騒然となった。
「お前ら!静かにしねぇか!!こんな非常時にボヤボヤしてんじゃねえぞ!」
船長が怒鳴る。
縁は、
「やはり、船長も気づいていたか。黒水溝の異常を。」
と船長を見上げて言った。
「縁様も気づいてたか。こんな凪、あったことねぇ。海鳥も1羽もいねぇ、トビウオすらいねぇ。こんなことありえない!!」
船長は焦りを見せながら言った。
「私の探知魔術には、まだ何も引っかかっていないが…。何か見当つかないか?」
縁は顎に手を当てて考える。船長は、
「海魔だったらとんでもねぇ大物だな。親父もその親父も、ご先祖さまですら!あったことがねぇくらいとんでもねぇヤバい奴だ。想像したくもねぇ!」
と額に汗をかいている。
ーーーその時、縁は自分の探知に大きな反応を示したのを感じ、船長に伝えようとした。
すると船が、
「ガコン!!!」
と音を立てて止まった。
「船長!スクリューが止まりました!舵もききません!船は完全に止まりました!!!」
と船員が悲鳴をあげた。
船長と縁は、顔を見合わせると急いで甲板に向かった。
その頃甲板では。弟子3人が異様なものを目にしていた。
「海が…渦巻いてる…。」
陸でしか暮らしたことのない3人にとって、それは想像を絶する出来事だった。その3人を、白曜と黒曜が挟んで立った。背後には、アオイとウスハが立っている。
「海魔だとしたら、とんでもない事じゃ…?!」
と船酔いから立ち直ったヤオが呟く。
「これは…。」
白曜が低い声で呟く。そこにアオイが、
「魔物ではありません。これは、、神、」
と続いたとき、
「ザッパーーーン!!!」
と海を割る音がした。海から踊りでできたのは、
「「「龍…。」」」
3人は呆然とつぶやく。
それは青く鱗が光る大きな龍だった。
龍が姿を現した瞬間、海風が止んだ。
波の音さえ消えた。
鳥も魚も息を潜め、世界そのものが龍神へ跪いたかのような静寂が、黒水溝を包む。
一瞬の沈黙の後、背後で他の客が、
「きゃーー!!!魔物よ!!!」
「とにかく!中に入れ!!!」
と必死で甲板から客室に入り始めた。
弟子たちは手に武器を持ち、臨戦態勢を取る。
それをアオイとウスハが遮った。
戸惑う弟子たちに、
「海神よ。如何なされた?」
と宙から声が降ってきた。
「「「師匠!」」」
3人が声を揃えて見上げる。
縁が悠然と宙に浮いて、龍に話しかけていた。
「ワダツミって…?」
小声でヤンガがアオイに聞く。
「海の神と書いて、ワダツミと言います。この龍神は、きっと黒水溝の主ですよ。」
神性を持つアオイは、ヤンガにそっと伝えた。
「3人とも、武器を収めてください。貴方がたでは勝負になりませんよ。」
ウスハが3人に言った。3人は急いで武装をとく。
「人のようで人ならざるもの。この世で最も強き者よ。陰陽の化身をひき連れるものよ。我が願いを聞いて欲しい。我は黒水溝をまとめあげる司、海の神々の代表として来た。」
突如として、龍神は縁に語りかけた。
「黒水溝の主よ。船を止めたのは貴方か?私がこの世で最も強いというのは大袈裟だが、私に、私の力に何か用があるのか?」
と縁は答えた。
縁の言葉に、黒水溝の主は語り出した。
縁は龍神の瞳を静かに見返す。
その願いは、人でも悪魔でもなく、「神」だからこそ託せるもの。
――そして、それは台湾全土の運命を揺るがす始まりとなる。




