第89話ー福州のにおいー
更新が遅くなりました。
仕事やら旅行やらで暇がなくなっていました。
私の持病も悪化しやすい時期なので、
ぼちぼちやろうと思います。
いつも見てくださってありがとうございます。
「え、Sランクー?!」
城門警備の憲兵が、素っ頓狂な声をあげる。続く弟子たちのランクにも目を見張った。
「BランクにCランク、この若さでか…ようこそ福州へ。生憎の雷雨ですが、ゆっくりと休んでください。」
若い憲兵が白曜と黒曜に、使役の首飾りをかけながら言った。
「ありがとう。何とか本降りになる前に、間に合ってよかった。」
縁は微笑んで言った。
そして4人は福州の州都に歩みをすすめた。雨の中フードを被って、門を出て数歩進む。
ーーその瞬間、縁の眉間にシワがよった。
ーなんだ?この匂いは。微かだが実に不愉快な匂い。まるでこれは…。ー
そう思っていると、ヤンガがおずおずと声を上げた。
「あの、なんかちょっと匂いません?僕の勘違いならいいんですけど…その違法薬物というか幻覚を見せる草花に似た匂いが微かにします。」
ヤンガのその言葉に、ヤオとユエがうなずく。
「そうか、お前たちも感じたか。鼻がいいもんな。この街は"何か"に蝕まれているらしい。ギルドへ行ってギルドマスターに話を聞こう。門を抜けて早々に臭ったということは、この病、根は深いぞ。」
縁は険しい顔で言った。
白曜は、
「この匂い、忘れもせん。我らを作りし、にっくき術者の使っていた幻薬とほぼ同じもの。」
と牙を見せる。黒曜も、
「白曜、街中で殺気を出してはならない。しかし、似た匂いなのは確か。災いの匂いが致します。」
と不機嫌そうにしっぽを振った。
降りしきる雷雨の中、縁たちは街の中央通りにある冒険者ギルドを目指した。時々稲光と落雷で、空が白く光る。人通りも少ない。不穏な空気が垂れ込めていた。
「白曜、黒曜、外の従魔のスペースでいてくれ。」
縁は指示を出した。
冒険者ギルドの扉は湿気を吸って重々しい。それを片手で開き、縁たちはギルドに足を踏み入れた。併設された酒場から、露骨な視線が突き刺さる。特に先頭をゆく小柄な縁や、美しい肢体をもつユエに視線が集まる。
縁たちは気にすることなく、カウンターのエルフの女性に声をかけた。
「ギルドマスターに会いたい。」
縁は冒険者カードを提示した。エルフの職員は、
「いくら数少ないSランク冒険者といえど、アポイントなしでは困ります。」
と困った顔をする。縁は指先で、ギルドカードの隠蔽を剥がした。訝しげに見ていたエルフの職員は、たちまち顔を強ばらせた。
ーSSSランク…私も長く生きてきたけれど初めて見たわ…。SSSランカーが来た場合は、ギルドマスターに即通達するのが義務!ー
「…大変失礼しました。至急ギルドマスターに話をつけてまいりますので、少々お待ちくださいませ。」
エルフの職員は急いでギルドマスターの元へ走っていった。
隣で呆気にとられていた別の男性職員に、縁は声をかける。
「福州の街のできるだけ詳しい地図が欲しいんだが。あるか?」
縁は銅貨を5枚ほど出す。男性は、
「は、はい!こちらです。」
手元の引き出しから地図を取り出した。縁はバサリとそれを広げ、丁寧に見ていく。そして、
「スラム街はどの辺だ?」
と男性職員に声をかけた。職員は、一瞬の間を置いた後、地図を指さして、
「街の北側のこの辺りからこの通りぐらいです。ですが、なぜスラム街などに興味を?」
疑問を持った男性職員は言う。
「もしかしたらな、野暮用が出来るかもしれないから念の為さ。」
縁は地図をたたみながら、お茶を濁した。
「縁様、ヤオ様、ユエ様、ヤンガ様、ギルドマスターの準備が整いましたので着いてきてください。」
先程のエルフの女性が立っていた。縁は、
「ありがとう。案内してくれ。」
と返し、弟子を連れて着いていく。
建物の三階、執務室兼応接室に縁たちは通された。迎えたのは、きっちりとスーツをまとった老紳士だった。眼光は鋭く、深い知性を感じさせた。
「SSSランカー、強欲のNo.5(ナンバーフィフス)、滝野縁様。お会いできて光栄だ。そして蛟のお弟子さんたちもよくこられた。どうぞお席に。私は沈 宇軒。ここのギルドマスターをさせてもらっている。」
宇軒は軽く自己紹介をしながら、席に着いた。縁たちも席につく。
「柳、茶菓子と茶を出してくれ。終わったら通常業務に戻ってくれ。」
エルフの女性職員は柳と言うらしい。柳は手早く茶を入れ、茶菓子とともにサーブした。
「では、失礼します。」
柳が退出する。
しばらくして、宇軒は口を開いた。
「さて、縁様。通常SSSランカーはギルドマスターに、面とおしするのは知っていたが、何やらそうでもないご様子。何かありましたかな?」
顎髭を触りながら尋ねる。縁は、
「そうだな。言うなればーーこの街は臭う。4000年以上昔、かつて中華を統一した国があった頃、その国を滅ぼしたものの匂いに酷似している。」
縁は宇軒の瞳をじっと見つめながら答えた。宇軒の瞳孔が開くのが縁には見えた。そしてつづけて、
「私たちは鼻が利くから、門を抜けてすぐに分かった。これは阿片だ。それも魔術的処理をされた極めて危険なものだ。どうだ、違うか?」
と問いかけた。
宇軒は、
「はあぁー。」
と深いため息を着いた。そして、
「さすが、不老不死の戦士、知識も豊富でございますな。今福州では、スラム街を根城とした中華マフィアが、魔術的処理をした阿片を垂れ流しています。まだどこが発信源かは突き止められていません。"落涙のケシ"として、心の淀みを洗い流す、心の傷を軽くするなどと言って、一般人にも影響が出始めているのが現状です。」
宇軒は机の上で、指が真っ白になるほど握りこんでいる。自分たちが後手に回っているのが許せないのだろう。それを察した上で、ユエが口を開いた。
「ギルドマスター、なぜ対応が後手になっているのです?この規模の都市ならばSランクやAランクの冒険者もそれなりの数いるはず。何があったのですか?」
と尋ねた。
「そのSランクの冒険者がマフィアに雇われているのですよ。福州には2人Sランクがいますが、片一方は阿片欲しさにマフィアに雇われ、もう1人は、家族を人質に取られて仕方なく雇われている。」
「Aランクも阿片欲しさに5人ほど雇われているのを確認している。」
ヤオは、
「そんな…。」
と思わず口をついた。
その場に沈黙が流れる。外は未だに稲光が走り、ガラス窓に雨が叩きつけている。
沈黙を破ったのは縁だった。
「ギルドマスター、私たち一行には時間が無い。だからといってこの街を素通りするのは、私のプライドに反する。故に、そのマフィアの拠点を殲滅し、薬に溺れたSランク冒険者とAランク冒険者5名は殺害。もう1人のSランク冒険者は人質の家族を取り返して、こちらの戦力とする。こんな案はどうだ?」
と提案した。
宇軒は、俯いていた顔をぱっとあげ、
「よろしいのですか?それなりの大捕物になりますぞ。」
と驚きを隠せないように縁を見つめた。
「私の通り名の"強欲"は、全ての人の幸せを手のひらからこぼしたくないという欲から来ている。」
「阿片中毒者も、精神干渉魔法をかけて治してやれる。それは現時点で、私にしかできないことだ。」
「問題はマフィアに知られずに、どうやって協力者を募るかだ。まぁ、最悪、私たち4人と、使役獣5体でも構わないが。その代わり、大規模魔法を使う影響で、スラム街がより混沌となる事態も有り得ることになるがな。」
縁は腕を組んで言った。
宇軒も腕を組んでしばらく考え込んだ。そして、
「1日、1日だけ我々に時間をくださらんか。信頼できる冒険者をその間に集める。明日の夜作戦会議を開き、明後日の日の出前、強襲を仕掛ける。」
と言った。縁は、
「わかった。この街の問題だからな。ここの住民が作戦に参加するのが望ましい。ただ気をつけろよ。恐らく奴らは、このギルドにも、普通の冒険者を装ったスパイを紛れ込ませているはずだ。私がそれを見分けるアイテムを渡すから、信頼できる職員に渡して殲滅戦の人集めをしてくれ。」
と空間術式から、丸い鏡を取り出して宇軒に渡した。
「これは?鏡ですか?」
宇軒は戸惑う。丸い鏡の裏には五芒星に五角形が描かれ、複雑な文字が刻まれている。
「これは"審議の鏡"。世界の"あちら側"からもたらされたものだ。使用者は映す相手が信用に足る人物か、わかるようになっている。対象が映ればそれは真実、映らなければそれは虚像を演じている。」
宇軒は自分を映してしげしげと見つめる。縁は、
「ヤオ達に向かって、その鏡を向けてみろ。念じるのは、"こいつらは人に化けているか否か?"だ。どうだ?写っているか?」
と宇軒は何も映らない鏡を見て、このマジックアイテムが本物であることを理解した。
「ありがとうございます、縁様。恩に着ます。明日の19:00にこのギルドの会議室で作戦会議を行います。今回の件、蓮花の理には指名依頼とさせていただきます。」
「宿は、使役獣がおられるとの事ですので、凪の風亭という宿屋が妥当でしょう。少々値ははりますが、今回のマフィア討伐の報奨金で余りあるかと。早速仕事に取り掛かります。では、今日はありがとうございました。」
と、宇軒は深々と頭を下げた。
ギルドから出ると、外はもう夜だった。雷雲はさり、澄み切った空気で夜空がよく見える。縁たちはどこからか運ばれてくる潮の匂いを、香しく感じながら、凪の風亭に向かって歩き出した。




