第84話ー空間術式の鍛錬①ー
涼やかな風が吹く中、一行は時々下の街道を確認しながら進む。時折、商隊が冒険者を引き連れているのを見かける。
「暇ねぇ〜。」
とユエが呟く。その声は風に乗って流れていく。
「そういえば師匠。聞きたいことがあるのですが」
とヤンガが縁に問いかける。
「ん?どうした?」
と振り向く縁。
「空間術式の件なのですが…いつか教えて貰えないかと思いまして。」
とヤンガがおずおずと申し出る。
「あぁーーー!すっかり忘れていた。もうそろそろ昼ごはんだし、その時に基礎をレクチャーしよう。」
縁は手を頭に当てて、うっかりしたといった様子で言った。縁は水辺のそばの空き地を見つけると、白曜と黒曜は滑るように降りていった。
「お昼ご飯〜お昼ご飯〜♪」
ユエがルンルンでつぶやく。
「今日の昼ごはんはなんですかね?」
ヤオが声をかける。縁は、
「今日はバインミー(ベトナムのサンドウィッチ)だ。蒸し鶏と、ヌックマム(魚醤)に漬け込んである豚肉と、ベトナムハムの3種類だ。」
と返事をした。
「あぁ!屋台で売っていたやつですね!前食べて美味しかったやつだ!」
とヤオが笑顔を見せる。ユエも、
「バインミーって美味しいわよね〜。具も沢山あるし!」
とウキウキ顔だ。ヤンガも、
「バインミー、ボリュームがあるのにパクパク食べられますよね〜!」
と嬉しげだ。縁達は木陰で、昼食をとる。
一段落すると、縁は早速空間術式のレクチャーを始めた。
「空間術式は、まず今この場に自分がいることを認識する、これが大切だ。お前たちが見ているこの世界は、三つの道が交わる三次元という『層』に過ぎない。だが、空間術式はこの層を紙のように折り曲げ、あるいは針で穴を開ける。遠くの山をすぐ足元に引き寄せるのも、何もない虚空から刃を取り出すのも、すべてはこの世界の『裏側』を通しているだけだ。」
と縁は述べる。弟子たちはわかったような、分からないような…と言った顔をしている。縁は、
「そうだな、この世は巨大な曼荼羅のようなもの。術師はその絵図を指先で手繰り寄せ、端と端を合わせるのさ。」
と地面に図で示す。初めに理解を示したのは意外にもヤンガだった。
「なるほど。紙の上のAの地点とBの地点を折ってくっつける、という具合に空間をとびこえるのですね!」
とポンと手を打った。
「んーーん。私も何となくわかったかも。」
ユエも眉間に皺を寄せながら声をあげる。
「俺もなんとなくだが理解はできたかもしれん。世界を2重に捉えて、そこを活用するんだよな?」
とヤオも答えた。
「まぁ3人とも詳しく考えたら実行に移せなくなるから、各々ざっくりとでいい。」
と縁は苦笑しながら言った。
「みんな、あの川に石を投げ込んでみろ。」
縁は続ける。弟子たちは戸惑いながらも、石を投げ込んだ。
「今、水面という3次元の「面」に対して、実はわずかな「厚み(高次元)」が存在している。術式によってその厚みの隙間に滑り込むことで、姿を消したり、外側より広い空間を内部に作ったりするのさ。」
と縁は伝えた。3人は興味深げに、もう一度石を川に投げ込んだ。
「ふんふん。なんかわかったかも。」
感覚派のユエが何かを掴んだ。
「俺も、体感でなんかわかったぞ。」
ヤオの本能が水面の厚みを理解する。
ヤンガは心細そうに、
「頭ではわかってるんだけど、なかなか難しいね。」
と言った。ユエは、
「私も試したんだけど、川に投げる石に魔力を通して、水面に接する瞬間を詳しく見てみたら?」
とヤンガにアドバイスする。
「なるほどね!ちょっと集中してやってみるよ。」
ヤンガは目をつぶって石を投げる。何度目かで、
「うん。うん。わかった気がする。」
と嬉しそうに言った。
縁は、
「まぁ、きっかけがわかれば、後は試行錯誤だ。分からないことがあればいつでも聞いてくれ。」
縁はバインミーを入れていたバスケットを空間術式に格納した。そして、
「じゃあ出発だ!」
縁はヤンガと共に白曜に飛び乗った。黒曜にはヤオとユエが飛び乗る。
弟子達3人の空間術式取得の日々がここに始まった。それは彼らにとって有意義で興味深い時間の始まりだった。




