第31話 新天地で
「そうして飛ばされた場所がここなわけですが......どうしましょうか」
私の住んでいた村とは比べるのが烏滸がましいほど発展しているのはわかりますが、だからこそあの壁の内側に入るには厳しい審査がありそうです。
逆に門番までいるのに審査が無ければ何のための問題かと思うので、私の想定は間違っていないはず。
私の取れる選択肢は......そうですね、同情心を誘ってみましょうか。
「まずはあの列に並ぶところからですね」
転移した場所から少し遠い場所にある列へ足を進めた私は、門へ向かう列の最後尾にいた女性の後ろに止まる。
今の私の服装は村から追放されたときと同じ。光魔法で修復はしていますが、そこまで裕福な村でなかったため田舎者と思われるでしょう。
でも、それがいい。
「あら、君は何処の子?親御さんは近くにいるの?」
私の予想通りに前に居た女性は心配そうに尋ねてくれました。
ここが私の故郷であった村と同じような閉鎖的で身内で固まるような場所なら、このようにはならなかったかもしれませんが幸いなことにこれだけ大きな都市であれば心の余裕があると踏みました。
どうやら推測に間違いはなかったようで安心です。
「いえ、実は二年前に唯一の肉親が亡くなってしまい住んでいた村の口減らしにあったところなのです。最低限のお金は持たせてもらいましたので何とかここまで来れたのですが......」
「そ、そうなのね。でも大丈夫?この国......ブレイブリー王国は入国審査はそれなりに厳しいのだけど」
「正直に申し上げますと、私は入れないと思っています。ですが、もう後先が無く藁にも縋る思いでせめて並んでみようかと思ったのです」
私は全てを諦めたような哀愁を漂わせた笑みを浮かべて先程よりも少し小さな声で女性への問いを返しました。
今の私は道端に捨てられた子犬がエサを求めてか細い鳴き声を上げているように見えているかもしれません。
「可哀そうに......ね、ねぇ私も一緒に門番へお願いしてみましょうか?」
――引っかかってくれました。
大切なのは本当のことに一割の嘘を混ぜて真実と思わせること。
「いいんですか!?」
絶望しか広がっていない未来に一筋の光が見えたかのように大袈裟に、でも感謝の気持ちを乗せて声を上げます。
「私は討伐者をしてるから何度もブレイブリー王国には来たことがあるのよ。だから、少しくらいは口利き出来るかもしれないわ!」
女性は私を安心させるように笑顔を浮かべながら胸を軽く叩きました。
本当にこの方は清い心をお持ちなのでしょう。そんな方を少しだけ騙すようで申し訳ないのですが、ここは頼らせて貰います。
「ここまで色々な場所を転々としてきましたが、初めてここまで優しい言葉を人にかけていただきました。これもシャーマ様からのお導きかもしれません」
そう言って私は胸の前で手を組み、目を閉じて天へと祈りを捧げます。
「そんなに感謝されると照れるわね。神様に祈るまでしなくても......」
「いえ、本当に私は嬉しいのです。口減らしにされてから私にとって頼れるのはシャーマ様だけでしたから」
「君は信仰心が高いのね。でも、いきなり知らない土地に放り出されたらそうなるのかな......」
「そうですね、村を追い出されて始めの方は洞窟で過ごしていました。そこで私は見たのです......力も持たない私に暗闇から手を差し伸べる黒い衣服に身を包んだ女性を!
人が入ることの無い森で現れた女性、そしてこの世界には二柱の神がおられます。ひとつは陽光の神シューラ様。そして、暗影の神シャーマ様です!――黒い衣服はシャーマ様しか羽織られません。私はその時からシャーマ様の信徒となったのです!」
いきなり饒舌に話し始める私のことを何故か目の前の女性は可哀そうに見つめています。
一体どうしたのでしょうか?確かにシャーマ様の素晴らしさを伝えたく、少し大きな声を出してしまいましたがそれだけです。
今の会話のなかに可哀そうと思われる要素は無かったはずですが......。
「(多分この子は極度の限界状態で幻覚を見てしまったのね......)もう大丈夫よ、私が絶対に門番に伝えてあげるから。安心していいのよ」
女性は私のことを抱きしめて何度も優しく背中を叩きました。
転んで怪我をしてしまった子供をあやすようにゆっくりと一定のリズムで。
正直なところ、何故この女性がここまで私に優しくしてくれるのかはわかりません。
ただ、この世には居るということが確認できました。
畜生以下の存在ではない、相手を思い、己の労力を割いてまで他者へ優しさという感情を注げる方がいるということを。
「私は大丈夫ですよ、お姉さん。現にここまで一人で来ることが出来たのですから」
私は傷つけないように慎重に女性の身体を押して目を合わせてから、笑顔を向けます。
そして、その場で祈りを捧げたときと同じように手を胸の前で組んで言葉を紡ぎました。
「心優しきお姉さんに、我が敬愛する神シャーマ様からのご加護があらんことを」
今はまだ特別な言葉ではありません。ここで暗影の信徒としての力を使ってしまっては悪目立ちしてしまいます。
ただ、その想いは本物。これから私が生きていくなかで機会が訪れたとき、その時はこの女性に本当の加護を捧げるとしましょう。
「お姉さん、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「そうね、まだ自己紹介もしてなかったわ。私はエクリエスっていうの、よろしくね」
「エクリエスさんですね。私はゼノヴェル、暗影の神シャーマ様に心身を捧げたただの子供です」
――この出会いも私には必要だったのでしょうね。




