第28話 試練の褒美と伝える決意
「シャーマ様......待ってました。貴女に会える日をずっと!」
拭ったはずの涙が止まらない。今まで何とか隠し通してきた弱さがシャーマ様の前では隠せず、溢れてくる。
どうして、どうして止まってくれないんだ!!俺は強くなった姿をシャーマ様に見せるためにここまで来たんだろ。
泣き止め!前を向け!!
――だが、どれだけ自身を鼓舞しようとも一度綻びを見せた心は簡単には戻らない。
我慢してきた言葉なのか、甘えなのか、自分でもわからない声が口から洩れていく。
「シャーマ様、俺頑張ったんです。シャーマ様と別れたあとに水を飲んで死にかけて......」
『知っている』
「その後も美味しくもない鉱魔獣を食べて苦しんで」
『知っている』
「でも、それで力が手に入るとわかったから沢山の鉱魔獣の力を吸収して、人を捨てて」
『知っている』
「昨日は木龍の最期を見送って、取り込んだんです」
『全て知っている。妾はずっとゼノヴェルのことを見ていたのじゃ。お主の頑張りも、苦しみも、葛藤も、悲しみも全て見ていたのじゃ』
そうか、シャーマ様はずっと見ていてくれたんだな。俺が......この森で、生きて来た二年間......を。
ああ、もう駄目だ。
『おいでゼノヴェル。今だけは妾に甘えることを許そう』
「う、うわあああああ!!!」
感情を堪えきれなくなった俺はシャーマ様へと抱き着いた。
『ふふ、その鎧姿だと風情が無いな。ほれ、解除じゃ』
シャーマ様は俺の肩に向かって指を弾いた。
すると、俺の身体を覆っていた鎧が光になって消滅し、鉱魔人になる前の服装に戻っていた。
何故そんなことが出来るのかわからないが、シャーマ様は神様。それくらい片手間に出来るのだろう。
そんなシャーマ様のご厚意のおかげで久しぶりに感じる人の温もりは、二年間の冷たい孤独を一瞬で溶かすようだった。
もうなりふり構わず泣きわめくことしか俺には出来ない。
シャーマ様は俺が泣き止むまで優しく抱きしめ、背中を撫で続けていた。
◇◆◇◆
『落ち着いたかの、ゼノヴェル。そろそろ試練を達成した褒美を渡そうと思うのじゃが、どうかのう』
「ぐすっ......はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
シャーマ様に話しかけられた俺は離れて目元を擦り、返事をする。
感情が制御出来なくて泣いてしまったけど、しっかりしなければ。シャーマ様から褒美を頂けるんだ、みっともない姿は見せられない。
俺は前を向き、シャーマ様と目を合わせる。真剣に、言葉を聞き逃さないように。
『本来であれば、試練の褒美は成長する神導武器を新たに授けることを考えていたのじゃ。試練の大鎌とは違い、切れ味も耐久性を持つ新しい力をな』
「はい、俺もその認識でした」
『だが、ゼノヴェルは妾の予想以上の成果をこの試練中に達成したのじゃ。それゆえ、このままの褒美では足りないと妾は判断した。よって、想定とは違う褒美を二つ渡すとしよう』
シャーマ様はそう言うと、俺に手を向ける。
『お主に必要なのは人の中で生きていきながらも、己の判断で救済する力と理不尽を押し通す暴力だと妾は判断した。受け取るがいい』
そう口にしたシャーマ様の手から白と黒の光球が放たれ、俺の胸へと埋まっていく。
「ぐっ......!!!!」
身体を二つに裂かれたような衝撃が身体中を駆け巡り、思わず胸を抑えた。
俺のなかにある魂が二つに分離し、これまで混ざり合っていた俺と吸収した鉱魔獣たちの魂が引き離されていくのを感じる。
その瞬間、俺のなかに二つの魂が生まれた。
魂は訴えている。シャーマ様への信仰と全てを壊したいという衝動を。
静と動、二つの相容れない魂が俺の中で叫んでいた。
両方の思想が共存している歪な状態になった俺は、感情と思考が制御出来なくなる。
『そのままでは辛かろう』
シャーマ様が俺の頭に手を置いて魔力のようなものを流してくれる。
すると、闘争本能を持っていた魂が静まり信仰心を持つ魂だけが残った。
「はあ......少し楽になりました」
もう喧嘩をするように内部で反発し合うことはなさそうだ。
頭から手を離したシャーマ様が口を開く。
『今のが一つ目の褒美である。ゼノヴェルの魂はこれまでの過程で歪な形を保ちながら理不尽なほどの精神力で抑えつけていたのじゃ。その魂を一度分離させ、自然な形で操作できるようにしたということじゃな。ほれ』
シャーマ様は俺の身体を指差し、よく見ろと言わんばかりに見つめてくる。
「……?申し訳ありません、俺の身体が何か?」
『あ、そうじゃった、妾が変えたままじゃったの。――これからゼノヴェルは人の姿と鉱魔人の姿を自らの意思で選べるようになったのじゃ。普段は人のまま過ごせるというわけだの。感情を高ぶらせれば鉱魔人の本能が、それ以外では通常の感情が表に出てくると思ってくれ』
「え......それでは、俺は、再び人として生きていけるのですか?」
『その通りじゃ。お主の心は依然、人に対する恨みを持っておる。だが、それは全ての人類種にではなく特定の思考を持つ者に対してじゃ。だが、鉱魔人の姿では要らぬ被害を受ける可能性もある。よって人の姿もとれるようにという妾からの配慮じゃの』
――正直、人の姿は俺のなかですでに捨てたものであったし鉱魔人の姿は悩みの種でもあった。それが改善するのであれば、動きやすくなる。
ただ、人の姿も鉱魔人の姿もどちらも俺で上下は無い。ここまで生き残れたのも鉱魔人の力があったおかげだからだ。そちらも使えるということも最高の褒美だな。
『ゼノヴェルのステータスを確認したが、外器という力を手に入れているがそれは鉱魔人でなければ使えないから注意してくれ。あとはもう少しゼノヴェルが成長すれば魂が混ざり、どちらの感情も完璧な制御を出来る可能性もあるな』
「わかりました。シャーマ様、俺のためにここまで考えてくださり本当にありがとうございます」
『そして、もう一つの褒美である神導武器についてじゃ。ゼノヴェルよ、試練の大鎌を出してみよ』
「はい......試練の大鎌『機動』」
俺の言葉をキーワードにして虚空からボロボロの大鎌が現れ、俺の手の内に収まる。
改めて見ても風が吹けば折れてしまいそうなほど脆く、頼りない得物だが、こいつが無ければ鉱魔獣を狩ることもここまで生き残ることも出来なかっただろう。
『神導武器には経験値という概念が存在し、本来であればお主の経験や鉱魔獣を殺すことで成長していく。ただ、妾がお主に与えていた試練の大鎌は進化しないという縛りを設けていたのじゃ』
「はい、俺もそのような認識です」
『だが、成長し、進化しないだけでそれらは蓄積され続けている。その縛りを今から解くことを今回の試練の褒美としよう』
シャーマ様はそう言うと目を閉じ、天に両手を掲げ、俺には分からない言語を口にした。
しかし、不思議なことに耳に入ってきた言葉を知らずとも意味は理解できる。
――暗影の神シャーマがここに宣言する。対象者ゼノヴェルは二柱の神の想像を超えた結果をもたらしたと。故に、共に試練を乗り越えた神導武器を制約を解除する。
シャーマ様が声高らかにそう言った瞬間、握っていた試練の大鎌が光を放ち宙に浮き始めた。
俺の身長よりも少し上で停止した大鎌は、その場で黒い光球へと変化した。
『ゼノヴェルよ、よく見ておくのじゃ』
シャーマ様が指を弾くと黒い光球はゆっくりと溶け出し、中から試練の大鎌とは似つかない白と黒の二色で構成された大鎌が姿を現した。
「これは......」
『この大鎌こそがお主と約二年もの間、心を共にした相棒の新しい姿。名を【聖典審判の大鎌】というのじゃ』
新しい姿となった大鎌を握った俺はこいつが持つ力について理解した。
なるほど、これは今の俺にとって最高の得物になる。
『試練が終わったとしてもゼノヴェルの人生は続いていく。新しい神導武器を使いこなし、己が正しいと思うことを成すのじゃぞ』
「!......こんな、俺のためを思った褒美をいただけて心の底から嬉しいです。ありがとうございます、シャーマ様」
報酬についての説明を聞き終えた俺は感謝の気持ちを込めて、しっかりと頭を下げる。
ここまでシャーマ様に力を授けて貰えた俺は相当な幸せ者だろう。これ以上のことを望むのは不敬以外の何物でもない。
だが、俺にはたとえ嫌悪されようとも、強欲だと罵られたとしても......!シャーマ様に願わなければいけないことがあるんだ!
「――シャーマ様、ひとつだけお願いしたいことがあるのですが聞いていただけないでしょうか」
『......いいのか?それを口にすることは一生の決断になるのじゃぞ?』
シャーマ様には心を読む力がある。だから、最後の確認をしてくれているのだろう。
「覚悟はしています。この言葉は俺が生き、死ぬその時まで後悔をすることはありません」
俺は深呼吸をしてからしっかりと目を合わせて強い意志を伝える。
「シャーマ様、どうか、俺が死を迎えたその時に俺の魂を貰ってくれないでしょうか」




