第21話 情報収集
一行がジャックを連れて共に来たのはスノードロップピスケス県グレージュスパロウ市の駅だ。ここから出る電車は、オレンジスワロー市やオリーブクレーン市には行かないが、ホワイトウッドペッカー市に行くバスの停留所が隣接している。ここの停留所は隣県のホワイトウッドペッカー市へ行くもの、同県北側のマホガニーチキン市とゴールドレイブン市に行くもの、シンビジウムアクエリアス県グレーオーストリッチ市に行くものがある。北部エリアの更に北側へ行く場合はグレーオーストリッチ市で乗り換える必要があるが、この駅に来れば移動という手間はあるが行先の選択は多くなる。バスだけではなく電車も北部エリアであればどの路線も五分おきに出入りするダイヤグラムになっている為、気軽に移動できるのだ。
レザールは自分の肩に回していたジャックの腕を解いて正面から向き合う。
「お前はこれからどうする気だ。実家はああなってた訳だし、このままここに留まってもしょうがねぇと思うが」
「……オレはもう少しここにいやす。碌な人間じゃ無かったっすけど、オレにとっては血の繋がった家族だった人たちなんで」
ジャックの意識を汲んでレザールは「そうか」と息を吐いて踵を返す。向いた方向は駅の入り口。電車で帰るつもりのようだ。
「待って、調べるって言うならあたしたちも協力するわ! 」
エリスが声高に宣言する。「あたしたち」と複数形で答えたということは、レザールやレオンを巻き込む気満々なのが分かる。レザールは兎も角レオンはエリスの言葉に賛成なようで、強く肯定の意識を示している。そんな二人のやる気に満ちた様子を見て深く溜息を吐いた。この場でレザール一人だけ心底嫌そうな表情をしている。
「……分かった。それで、調べるっつったってどうするつもりだ」
「あたしは近所に住んでる人に聞き込みしてくるわ」
「エリス一人じゃ心配なので俺も一緒に行きます」
レオンとエリスはすぐに何をするか決めたが、ジャックは考え倦ねている。暫く考え込んだ後に出したのは、当時の記録を見るということだった。
「オレはラズ教会にでも行ってみるっす。何かは残ってそうじゃないすか」
「なら俺はジャックに付いて行くか。お前ら二人も無茶すんじゃねぇぞ」
そう言って二手に分かれて行く。レオンとエリスはグレージュスパロウ市の住宅街に戻って周辺住民に聞き込みをしに行き、ジャックとレザールはシンビジウムアクエリアス県グラファイトバスタード市のラズ教会に当時の記録が無いかを調べに向かった。
グレージュスパロウ市の住宅街に戻ってきた二人は早速聞き込みを始める。とは言え七年も前の話だ。余所宅の事情を現在まで覚えている人は少ないだろう。それこそ先程出会った二人の年配の女が稀有な例と言っても過言ではない。
二人が交番の前を通り過ぎた時、エリスは思い出したかのように口を開く。
「そう言えば、警察は何か知らない訳? 事件記録とかそういうの保管してるってドラマでやってた気がするけど」
「実際に保管していたとしても、一般公開出来る類のものではないと思いますよ。そういうのは大抵、警察側が見返す為に保管するものですし、所謂非公開情報とかも書いてあったりするんですよ」
警察の事情をやけに詳しく知っているレオンとの会話で、警察には頼れないことが分かったエリスは大袈裟に肩を落としてガッカリしている。それでも調べると言ったからかすぐに立て直して外を歩く人をキョロキョロと探し出す。
住宅街と言うにはあまりにも人通りは少なかった。建っている家が多いことから外出中か室内にいるかのどちらかだろう。外装からして築年数が新しそうな家は事件を知らない可能性が高い。だが同時に、現場から離れた場所に住んでいる家の住人も知っている可能性は低い。聞き込みの範囲を絞るなら現場付近に居を構えている人に限定するのが合理的だろう。
レオンとエリスはジャックの実家跡地を起点に、近場から一軒ずつ聞き回ることにした。レオンは既に学生の身分ではないが、エリスはまだ高校生だ。一人で訪問させる訳にはいかない。非効率だが二人で回ることになった。聞き込みの範囲は同じ町名、二丁目内で十分だろう。覚えていそうなのがその辺りだ。
ジャックとレザールはシンビジウムアクエリアス県グラファイトバスタード市の北部ラズ教会に来ていた。駅から北部ラズ教会までは徒歩で約三十分程掛かる。近い訳では無いが、遠いとも言えない絶妙な距離だ。
聖堂への扉なのか、中央部クランベラ教会に似た大きく豪華そうな扉を開ける。内装は中央部に比べて狭い造りとなっている。長椅子の数も列も中央部の教会より少ない。質素と言うには少々言い過ぎだが、中央部と比べると幾らか簡素に見える。だが、礼拝の客はそれなりにおり、この部分は中央部より賑わっていると言えるだろう。
二人が入り口近くの長椅子に座っていると、一人の神父が歩み寄ってきた。黒い長髪を靡かせて肩に緑のストラを掛けた青年だった。レザールは最近何処かでこの青年を見た気がすると目を細め眉を顰めると、青年の方から声をかけてきた。
「ようこそお越しくださいました。私はこの教会の司教を務めております、姓をラズ、名をケイキョクと申します。レザールさん、貴方とは以前森でお会い致しましたね。お久しぶりでございます」
ケイキョクと名乗ったこの男の堅苦しい挨拶にレザールもジャックも「お、おう」としか返せなかった。気圧されている二人を見て続けて語りかける。
「レザールさん、貴方は確か中央部に滞在しておられる神の落とし子。遠路はるばる北部、それも北部の中心辺りに構える教会に如何な御用でしょうか」
「……ああ、俺はコイツの付き添いだ」
レザールに肘でつつかれてジャックはようやく口を開いた。
「オレはライラック魔狩り局の現場担当、言わば狩る役職に就いていやす。姓をディー、名をジャックと言いやす」
ジャックの名前を聞いてケイキョクは沈黙の後、手で顎を触る。ジャックの顔を見て何か事情があるのだと察した様子だ。
「……なるほど、貴方は北部エリア出身の方でしたか。此処では何ですし、どうぞ此方へ。応接室へ案内致します。事情はそこで伺います」
そうしてケイキョクは踵を返して歩き出す。レザールとジャックは互いに顔を見合わせてその後ろをついて行った。
聖堂の脇にあるシンプルな扉を通ると中央部の教会に似た風景があった。違うのは、別館へ続くガラス扉に「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた紙が貼られていたこと、聖堂の廊下を挟んだすぐ目の前の扉が応接室だということだ。中央部の教会とは別の建物なため違って当然と言えば当然だが。
ケイキョクは二人を応接室に招き入れると、ボックス型の冷蔵庫からペットボトル飲料の水を取り出して差し出す。
「……早速なんすが、七年前に火事で一家崩壊したディー家について知ってることがあったら教えてほしいっす」
「具体的な日時はご存知でしょうか? 」
「七年前に火事が起きた事くらいしか分かってやせん。少なくともオレが家を出た後なのは確かっすけど」
ケイキョクは少し考えた後「少々お待ちください」と言い残して応接室から退室していく。何か資料を取ってくるつもりなのは二人も理解した様子で、ケイキョクが戻ってくるのを静かに待つ。
それから三分にも満たない間に一通の電話のコールが鳴る。その音はレザールの携帯電話からだ。電話の主はレオンで、現状の調査報告であることが伺える。レザールはその電話をジャックにも聞こえるようにスピーカーモードにして出る。
「あ、レザールに報告ですけど、ジャックさんの家にはいつも黒いスーツの人が来ていたみたいなんです。なんですけど、火事の前の日はいつもと違う人が来たそうです。しかもその人、火事の日はジャックさんの家ではなく他のところで目撃されたみたいで」
「そのスーツの人ってのは多分ライラックの人っすね。うちはライラックの担当者が直接依頼を持ってくるシステムだったんで」
「で、違う人ってのは? 」
レザールはレオンの報告を元にジャックに状況を確認する。
「それは分かりやせん。オレが直接会ったのはコブラさんだけっす。父親経由でやってやしたから、当時の状況は正直分かんないんす」
「……って事らしい。レオン、ネットカフェで当時の事件を調べてくれ。何かあったら追って連絡する」
そう言って通話を切る。レオンとエリスは聞き込みを切り上げてインターネットで当時の事件を調べることにシフトさせた。
通話を終えたところでいつの間に戻って来たのかケイキョクが立っていた。手には三冊の手帳と数枚の紙を持っていた。
「貴方がたの状況から察して此方から差し出せるものはこういったものしかございませんが、どうぞご参考までに」
そう言ってレザールに手渡したのは黒い装丁の手帳だった。表紙を開けて最初のページには年号が書かれており、パラパラと捲っていくと日時と場所、県市町番地が細かく書かれている。更にそのすぐ下には謎の数字が書かれていた。
「これは? 」
「魔力感知の記録です。そちらは私が書き残したものとなりますので、場所の詳細は記載していますが、魔力の正体は不明となっている場合が多くなっております。神の落とし子の所在だけは直接赴き確認致しましたので概ね正確と言って問題はありません」
そう説明を受けよく見ると毎回同じ場所での感知記録が残っている。時折矢印でどこに移動したかも記録してあり、更にその下段の数字の横には「神子」と書かれている。恐らくこの神子が神の落とし子ということなのだろう。広く知られた俗称である「御子」ではなく「神子」という表記なのは、速筆の都合なのが見て取れる。
「この数字は何なんすか? 」
レザールの手元にある手帳を覗き込んでいるジャックが数字に触れる。この英数字は全箇所に書かれており、神の落とし子のところにも当たり前の様に書いてある。
「それは個体数です。そこにいくつ存在が確認出来たかのメモとなっております」
「なるほど、大体分かった。ともあれ、俺たちはグレージュスパロウの情報だけ追っていけばいいな」
首の後ろを掻きながらレザールは手帳をパラパラと捲って文字を目で追っていく。ケイキョクが残した手帳のグレージュスパロウ市所在の神の落とし子が指すのはジャックのことで間違いは無い。記載された住所から見てディー家であることは確定しているからだ。手帳は分厚い。恐らくこれが一年分なのだろう。ここから情報を探るのは中々骨が折れる。
ジャックはケイキョクが持っているあと二冊の手帳に目を付ける。その二冊はレザールが見ているものとは違って茶色の装丁をしている手帳だ。
「こちら二冊はルイが書き残したものです。二冊で一年分となっております。それと言いそびれておりましたが、こちら持ち出しは厳禁ですので、必要な情報は書き写しでご対応お願い致します」
ケイキョクは白紙の紙とペンを二人の前に置いた。そして用事は済んだと言いたげに扉へ踵を返し歩き出すと、レザールに呼び止められる。
「アンタは何でジャックが北部出身だと分かったんだ? 」
ケイキョクは嘆息一つして振り返りレザールの問いに答えた。
「人名様式です。各エリア毎に人名様式が異なっておりまして、北部エリアでは姓をニ音以下にするのが決まりとなっております。あくまで『姓』ですので、命名に関係はありませんが」
アズエラ神聖国は創世神を含めた四柱の神がそれぞれのエリアを管轄している。法律や憲法は基本的に国で一括りに統一されている為、それらは関係無い。エリア毎に変わるものの最たるものは人名様式だ。
人名様式は神の意向によって決まる。しかし四エリアの内、中央部エリアに限っては特に取り決めは無い。言うなれば長過ぎず短過ぎないといったところだろう。
北部エリアの豊穣神ナトゥーラは「覚えやすい」を好む傾向にあると言い伝えられており、神聖生命体の問題は度外視で短い名前にするように下々に意向を汲ませたのだ。それが姓を二音以内でまとめるということだ。名ではなく姓なのはナトゥーラ神が人間の名に関心が無かったからだと言われている。神と人との距離が近いとされた時代、言わば神話の時代の言い伝えではナトゥーラ神は人間の一個体を姓で呼んでいたのだとか。現代では確かめようの無い御伽噺でしかないものだが。
ケイキョクは応接室を出て聖堂へ戻って行った。この教会の責任者である司教なのだ、多忙であるのは目に見えて分かることだ。だからといって完全にレザールとジャックの二人きりにした訳では無かった。部屋のすぐ外に一人の修道士を待機させていた。情報資料を教会外へ持ち出させない為だ。
ジャックが見ている茶色装丁の手帳はケイキョクが書いたとされる黒装丁の手帳より広範囲の県都市の名称と何の反応だったのかが記されていた。黒装丁の手帳より細かいと思えばそうでも無いところもあった。例えば、この北部ラズ教会のあるシンビジウムアクエリアス県グラファイトバスタード市は番地まで黒装丁の手帳と遜色ないくらいの細かさで書かれているにも関わらず、少し離れたスノードロップピスケス県ゴールドレイブン市は県と市までしか書かれていない。個体数と種別が書かれているため情報は依然と多いが、教会の家系の人間の感知能力の違いがはっきりと出ている。
レザールがあるページで手帳を捲る手が止まった。あるものを見つけたのだ。
「ジャック、この日にお前は中央部に行ったのか? 」
そう言って指を差したところにはグレージュスパロウ市の住所の横に矢印で中央部へと書かれていた。それ以降はグレージュスパロウに「神子」と書かれた記録が無い。実際に行った実家の住所から考えても、これだけでこの神子が指しているのがジャックであることは確定している。ジャックの発言からしてもレザールが指した日にちが濃厚だ。
火事が起きたのはジャックが家を去った後の話だ。それはジャックが今現在生きていることと本人が知らなかったことで証明される。レザールはレオンにこの日にち以降で起きた事件を調べるようメッセージを送った。
ジャックはレザールが持っている手帳を覗いて何に気付いたのか、一箇所に指を差した。そこは、ジャックが北部を出たと断定される日にちだった。そこの魔力感知反応個体数が「二」と表記されているのだ。ジャックはルイが記した手帳の中から同じ日にちで同じ住所の記録を探し出す。そして、そこにあったのは黒装丁の手帳と同じ「神子」の表記があった。どうやら表記方法は共通らしい。個体数は同じく「二」と書かれており一つは神子、もう一つはその横に「目」と書かれていた。
ジャックは当時の事を思い出しながら手帳の中身を眺める。魔力感知に反応する神秘に関連した目というと、思い浮かぶのは邪眼だ。
「……確か、オレがコブラさんに会ったのはこの日が最初で、家から出してくれたのもこの日だった気がしやす」
「つーかお前の家は人の出入りは激しかったのか? 」
「いや、来ていたのはライラックくらいっす」
ジャックの家はスーツを着た人間が出入りしていたが、それは何れもライラック魔狩り局の人間だった。それ以外の人間は来ていないということは、早い話がこの目は邪眼を持っているコブラを指していると言ってもいい。邪眼自体簡単に手に入る代物では無い。コブラではなくとも邪眼を持っている人間はいるだろうが、ジャックの話しを聞く限りではコブラと断定していいだろう。
ジャックが北部を離れた日を中心に辿って行くと不可解な事に気付く。ジャックが去った日の翌日に再び「目」と記された者、コブラがグレージュスパロウ市に現れているのだ。七年前と言えどこの時既にジャックに魔力炉心が渡っており、神の落とし子はジャックになっている。そのジャックがいないことを知っているコブラが再びディー家を訪れる理由はあるのか。否、ケイキョクが書いた手帳で同日付の該当箇所をよく見ると住所が違う。記載はグレージュスパロウ市ではあるが、町名と番地は全く違う場所になっている。整理すると、先程のレオンの報告で上がったスーツの人物もコブラを指している可能性が高い。
レザールは手帳に書かれた住所を紙に書き写した。ジャックは自分が北部を出た日にちの前後を書き写している。
「ここで分かるのはこれくらいっすかね。レオンくんたちと合流しやしょうか」
「結局火事についての直接的なことは分からんかったがな」
それぞれ書き写した紙をジャケットのポケットに仕舞って三冊の手帳を手に持つ。
応接室を出ると目の前の聖堂の扉から丁度タイミング良くケイキョクが現れた。側に控えていた修道士を外させレザールとジャック、ケイキョクの三人になる。
「……お帰りの際のついでで構いません。ホワイトウッドペッカー市に魔力反応が三つございますので、調査をお願い致します」
そう言って手渡された依頼書には調査依頼と討伐依頼が兼ねて記載されていた。ケイキョクでは反応の主が何者か分からない為、こういった依頼書になるのだろう。それをジャックが受け取り二人は教会を出る。レオンからの連絡はまだ入っていない。調べ物の報告は合流してから聞く事にすべく足早に向かった。
レオンとエリスはネモフィラアリエス県ホワイトウッドペッカー市の駅近くのネットカフェにいた。ネットカフェは薄い壁一つ隔てた簡易的な個室となっており、視覚的にはプライバシー保護されているが、壁が薄いため音は筒抜けとなっている。
レオンとエリスがいる個室の扉が開かれる。そこにいたのはレザールとジャックだった。レオンは二人を一瞥してすぐに本題に切り出した。
「待っていましたよ。早速ですが、俺たちはジャックさんが北部を出て以降の事件を調べていました。殺人、人身事故、窃盗、強盗、悪魔による被害等いろいろ出てきましたが、場所をグレージュスパロウ市に限定した場合、出てきたのは三件でした。その中で火災事件を取り扱った記事は一件だけでした」
レオンはパソコンモニターでそのページを見せた。個人情報保護のためか、住所は県と市までしか書いていなかったもののページ内に添付されている画像の背景を見る限りはジャックの実家周辺であるのは確かだ。
レザールは記事のある部分を見て眉間にシワを寄せる。ジャックがレザールの視線の先を追うとそこに書かれていたことに理解をしたようだった。いや、理解をしてしまった。
「あー……日にちっすか」
レオンもエリスも要領を得ない様子で首を捻った。
「ちょっと、何よ。何か分かったのなら教えてよ」
「エリス、物事にはラインってもんがある」
レザールは端的に「これ以上は踏み込むな」と警告している。他人が知っていい情報とそうでない情報の境の話だ。勿論ジャック本人が良いと言えば問題は無いが、拒否した場合はこの日に火事が起きたという事実のみの共有で終わる。
「……オレが北部を出た翌日に火事。神父が書き残した手帳から神聖生命体は無関係で、結局は人災だったということっす。この先は信用問題に関わるっすから勘弁してほしいすね。この推測は墓場まで持って行くことにしやす」
「信用問題って何の……? 」
レオンの小さい呟きにジャックは眉尻を下げて困ったような表情で微かに笑った。
「オレの中の、っす」
それだけ言ってジャックは個室から出る。ケイキョクからの依頼は自分が受け持つことだけを言い残して去って行った。
ジャックの後ろ姿を見送ってレザールは深い溜息を吐いた。反応から見て、レザールの結論もジャックと同じかそれに近い形に落ち着いたのだろう。二人して口を閉ざした為、確認のしようが無いが。
レオンはパソコンの電源を落とす前にページをプリントアウトした。踏み込んではいけないとされており、これから先も二人の口からこの話題は出てこないことは様子からして明らかだが、それでも手元に残すことを選んだ。行為としては野次馬でしかないが、この場の約二名は知りたいと思っている。どんな真実でも。
ジャックはホワイトウッドペッカー市の森に入り、ケイキョクが感知した魔力を探っている。ネットカフェを出てからケイキョクに確認をして、まだ移動していないということで依頼書で指定された場所を探しているが一向に見つからない。
暫く森を彷徨っていると一人の人物と遭遇する。人物の前には崩れて消えかかった悪魔らしき身体三体分が転がっていた。その内の一体からは身体を貫通して突き出た蔦がうねうねと蠢いている。蔦の先に付着した血から状況は一目瞭然だ。
「えー、見た感じから察してアンタが悪魔を始末したって解釈でいいっすかね」
ジャックが声を掛けるとその人物はゆっくり振り向いた。
「ええ、その解釈で間違いありません」
長身でスーツの上からロングコートを羽織った男だ。理知的な印象を受けるフレームの細い眼鏡をしている。右手中指には指輪が付いている。
「神の落とし子じゃあ無さそうっすね。チャーム持ちっすか? 」
ジャックの質問に男ははにかみながら頷いた。物腰の柔らかい雰囲気で、ジャックに対して敵視している様子も無い。偶然にも悪魔が現れたためその対応をしたといった情景が浮かぶ。
「ぼくはライラック魔狩り局営業部に所属しています。ザハラと言います」
「へー、オレもライラック魔狩り局のもんなんすよ。オレは現場担当。ジャックっす」
二人は握手を交わした。同じところに勤めている者同士、警戒する必要が無かった。
ザハラと名乗ったこの男は今回がジャックとの初対面な訳では無かったらしく、まるで後輩を想う様な視線と心配を向けていた。
「そう言えばジャックくん、君は邪眼についてどう思っているのですか? 」
意図の読めない質問にジャックは一瞬固まる。邪眼と聞いて真っ先に思い浮かんだのはコブラだったからだ。
「世間話ですよ。ぼくは羨ましく思います。コブラくんの使い方見てると便利そうですし」
ザハラ声色から嫉妬や妬み嫉みは無かった。ただ本当に良いなと思っていそうな雰囲気だった。しかし、疑問点があるのか少し声をトーンダウンさせてジャックに投げかける。あくまで世間話の体で。
「少し不思議じゃありませんか。どうしてコブラくんは邪眼を手に入れられたのかって。魔界に行くだけでは邪眼は手に入りませんし、邪眼を持っている悪魔と対峙するのもそうそうありません。対峙したとしても他者に安々と渡すとも思えません。便利な物は自分で使いたいと思いませんか? でもコブラくんに渡したということは、その悪魔は既に自身の目が邪眼だったとかでしょうか。大量に持っていた中の一対なら理解出来ますよね」
ザハラはつらつらと語る。対話というよりは一方的に言葉を並べているようでジャックが口を挟む隙は無かった。
「邪眼は普段人の世に現れる悪魔には持っていない物ですよね。それは位が低いからかもしれません。では、コブラくんが対峙した悪魔は何故邪眼を持っていたのか。それも他者に渡してしまうくらいに。……推測ですが、彼が出会ったのは位の高い悪魔だったのではないでしょうか」
ザハラの推測は現状では確かめようの無いものだった。そもそも邪眼のレートが魔界でどれくらいのものかも知り得ないのだ。聞くに値しない妄想でしかない。それでもザハラは止まらなかった。
「相手は悪魔です。何か不利益になりそうな事を言ってきそうなものですがコブラくんが無事に、それも邪眼という手土産を持って帰ってきたのは信じ難い話です。生きていること自体は喜ばしいですが、本当に何も無かったのか心配になりませんか? 」
問いの形ではあったものの、ジャックの答えを聞きたい訳では無いようだ。ザハラは用事を思い出したと言わんばかりに南隣のシアンマーレット市の方へ去って行った。
ジャックはザハラの姿が見えなくなってようやく動いた。まずは引き受けていた依頼の報告をまとめることからだ。ジャックはこの日、中央部エリアの自宅には帰らず北部エリアのビジネスホテルに泊まった。この日だけはコブラを思い出さずに夜を明かすために。




