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二十九話︰想いよ届け

 

 想像を絶する苦痛だった。

 受けている傷自体は大したことないと自分を慰める余裕すらなかった。

 ただひたすらに純粋に痛い。二年ほど前に魔物に全身を炙られたことがあるが、そのときの死痛とさえ比べ物にならない。

 こんな痛みがこの世に存在するなんて想像できなかったし知りたくもなかった。頭がおかしくなりそうだ。


 俺はただ、自身の許容範囲を大きく超えた痛みを前に泣き叫ぶことしかできなかった。

 助けてと言葉を紡ぐことすらできない。強く噛み締めた奥歯が砕けた。欠片が口内を切り裂いていく。


 それでも五分位すれば流石に慣れてきて、世間話ができる程度には余裕ができてくる。


「あの、このへんで良さそうなデートスポット知りません?女の子がキュンキュンしちゃうオシャレなとこがいいんですけど。イメージとしてはプロポーズに使えそうな感じの若年層向けで」

「ま、待って?君いま拷問されてるんだけどいいの?もしかしてコクリコの魔法効いてなかったりする?」

「いや効いてますよ滅茶苦茶痛いです。自らの人権を疑う痛さです。でも俺本当に洗脳してないんで洗脳解くこともできないし、そうなるとそちらに拷問止めてもらう方法ないじゃないですか。どうせ何もできないなら次のデートに備えとこうかなって。いい場所知りません?」

「え、えぇぇ………………まぁいっか!えーと、ぼくのおすすめは南部にある桜並木だね。東部の自然公園より規模は小さいけどそのぶん静かだし、整備も十分行き届いてる。女を落とすには完璧な穴場だよ」

「うぇぇ……?花見て回るだけって退屈されちゃいません……?」

「はーっ、時代遅れだなぁ!『愛する人と自然を愛で、ゆったりと時間を過ごしましょう』……一見老害向けの道楽こそが、いま若者たちの間で熱いんだよ!一〇分でも歩けばどんな生娘でも身体を寄せてくるだろうよ!ぼくが保証しよう!」


 コクリコさんは何を話しかけても黙ったままで黙々と拷問を続けていたが、不真面目を自称するだけあってパクレットさんの口は軽かった。少年少女のように目を輝かせ、滔々と持論を語っている。

 職務中に意気揚々と雑談に励む職業倫理には他人事ながら首を傾げてしまうが、こちらとしては大変ありがたい。


 何しろ俺は明日のうちにノンディアさんを堕とさなければならないのだ。

 痛みには完璧に慣れたので、あとは睡眠薬が抜けきれば魔法が使える。そうなればすぐさまお二人を洗脳できるだろうが、準備にかけられる時間は多く見積もっても一〇時間程度。

 デートプランを固め、デートスポットの下見、細かな根回し下準備。魔法に殆ど頼れない状態でそれだけのタスクをこなさなければならない以上、デート関連の情報はどんな些細なものでも集めておきたい。


 合理的に考えて最適手はコイバナなのだ。

 容疑者の恋愛相談なんかに付き合ってくれるパクレットさんには感謝の意を述べるほかないだろう。


 そんなわけで、俺は色々相談を続けた。

 待ち合わせ時間、デート中の会話、贈るプレゼント、国でおすすめのレストラン。


「────す、スーツ!?いや本気で言ってます!?デート中の服装について言ってるんですよね、花見になんでスーツなんですか狂ってません!?」

「いーやスーツが最適解だ。そもそも君みたいな中年と個人的な付き合いがある時点でそいつの頭はばかになっている。状況のちぐはぐさに気がつけるほどの判断能力は残っていないだろう。『わたし頼れる歳上の彼ピッピといい感じになってるぅ〜!』って具合に酔っ払っている可能性が高い。であれば表面上のそれっぽさを取り繕うことに全力を注ぐべきで、君はアパレルに明るいというわけでもないんだろう?現実的な線ではスーツがベストだ」

「えっ、えっ、あっ……あの人そんな軽薄な人じゃないですよ!立派な人ですよ聖人君子ですよ馬鹿にしてるんですか!?」

「別にそいつの知性が劣等と言ってるわけじゃない。このご時世賢いやつも馬鹿なやつもみんな馬鹿になりたがってるんだよ。魔物が現れてだいぶ経つから、みんな疲れて現実から目を背けだしてる。君が突くべきはその隙ってことになるな。スーツで行け」

「え……えぇ……?」


 コクリコさんがぷすりと針を刺してくる、これで六六本目。

 剣山みたいになって真っ赤に染まる自分の腕を横目に、パクレットさんの言葉を何度も頭の中で反芻する。


 考えるのはノンディアさんの姿。

 彼女の言動一挙手一投足を思い出し、彼女は本当に疲れているのだろうか、あんなに優しくしてくれたのに内心は疲弊していたのだろうかと、足りない頭を必死に回す────


 そうして一生懸命考えるうち、ふと思い出した記憶があった。

 眠る直前に聞いたせいで、今まで忘れかけていた台詞のことだ。


「………………そういえば、ノンディアさんってあなたがたの後輩なんです?」

「…………ん?まぁ一番最後に自警団に入ってきたのはあいつだけど…………それが何か?」

「いや職場の後輩が病んでるって話を聞いたんで。あれは俺を捕まえるためだけの嘘だったのかなーって」


 ぶちゅっと俺の右腕がへし折れた。


「…………えっ?」


 見てみると、コクリコさんが俺の腕を掴んでいた。

 俺の腕はクッキーのように簡単に潰れた。


「………………それは嘘じゃないわよ。あの子はいつも私達から隠れたところで泣くの。国に死人が出ちゃった日なんかは絶対にね」

「死人は少なくなってきたけど重傷者は毎日出るし、毎日みたいに泣いちゃって、あの子が一番役に立ってるのに私があの子を巻き込んだのに私が弱いせいで私のせいで何人死んだと私の私が私がああああああああああ!!!」

「────ひっ!?」


 絶叫。へし折れた右腕をそのまま振り上げる。

 固定された椅子ごと俺の体がふわりと持ち上がりそのまま思いっきり勢いをつけ床に叩きつける。持ち上げ叩きつけ持ち上げ叩きつけ持ち上げ叩きつけ持ち上げ叩きつけガンッ、ガンッ、ガンッと、リズミカルな音が室内に響く。

 椅子が完全に砕け散ってから一五回目の衝撃ののち壁に投げつけられた、崩れ落ちる前に腹を踵で思い切り踏み抜かれる。

 それからは何度も踏みつけられ、時々蹴り飛ばされ盛大に吹き飛びまた踏みつけられるの繰り返し。


「答えろ!!なんであの子を選んだ!!?なぁ私のほうが操るのも簡単だったよね私みたいな雑魚要らないかぁ!!なんであの子ばっかり苦しまないといけないんだお前っお前っ私っ私のせいか私はまぁたあの子の足を引っ張るのか私はなんのために一五人も殺したんだふざけるな殺してやる殺してやるあの子を解放しろって何回言えばわかるんだよもおおおおおおおお!!」

「コクリコやめろ止まれそいつマジで死ぬぞ!!」


 パクレットさんが何度も何度も呼びかけて、暴力の嵐がやんだのは二〇秒後。

 致命的なまでに事は進み、俺の原型はなくなっていた。


 全身の部位がまんべんなく折れ、あらゆるところから血が流れ出ている。全身に痣が広がっていくのが見なくてもわかる。

 両手両足は関節じゃないところで何回も曲がっている。右腕なんて皮一枚で繋がっているようなものだ。胸の横をはじめとする複数箇所で白っぽい骨が飛び出している。

 左目はどこかに飛んでいって紛失した。孔がぽっかり空いている。半分しかない視界が新鮮で、腰から下は感覚がなかった。肺が息を取り込まない。内蔵があちこち焼けるように熱い。


 例を挙げればきりがない、夢でも嘘でも幻でもない、現実の痛みがじんじんと響く。

 怪我の度合いに反し、針を刺された時よりマシな痛みなのが可笑しくて、けれど笑い声はだせなかった。


 しんと部屋に静寂が広がる。

 コクリコさんが荒く息を吐く音だけが、薄い環境音として残響している。




















「お前らの敗因はその人格だ」


 なんとか絞り出した俺の一言はしわがれていた。

 声帯が傷ついているのだとわかった。


 お二人はどこか呆然と俺の方を見ている。


「馬鹿でもわかる。ノンディアさんの洗脳を解きたいならなりふりかまわず俺を殺しておけば良かったんだよ。相手は聖女を洗脳したクソゴミだ、死んでも誰も悲しまないことくらいわかるだろ」

「それを選ばなかったのに合理的な理由はない。お前らが殺人を躊躇ったからだ。犯罪者相手でも殺さず済めば一番いいとか考えちゃったんだろ?命は大事だって思っちゃったんだろ?拷問なんて回りくどいことして、リスクを残してでも人命を優先したんだ、お前らは」


 か細い声で息も絶え絶えに煽り散らす半死体を前にして、彼女らは理解が追いつかないようだった。


「そんなまともな感性してるから、悪いやつに付け込まれるんだ」


 と、唐突に、彼女達からすれば本当に唐突に、真横の壁が粉々に砕け散る。

 差し込む月光と同時、室内に飛び込んでくる黒い影。


「ジャンジャジャーン!!皆殺しだぁぁっはっはっはぁははははっ楽しーっ!!」

「「──────!?」」


 『人間の魔物』と名乗るこいつのことを、このお二人は知る由もない。

 手を叩いて馬鹿みたいに大笑いする邪悪に、お二人は何もすることができなかった。


 まともな人類の反射神経を遥かに超えて事は進んだ。


 一瞬で石造りの壁と床が溶けだし、ドロドロに蠢く土の塊がお二人の四肢にまとわりついて固まる。どうしようもなく強固に頑丈に、べたべた後から上塗りされていく。拘束が完成するまでかかった時間はミリ秒以下だ。一瞬で致命的な状況ができあがる。


 意外なことに、事態を理解したのはパクレットさんが先だった。

 一瞬だけ手足を動かそうとして、これが抜け出せない拘束であることを瞬時に悟ると、鋭く小さく息を吐く。


「────ッ『死ね』!!」


 バチンと弾ける音が鳴る。

 パクレットさんが反射的に放った雷魔法は、『人間の魔物』に直進し────直撃する寸前で霧散した。


「────はぁ!?」

「…………ん?あれ?なんで僕への攻撃やめたの?お察しのとおり僕は人の格好をしているだけの魔物だよ?殺さなきゃあなたがた二人とも殺す気だよ?あぁそうかきっとあなたは人の形をしている僕への攻撃を無意識に躊躇っているんだろうね、あーああなたが今魔法を失敗してしまったせいで横の女性も死んじゃうよがっかりだあなたのせいだ仲間が死ぬのはあなたのせいだ自分が手を汚したくないだけだろ恥を知れ隣の仲間はあなたが殺したようなもんだ薄汚い人殺しがそうだもう一回だけチャンスあげるよほら僕に魔法を当てるだけだよそうすれば仲間は死なずにすむよほら早くぅぅ」


 『人間の魔物』の魔法は『魔力の消失』。

 こいつが近くにいるだけで、魔法は全て掻き消える。


 つまるところ、パクレットさんの雷が途中で霧散した理由は『人間の魔物』が無効化したからなのだが、こいつはそれをパクレットさんの心因的なものと断言することによって彼(彼女?)のメンタルに無意味にダメージを残したいらしい。


 自分のピンチを助けに来てくれた援軍が下水道ような性格をしていて、俺は非常にげんなりする。


「はーやーくっ!はーやーくっ!ほーらやっぱり殺す気ないじゃん!!恥を知れクソゴミがお前みたいなのが一番嫌いなんだよ死ね!!今すぐ自殺」

「『黙れ』クソがぁ……『俺を治せ』ぇぇ……」

「………………はぁい」


 息も絶え絶えに命令してやると、しょんぼりしながら忠実に従う。


 基本的に魔物は人よりずっと魔法が上手い。

 俺よりは下手だが『人間の魔物』も例に漏れない。回復魔法により俺の傷は一〇秒足らずで全快し、失った左眼まで完璧に再生。半分になった視界が見事元通りである。


「あぁぁ死ぬかと思った……!すいませんパクレットさん、ゴミクズが色々言ってましたけど全部嫌がらせのための嘘なんで気にしないでください。ご覧の通りこいつ魔物だから性根がクソなんで」

「………………え、えぇ……?ちょっと待ってわけわかんないぞ。反応からしてダアスが呼んだんだよね、そいつ何なの……?」

「あぁ、魔物を洗脳して防衛に当たらせてたんですよ。あなた達が消えててノンディアさんが軽くパニクってたんで、この国の防衛事情が心配だなーって思ったんで、俺のほうで予備用の戦力引っ張り出してたんです」


 今朝の時点で俺が得ていた情報は三つ。

 この国の国防を担う自警団はノンディアさんを含め三人で構成されるということ。ノンディアさんの仲間たちが消えていたこと。ノンディアさんが彼らを探しに行ったこと。


 『もしかして今の国防はスカスカなのでは……!?』という結論に自然に至り、街で氷漬けになっている『人間の魔物』の記憶を書き換え、国まで呼び出して魔物の警戒に当たらせておいた。


 前述のとおり、『改竄中の記憶にさらなる改竄を加える』ことと、『まっさらな記憶に新しく改竄を加える』ことでは必要な魔力がまるで違う。

 既に支配下に置いていた『人間の魔物』を操作するのは魔力のコスパがとても良かったわけである。


「俺がゴリラになってからは新しい命令文を植え付ける余裕なかったんで、こいつがここに来たのは国防用にかけてた洗脳が誤作動した感じですね。単純に『人を守れ』って洗脳しておいたんで、拷問されてただけの俺も意図せず庇護対象に入ったんです。こういう形になったのは正直運が良かったですね」

「……………………おい君やっぱり洗脳できるじゃん!嘘つきか!?」

「あっえっあっ……いやまあ……それはそうなんですが……」


 ド正論に軽くたじろぐと、何やら目の端に動く影を見つけた。


「殺す……」


 コクリコさんがガタガタ揺れながら殺気立った目でこちらを見ている。


「殺してやる、殺してやる」


 必死に俺に手を伸ばそうとしているが、『人間の魔物』の拘束から抜け出せないようだ。

 殺意だけが自然と口から漏れ出していた。


「殺してやる!!殺してやる!!」

「………………っあああ!!何が殺してやるだお前ほんとふざけんなよ!!?」


 俺もブチギレた。


「あなたの立場ならさぁ!殴りたいのも殺したいのもわかるけどさぁ!!でも怒鳴るのは違うだろ!!それでノンディアさんになにかいいことありますか!?ないでしょう!?冷静に事を進めるのが一番でしょう!?なら叫ぶなよこっちはキレられるの慣れてないんだよ普通に怖いんだよふざけんなよ!?」

「殺してやる殺してやる殺してやるっ!!殺してやる!!」

「せめて段階は踏めよ爆発する前に私は今怒ってますよって意思表示をするもんなんだよ普通はよぉ!!おかしいだろ急にキレるなよ心の準備ができねぇんだよ人にやられて嫌なことはやらないのが基本だろうがぶちのめすぞ!!?」

「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっ殺してやるあああああ!!」

「はーっ!はーっ!!この状況で俺のこと殺せますかぁ!?あなた今一歩も動けないですよねぇなんの抵抗もできないですよねぇ!!いいだろクソが立場ってもんをわからせてやるよ後悔すんなよヒステリーがあああああああっ!!!」


 俺は叫んだ。

 力を誇示するためではない。立ち向かうために怒るのだ。


 隣で様子を窺うパクレットさんが、恐怖と呆れと同情が混ざったような、味わい深い表情をしていた。


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