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二十八話︰話し合い、相互理解

 

 眠ったというのは嘘である。


 俺は回復魔法を使えるのだ。

 回復魔法と一言に言っても、実際行わなければならない作業量は膨大だ。直接視認できない体内の患部を探知、症状の把握、壊れた組織を一つ一つ複製、不純物の分解、再構築、除菌。

 それら全てを意識的に行っており、最悪の魔力コスパの原因でもあるのだが、その代わりに『回復』できる範囲はけっこう広い。

 体内に入った毒素──今回の場合は血中を漂う薬の成分を瞬時に分解。眠気は一瞬で消え去って、睡眠薬は無効化された。


 これも嘘である。


 平時ならできたが、今の俺は知性がゴリラ。肉体を瞬時にニュートラルにまで持っていくほどの処理能力は発揮できない。

 回復魔法は中途半端にしか効かず、ギリギリ意識を失わないことしできなかった。薄らいだ意識の中、一八万人ぶんの『改竄』を解かぬよう、必死にそれだけに脳みそを回す。他には何も考えられない。


 だから、眠気に倒れた後、何者かに担がれ、何処かに運ばれていることがぼんやりわかっても、全く抵抗することはできない。

 軽い夜風と振動を感じながら、俺は半目で涎を垂らす。


 まともに思考ができるまで意識が回復したのは、一時間ほどが経った頃だった。


 気がつけば俺は知らない薄暗い部屋のなか、椅子に縛り付け固定されていた。

 両腕両脚首胴体を完璧に固定されており、身じろぎ一つ起こすことができない。


 どうやら俺は拉致されたようだ。


 部屋の中には俺の他にもう一人いた。


 先程のコクリコでもノンディアさんでも、もちろんチャックでもビティでもない。ぱっと見男か女かもわからない、全く知らないどこかの誰かが、部屋の隅っこで本を読んでいる。


「…………えっ、もう起きたの?早くない?薬の量間違えたかな?」


 俺の目覚めに気がついたらしい。

 そいつはおもむろに本を閉じ、動けない俺に近づいてきた。


「……………………ど、どなたですか?」

「や、はじめまして中年。ぼくはアリストロ自警団対策室長のパクレット。仰々しい名前はついてるけど、要はノンディアとコクリコの同僚ってことになるね。ちなみに二番目に偉い。国防を任せられてる中で最高位の組織で二番目に偉いというわけだ。すごいだろう。どうぞよろしく」

「だ、ダアスです、よろしくお願いします……」


 ノンディアさんの仲間と名乗ったそいつは、気だるげに椅子を運んできて、俺の目の前にまた腰掛けた。


「えっと……どこから話そうか?何から聞きたい?」

「じゃ、じゃあなんで俺は拘束されてるんですか……?」

「君が魔法でノンディアを洗脳しているからだね」

「…………はぁ!?なんのことですか!?ノンディアさんは確かに仲良くしてもらってますけど、洗脳なんてそんなの知りません!できるわけがないじゃないですか!」


 嘘である。

 俺は現在進行形でノンディアさんの記憶を弄っている。


 が、どう考えてもこの状況はおかしい。

 記憶の改竄は痕跡を何一つ残さない。この8年間街の住民全員を洗脳してきたが、誰かに気づかれることは一度としてなかった。

 ましてやノンディアさんにかけているのは『いじめはなかった』の1文のみ。この国の人間には全く悪影響のない改竄であるため、そもそもバレる理由がないはずなのである。


「あ、いや、そういうのはいいんだ。ぼくらは君がノンディアの精神を攻撃していると100%確信している。情報元は秘密だけど、とにかく答え合わせをする気は全くない。君が無駄に嘘をつく必要も一切ない」

「そもそもぼくら君のこと何も知らないし。出身は例の亀の街なのかな?それ以外の情報は一切ない。君にも何か複雑な事情があるのかもしれないけど、話の真偽を確かめる方法がぼくらには無い。そもそもどんな洗脳かもわからない」

「ノンディアを操作して虐殺始めないあたり、個人的には君に悪意は無いって判断したいけど、それだってぼくの想像に過ぎないしね。国防を任せられてる身としては『君の正体が人に化けた魔物で人類皆殺しを狙ってる』って可能性を考慮するほかないんだよ」


 が、どうやらこいつは俺の改竄を確信しているようだった。


 どうやら状況はかなり面倒なことになっているらしい。

 ノンディアさんへの洗脳がノンディアさんの仲間たちにバレていて、彼女らは俺を敵かもしれないと警戒している。


 なんてことはない、お二人が急に姿を消したのは俺が原因だったわけである。


 頼れる仲間になると思っていた人たちと敵対してしまっただけでも最悪なのだが、追い打ちとばかりに動機もすごく納得できてしまう代物。そりゃあ無敵のノンディアさんが洗脳されれば犯人の拉致ぐらいやりたくなるだろう。動機がまともである以上説得なんてできるわけがない。問答無用で殺されないことをありがたいと思うしかない。


 しかし不可解としか言いようがない。

 現在俺が操作しているのはノンディアさんだけではない、この国の人間全員である。

 ノンディアさんのだけバレているようだが、そんな半端なバレ方があるものなのか。


 全くわけがわからないが、考えられるとすれば、タイミングの問題か。


「…………ノ、ノンディアさんがあなた達のこと探してましたよ?突然いなくなってすごく心配してましたけど……」

「あぁ、それは申し訳ないが致し方ない。得体の知れない精神操作を受けている人間がまっすぐぼくたちのところを目指してるんだ、安全を確保できるまで迂闊に会うことはできないよ。あの子にはしばらく我慢してもらおう」


 やはり俺とノンディアさんがこの国を訪れる前、街にいた早朝のタイミングで洗脳がバレていた。

 アリストロから亀の街、一五〇〇キロ離れた地点の出来事を把握しているとなると、まともな手段を用いているわけがない。間違いなくチートみのある魔法を使える奴がいる。


 問題は、魔法の可能性を考えるとなんでもあり過ぎて、何も対策を練れないことである。


 そもそも睡眠薬により俺の集中力は蟻さんレベルまで低下している。既存の『改竄』を維持するので精一杯、新しく誰かを洗脳するなんてできるわけもなく、どころか他の魔法も一切使えないくらいに余力がない。


 魔法の使えない俺なんて、生ゴミから垂れる汁のようなもの。

 自身の手札を整理してみるが、びっくりするくらい何もできない。この場を乗り切る方法が何一つとして思いつかない。


「そこでなんだけど、ダアス。君にお願いしたいのはノンディアへの操作の解除だ。安全を確認でき次第、開放することを約束する。さぁどうぞ」

「いや本当になんのことやら……!俺は洗脳なんて知りません……!」


 クソみたいな嘘をついてしまうくらい何もできない。

 ノンディアさんへの洗脳を解けば例の如く妹達が死ぬ。事情を正直に話しても死ぬ。

 八方塞がりとはこのことであった。


 目の前のパクレットさんがため息をつく。


「…………ねぇダアス。真面目に聞いてほしいんだけど、ぼくは不真面目極まりない子だからノンディアが洗脳されてもあんまり気にしていないんだ。『そんなこともあるよなー』『わかるー』『はやく解けるといいねー』くらいの認識でさ」

「でもコクリコ……君がホストで会った女は一切融通効かないクソ真面目なんだよ。可愛い後輩が危機に晒されて見たこともないくらいブチギレてる。このままじゃ多分殺されるよ?」


「…………殺さないわよ。私をなんだと思ってるの」


 と、部屋の扉がキィと開き、人影が入ってくる。

 コクリコ……ホストで喋っていたお客様、もう一人のノンディアさんの仲間だ。


「あ、ああっ、コクリコさん助けてください!俺ほんとうに無実なんですぅ!洗脳とか何も知らなくてぇ!こんなところに急に運ばれてぇ!」

「説明は終わってるみたいね。今から貴方を拷問します」

「────えっ?」


 彼女は小さな鞄のようなものをもっていて、俺が固定された椅子の側に跪き、それを開く。

 中から取り出したのは針だった。


「拷問はノンディアへの洗脳を解いたら止めるわ。舌を噛まないように気をつけてね」

「…………しょ、しょんなぁっ!俺はやってないって何度も言ってるのにぃ……!ひぃぃ……!」


 くそ情けない命乞いをあげながら、内心俺はほっとしていた。


 経験上確信できる。彼女あの針をどう使おうが、与えられる痛みはたかが知れている。今から行われる拷問はだいぶヌルいと考えていいだろう。


 おそらく時間をかけて吐かせればいいと想定しての手法なのだろうが、睡眠薬が抜けきれば俺は二人まとめて洗脳にかけられる。『ノンディアさんは洗脳されてない』の一文を擦り込めば終わる話だ。

 あとは何事もなかったフリをして、ノンディアさんを呼び戻し、お二人も交えて仲良く防衛計画を練ればいいだけの話である。


 明るい未来予想図に胸をなでおろす中、コクリコさんが俺の袖をめくってぷすりと針を突き刺した。


















「ぅ゛ッ!?あ゛あ゛!?あ゛あ゛あ゛あ゛!?あ゛ーッあ゛ーッあ゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛ッッ!!!!!」


 視界が真っ白にばちばちと明滅する。

 全身の筋肉が鋼のように硬直する。

 あらゆる汗腺が瞬時に灼ける。

 金切り声が喉奥から無理やり引きずり出されるようだった。血の味が滝のように滲んでくる。


 経験したこともない悍ましい激痛が腕をつきぬけ全身を跳ねていた。


「だ、ダアスくーん聞こえてる?コクリコの魔法は痛みを与える魔法でさ、それ自体はありきたりなんだけど本人の魔力が高いからマジでやばいんだよ。ショック死する前に降参してね」


 心配そうに声をかけてくるパクレットさんの声が耳鳴りのように遠くに感じ、二本目が腕の肉を掻き分けた。

 痛みが二重に重なっていく。


 嘘でも夢でもありはしない、春の一夜の出来事である。


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