二十七話︰死にゆく私の名誉返上
俺に新しい夢ができた。俺の代わりを作るという夢。
これまでの人生、起こった問題に対処ばかりしていた俺にとって、生まれて初めての前向きな夢だ。
大志を抱いた俺は無敵だった。
「ようこそいらっしゃいませー!お待ちしておりました、ご予約のお客様ですね!お姉様たちの席はあちらです!」
「おぉ……?見たことないけど威勢がいいねぇ、新人さん?」
「はい、ダアスと申します!気合が入ってるのはこんな美人さんがたをお相手できているからですね!ご案内させて頂きますこちらです!」
「うぉぉかわいー!連絡先教えて!贔屓にするよ毎日通うよ高いお酒開けちゃうよーっ!」
これは休憩明け一発目。瞬間的に先輩方が忙しくなってしまい、短時間ではあるが初めての一人きりでの応対を任せられた。
これまでより数段ボリュームアップした雑な接客だったが、見た感じお客様の反応がこれまでよりかなり良い。
一人は荷物をお預かりする隙に腕を絡められ、一人は何故だか俺の耳をつついている。纏わりつかれながらも二人を席へとご案内する。
おわかりだろうか。既にかなり酔っ払っているというのもあるが、それを踏まえても明らかにお客様のテンションが高い。これまでの俺なら一挙手一投足ごとに軽く困惑の眼差しを向けられていたものだが、目の前のお客様がたの心を読めば、純粋に今この瞬間を楽しんでいることがわかった。
何を隠そう、俺が『夢』を見ているからである。
「それではご注文は何にしましょう」
「うーん、これとこれとこれ!私らとダアスくんで1本ずつだ!」
「………………お姉さん、それ度数結構ありますよ。ほどほどにしないとぶっ倒れますって、その価格帯ならこっちにしときましょ。ちょっとだけお安いし、味もだいたい同じらしいです」
「うぉぉ心配してくれるんだ優しーっ!連絡先教えてぇ!」
『お客様に指図をする』。
彼女らの健康を思ってのこととはいえ、昼間の俺にはとても選択できない蛮行。先輩が見ていたらお叱りを受けちゃいそうな越権行為である。
躊躇うことなく実行できたのは、俺の中で『夢』の炎が燃え上がっているから。
人生ではじめて積極的な『やりたいこと』を見つけた結果、俺は現況をものすごい楽しんでしまっていた。端的に言って調子に乗っていた。
テンションがいつもの倍に膨れ上がった結果、知能の低下と相まって、大胆不敵の向こう見ずに覚醒してしまったのである。
やっていることもやらないといけないことも何も変わっていない。
最終的な目標が多少壮大になっただけで、今から俺は一流ホストに成り、ノンディアさんを籠絡し、いじめを承認させなければならない。直近の予定に一切変化はなく難易度も据え置き。状況はいぜん絶望的なままだ。
それなのに、『やらなければならないこと』が『やりたいこと』に変わった瞬間、俺の脳味噌はバーストした。
人生初の脳内快楽物質に溺れや溺れ、不相応な幸せを噛み締めていた。意識の違いでここまで幸福度に差が出るなんて知らなかった。
そして、それだけ調子に乗っているというのに、これまでより不注意に不真面目にやっているというのに、何故か仕事は上手く回りはじめた。
「それなのにさァ!私の計画はリスクが高いって上役のジジイどもが突っぱねてさァ!子供達の健全な成長に影響を及ぼすリスクが〜とか言いやがって!そんなこと言ってられる状況じゃねぇくらいちょっと考えればわかるだろうが!どっちが未来のこと考えてるんでしょうねぇ、責任問題しか考えられない老害どもが!!」
「よーしよしよし。大変ですね、全く悪い人たちですねぇそのおじいちゃん達は」
「…………いや、ほんとは悪い人らじゃないんだけど……みんな頭が固いんだよ……老化で脳が弱ってるんだよ……うぅぅ……」
「おぉ……!都合の悪い人の悪口言わないのほんと立派ですよ。お姉さんは偉いですよ、頑張ってますよ。みんなそう思ってるだろうし、少なくとも俺はわかってますよ。よしよし偉いです……よしよーし……」
「うへへぇぇパパぁ……もっと撫でてよパパぁ……名前で呼んでよパパぁ……!」
「………………よしよーしヴィオレットは偉い子だぞぉ……」
アルコールで完全に出来上がったお姉様は、俺の膝枕に寝そべりながら頭を撫でられぐずっている。
もうお一方はというと、「ねぇ住所教えてよぉ……遊びに行くからさぁ……」と俺の耳たぶを弄くりながら舟をこいでいる。
肉体的接触の増加、細かな所作、感知される心情。全ての情報が一つの事実を指している。
一〇〇%の恋慕とは言いづらいが、俺は間違いなく二人から好意を向けられていた。
なんというか、罪深いことに、俺にモテ期が到来したのだ。
正直自分でもわけがわからない。
俺は何も考えていない。策を練るだけの思考リソースは残っていない。
夢を持っちゃって大胆になっちゃって適当にやっちゃっただけで、俺は貴婦人二人を堕としてしまったのである。
因果は理解できないが、結果を見れば全てリュウジくんの言うとおりに進んでいる。
彼の言う、『夢を一生懸命追いかけたら女の子に惚れられる』なんてルールは本当に存在しているらしい。全くわけがわからない。
わからないけどそれでいい。現に今モテちゃってることに間違いはないのだ。
「…………ほんとに大丈夫です?家まで送りますよ?」
「大丈夫だって。それよりまた来るからさ、その時は住所教えてね。ここの店長に圧力かけとくから絶対ね。バイバーイ」
一時間ほどして二人は退店した。
耳を触ってくるほうが、酔いつぶれたほうを眠そうにおんぶして、薄暗い夜道を帰っていった。
俺は先輩がたからめちゃくちゃ褒められた。
どうやらあの二人はいろいろな方面で問題客だったらしく、あれだけ楽しんで帰ったところは初めて見たとのこと。
偉大なる先輩がたからすげぇよ天才だよエリートホストだよとおだて散らかされ、俺はますます天狗となる。鼻高々とはこのことであった。
そんなわけで、次にすべきは再現性の確立。
夢を見ていればどんな相手でも堕とせるのか、それとも他に条件があるのか、手法の再現性を立証しなければ本番一回ワンチャンスのノンディアさんには使えない。
また、彼女の記憶は触れづらいため、感情読み取りなしでも上手く立ち回れるかどうかの確認も必要になるだろう。
つまるところ、次のお客様を感情を読まずとも堕とすことができれば、俺は正真正銘のプロホストになれるわけだ。頑張るぞぉと息を巻く。
と、そんなところまで考えたとき、何やら先輩たちが騒がしくなっていることに気がついた。
「えっ……えっとぉ……?だ、ダアスくんご指名入りまぁーす!」
「────え、あ、はい!?」
騒ぎの理由は単純だ。
先輩たちが応対しようとしていたお客様が、出会い頭に俺を名指ししてきたらしい。
遠目でもわかるくらいに動揺していたが、彼らの驚愕は至極当然。そもそも俺がここで働き始めたのは今朝の話なのだ。俺というスタッフの存在を知っているはずがなく、ましてや指名を入れるなんて不自然極まりない行為。
そのお客様は本日初めてのご来店──というか、店に入ったことすらない完全な一見さんであるらしい。
唯一考えられるのは『ダアスのプライベートの知人が遊びに来た』という可能性であり、すぐさま俺に確認してきたが、遠目かでも見たことも聞いたこともない人であるとわかった。
「か、かしこまりましたーっ!すぐ向かいまーす!」
全くもって状況が読めないが、他人の細かな記憶はやっぱり読めないし、何はともあれお客様であることに変わりはない。
席に向かうと女の子が座っている。歳は妹達と同じくらいだろうか。若いのに爛れてるなぁという所感を受ける。
元々同席していた先輩は追い払われたようで、彼女は一人でぽつんと座っていた。
俺は状況に困惑しつつ、隣の席に腰を下ろす。
「どうも。ご指名預かりましたダアスです、よろしくお願いします」
「あっ来た来た、君がダアスくんね!よろしくお願いするわ、しっかりもてなしてね!」
意外というかなんというか、女の子の態度はすごく朗らかであった。
指名の理由を聞いてみると、遠目から見えた俺の顔が好みだったそうだ。
何度でも言うが、現在の俺の容姿は嘘である。冴えない三十路のおっさんの姿となるよう近くの人間全員の視覚情報を誤認させており、当然この子もその姿を見ているはずだ。
どうやら目の前の彼女は中々渋い趣味をしているらしい。
名前はコクリコと言うそうだ。
「ほらダアスくん、ドリンク好きなの頼んで!私なんでも頼んじゃうわよ!」
「えっ、なんでもとなると、一番好きなのノンアルになっちゃうんですが…………初っ端からいいんですかね?ホストとして」
「うーん……?いいんじゃないかしら。よく知らないけど」
そんなわけで俺は果実のジュースを頼んだ。
女の子は六〇%超えのどぎついのを頼んだ。
両方のグラスが席に届き、乾杯をしてグラスを傾ける。
ぷは、と小さく息を吐く音が聞こえたかと思うと、女の子のグラスが一瞬で空になっていて、それなのになんでもないように平然としていて、俺は軽く戦慄した。
「す、すげぇ飲みっぷりてすね……!お代わりどうなさいますか……!?」
「ううん、今は大丈夫。それより貴方とお話がしたいわ」
女の子は空のグラスを卓に置いた。
「………………今日はね、実は人生相談に来たの」
「じんせ………………俺にですか?」
「変に思われちゃうかもしれないけど、人生経験豊富なお兄さんからの意見がどうしても欲しくて。つまらないかもしれないけど付き合って欲しいの。お願い」
俺はお兄さんではなくお姉ちゃんで、魔物狩りだけやって8年を過ごしてきた俺に人生経験なんてものない。
正直、彼女は相談相手を間違っているような気がしてならないが、真面目な顔で頼み込む姿を見ると断ることもできない。
「う〜〜ん…………まぁいいですよ。俺でよかったらじゃんじゃん喋りますよ」
「ほんとう?ありがとう、実は相談したいことは部下のことなの」
「…………ぶかですか?」
「そ、部下」
せいぜい妹達と同じくらいの歳に見える彼女は、軽く微笑み、つらつらと流れるように語り始めた。
「若く見られることが多いんだけど、私こう見えてけっこうな歳で、数少ないけど部下を持つ身なの」
コクリコさんが自身の髪を撫でた。
視界がふわりと揺れる。
「相談したいのはその中の……一番若い後輩のことでね。すっごい優秀な子なんだけど、ちょっとしたミスを気にしすぎる節があるの」
「私達の前じゃ平気なフリしてるけど……その、思いつめたりすることも何度かあって。危なっかしくて心配な子でさ」
視界にうっすら霧がかかる。
「…………その子が受け持ってる仕事は元は私がやってたことでね。私のほうに問題ができて、スカウトしたあの子を連れてくる形になって。私が押し付けた仕事のせいでこうなってるって考えたらやるせなくって。なのに代わってあげることも代わりを見つけることもできなくてね」
視界がゆっくりぼやけていく。
ここでようやく俺は自分が眠りかけていることに気がついた。
信じがたい話だった。
お客様が相談してるのに眠るとは何事だという職業倫理を思えないくらい眠い。異常なくらい眠い。急激に眠い。
ここまで眠たい瞬間は人生で一瞬たりともなかったと断言できる。
「あっ、いや、ダアスくんに相談したいのはこの件じゃなくてね、その子関連のことなんだけど」
歪みきった視界の中、女の子はぶんぶん手を振っている。
「…………君ってノンディアのこと操ってるんだよね?殺してやる」
そして俺の身体はぱたりと倒れ、深い眠りに沈んでいった。
ジュースに薬を盛られたのだと気がついたのは、目が覚めたあとの話である。




