二十六話︰絶望の未来
話を聞くところによると、どうやら男の子相手の援助交際を『キャバクラ』、女の子相手の援助交際を『ホスト』と呼称するらしい。
『ノンディアさんを堕とす』という目的を掲げた俺は、なるほど確かに『ホスト』を目指すことが望ましいだろう。
客引きくんの適切な進路指導が光る。
そんなわけで、俺はホストのある場所を教えてもらい、そのまま一直線に店舗に直行、営業前の店の扉をぶちあけた。
「お邪魔しまーす!就職希望のダアスと言いまーす!!」
「なっ……!?いきなりなんだこいつ……!?」
「お、お客さんですか……!?うちはまだ開店時間じゃないよ、悪いけどいったん出ていっ」
「オラッ『全員眠れ』!!」
ざわめく従業員全員に洗脳をかける。
記憶改竄の結果、俺は今日からここで働く新入社員。
エリートホストになるのが夢の駆け出しホストダアスくんという偽りの記憶を彼らの脳にねじ込んだ。
「よーしみんな注目!前々から言っていたが、こいつが今日から俺達と一緒にやっていく新人のダアスだ!みんな遠慮せずバシバシしごいてやれ!」
「よろしくお願いします!前々からここで働かせて頂けるか相談しておりました、ダアスと申します!」
嘘である。
俺はこの国に来たのは今日が初めて。この店に至っては8分前に初めて存在を知ったという素人ぶり。
それでも誰一人俺を疑う奴はいない。『改竄』はすべてを解決するのである。
「一日でも早く先輩がたのようになれるよう、頑張ります!」
従業員の皆様が拍手をくれる。
彼らは全員男性だった。女性向けの援助交際サービスとなると、やはり男性が勤めることが多いのだろう。
俺の容姿はいつも三〇代男性に設定してある。職選びまでは完璧に完了したと言っていい。
さて、状況を整理しよう。
まず根本の目的は『ノンディアさんの籠絡』。ノンディアさんが正気に戻ってもビティを殺しに行かないよう、あの聖女をぐちゃぐちゃになるまで俺に惚れさせ、いじめを許容するよう命令するというのが最終目的である。
無論、かなり無理がある超高難易度ミッションである。
なにしろノンディアさんには『記憶改竄』が通用しない。
となれば正攻法──純粋な話術で攻める他ない。俺はあの聖女を正攻法のナンパで誑かさねばならないのだ。
加えて俺自身の人格にノンディアさんから好意を寄せられる要素はない。人々の記憶を弄ぶ邪悪の権化と聖女の相性はおそらく最悪。
推察するにこれまで好意的に接してくれたたのは、『いじめの被害者』として同情されていた第一印象の影響が大きい。
記憶改竄を許容させるためには『人々の記憶を弄ぶサイコパス』と知られながらも恋愛感情を維持させる必要がある。
おそらくは人類トップクラスのコミュニケーション能力が必要になる難題。
そしてコミュ力はこれまで『記憶改竄』に頼りきってきた俺にとって、絶対的に不足している力である。
足りていないなら鍛えるしかない。
この店でホストの先輩方からノウハウを吸収し、若年女性向けの色仕掛けを培う。
魔力と気力が保つであろう制限時間──二四時間以内に一流ホストとして大成し、そのままノンディアさんの元へ直行、ナンパを執り行いカップル成立というのが理想的な流れ。
馬鹿みたいな作戦なことはわかっている。俺も重々承知している。
が、妹達が生き残る道はこれしかない。どう考えてもこのままでは魔力が尽きて『改竄』が解けノンディアさんが記憶を取り戻しビティが殺される。
できるできないではなく、なるのだ。ホストに。
「ダアスくんいいかい?君は今日が初日だし、基本的には僕についてくるだけでいい。お客様がいらっしゃったらそちらの席に座ってもらうから、君はそこの席ね」
「時々はお客さんから話振られるだろうけど、まあはじめは元気がよければなんでもいいよ。場は俺らだけでも温めれるから、お客さんに楽しんでもらおうってことだけは意識しといてな」
「はいッッ!!がんばります!!」
先輩がたから細かな作業内容の説明を受ける。
一通り聞いた後いくつか質問するとみんな親切に答えてくれた。
飲酒は実年齢を考えずとも無理なので(判断能力が落ちれば魔力操作が崩壊する)、その都度飲んでいる幻覚を見せて誤魔化すことに決める。
準備は上々、頭痛は止まず、吐き気がぐるぐる頭を廻る。
依然として最低最悪なコンディションだけども、自身の内側に燃えるような気合が渦巻いているのを感じた。
開店時間がやってきて────一分と三二秒後に、扉が開いた。
結果は大失敗であった。
「ぉ゛え゛ッ……!え゛え゛え゛……!え゛え゛え゛え゛え゛……!!」
「お、おぉぉ……!?大丈夫かダアスくん……!?君そんなにアルコール弱かったの……!?」
店の裏側、薄暗い路地裏に這いつくばり吐瀉物をぶちまける。
先輩が背中をさすってくれている。
前述のとおり酒は一滴も飲んでいない。
嘔吐の原因はストレスである。さきほど一回吐いたので、薄い胃酸だけを地面に垂れ流した。
あれから八時間ほど働いた現在、客足が落ち着いてきて夜まで少しでも休んでおけとの御命令を受け、ホストの仕事を一休みしている今、一つはっきりしたことがあった。
俺にホストの才能はなかった。
「………………はぁっ、はぁっはぁっ、クソッ、くそがっ!お願いだリュウジくん教えてくれ、俺はどうやったら一流のホストになれる……!?俺はもう駄目だ、何をどうやってもリュウジくんに勝てる気がしないんだゴミ虫だ……!」
「え、えぇ……?初日にしては頑張ってるほうだと思うけど……」
否。ホスト体験を初めて八時間、俺はまごうことなきクソカスであった。
俺は大雑把になら人の心が読める。対面するお姉さんが現在どのような気持ちであるのか俺だけがわかっている。
俺だけのハンデが存在するにもかかわらず、日中のお客さんで俺に恋慕を抱いた者はゼロだった。みなさん優しくしてくれたが、それはあくまで彼女らの良識に依るもの。
惚れさせられないなら意味がないし、会話はそこそこにしか盛り上がらない。むしろ向こうが気を遣って話を合わせてくれているようにさえ感じた。一例を挙げれば『あっ……えっと……そ、そのネックレスおしゃれですね!』『おっ……おぉぅ突然どうした……?あ、ありがとね』という具合。カスと呼ばずになんと言うのか。
リュウジくんはこの店のナンバーツー。訪れるお客様から矢継ぎ早に指名が飛んできて、全ての対応をそつなくこなし、総来店者の二三%が明確に彼へ恋愛感情を抱いていた。絶望的な戦力差に頭がおかしくなりそうだ。俺には彼が魔王に見えた。
何より絶望的なのは、ここまでの大差をつけられている理由がどれだけ考えてもわからないという点。
試しにリュウジくんの素振り、表情、声色をミリ単位で再現してみたが、眼前のお姉様は困惑するだけだった。
単純な技巧ではない、もっと根本的などこかに致命的な差があるはずだ。
しかし、それが何かと問われれば、そこがちっとも理解できない。
「…………と、とりあえず僕の真似だけはやめたほうがいいと思うよ?コミュニケーションってお客様との信頼関係を前提にしてるものだし、変に馴れ馴れしくするのはウケが悪いしさ」
「………………ぁぁぁ……!」
失敗の理由は簡単だ。
こんな簡単なことも気付なかったくらい、俺の知性は衰えている。
一八万人ぶんの『記憶改竄』の制御は、こうしている今も俺の脳髄を疲弊させているのだ。
ゴリラのIQでホストが務まるわけがない。
ゴリラでもわかる残酷な真実である。
もう駄目だおしまいだ。
俺は最後の賭けにもまた負けて、ノンディアさんが記憶を取り戻し、ビティは無残に殺されるのだ。
「あっ……があ゛っ……ひぃっ……!ひっひっひっひっひっ……!!」
「よ、よーし一旦落ち着こうか」
惨めに愚かに咽び泣く俺に、リュウジくんは水を持ってきてくれた。
彼の言うとおりに口を濯ぎ、地面に向かって吐き出した。
濡れて色を帯びた土くれを見て死んでしまえ無能がとぼんやり想う。
あたりが薄暗くなってきている。
もうすぐ夜がやってくる。
「…………えっと、どうやったら立派なホストになれるかって話だったよね」
這いつくばって胃液を眺める俺の後ろで、リュウジくんは軽く唸って悩んだ。
「うーん…………その、僕さ、おとといレストラン行ったんだよね。時計台の近くにあるお高いところ」
這いつくばって悶える雑魚ホストには彼の言わんとすることがわからなかった。
体を起こして振り返ってみる。
彼は何故か恥ずかしそうにうっすら微笑んでいて、やっぱり何を考えているのかわからない。
「ダアスくんは行ったことない?僕も初めて行ったんだけど、あそこって魚料理が自慢みたいで、野菜と一緒に一匹まるごと煮込んだ料理がすごい美味しくてさ」
「ほら、その…………お父さんもすごく喜んでくれたんだ」
お父さん。
急に出てきたその単語が、そつなく接客をこなす彼のイメージと乖離していて、思わず首を傾げてしまう。
「…………恥ずかしいから誰にも言わないで欲しいんだけど、僕、毎週父さんと一緒にご飯食べに行ってるんだ。実を言うと外食のお金のためだけにホストやってる」
「男手ひとつで一生懸命育ててくれて、そのせいで身体壊しちゃって。感謝と申し訳無さが半々って感じかな。あの人に贅沢をさせてあげたくて、稼げそうだからって理由でこの仕事始めた」
「だから、恥ずかしい話、仕事に特に誇りなんて感じてなくてさ。そりゃあお客さんが楽しんでくれるのは嬉しいけど、後輩に売上抜かされた時もあんまり悔しいって思えなくて、それでいいのかって自分でも思うんだけど」
彼はまるで郷愁を懐っているような、静かで遠くを見つめるような、優しい目をしていた。
「………………こんな僕でもそこそこお客さんは付いてくれるんだからさ、大事なのは自分のやりたいことをはっきりさせることだと思うんだ」
「何があっても譲れないことが一つあって、それを叶えるために一生懸命頑張っていたら、きっとお客さんはかっこいいって思ってくれると思うから」
「まずはモチベーションをはっきりさせることから始めようよ。ダアスくんはなんでホストになりたいって思ったの?」
頭の足りない呆けた俺に、質問に虚をつかれたような困惑が浮かぶ。
「………………な、なんでって……なんででしょう……?」
ぼやけた頭で考える。
俺は一体何をやりたいのだろうか。
そもそもホストになりたいのは女の子にモテるようになりたいからで、モテるようになりたいのはノンディアさんを堕とすためだ。
ノンディアさんを堕としたいのは、簡単に言えば平和になりそうだから。
聞かれているのは表面的なものではなく根本に据えるモチベーションだろう。
だとすれば、答えは『世界平和』ということになるのだろうか。
否。俺はきっと世界平和など望んではいない。
ビティを見殺しにすれば世界は今よりずっと平和になるだろうし、トータルの死人も少なくなる。
それをわかっているのに俺は妹達に固執しているのだから、この感情は道徳よりエゴイズムに区分されるものであるはずだ。
かと言って、『妹達だけ幸福ならどうでもいい』と割り切る事もできていない。
だって彼女等の生存率だけを考えるなら、最低限ノンディアさんは無力感しておくべきだ。どうやっても殺すことは無理そうだけれど、位置情報の記憶を消して街を追い出せば、彼女は生涯迷子で一人きり。ビティが殺される心配はなくなる。
たぶん、それを選べない俺の内心は中途半端で、理性的でなく感情的で、偽善と呼んで然るべきものだ。
これまでのことを一言で簡単に纏めるならば。
「………………みんなを幸せにしてあげたいです。馬鹿だったり、優しすぎたり、頑張り過ぎたり、みんな辛そうに生きていたから、ずっと笑って過ごさせてあげたい」
「うぉぉ立派だぁ……!それじゃあ次は」
「俺には無理です」
頭がばかになっているせいか、何も考えずとも言葉は口をついて出た。
「………………いや、これまでは偶々うまく行ってたんですけど、もう時間の問題です。みんな殺されて食べられます」
「魔物は毎日馬鹿みたいな数やってきて、とんでもないやつも時々やってきて。俺が死んだら皆殺しにされるのに、なんでもありなバケモノが無限に沸いてくるんだから、些細なきっかけで人類は滅ぶ」
「現に昨日死にかけました。人間の魔物の魔力がもう少し高ければ俺は魔力を封じられてて、そしたら間違いなく俺は殺されてた。あのときはノンディアさんがいたから、すぐに滅ぶってことはないだろうけど、間違いなく妹は殺されます」
「この国の存在を知ったときは、やっとまともな味方ができるって、もう大丈夫だって思ったけど、来てみたら姿を消していて、それはノンディアさんを心配させない方法では事を収められなかったってことで」
「ノンディアさんが信頼していて、彼らはきっといい人たちで、ノンディアさんを心配させたくないはずなんだから、きっとこの国は俺以上にギリギリで、たぶん俺がなんとかしないといけないんです」
「なにより、ノンディアさんにもどうにもならないことはあった」
「あの人は無敵であっても万能じゃない。これだけ時間が経っても人一人見つけられないってことは、魔物が隠れて忍び込んで炎をぶちまけるだけで、あの人以外がみんな殺される。なんでこの国滅んでないのか不思議でなりません」
「俺なら見つけられるけど、俺は全快できても軟弱で、少しのミスで簡単に死んで。魔物は年々強くなってきてるのに、俺の魔法は伸び悩んできて。この前なんて光になって飛んでくる鷲が来たんですよ。野鳥も全く反応できなかった。相手が馬鹿じゃなければ皆殺しでした」
「たぶん俺は年内には死にます」
「向こうの魔法の成長についていけなくて、何度も戦ううちにうっかりしちゃって、馬鹿みたいなミスやらかして、俺のミスのせいで人類は滅びるんです」
「ビティもチャックもノンディアさんも皆殺しです。いやノンディアさんは違うな。無敵だからな。一人だけ生き残って、一人っきりのまま老衰かな。あははっ」
あまりに可哀想な情景が浮かんでしまい、それを想像する自身の倫理観に思わず苦笑。
小さく小さく笑っているうち、ふと思いついたことがある。
「………………あっ、そっか。わかりました、俺は死ぬ前に俺の代わりを見つけたいです」
ほんとうにただの思いつきだった。
けれど、それを口にした瞬間、ぽっと心に火が付いた気がした。
「………………いや、今のところはどうやればいいか見当もつかないけど……あぁ、でも、それができれば俺がミスって殺されたあともみんな幸せに生きていけますよね!妹達もずっと安全です!ノンディアさんも独りになりません!それがいいです!そうしたいです!」
「えぇぇ……!どうすりゃいいのかな!生命を創り出す魔法なんて俺使えないし、魔物でもかなりのレアモノだし……!めちゃくちゃ難しそうですねこまっちゃいますよ!でも俺がんばります!」
「なるほどなるほど!先輩はこういう発見のために一度モチベーションを振り返れと────」
なんだか楽しくなってきて、夢中になってまくしたて、そこまで言ったところで気がついた。
先輩がぽかんとした面で見つめてきている。
なんだこの反応はと訝しみ、じっと考えてみると、色々喋りすぎてしまったことに遅れながら気がついた。
彼はただのホストの先輩。こちらの事情は全く知らない。
ビティだチャックだと言われても彼にとっては意味不明だろう。
「あ、あぁ〜っと、『忘れろ』先輩ッッ!!」
恥ずかしくなりながら先輩の記憶を弄る。彼の体がガタンと跳ねる。
直近三分の俺の言動を記憶から消した。彼は心配そうにこちらを見つめている。
「あー先輩、吐いちゃってすいません。もう大丈夫です、先に店内に戻っててください」
「そ、そう……?…………気分悪くなったらちゃんと言いなよ?」
すべてを忘れた先輩は扉の向こうに姿を消した。
俺は二〇秒くらい身体を休め、ゆっくり息を整えてから立ち上がり、扉のノブに手をかける。
空には既に星々が見えた。
ようやく夜がやってくる。




