二十四話︰諸悪の根源がいまここに
「…………もう一回、もう一回だけ探してみよう。みんな悪ふざけでどこかに隠れてるってこともあるかもしれないしさ、もう一回」
「は、はい」
ノンディアさんの仲間たちが消えていた。
それを目撃したノンディアさんは驚くほどに狼狽していた。
城の中をくまなく捜索してもひとの影ひとつ見つけられなかったというのに、何度も同じ場所を行き来する。表情は全く動かない。必死に平静を装ってはいるが、仲間が消えた現状を受け入れたくないと言外に語っているようだった。
それも当然だ。人が数十人纏めて消えるという不可解なこの事態、原因として真っ先に考えられるのは魔物の襲撃。
この国でも魔物は毎日のように攻めてくるらしいし、魔物が扱う魔法は人間と比べて極めて多彩。原因不明の怪現象が起これば、魔物による攻撃の可能性を考えないわけにはいかない。
『ノンディアさんの留守中、誰にも気づかれずに侵入した魔物がこっそり虐殺をはじめ、死体を隠滅して回っている真っ最中』なんて可能性だって普通にあり得る。
ノンディアさんも同じ考えなのだろう。だからこそここまで動揺している。大丈夫ですかと尋ねてみても『大丈夫』と真顔で返された。その他色々話しかけてみたが全く頭に入っていない。
城の中を何往復もした後、『ダアスちゃんはここで待ってて』『今のこの国は危険だから絶対に城の外を出歩かないで』『少しでも身の危険を感じたら空に魔法をぶっ放して。二秒で駆けつける』と一方的に言い残し、城の外へと飛んでいった。
どう考えてもパニクっているノンディアさんを前にして、俺は何をしてあげることもできなかった。
『わかりました』とひとことだけ答えて、飛んでいく彼女をただ見送った。
嘘である。
空を飛んでいくノンディアさんが見えなくなった瞬間、俺は城を飛び出して、城の外の雑踏に駆け込んでいた。
「さぁて……?これはいったい何が起こってるんだ……?」
ノンディアさんのお仲間は俺にとっては見たことも聞いたこともない人達ではあるが、魔物と戦える人間は一人でも多いほうがいい。
混乱したノンディアさんは待機命令を下されたが、どう考えても俺より消えた彼らのほうに身の危険が迫っている以上、彼女とは俺も捜索を行うべきであることは明白である。
なのだが、城の外は恐ろしいくらい平和だった。
先程空から見た光景と全く同じだ。耳が痛いくらい賑やかな雑踏のなか、人々は歩いて笑って語り合っている。
城の中の異常には誰も気がついていないらしく、また、行方不明者が出ているような気配もどこにもない。こんな繁華街で人が消えていれば間違いなく騒ぎが起こるだろうし、それが聞こえないということは城の外側は平穏だ。
現在『アリストロ』に起こっている異常は、今のところは城の中のみ、ノンディアさんの仲間たちにのみ起こっている出来事だと考えていいだろう。
となると次は何故消えたか、だ。
城の周辺にいた人々に声をかけてみる。
「すみませーん。お姉さん、あのお城から人が出てきたところ見たことあります?今日の人の出入りを調べてるんですけど」
「んん……?………………そういえば今日は朝から一人もみてないね。いつもは何人も出入りしてるのに……私ずっとここで店番してたから見逃したってことはないと思うんだけど」
万事が万事こんな感じ。二〇人以上に尋ねてみたが聞く人全員首を横に振った。
つまり住民たちの発言から考えると、ノンディアさんの仲間たちを含む城の中の人間たちは、外に歩いて出ていった、もしくは何者かに外に連れ去られたわけではなく、城の中から出ないまま煙のように消えたということになる。
ふつうに考えれば不可解極まりないが、魔物にこっそり殺され死体を食べられたとなると辻褄があってしまう状況だ。俺が今まで見てきた魔物達の中にも血一つ残さずにそれができる奴は大勢いる。
ノンディアさんの仲間たちは殺されたのだ。
嘘である。
流石の俺も現在進行形で死人が出ているらしき状況、のんびりお喋りしてられるほど肝は座っていない。
『ノンディアさんの仲間たちが殺された』という部分はもちろん嘘であるが、今回特筆すべきは嘘つきが俺だけではないという点だろう。
『城から出てきた人間など見ていない』と答えた二十人の中に、嘘をついている奴がいたのだ。
「………………あの、あなた本当に誰も見ていないんですか?」
「もちろんだよ!私は城から出てきた人なんて一人も見ていないよ!ほんとうだよ!」
嘘である。
「ん……んん……?」
俺は首を傾げるしかなかった。
うそつきは四十代ほどのおばさんだった。
不自然なくらい意気揚々と首を振る彼女は、城の付近にある花屋の店主。
嘘をついていると判断した理由は、その怪しすぎる挙動もあるが、一番は彼女の不安定な心情。
これまで何度も触れたように、現在俺の魔力はゴミカスと化しており、正確な記憶操作は絶対に不可能。読み取りで言えば今まさに書き込まれている記憶の大まかな潮流を掴むことで精一杯である。
が、逆に言えば目の前の人間が今だいたいどんな感情を抱いているかくらいはギリギリ読める。
おばさんの心情を紐解けば、混乱一割緊張二割、残りの七割は罪悪感。三万人八年ぶんの記憶を盗み見てきた俺には断言できる、ものの見事に嘘をついている人間の心理のテンプレである。
通りすがりの一般人Aがこの場で嘘をつく理由などない。こいつはまず間違いなく集団失踪の原因の一端だ。
ここまではいい。
ここまでは至極単純な話だ、目の前の悪者をぶちのめしてノンディアさんに突き出せば終わる話なのだから。
「んんん……??」
「どっ、どうしたの?大丈夫?気分悪いの?」
そのはずが、頭を抱えて悩む俺に心配そうに声をかけてくるおばさま。疑問はまさにこの点にある。
彼女の感情をいくら読んでも、悪意がほとんど読み取れないのだ。
一応ないことはないが極めて微小、赤ちゃんレベルの悪意が時々浮かんでくるといったレベル。思いっきり俺に嘘をついているというのに、ババアは無垢で清らかで美人であった。
全くわけがわからない。一体何が起こっているというのだろう。
まず大前提として、このおばさんは城の中から出ていく人達を目撃している。よってノンディアさんの仲間たちが城の中で殺されたという可能性はゼロ。
次は『自主的に出ていった』のか『何者かに連れ出された』のかという話になるが、後者であると考えた場合このおばさんの感情がノイズとなる。
なにせ俺を陥れようという悪意が一切感じられないのだ。誘拐犯の協力者という筋は薄いだろうし、誰かに脅されていると考えれば恐怖を覚えていないことが矛盾する。
となると前者だ。
ノンディアさんの仲間たちは全員まとめて自主的にこっそり城を抜け出し、偶々目撃されたこのおばさんには失踪を黙っていてもらうよう頼み込んだ──そういった筋書きが最有力。
全くわけがわからない。世界に魔物が溢れているこの時代、夜逃げをするメリットなど一つもないし、悪意のないおばさんが嘘をついてまで協力している以上、この失踪はある程度社会的道徳に沿った行いということになる。
本気で意味がわからない。
無知なる俺がわかることは三つ。
ノンディアさんの仲間たちは生きていること。
彼等は自らの意思で消えたということ。
そして、この二つをノンディアさんに伝えることはできないということである。
ノンディアさんの仲間たちは何の書き置きも残さず消えた。彼らは『ノンディアさんに行方を知られること』それ自体をリスクと考えた証左だ。
判断が難しいが『ノンディアさんだけを一撃で殺せる特殊な魔物とこっそり戦っている』なんてパターンも考えられないわけではない。『魔法の効能反転魔法』を使う魔物と二年前に戦った覚えがあるが、似たような系統の魔物と戦っているならば、ノンディアさん戦死という最悪の可能性を避けるため邂逅を避けようとするのもまあ頷ける。
先の可能性は単なる妄想だが、いずれにせよノンディアさんが信じる仲間たちがこの現状を選択している以上、ノンディアさんが現状を把握するのは危険であり、なおかつ状況は非常に繊細なものであると判断すべき。
部外者の俺が下手に手を出ぜば、何かの間違いで死体の山ができあがる可能性だってある。
つまるところ、ノンディアさんが心底憔悴しているこの状況を、俺は放置するしかないというわけなのだ。
「んんん……ぐぬぅ……」
ゆえに、俺が頭を抱える理由は罪悪感。
ノンディアさんが苦しんでいるというのに、全てを知っておきながらそれを放置する。
流石の俺でもなけなしの良心がちくちく痛む。
『差し入れでも買ってあげれば多少は気も和らぐだろうか』とか、『そもそも通貨一緒じゃねぇよな』とか、ぐるぐるぐるぐる思考が巡る────
「わ、わっ……?そっ、そんなに悩むことなの……?人の出入りなんてあんまり気にしなくても……そ、そうだ、おやつでも食べる?美味しいよ!」
うんうん唸って悩みこむ俺におばさんは果物を差し出してきた。
悩みながらも受け取って、悩みながらもお礼を言って、悩みながらもかぶりつく。
半ば放心状態の脳みそに自然の酸味がほどよく染みる。美味しいですと言ってみると、良かったぁとおばさんは息を吐いていた。
「んん……んんん…………んんっ?」
悩みの声が僅かに跳ねたのは、新たな疑問が見つかったからである。
悩みというより雑念に近い、微かな微かな心配事だ。
「────あの、いじめっていじめられる方が悪いですよね?」
「なっ……!?……だ、だめだよ人をいじめたりしちゃあ!人を傷つけることはしちゃいけないんだよ!悲しいよ!」
騒ぎ立てるおばさんに、そうですよねと適当に返事を返す。
緩やかな悪寒が一つ、俺の背筋をそっと撫でていた。




