二十三話︰帰郷
再確認。現在俺の魔力はボロカスである。
八年間続けてきたいつもの生活サイクルでの俺の魔力消費は、『住人三万人総洗脳』+『魔物探知用の九千羽の野鳥操作』+『回復魔法による怪我人の治療』。
しかし、四日前からこれに『ノンディアさん洗脳』ぶんが加算され、昨日さらに悪化した。一日あたりの消費魔力は十数倍に跳ね上がった。
魔力の余裕は殆どなくなり、まともに攻撃魔法は扱えない。
無論、その他の住民ははじめから戦力外。街の二番手はビティだが(凶暴性ゆえチャックより若干強い)、そんな妹の魔力も今の俺の二〇分の一以下。
魔物は強く、住民はか弱く、俺は強かったが今はポンコツ。
住民に狩れない『強めの魔物』は日に百匹は現れる。
まずはこれをどうにかしなければ、一日ももたずに街は滅亡である。
そんなわけで現在、俺は街の外。大亀から一五キロ離れた地点。
俺達を食い散らかそうと迫りくる大猿に向かい、隣のノンディアさんが指を弾いて『風撃』を放つ。
猿は一瞬でぶっ飛ばされ、空の彼方まで消えていく。
「おおぉぉ……!やっぱり威力と指向性は完璧ですね……!100点の『風撃』ですよノンディアさん、文句のつけようがありません……!」
「ありがと。ダアスちゃんの教え方が上手いおか………………待って、亀の街では風魔法のこと『風撃』って言ってるの?」
「はい!そうですよ!格好良いでしょう!」
「……………………えっと、ちょっとだけ恥ずかしいかも」
「えっ、あ、ぁえっ?」
適当に世間話を交わしつつ、次の魔物のところへ飛んで移動し、ノンディアさんが風魔法を放つ。
かれこれ二時間は繰り返している、実益を兼ねたお散歩である。
目的は三つ。
一つめはノンディアさんの育成。俺がポンコツと化した以上、どんな魔物でも一〇〇%撃退できると断言できる戦力は彼女一人。この先肝心な場面はノンディアさん任せになってしまうことは目に見えている。実際ここ数日の俺は魔物狩りに出られなかった(ノンディアさんに実力を隠すため)ので、一五〇〇万匹以前に出現した強めの魔物はみんなノンディアさんが狩っている。深夜にもちょくちょく家を抜け出し、魔物を殺し、欠伸をしながら帰ってきていた。
ゆえに、重要な戦力の彼女のコンディションを整えておくことは肝要である。
俺は彼女より魔法の扱いがちょっと上手く、彼女は風魔法を覚えたばかり。風魔法の精度は飛行速度に直結するため、機動力の向上が期待できる。
二つめは魔物の討伐。ひっきりなしに街を襲う魔物であるが、昨日のように街に向かって全力ダッシュしてくる個体はそう多くない。こちらから出向いて半径八〇キロを走査し、街の周りの魔物を纏めて殲滅しておけば、二日程度は街の安全がだいたい保証されるわけである。魔物のところまで飛んでいくぶん魔力効率が悪くなるため普段はやらないが、これでしばらく俺が街を離れても問題なしという状況が出来上がった。
三つめは下見である。
そもそも今回の街の外への遠征はノンディアさんが提案したもの。
『私がずっと国を空けてるのは危ないから、一度安全確認のために都市に戻らなきゃいけないんだ』『ダアスちゃんも一緒に来ない?私の仲間に紹介したいし、今後の警備について色々話し合っておきたいしさ』
というふうな流れで話が進んだ。
いじめの発覚により有耶無耶になっていたところがあるが、そもそもノンディアさんがこの街に訪れた理由は移住の勧誘。
街の住民を国に合流させ安全を保障することが目的であり、この先協力して防衛を行っていくならば、顔合わせは早いに越したことはないだろう。
俺にとっても移住は願ってもない流れだ。これまでの防衛策は俺が死ねば一瞬で瓦解する脆いもの。ここでまともな戦力が増えるのはありがたいとしか言えない。
住民全員の安全に関わることを一人で進めるのはどうなのかという話になるが、八年前に当時の市長から街の防衛は一任されている。記憶改竄うんぬんを抜きにしても、これに関しては独裁を振るっても問題は無いわけである。
そんなわけで、現在俺達は周辺の魔物を一掃し、ノンディアさんが住んでいた国、『アリストロ』へ向かっている。
やっぱりノンディアさんは信じられないくらい筋がいいが、それでも昨日風魔法を覚えたばかり。異なる方向の風を複数同時に制御することに慣れていないらしく、速度と軌道が安定しない。
彼女の緩慢なスピードに合わせて、ゆっくりゆっくり空を飛ぶ。
「私の都市は昔から『アリストロ自警団』って組織が治安維持の大部分を担っててね、もちろん攻めてくる魔物の対策も担当してる。私もそのメンバーの一人なんだ。というわけで、ダアスちゃんはまず『自警団』のメンバーに会って欲しい。みんな立派なやつらです」
「いいですけど……自警団ってネーミングからしてだいぶ大きな組織ですよね?ぜんぶで何人いるんです?亀から離れるの生まれて初めてなんで、挨拶回りのために長いこと離れてるのは不安なんですが……」
「私を含めて三人!時間はかからないから心配しなくていいよ!」
「……………………んん?さんにん?」
人口一五万人の都市と聞いていたのだが、魔物討伐の組織に三人。
毎日数千の魔物が攻めてきているはずなのに三人。
明らかに異常な数値に目を白黒させていると、ノンディアさんが苦笑する。
「ほら、魔物って強さの個体差すごいでしょ?強めの魔物でも安全に倒せるようにって割り振りを考えると、魔物と直接やり合うメンバーは自然と少数精鋭になっちゃうんだよね。訓練生とか研究者とかはたくさんいるけど、『自警団』そのものは三人だけ」
「あぁ、なるほど。そういう系ですか」
魔法は個人の才能に強く依存する。
街でも強めの魔物は俺が対処することを徹底しているし、ノンディアさんの都市でも似たようなことをしているのだろう。
しかし大都市を三人だけで防衛しているとなると、ひとりあたりの担当も中々の激務になるだろう。
もしかすると残りの二人もノンディアさんレベルの強者なのかもしれない。心強いったらありゃしない。
そんなことを考えて胸踊らせているうちに、地平線から巨大な影が現れる。
目的地が見えてきた。
想像はしていたが、『アリストロ』はやっぱり大きかった。
文化の違いと言うべきだろうか、街とは少々趣向の異なる建造物の数々が街より広範に広がっている。建物の大部分が壁に囲まれているのは城塞都市を基にして創られた都市だからだろう。
上空からぱっと見下ろすだけでも、人々が活気よく行き交う姿が視界いっぱいに伺える。亀の外に住んでいる人を見ること自体初めてな俺には衝撃的な光景である。
「うへぇ……!さすが亀の街とは規模が違いますね……!」
「大きすぎるのも不便だけどね。ほら、一番高いとこ、あそこが『自警団』の本部だよ。みんないつもあの部屋にいるの」
目に入る中で一番立派な建物。まさしく『城』と形容すべき壮観の最上階を彼女は指差した。
あまりに大きな建物だったので玄関はどこかと視線を泳がせるが、そんな俺をよそにノンディアさんは開いていた窓から直接中へと潜り込んだ。俺も慌てて彼女に続く。
「ただいまーっ!」
「お、おじゃましまーす……」
返事は返ってこなかった。
結論から言うと、ノンディアさんの同僚ふたりは消えていた。
城の中には『自警団』の他にも公的な仕事に関わる人が大勢住みこんでいたそうだが、どれだけ探しても人影ひとつ見当たらない。
家主を喪った城の中は、不気味なくらいに静かだった。




