二十二話︰佳景における生前葬
ノンディアさんに勝ったというのは嘘である。
そもそもの課題であった『ノンディアさんにいじめを黙認させよう!』計画は何一つ進展していない。それどころか状況は悪化した。俺がぺちゃくちゃ事情を喋ったせいで、改竄しなければならない記憶容量が跳ね上がり、もはや『ビティはいい子』での時間稼ぎすらも不可能になった。
妹達は死なずに済んだけど、長期的な目的は達成することができず、後述する様々な方面で妥協が必要になってしまった。
何もかもボロボロなこの状況を、負けと言わずになんと言うのだろう。
そんなわけで現在地は街のレストラン。
特別に開放されたバルコニーに用意された一席、月明かりが差し込む綺麗な夜。
街を一望できる特別席である。
「それではこれより合コンを始めます!拍手!パチパチパチパチィ!!」
「わぁぁ楽しみ!パチパチパチパチ〜!」
俺の隣にはノンディアさんが座っていて、脳天気な笑顔で拍手をしている。
ノンディアさんの記憶は現在俺が操っている。
彼女を眠らせたあの後の俺は、とりあえずビティへの殺意を抑えられる状態に留められないかと色々試行錯誤を繰り返した。
とは言っても、『ビティはいい子』が不可能になったのは先述のとおり。封じなければならない記憶容量が跳ね上がっている以上、より限定的な範囲でしか記憶の改竄は行えない。
結局のところ、妥協策をとるしかなかった。
『いじめは無かった』の一言だけを刷り込むことで、魔力消費を極限まで抑えつつ、いじめの隠蔽を行うことに決めた。
そしてノンディアさんは優しかった。その一言だけでビティへの殺意はあっけなく消失した。もちろん罪状を忘れてもそれ以外の知識はそのままで、ビティの性格が悪いこと自体は覚えている。今後はノンディアさんとビティが顔を合わせないように気を配る必要がある。
何度でも言おうノンディアさんは優しかった。
俺が住民を洗脳していることはしっかり覚えているというのに、『ダアスちゃんはずっと一人で戦ってきたんだね……!うわぁ偉いなぁ……!』くらいしか反応がなかった。
それどころか『どうしてか知らないけどダアスちゃんが実は強いのも記憶を操ってるのも秘密なんだね!わかった私もできるだけ協力するよ!』と言ってくれた。
再三になるが、記憶の改竄はいじめひとつだけで、彼女の倫理観を操っているわけではない。
この人もしかすると俺にだけ甘くないか?と少々不思議になってくる。
ただ、男のふりをしていることだけは流石に違和感が凄かったようで、何度も繰り返し理由を尋ねられた。合理的な言い訳が思いつかなかったので『趣味です』と適当に誤魔化しておくと、一瞬面食らった顔をしていたが、すぐに納得してくれた。
ノンディアさんは優しいのである。
いじめの隠蔽は成功したわけだが、こうして可能な限り消費を抑えて尚、俺の魔力は限界が近い。
なにせ昨日までとは事情が違う。解決の目処が立っていない以上、これからはこの状態を保ちながら生活せねばならないのだ。短距離走からゴールの見えない長距離走へ変わった結果、俺が自由に使える魔力は殆ど残っていない。概算ビティ三〇人分。今の俺はクソ雑魚ナメクジ。もはや頼れる戦力としては数えられないし、常に微妙に吐き気を感じる。
街の防衛策も一から練り直す必要が出てきた。
ダメ押しとばかりに、いじめの内容も修正が必要だ。
これまでは『昼の間は街のみんなで村八分!』『うわぁダアスだ!役立たず!』くらいのカジュアルないじめで事足りていたのだが、ノンディアさんが正気な以上それも不可能。
修正しなければならない記憶が増えていくほど改竄に必要な消費魔力も増えていくため、ノンディアさんにいじめを目撃されるわけにはいかない。社会的地位を用いるいじめでは彼女の目を避けることは難しいだろう。面倒事も色々増える。
全くもってうまくいかないことばかりである。
結局のところ、全てをつつがなく進めるためには、ノンディアさんに勝利しいじめを見て見ぬふりさせるしかなかったのだ。
彼女の説得に失敗した俺は、紛うことなき敗北者である。
部分的に嘘である。俺はこれから勝利者となるのだ。
「みなさん今夜はよく集まってくださいました!幹事はこの俺ダアスが務めさせて頂きます!」
「ノンディアさんがこの街にやって来たばかりということで、その歓迎会、並びに『友人たちに仲良くなってほしいなぁ』なんて願いを込めた交流会として、この『合コン』を開催する運びとなりました!」
「私情となりますがノンディアさんとチャックが仲良くなってくれると嬉しいです!」
堂々言い放つ俺の言葉に、ノンディアさんが「わぁ〜!楽しみ〜!」と拍手する。チャックもパチパチ拍手をくれる。
そう、俺はまだノンディアさんの籠絡を諦めたわけではない。
ノンディアさんをいじめっ子にするのはもはや一〇〇%不可能だが、『おいおいビティを殺せばチャックが死んじゃうぞ〜?』作戦はまだ死んでいない。
ノンディアさんの首折り案には穴がある。
ビティだけを『殺す』方法としては申し分ないが、それを実行に移せるのは彼女が頸をへし折れるメンタルを維持できている場合だけ。身体に傷ひとつつけられないくらいチャックのことを好きになってしまえば、同じ身体のビティを殺せなくなるのは自然な道理。
極論、この合コンでノンディアさんがチャックにプロポーズするようなことがあれば、『改竄』が解けてもビティを殺せない。恋人の身体を守るためにいじめを見逃すしかなくなる。
流石にそんな上手くはいかないだろうが、今はある程度好感度が高くなればそれでいい。うまく行けば妹達の安全は担保され、これまでどおりの生活を遅れるようになり、俺の魔力も元に戻り、街の防衛も安定する。完全勝利と言っても過言ではない顛末だろう。
ゆえに、この合コンに全てをかける。
参加者は三名。俺、チャック、ノンディアさんがひとつの机を囲んでいる。現在俺の容姿は男に修正しているから、チャックからの好感度は控えめ。俺がサポートに回れば自ずと会話はチャック─ノンディア間で回ることになるだろう。二人が仲良くなるには最高のシチュエーションだ。
ノンディアさんは優しいしチャックもいい子だ。時間帯は夜、悪意の塊異常人格ビティはチャックの裏側に引っ込んでいることだし、不慮の邪魔が入る恐れもない。
ノンディアさんにはチャックと仲良くしてほしいと前もってお願いしてあり、『いいよ!ダアスちゃんの妹だもんね仲良くする!』と、彼女は快く引き受けてくれた。
────勝った。
合コン成功の確信を抱きながら、俺は声高々と宣言する。
「それでは皆さんお手を拝借────乾杯!」
「かんぱーい!」
ここは3階のバルコニー。
あからさまに高揚した俺の声色が、夜の街へと溶けていく。
一五分ほどして異常に気づいた。
さっきからチャックが全く喋らない。
「………………ち、チャックさん?さっきからすごく静かですけど、料理になにかご不満でも……?チャックの嫌いなものは前もって店に伝えておいたんだけど……」
「…………元気ないけどもしかしてチャックちゃん体調悪いの?また別の日にしよかっか?」
俺とノンディアさんの言葉にも殆ど無反応。「……はい」とか「大丈夫です……」とか呟くだけで、心ここにあらずといった様子で放心している。
というかよくよく思い返せば、合コン会場に訪れた瞬間から彼女はまともに発言していない。
はじめから彼女の気分の害する何かがここには存在していて、それに俺が気づいていないだけということだ。
俺にはわからない。
いつもなら記憶を読んですぐさま解決できる問題なのに、今の俺は内心あわてふためくことしかできない。
いつもの三万人洗脳に加え、ノンディアさんへのいじめ隠蔽を二四時間こなさないといけない今の俺は常に脳みそオーバーヒート。繊細な魔法は扱えない。十数万の魔法を並行して扱っている現状、『記憶の読み取り』を行うだけの余裕がないのだ。
「えっ、あっ、えっ、えっと…………そ、そうだチャックくだもの食べる!?おいしいよ!?」
魔法を喪った俺は脆かった。
妹が何かに困っている現状に心底怯え、かといって有意義な行動を起こせるわけでもなく、手元の青果を押し付けることで底なしの自己嫌悪を誤魔化そうとする。
半分泣きそうになりながら必死に打開策を探し回るこの無様は、才能ひとつで好き放題やってきた報いと言えよう。
もう駄目だ何もかもおしまいだ。
なんとかしなくては。なんとかしなくては。
「………………あの、ダアスさんとノンディアさんは、どういったご関係なんですか……?」
「────ッッ!??」
ずっと黙っていたチャックがようやく発してくれた一言────が、全く意味がわからない。
どういう関係とはどういう意味か。チャックは何故それを知りたいのかそれが困っていた原因なのかどういう理屈で俺とノンディアさんの関係性に苦痛を見出すのか。一体どう答えれば笑ってくれるのか。
必死に考えてみるけれど何もかもがわからなくて、頭がおかしくなりそうで、俺は惨めに途方に暮れる。
「…………………あっ………チャックちゃん大丈夫!私とダアスくんは二日前会ったばかりただの友達!!なんにも心配いらない!私邪魔みたいだから先に帰るね!」
「────えっ、えっ!?ノンディアさん待って!?」
「それじゃあダアスくんばいばい!チャックちゃんも今度会ったときは仲良くしてね!」
俺の制止も全く聞かず、ノンディアさんは出ていってしまった。
唐突にトチ狂った聖女の奇行に、もはや恐怖の念しか抱けない。
次から次へと押し寄せたストレスの末、俺の精神は崩壊した。
『改竄』だけは解かないようにと必死に必死に計算式を紡ぐが、そのほか全ての俺の意識は半強制的に霧散する。
力無く椅子の背もたれにへたりこむしかなかった。
もう何も考えられなかった。末路と呼ぶに相応しい哀れな邪悪がここにある。
「………………………だ、ダアスさん?今まで取り乱しててすみません。だ、大丈夫ですか……?」
しばらく経つと何故だか元気になったらしいチャックが話しかけてくる。
もちろん返答などできるわけがない。
彼女は俺の目の前で手を振り、肩を叩き、俺の精神が壊れていることを確認すると慌てふためき、しばらく考えた後に卓上の料理を匙で掬った。
俺はチャックに差し出されるまま、口に運ばれた料理を咀嚼する。
『うわぁ食べさせてくれてるよ』『チャックは本当に優しい子だなぁ』『そういえばチャックはさっきより元気になってきたかな』『元気になって良かったなぁ』。
『ノンディアさんが帰ってから元気になったみたいだけど、もしかしてあの人の作戦なのかなぁ』『やっぱりノンディアさんは凄いなぁ』。
大脳が蕩けきった痴呆の思考に寄り添うように、時間はゆったり流れていく。
一望できる夜景をバックに、妹が穏やかに匙を動かしていて、きれいな景色だなぁと俺は思った。




