二十一話︰勝利の味
「………………ビティを殺そう」
「あ゛あ゛あ゛ッッ!!?」
俺が事情を全て語り終わった直後の発言である。
ノンディアさんは驚くほどさらりと殺意を口にした。
おかしい。どう考えても会話の前後が成り立たない。
さっきまで彼女は背中を擦ってくれて、時々頷き、黙って言葉を受け止めてくれていたのだ。彼女はすごく優しいのだからこれは俺の聞き間違いか、もしくはコミュニケーションのどこかに行き違いがあったのかもしれない。
「あっあっ、えっ、あ、あの、話ちゃんと聞いてました……?」
「聞いてたよ。ちゃんと聞いてたけどどう考えてもおかしいよ。ダアスちゃんがやってることは間違ってる」
ノンディアさんの体が少し離れる。
ずっと抱きしめられていたから気づかなかったけれど、彼女の表情は歪んでいた。
苦虫を噛み潰したような、といった表現がぴたりと当てはまる顔だ。
「………………おかしいって。なんでビティの生活のためにダアスちゃんがいじめられないといけないの?直接的な暴力がなかったとしても異常だよ。おかしいよ」
「記憶を消す前からビティはダアスちゃんのこと殺そうとしてたんでしょ?生活の世話してたのに暴力振るって、邪魔されたら自殺で脅してくるんでしょ?もう救いようがないじゃんそんなの。妹っていうけどずっと面倒みてたってだけで血縁関係もないんだよね」
「犯罪者のために正しいことやってる子が犠牲になるのは間違ってる。そもそも負担と責任が子供一人に集中してるのも狂ってるよ。街のひとたちは何を考えてるの?ダアスちゃん討伐はじめたとき六歳だよね?はじめの頃は誰の記憶も弄ってなかったんだよね?ほんとに誰も助けてくれなかったの?」
切迫した声を幾度もかけられ、俺は現状を正確に把握した。
ノンディアさんは優しい。
優しい彼女は叱責の言葉をいっさい発さなかった。俺は街のひとたちの自由意志を無視していじめを見逃させているというのに、彼女はそれに殊更触れることなく、言外に赦してくれた。
それどころか、驚くべきことに、彼女は俺のことを心配していた。
誠に理解し難いことではあるが、彼女にとって俺は『ビティのせいで傷つけられた被害者』であるらしい。
俺が自主的に行ったことなのに、いじめの首謀者は俺なのに、彼女の発する言葉の端々に俺への思いやりが満ちている。
結果、俺が責められる代わりにビティに矛先が向いた。
はじめ心配していた『公益に反したダアスちゃんとビティはクズ!!』という反応は来ず、実際は『ダアスちゃんをいじめるビティはクズ!!』がやって来たわけである。
ビティがクズなのは反論しようがないが、たいへん困ったことになった。
結局ビティが殺される。
「あっあっえっあっ……!?び、ビティはそんな悪い子じゃ…………か、顔が可愛いですよ!?」
「………………言いたいことも聞きたいこともあるけど、とりあえず私はビティを殺すよ。人の記憶を操れるダアスちゃんが八年も試して今の形に落ち着いたのなら、穏便に解決する方法はないだろうし、そうなるとビティとダアスちゃんどっちが割を食うべきなのかは明白だよ。絶対に殺す」
「ぎぃぃいぁああ!?」
終わった。これはもう駄目だ打つ手なしだ何もかもおしまいだ妹達に合掌だ。
少し考えればわかることだった。
そもそも客観的に見てビティがゴミクズで迷惑極まりない以上、彼女を慮った着地点など望めるわけもなく、俺は事情を誰にも相談してはならなかったのである。
俺も重々承知していたし、八年間ずっと隠し続けてきたというのに、今になってノンディアさんに口を滑らせてしまった。
理由はひとつ。命の危機で弱っていたところに優しい言葉をかけられて油断してしまったからに他ならない。
つまるところ敗因は、その程度で騙される程度の低いIQにある。
俺が馬鹿なせいで妹達は死ぬのだ。
なんとかしなくては。
「あっあっがっ……!!う、嘘つき!!正直に事情を話せば協力してくれるって言ったじゃないですか嘘つき!!」
「言っていないよ。言っていないけど恨んでいいよ。ダアスちゃんに恨まれても私は殺るよ」
当たり前だがゴネても無意味。
言葉による説得が通じないなら、ノンディアさんを止める手段は俺にはなく、ましてやクソ雑魚ビティに抵抗できるわけもない。間違いなく移動時間を含め二分で瞬殺される。
なんとかしなくては。
「あっあっびゃっ……!!ぁあっ、あっそうだ、ビティが死んだらチャックも死にますよ、いいんですか!?チャックはいい子ですよ殺される筋合いは一切ないですよ正義はこちらにありますよ!!」
「あっ、いや、『殺す』っていうのは比喩だから、チャックちゃんは死なないよ」
「えっ…………は、はい?」
言ってる意味がわからず放心する。
ノンディアさんは平然と言葉を紡いだ。
「正直、ひとつの体を二人が使ってるってのはピンと来ないし、チャックちゃんに罪がないって言い切っていいのかわからないけどね。いじめて来ないならそっちを攻撃する理由はないよ。夜の間はチャックちゃん、昼間はビティってはっきり決まってるなら簡単に対処できる」
「これから毎日、チャックちゃんが眠ってからビティの脊椎を破壊する。夜になったら治す。ダアスちゃんよりは下手みたいだけど回復魔法も一応使えるし、延命できるけど思考できないギリギリの状態を常に維持する」
「ビティは一生植物状態で過ごすことになって、ダアスちゃんはいじめられない。『殺す』っていうのはそういう意味だね」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛ああ゛!?」
ものすごく現実的で理性的な落とし所を提示され、俺は『あぁこの人マジで殺る気なのだな』と心の底から理解する。
ビティが死ぬ。
チャックが殺されないのはすごく嬉しいけれど、それはそうとしてビティが死ぬ。
『死ぬ』という表現が正しいのかわからないけれど、ビティは今後一生歩くことも食べることも喋ることもできずにただ老いていく。
そして何度でも言おう。俺はノンディアさんを止められない。
ビティが殺されるのを黙ってみていることしかできない。
「ああぁ!?ひあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!わ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」
「だ、ダアスちゃん……?」
湧き上がる焦燥感と自己嫌悪に押し流されて、俺の自我はあっけなく崩壊した。
困惑するノンディアさんが軽く肩を揺すってくる。それに反応する余裕さえ俺にはない。
なんとかしなくてはと考えているのにどうにもならないとしか思えない。
俺はお姉ちゃんなのに。どんなにカスでも妹なのに。
妹を守ってあげないといけないのに。幸せにしてあげないといけないのに。
「あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああ゜あ゜あ゜あ゜あ!!??」
「だ、ダアスちゃん流石に怖いよ……!?あっ、なっ、血吐いてきてない!?えっ、あっ、パニックになるのも仕方ないけどいちど落ち着いて!」
喉が裂けていく。口内に広がっていく鉄の味が心地よい。
半狂乱の自分の声がどこか他人事のように聞こえている。
どれだけ惨めに叫んでも現状が好転するわけもないのにわかっているのに馬鹿みたいだなぁ幼稚だなぁと俺はぼんやり思っていた。
これから妹を見殺しにする無能ゴミクズカス女の肩を、ノンディアさんがぶんぶん揺さぶっている────
「あ゜あ゜あ゜ッ゜────えっ?」
「…………えっ?だ、ダアスちゃん?」
────そう、ノンディアさんが俺を揺さぶっている。
俺の肩にノンディアさんの手が触れていた。
この三日間、俺はノンディアさんの魔法についてずっと考えてきた。
しかしその逆はどうだろう。俺が記憶を操ることをノンディアさんが知ったのはつい一〇分前のこと。彼女は俺の魔法について知識もなければ考察する時間も設けられていない。
つまるところノンディアさんは、俺がワンタッチすれば洗脳できることを知らなかったのである。
「──────うおおおおおおおおお!!『眠れ』『眠れ』『眠れ』『眠れ』『眠れ』『眠れ』ええええええ!!」
「あひっ!?」
『ダメージ遮断』を突破するため、残った魔力を全ぶっぱ。
秒間三〇〇〇発の『改竄』を受け、変な声をあげながらノンディアさんが倒れた。
ぴくりとも動かず地面に倒れ伏す姿。完全完璧に眠っている。
「や、やった!!勝った勝ったぁ!!ざまあみろギャハハ騙されやがったな全部俺の計算づく────ぐッッ!」
真っ赤な嘘で勝ち誇った瞬間、とんでもない吐き気がこみあげてくる。
魔力を使い果たしたせいだ。
ほんの一瞬堪えたものの、結局耐えられず地面にぶちまける。
氷に磔にされたままゲロを垂れ流し、惨めな気分になりながら、俺は勝利の味を噛みしめる。
クソみたいな酸の味だったけど、ビティの命は守られた。




