二十話︰未来へ繋がる親愛の一歩
情報を整理しよう。
ノンディアさんにかけていた『記憶改竄』は『ビティはいい子』。
それが解除された現在、彼女には元々の記憶が戻っており、代わりに生まれる洗脳期間の違和感。『あれ、ビティはクソゴミなのになんで今までいい子だと思ってたかな……?』といった具合に。
そこから『記憶がおかしくなったのダアスに触られてからだな』となるのは自然な論理……というか、もはや犯人が俺であることは誤魔化しようがない確定事項である。
ノンディアさんからすれば俺は『勝手に記憶を弄ってくる糞ガキ』であり、目的も見当つかない以上殺しておくのが妥当だろう。俺の魔法を十全に把握できない以上、次に洗脳されたときには殺されないという確証はないのだから。
彼女は彼女自身の安全のため、俺を殺す動機と権利がある。
こうして氷漬けに拘束された現状、俺の死は確定したと言っていいだろう。
であれば打てる手はひとつ。
「あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!ずるい!!ずるいぞ畜生!!完全に俺が読み勝ってたのに才能依存の後出しジャンケンしやがって!モラルというものがないのですか!!?」
「そもそも魔法が卑劣なんですよなんで攻撃全部遮断してくるんですか!?せめて記憶の操作は素通ししてください!!別に貴女へ攻撃しているわけではないでしょうなにが『ダメージ遮断』ですか看板に偽りありじゃないですか嘘つき!!嘘は人の信頼を裏切る最低の行為ですよ!?嘘つきぃ!!」
「ひああぁぁもう駄目だぁ殺される誰か助けてぇ!!俺なにも悪くないのにぃ!この氷を解けよクソがクソがクソがもっかい洗脳してやるよぉ!!」
命の危機を前に泣いて錯乱し喚き散らす俺を、憐れむように呆けるように、呆然と見下ろすノンディアさん。
もちろん言葉も態度も嘘である。
俺はすこぶる冷静であるし、どう考えても俺が悪いし、ノンディアさんはクソじゃないし、誰かが助けてくれるわけないのもわかっている。
俺が死ぬことが確定した以上、あとは妹達の生存率を一%でも上げる。これはそのための演技である。
作戦はこうだ。
大前提として俺が街の人間を一人で虐殺できるくらい強いことはバレている。
ゆえに、このまま反省ゼロ救いようのない犯罪者として振る舞えば、ノンディアさんは俺を危険分子とみなす。『即刻殺処分だろこんなゴミ』と思った彼女は、これまでの傾向から言って俺に冷気をぶっ放すだろう。
狙い目はここである。
体の芯まで凍り付かせ、確実に俺を即死させるであろう氷魔法を俺の炎魔法で部分的にかき消し、あえて肺より上だけに限定して防ぐ。
下半身とはいえ内蔵と体液が凍りきればすぐさま死ぬことになるだろうが、死ぬ前にひとこと遺言を残せる余裕ができる。そこで『お母さん……』とでも呟いておけば、優しいノンディアさんが後ろめたく思う公算は十分にある。
『トラウマにより不殺主義を志すようになったノンディアさんが、俺の死後代わりに妹達を守ってくれる』。
極めて小さい可能性だが、もはやこれくらいしか勝ち筋はない。
なるべくノンディアさんの記憶に残るよう、惨めに死ぬことに全力を尽くせ。
「ひゃああ!!死にたくない死にたくない死にたくなぁい!!人殺しッッ!!殺したら一生恨んでやる!!」
無論、死ぬのはとても怖くて涙が溢れてくる。
だからこそ素人の演技でも勝算がある。
真実の恐怖で演技を飾れ。
「があ゛あっ!!俺は強いんだ俺は強いんだぁっ!!ノンディアさんなんていつでも操ってやれるんだぁ早く氷を解けって言ってるだろぉ!!」
と、静観していたノンディアさんが動いた。
そっと伸ばされた手が肩に触れる。
恐怖で全身がびくりと跳ねる。
ああ、殺される殺される殺される。
彼女が氷魔法を流し込んだ瞬間俺は絶命する。
抵抗はできるが抵抗してはいけない、上手く殺されなくてはならない防いでいいのは肺より上だけだ。それ以外は自然に破壊されるのだ、大丈夫だ俺ならやれる、殺される。
「あ゛、あ゛あ゛あ゛っ……!ぶっ殺してやぅ゛る……ッッ!!」
罪人に恐怖を与えるためだろう、ノンディアさんはすぐには冷気を放たなかった。
肩にかけられた手が背に滑り、両腕が俺の後ろに回り、身体をそっと引き寄せられる。
強く強く抱きしめられ、『大丈夫だよ』『怖くないよ』と耳元で囁かれる。
凄惨に殺すなら油断させてからがベストということだろう、安心させた後に背中を刺したほうが面白おかしい末路を辿る。あと一〇秒で殺される。
動悸が狂ったように高鳴る。全身に細かな震えが走って、冷たいはずなのに嫌な汗が吹き出した。
演技に一切の支障はない。
「殺してやる!!殺してやるッッ!!」
調子に乗るなよお前なんかいつでも殺せるんだぞと応えるように、背中をさすって頭を撫でられる。触れられた箇所に怖気が走る。
『…………ごめんね、怖がらせちゃったよね。ダアスちゃんが私の記憶弄ってるのは驚いたけどさ、別に怒ってるわけじゃないよ』『私が操られてた間もダアスちゃんは何も悪いことしなかったし、怒るようなことは何も無いけどさ、理由だけ教えてほしいんだ』『仲良くしたいのに気持ちがわからないのは、寂しいから』
殺される。
「殺してやる殺してやる殺してやる……!!」
『………………実はね。私の国がこれまで見つけた街はみんな魔物に滅ぼされててさ、亀の上の街を見つけたときすごく嬉しかったんだけど、どうしてここだけ生き残りがいたのかすごく不思議に思ってたんだ』
『今ならわかるよ。きっとダアスちゃんが頑張ってたからなんだよね』
『ダアスちゃんが頑張ってること、私はちゃんと知ってるよ』
髪をそっと撫でられた。
殺される。
「……………………俺は街のひとたちを操ってましたぁ」
最後の『殺される』は嘘である。
泣きそうな惨めな声が俺から出てきた。
俺の唐突な懺悔にも『…………そっか』と柔らかな相槌を返すのみで、彼女はじっと続きを待っていて、俺はぽつぽつ告解を始める。
彼女ははじめから優しかった。
庇って守って励ましてくれた。
ここ数日、大変だどうしようと哀れに喚きながら、『彼女に全てを話して協力してくれるようお願いする』なんて当たり前なことができなかったのは、聖女を信じられなかった理由は、ひとえに俺が弱かったからだ。
俺は、はじめて出会った操れない人間が怖かった。
ノンディアさんははじめから優しくしてくれたのに馬鹿みたいだ。
小さな先達に抱きしめられながら、ゆっくり澱を吐き出していく。




