第1章 黒目秋人 7
「ここ、いま出られないの知ってるか?」
黒目の問いにアリスは即答する。答えはイエスだ。
「い、今、この旧校舎に強い呪いの結界がはられているわ。とても強いね。」
「あー、それは見える的なやつか」
「わ、私の場合は感じるのよ。強い呪いの気配を」
「それは、子供の幽霊か?」
アリスは首を横に振る。
そして、首に手で輪っかをつくりこちらを見た。
「首吊り女教師よ。」
「…あー、それは本当にいるんだな。ただの噂だと思っていたよ。死んだのは有名だが、幽霊だとはね」
黒目とアリスは1階の廊下を真っ直ぐ進む。
黒目はケータイのライトを使い、照らしていく。
「そういやここ、圏外らしいぜ。笑えるよ」
「の、呪いは恐ろしいもの。ここから出るには呪いを断ち切らなきゃならない。」
「それでその斧の出番ってことか」
黒目はアリスのもつ呪斧に目をやる。人骨を模した柄で、片刃の薪割り斧である。片刃の裏面には髑髏が形どられ、刃に向けて5本の骨の指が伸びている。人差し指の所には紅い真珠が埋め込まれ、怪しい光をはなつ。その恐ろしくも微細な造形に見とれてしまう。
繊細でか細い腕が持つには不釣り合いなもので、異様にはちがいなかった。
「そう。これは、わ、私の呪いをかけた呪斧。どんな呪いよりも強いわ」
「はは、たのもしいー…」
まっ暗な廊下に差し込む月明かりはちょうど足元を照らしてくれ、ライトがなくても歩けるほどであった。
少し進んだ所には技術室がある。
この技術室だけは未だ使われており、周りも綺麗だ。
この旧校舎の真ん中の玄関口からすぐの部屋である。
旧校舎には中央玄関口。西口。東口がある。
黒目たちが入ってきたのは東口で、西口側に教員室がある。その真横に教員用トイレが隣接している。そしてそこが七不思議の「首吊り女教師」が出ると言われる所だ。
そこに近づくにつれ重く暗い空気があるように思える。
ガタッ。技術室からの音に2人の歩みは自然と止まっていた。
「何かきこえた?」
アリスの問いに分からないと首をふる。
ガシャーン!
今度はとても大きな物音で気のせいでは済まされないことに黒目はショックが隠せない。
これは確実に何かがいることを指し示していた。
アリスはすぐさま呪斧を構え、何やらブツブツと言葉を紡ぐ。
黒目は前の恐怖と真横の恐怖、どちらともに恐ろしさを感じながらゆっくりと技術室の扉を掴む、最初覗き込もうと思ったが中はさすがに真っ暗なため、覗くことは不可能にちかい。黒目は思い切り扉を開け放った。
「うわぁ!な、何だ!」
それはこっちのセリフだと言わんばかりに黒目は声の主を見返した。そこに立つのは中年男性が2人。
1人はてっぺんが寂しくなり始めた頃で、下腹が出ている。
四角のメガネが特徴的なのっぺりとしたサラリーマン風の男だ。
もう1人は長身に曲がった背、上半身が逆三角形になっていて筋肉質。白シャツにオーバーオールで、ツバ付き帽子を深くかぶり目元が暗い。帽子からはみ出る髪はクルクルと回っていて肩口で切りそろえられている。
黒目はアリスをみやる。
アリスはその呪斧を下げて警戒した目を送っていた。
黒目はホッと息をつく。
相手が幽霊という勝てるか分からない相手ではなく人間だと思い安心したのだ。
「えーと、あんた達こそ誰…ですか?」
サラリーマン風の男はハンカチをポケットから取り出し吹き出した汗を拭う。片手に持った懐中電灯をこちらに向けすがたを確認する。
「なんだ、学生か。はは、僕達は校長先生に頼まれてね。技術室の修理に来た者だよ。しかし、君たちはこんな時間に学校にきたらダメなんじゃないかな?」
「修理?ほとんど使っていない旧校舎の。それも技術室を?そんな壊れてる物なんてないと思いますけど?それに、何故修理をこんな時間に?」
「ははは。それは大人の都合というものだよ。僕らも忙しくてね。この時間しか空いていなかったんだ。それに君たちが知らないだけで確か、放課後に技術室を利用していた生徒が技術工具を壊してしまったらしいんだよ。それを治しに来たわけだよ。それにしても君たちはどうなんだい?こんな時間にこんなところにいたらまずいと思うけれど?」
黒目はサラリーマン風の男から視線を少しずらし、横の大男を見る。ぎらりと光る鋭い目は少しでも下手な動きを見せればそれだけで襲ってきそうな猛獣の目を向けていた。
「…そうですね。じゃあ帰るとしますよ。あんた達も早く帰れるといいですね。」
「ああ、ほんと、そう思うよ」
サラリーマン風の男は肩を竦めてみせた。
黒目は先にアリスを外に出し、自分も外に出た。
アリスは黒目に怪訝なめを向けた。
「な、なんであの人たちに教えなかったの?も、もしかしたら手伝ってくれたかも…」
「なんていうか、あいつらは良くない物を感じたっていうか、まあ、感ってやつかな」
「まさか、私と同じで、く、黒目くんも感じることが出来るのね!!!」
「あー、まぁ、そうだね。」
黒目とアリスはそのまま技術室を後にし西に向かう。
旧校舎の教員用トイレ。
木の板をドアに貼り付けられてあり中には入れないようにしてある。そこが女教師の悲劇が起きた自殺現場である。
1歩1歩近づいて行くと何か泥沼に入っていくような感覚に襲われる。嫌な予感が頭を過ぎるが進むしかない。
謎の力(アリス曰く呪いの力)で封鎖されたこの旧校舎から出るためにはその力の発生源を食い止める他ない。
それは七不思議の中で最も危険とされる「首吊り女教師」と対峙することとなるとわかっていたが黒目は進む。
それしかここを出る方法はない。
旧職員室が見えてきたその時。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、」
「え」
激しい不快音と共に窓ガラスを覆う黒い糸のようなものが奥から伸びてくる。やがて窓を覆い尽くし、いっぺんの光も入り込む隙間などなく徐々に本当の暗闇に変わっていく。
黒目はその肉眼で捉えた黒い糸が人の髪の毛だと悟る。
おびただしい数の髪の毛がこちらに向かって伸びてきて黒目達を襲う。
「ふっ」
アリスの切れた息が少ししたようなきがして黒目は真横を見る。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、」
そこには赤黒く染った肌の女性が浮かんでいた。
首に縄を付け、恐ろしい表情を浮かべている。
飛び出そうなギョロ目が俺の姿を映す。
まさにこの世の全てを恨むような憎悪の表情であった。
彼女を女だと思うのはその乱れに乱れている長過ぎる黒髪と、生前に着ていたのだろうスーツがビリビリに破け、少しだけ見える赤黒い旨だけだ。
垂れ下がり地面につく長髪が不気味な影を作る。
骨に付いた赤身のような腕を黒目の油断していた首に手をかける。
「ぐえっ」
突然のことに反応が遅れ、黒目はすんなりと捕まってしまった。その手は首に食い込むように持たれ、そこに真っ黒な髪の毛が巻きついていく。
赤い女は顔を近づける。その口からぽたぽたと唾液が落ち着いてくる。そしてギリギリと歯を擦り合わせその瞳は上をむく。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、」
「あ、ああ、これが。」
そんなアリスの震える呟きをかろうじて聞き止める。
目の前の悪夢を認識するために。
「首吊り女教師。」




