【閑話】その日、家族は解散した(イェゼ視点)
ガラケー時代に書いてたのがひょっこり見つかったので上げてみました。
本編が始まる前の話。
前触れが無かった、とは言わない。
けれど、唐突だった。
家族で囲む夕食の席。朗らかな父と穏やかな母、そして俺。
好物の鳥のもも焼きにかじりついた俺に、母は「あのね、イェゼ」と話しかけてきた。
母も仕事を持っているので夕食時はその日の出来事の報告会でもある。モゴモゴと肉を咀嚼しながら、目で何?と促すと、母はこちらに少し身を乗り出して口を開いた。
「今日でお母さん達、離婚する事にしたけど、イェゼはどっちと暮らしたい?」
は?!
一瞬、何を言われたのか理解できなかったが、唐突な衝撃をやり過ごすと、もしや?と思い当たる事があった。
「母さんの番、見つかったの?」
俺の返しに母の目が見開かれ、キラキラと光りだす。
「そうなの!とうとう出会えたの!すっごく素敵な人よ!イェゼも絶対気に入るわ。だからお母さんと一緒に暮らしましょ?」
幻の花を巻き散らすような乙女な顔をした母に違和感が半端ない。普段は割りとすました顔をしている母が興奮に頬を朱に染めている。こんな顔は初めて見た。
「コラ。落ち着きなさい、母さ…コーフェ」
父が苦笑して、やんわりと母を嗜める。
父は母のことを、もう母さんとは呼ばないんだ。
名前に呼び直した事でそう知らされた。
俺が生まれて9年間、当たり前だった家族の関係は、俺の知らない間に終わってしまったのだと理解した。
「本当にすまないな、イェゼ。いきなりな話で」
父が申し訳なさが滲む、眉尻を下げた顔で謝ってくれる。
え?これ、親父は何も悪くないだろ?
この家が母さんにとって、待合所みたいな存在だっただけ。
「いきなりでもないかな。親父は前々から、いつかこの日が来るっていってたし」
「ごめんね~イェゼ。離婚はするけど、お父さんが私の大事な従兄であるのは変わらないわ。これからもずっと仲良くしていくからね。お父さんとお母さんの、どっちと暮らすにしても、私達、何時でも会えるわよ」
この女~!家族を瓦解させといて、よく言うよ。ニコニコと気軽く言ってくる母親にイラッとする。もう少しくらいは俺達に悪いと思え。
本当は、俺は父も母もどちらも好きだから、望めるものなら、このまま三人でずっと一緒に暮らしたかった。
つくづく、父母の一族に多く顕れる竜の血脈が恨めしい。
昔々、父母の先祖に、人の身でありながら竜と交わった者がいる。
その頃はまだ、竜の数も多く、人里の近くに竜が住んでいたという。
それにしても大概、物好きな奴らだとはおもうが。
で。その、どうかしちゃった竜と、無謀な人間との異種婚姻から産まれた子には、竜の血から只人よりも優れた肉体、智力、霊力が顕れた。
その竜の力の恩恵を顕現し、人の身でありながら竜の持つ特殊な能力を僅かなりと使える人間は、竜種と呼ばれた。
けれどその優れた点は、必ず次世代に遺伝するとは限らなかった。気紛れな竜から請けたに相応しく、気紛れな恩恵。
異種婚姻も一度っきりなら竜の血は代を重ねるうちに徐々に薄れていく筈だったが、不思議なことに数代を経る毎に、何故かどこぞの竜が竜種にひっかかる。そうして、たまに異種婚姻をかますうちに、すっかりうちの家系には竜の力が混ざりこんでしまった。
母が本家筋なので、つい、うちの家系とは言ったが、何代にも渡って継がれてきた力なので、家を離れた者にも受け継がれていった結果、今では世の中の何処に竜種が顕れてもおかしくない。
地上における最強の生物、竜。
今も数は少ないが、この国からかなり離れた北西の山脈に生息しているといわれている。そして、最強だというのに、ある縛りのせいで絶滅寸前の憂き目にあっているらしい。
それが、竜の習性だといわれる番という性質。竜は伴侶は運命によって予め決められている(らしい)。
運命に定められた相手は番と呼ばれ、相手が死ぬまで、その絆が切れる事はないと言われる。番のいない時期は自由な恋愛が出来るが、番が現れたとたん、それまで抱いていた筈の他者への恋愛感情は呆気なく霧散するのだという。さすがは竜、人でなしだ。
番に出会えるのは一度に一人でも、一生涯に一人だけということはないらしい。相手が死んだ場合、新しい番を得られる事もあるようだ。でも、その前に喪失感に気が狂う奴もいるという。
その面倒な番という性質。竜種には力の恩恵だけなく、それも引き継がれている。
俺は父母から竜の持つ、番の特性を説明された時「一途と言えば聞こえは良いけど、それで絶滅したら馬鹿だね」と本音を述べて二人に苦笑された。
そして、竜種は人でありながら番を持つのだと聞かされた時は、軽く絶望した。
俺もそんな厄介な性質を持っているなんて、本当に嫌すぎる。
ちなみに、俺の父は早くに番を亡くしたまま、新しい番には出逢えていない。
父が脱け殻にならず生き続けられたのは、父の番が自分の霊力を守護力に転化して父に遺したからだ。
それと預言。父の番は予知見の姫だったという。子を成すまで自分は生きられないが、いずれ産まれる父の血を引く子供は先祖返りの竜種だと彼女は言葉を遺した。
父の子が、未来のない自分にとっては希望なのだと言ったという。番を亡くした父は、愛した少女の希望を繋ぐため、まだ番に出逢えていなかった従妹の母と結婚した。
そして産まれた俺は、周囲の期待通り、見事に先祖返りの霊力を有した竜種だった。
自らの身体能力の高さと霊力の強さは気に入ってる。けれど、正直なところ番は不愉快だ。伴侶の押し付けなんて迷惑でしかない。自分の好みに関係なく生涯の相手が選ばれるなんて、気持ち悪くないのだろうか?
目の前の母を見る。この人は番を得て幸せそうだ。
ずっと前から父は、いつかこの日が来ると教えてくれてはいた。
父は言っていた。
「番を得た竜種にとって、番以外の者など、置物以下の価値しかない」のだと。
母にとって今の父は、この家に残して出ていける存在なのだろうか。番とは、なんて酷い性質なのだろう。
「離婚、しかたないんだろ?番ってのが、どんなにか大切か俺には解らないけど」
父母が共に瞳を揺らす。
「すまない。お前には酷い事をしていると思う。ただ、番に出逢えるのは我々にとって至上の幸せなんだよ。だから僕は、大切なコーフェを番と添わせてやりたい」
父は優しい声で言うと、席を立ちこちらへやって来た。俺の肩に手をかけて母の方を向く。
「ねぇコーフェ。狡い事を言うようだが、君は番を得た。私にはイェゼだけだ。私はイェゼと暮したい」
母は父の言葉に眼を剥き、勢いよく席を立ってこちらへ来た。俺を挟んで父の反対側に立つと、座っている俺の頭を腕の中に抱き込む。
「嫌よ!番がいたってイェゼは特別なのよ、手放せないわ!」
ふうん。置物でも気に入っていたら持っていくというものか。
「君はこれから番の子を産めるだろう?イェゼは私が貰う」
「イェゼは私のよ!」
頭の上で父母が言い合いを始めてしまった。これからも二人は仲良くするんじゃなかったのか?どっちと暮らすかは俺に決めさせてくれるんじゃないのかよ?!あー、もー、ぎゃあぎゃあ煩い!
「俺のせいで喧嘩するなら、どっちとも住まない!一年早いけど陰陽寮に入る」
「「ええっ?!」」
俺の提案に二人は一瞬で青ざめた。その直後、父母の言い合いはさらに激化した。
頭上の喧しさに頭を押されるように視線を落とすと、皿に残った食べかけの鳥足が目に入った。それを手に取ると俺自身に軽く音声遮断の結界を張る。そうして再びかぶり付いた肉は、先程感じたほど美味しいとは思えなかった。正直、最後の食事は和気あいあいとした中で済ませたかった。
ただ、まぁ、自分が二人にとって、いらない子供だと押しつけあうような存在でなかった事は、くすぐったいような心持ちになるが。
陰陽寮に入ると言ったが、それは受け入れられないだろう。恐らくは父と俺は職場が一緒なので、日中会えない母が同居の権利をもぎ取るだろう。
だが、それも一年だ。俺が10歳になったら今よりも陰陽宮のより深い部分の職に就く事が決まっている。そうなると咄嗟の呼び出しにも応じられる様に寮暮らしは避けられない。
母の番が見つかるのが一年後なら良かったのに、と思う自分は、普段周りから大人並の大層な扱いを受けて一人前のつもりでいたが、まだまだ子供だったのだなとコッソリと息を吐く。
父母の言い合いはまだ続いている。
番なんてややこしいだけだ。俺の番は当分見つからなくていい。




