ご飯だ!…とその前に
台所に近づくと、通気孔から勢いよく吐き出される熱気が油の臭いを届けてくる。調味料の匂いと相まって食欲を刺激され、まだお昼時間には少し早いが、今すぐにでも食べられそうな気になってくる。
「イェゼ君のお腹は、すぐにお昼食べられそう?」
台所の入り口側へ向かいながら聞くと、「通常量、入りますよ」と返ってきた。
イェゼ君は、ほっそりしている。もしかしたら同じ歳の子供と並んだら、小柄な方かもしれない。
ちなみに、私の好みの男性のタイプは、細いけど適度に筋肉がある細マッチョ。スーリブ三兄弟は、刹陣と舞踊で鍛えてて、顔も良くて好みど真ん中。素敵すぎて観てるだけでお腹一杯になるので、彼らに恋をしたならダイエットになっただろう。しかし、私にとっての彼等は観賞物で恋愛対象じゃないから、痩せるのはもっぱら観劇費で搾られる財布だけだ。
それより、イェゼ君だ!
この子はどんな風に成長するんだろう?
可愛い美少年が、少しずつ格好良い美青年になっていくのを、間近で観察出来るなんて、神様ありがとう!
幸いにも、今は懐いてくれている。私好みに育っていただき、三国一の弟になってもらおう!ぐへへ。
反抗期が来て『寄ってくんな!狸』とか冷たい目で見られるのも、また一興。他人では視界に入ることすら叶わなかったんだもんね。勿論その時は『昔は、姉上~ってチュウしてきた癖に…』と黒歴史を突きつけてやる。昔のこと持ち出して益々嫌われるなんて悪循環だけど。
反抗期の頃ともなれば、君はもうさっさと家から離れてるかも知れないもんね。関わりを持てるなら、マイナス側でもいいや。
そしていずれは、現れた番にぺろって持ってかれちゃうんだけど…。
その時、君が幸せな顔してるのが一番嬉しいって思える姉でいるからね。
つまり私はファン代表な訳だ、うん。
あぁ、未来が楽しみすぎる。早く大きくなーれ。
それには食事だ!しっかり食べてもらわなくては。
普段どのくらい食べる子なんだろう?好きな食べ物は何なのかな?等と考えつつ、台所の入り口までやって来た。入り口の横に簡単な庇の付いた手洗い場がある。
「台所に入る時は、ここで必ず手を洗ってね。手洗いせずに中に入っちゃだめなの。たとえ入室が一瞬でも、必ず守ってね」
二人で「洗う時は猫の手~♪」なんて言いながら手を洗っていると、台所の扉が開いて、中から誰か出てきた。
何気なくそちらを見て、えっ?
「クグラ!帰ってたの!?」
私は思わずその人の名前を呼んだ。
「あぁ、お嬢さん」
呼ばれた彼が、こちらへ足を向けてくる。
イェゼ君が彼をじぃっと見ていたので「クグラはマルラの甥で、ダルテ伯父の側仕えをしてるの。商隊の参加者だよ」と教える。
「私だけ先触れに戻ったんですよ」
言いながらクグラが寄ってきた。
少し疲れは見えるが、いつもの人好きのする笑顔。特に怪我もなさそうで良かった。
22歳の彼は私にとって、年の離れた兄みたいな存在だ。
「おかえりなさーい」
私も近寄りながら、嬉しくて手を振ろうとして、
パシイィン!!
「きゃ!」
「うわぁっ!」ドサッ。
一瞬の事だった。
クグラに向けてあげた手のひらが、軽い衝撃に弾かれ、目の前の空間にパチチッと火花が走った。同時に何かが落ちたような音。
「なっ?なに…?」
弾かれた自分の手を見る。
不思議だけど弾かれただけで、何かに触れた感触はない。痛みもない。
「…ん?」
一瞬、手のひらに白っぽい線の模様が見えた気がしたが、瞬きする間に消えた。何だろう?さっきの火花の残像?
今は何の異常もないその手に、横合いからスッと手が伸びてきた。
「大丈夫ですか?姉上」
真剣な顔したイェゼ君が、私の片手を両手で包むように持って聞いてきた。洗い立ての手がひんやりして気持ちいい。
「ありがと、全然平気だよ。…何だったんだろね?」
何が起きたか解らず、キョロキョロと原因を探して、尻餅をついたクグラの姿を見つける。
「ッ…いてて…」
あ!ドサッて音は彼か。
彼も何かに弾かれたのだろうか?私達の間に変わったものは何も無いようだが…?
「クグラ、大丈夫?」
とりあえず、倒れたクグラに寄ろうとしたが、サッと目の前に割り込んできた背中に阻まれてしまう。
「なりません、姉上」
私とクグラの間にイェゼ君が立ちはだかった。
「イェゼ君?」
「俺に任せて。少し下がっていてください」
彼は前を向いたまま言った。声は優しいが、有無を言わせぬ空気をまとっている。
「え?う、うん…」
訳の解らない事態だけど、イェゼ君は理解してるのかな?ならば、お任せするだけだが…。
彼に解るって、異界の何かの仕業…?




