2 魔物襲撃
エリスは立ち上がると、涙を拭きながら駆け出した。
あっという間に食堂から出て行く。
取り残された俺は、罪悪感に囚われた。
「悪い……今のは言い過ぎた。――フィリアに謝っといてもらえないか。悪かったって……」
俺がそう言うと、チェルシーが苦笑しながら言った。
「今後の指導を引き受けてもくれなくても――わたしたちの、今まで受けた恩は変わりませんから」
「本当に申し訳ない! けど……俺はやっぱりソロの冒険者で、スタイルが違うんだ。――そこは判ってもらえないかな?」
俺がそう言うと、エリスは眼鏡の奥で残念そうな表情を見せた。
「そうですか……凄く残念ですが――。フィリアにはよく言っておきます。今まで、ありがとうございました」
エリスがそう言って、頭を下げる。それに倣って、チェルシーも頭を下げた。
「いや、こちらこそ楽しかったよ。……ありがとう、じゃあ」
俺はそれだけ言って席を立った。
個室に戻って、すぐ目の前にある天井を見つめる。
胸の中に、なんとも言えないもやもやが残った。
「けど……頼まれたらなんでも引き受ける便利くんは――この世界では卒業するんだ」
そして俺は、自分の幸せをちゃんと見つける。
それが正解なはずだ。
――なのに、このもやもや感。なんだってんだ!?
ふと、俺はその時、気づいてしまった。
「そっか……俺、蚊帳の外だったもんな――」
彼女らにとって、俺は婚活の対象外だった。
それが悔しくて残念で――ひがんだんだ。
「……俺って、ちっちぇ人間だよ――」
俺は独りごちた。こんなちっちぇ俺より、もっと立派な男を捕まえたいって思うのは、当然のことだよ。
あいつらはなんも間違ってないし、悪くない。自分の幸せを掴むために貪欲に、人脈も作るし努力もする。
「人のことにかまけて過労死する俺より……ずっと立派な生き方さ」
俺は苦笑すると、俺の心なみに狭いカプセルの中で眠りについた。
* * * * *
朝、早めに起きた俺は着替えて食堂に行く。ここで待ってれば、フィリアたちが来るだろう。
昨日のことは、ちゃんと謝っておこうと思っている。婚活のために冒険者をやるというのはどうかと思うが、感謝の標にご馳走しようという彼女らの誠意を軽視した俺の発言は、やはり言い過ぎた。
きちんと謝罪をして、彼女らの二階層突破を祝い――気持ちよく別れよう。
俺はそう思っている。
先に食事をとって、食後のコーヒーを飲む。
……そんな時だった。
「――なんだ!?」
俺の『察知』に、凄まじい危機意識が反応する。
「まずい! みんな、此処から今すぐ逃げろ!」
俺は食堂の中で叫んだ。食堂に居合わせた人達が、ポカンとしている。
「何か来ている! とにかく逃げろ、今すぐだ!」
居合わせた人々は互いに顔を見合わせていたが、おろおろと席を立って逃げ出した。それでいい!
「――彼女らは!?」
俺はあいつらの事を想った。このままじゃヤバい。
きっと三階の個室ルームにまだいる。伝えないと!
俺は階段を駆け上がった。三階の男子禁制の女性専用個室ルームに飛び込み声をあげる。
「ここにいる者、みんな今すぐ逃げろ! 危機が迫っている! 早く脱出してくれ!」
何事かと顔を出した女性たちの中に――フィリアたちがいない!
「早く逃げるんだ! 此処は危険だ!」
俺はそれだけ告げると、四階の休憩ルームに駆けあがった。
四階の休憩ルームに着くと、俺は大声で叫ぶ。
「ここは危険だ! みんな、逃げてくれ!」
見ると、フィリア、エリス、チェルシーが座っている。
俺は近寄って声をあげた。
「今すぐここから逃げろ! 危険が迫っている!」
「ライトさん……一体――?」
エリスが不思議そうな顔で、眼鏡の奥からこちらを見ている。
「とにかく、此処は危ない! 早く逃げ――」
そう言い終わる前に、轟音とともに建物が突然、大きく揺れた。
「な――なんなんですの!?」
チェルシーが声をあげる。
「とにかく、此処から脱出するんだ!」
三人は俺の声に頷き、階段へ向かう。
が、その階段の外の壁が、轟音ともに突然、壊れた。
「な……」
フィリアが――驚きの声すら出せない。
その壁の穴から覗いた顔は、巨大な爬虫類の顔だった。
「あれは――なんだ!?」
「飛竜だ……」
ワイバーンは大口を開けると、壁を噛み壊した。
「裏から逃げるぞ!」
俺は逆方向に彼女たちを誘導する。
三人を連れて、逆の方向へと逃げるが、そっちには階段はない。
窓を開けるが四階だ。
「お前たち、飛び降りるぞ!」
「「「えっ! えぇっ!?」」」
「いいから跳べ!」
俺は三人を抱きかかえて、無理矢理に窓から跳んだ。
「きゃーっっ!!」
四階から俺たちは落下する。
俺は目の前の地面に手を向けた。
「罠!!」
巨大なとりもちを作って、俺たちはそこに落下する。
衝撃は吸収できたが、そのままでは動けない。
「罠解除!」
とりもちが消える。と同時に、さっきまでいた四階が、がしゃりと崩れ落ちた。
「崩れるぞ! 離れろ!」
俺は三人を連れて、落下物のない処まで逃げる。
そこで改めて、状況を見た。
カプセル宿屋の建物に、巨大な飛竜がとりついている。
飛竜は建物を噛んでは壊し、コウモリ型の鉤爪も使って、建物を破壊していた。
「キエェェェェェーンッ!!」
飛竜が奇声をあげる。
さらに建物を噛み砕こうとして、中々壊れない建物に、苛立ったらしい。
そして一階から取り残された人々が、慌てふためいた様子で出てきた。
そこには店の従業員もいる。
俺はその男の従業員を呼び止めた。
「おい! あのカプセル宿屋に、何か狙われる理由があるのか?」
「そ、そんな! 私どもの宿屋に、そんな理由はありません!」
「何か、理由があるから、飛竜がとりついてるんだろう!? 何か、他の宿屋と違う処はないのか!?」
俺がそう問うと、従業員は冷や汗を垂らしながら答えた。
「う、うちのお風呂は天然温泉でして――それが特徴です……」
マジか。道理で疲れが癒される湯だと思った!




