第五話 俺が――先生!? 1 ザコ寝宿の話
半年以上かかって、まだ二階層を攻略してないと聞いて、俺はちょっと思った。
――これは多分、根本的な問題がある。
けど、それを指摘するには詳細な情報が必要だ。
が、そんな事は求められてもいないし、またそんな立場にもない。
人は、自分の見落してる欠陥を指摘されると、それを否定しようとして怒るものだ。結果、話はまったく聞いてくれなくなる。
人助けしようとして、逆にそんなことをして縁遠くなった人もいる。
そんな間違い――というか苦い経験もしてるので、そんな迂闊な踏み込み方はしない。この三人も、いずれ時間をかけて、自分たちを鍛えて強くなるしかない。
ただ、少しだけ言えることがあるので、それは言っておこうと思った。
「あの……次に挑戦する時は、もっと治癒薬と回復薬を用意しといた方がいい。なにせ相手は数が多いからね――長期戦を想定して」
俺がそう言うと、三人は微妙な表情をした。
ん? どうした。
「その……薬を買うと――今日の宿代もなくなる可能性があったのでぇ……」
チェルシーが、恥ずかしそうにそう口を開く。
と、エリスが思いきったように、言葉を続けた。
「ザコ寝宿の宿泊代2000ワルドも、キツい状態なんです……私たち」
「ザコ寝宿――というのがあるのか」
カプセル宿屋もそうだが、ザコ寝宿なんてものゲームには出てこなかった。
どうも、ゲームと違う状況が結構ある。
「あたしたちが泊まるのは、女性専用のザコ寝宿だが――大広間に大勢が雑魚寝するだけの場所を提供する宿だ。毛布やシーツもない、ただ雨風を凌げるだけ……。それでも女が野営するよりマシなので、そこに行って寝るんだ」
自嘲気味に笑いながら、フィリアがそう口にする。
「ただ……そこにスリが出るって話なので、みんな警戒してるんですよぉ。それで盗賊と訊くと、『ザコ寝宿に泊まるようなギリギリの人間から、金品を盗む最低な奴』ってイメージが定着してるんですよねぇ」
いや、チェルシーさん、おっとりした口調で、結構、こっちにダメージあること言ってますけど!?
「そ、そうか……それで俺が『盗賊』と名乗ると、何処でも白い眼で見られたわけか。なるほどだよ」
「けど、ライトさんは、そんな悪い人じゃないて判ってますわよぉ」
チェルシーがにっこりと笑う。
やれやれ、まあそんな輩がいたんじゃ嫌われるのも無理はないか。
「そう言ってくれると嬉しいよ。――じゃあ、今度はダンジョンじゃなくて、他の経験値が稼げそうな攻略ポイントに行って、レベル上げしてから挑戦したらいい。ゴブリン・パックは正直、レベル7以上になってからの方が安心だ」
「そうなんですか……」
エリスが感心したように、眼鏡の奥の眼を見開く。
「ま、そんな感じだから――とりあえず、今日は帰ろうか」
2階層を抜けた以上、1階層はよりラクに抜けられるワケで。
俺はそれでも細心の注意を払いながら、無事にダンジョンから脱出した。
「はい、地上にご帰還。みんな、ご苦労さん」
俺は三人の女子組に笑って言った。
三人とも、やっと安心したのか息を吐く。
「はぁ~……一時はどうなることかと思いました」
銀髪のエリスが、汗を拭きながら口にする。
「じゃあ、魔石の換金に行くだろ? そこまで行こうか」
「はぁい!」
チェルシーが嬉しそうに、両手を握って顔の横に振った。
魔石の換金は銀行で行う。ちなみにギルドの隣だ。
受付場所は複数あるので、俺は女子組とは別のカウンターに赴く。
「すみません、魔石の換金をお願いしたいんですが」
「はい、魔石を出してください」
俺は1~5階層のモンスターから得た魔石と、ボスからドロップした魔石を出す。ざらら、という音とともに出てきた多数の魔石に受付嬢が驚く。
「これは……凄いですね」
「はあ、1階から5階層まで攻略してきましたんで」
「それでは、少しお待ちください」
受付嬢が奥に引っ込んでいき、俺は女子組三人の行った受付の方をチラ見した。
「こ、こんなにか!」「凄いですわ、今までの最高記録!」「とりあえず、明日のご飯は大丈夫ね」
……なんか騒がしい。
「お待たせしました。合計でこちらになります」
トレイの上に、金額を書いたメモ用紙が乗っている。
「158万6400ワルドか――」
これが俺の、この異世界に来てから最初に稼いだ金。
……なんとか、やっていけるかも。俺は、ふとそんなことを思った。
「どう致します? 全額、現金化もできますが、口座がおありならそちらに振り込みますが?」
「いや、口座がないから、まず口座作ってもらえますか? それで、10万だけ現金で」
俺は身分証を出して口座を作り、現金を10万ワルドだけ受け取った。
俺が手続きを済ませた頃、女子組も手続きを済ませたらしく、顔を合わせる。
銀行の外に出ると、女子組が俺に頭を下げた。
「「「ライトさん、ありがとうございました」」」
……ビックリした。俺の口から、思わず笑みがこぼれる。
これなんだよな。
どんなに便利くんって言われても――何の得にもならないどころか、『お前、損な役回りばかりやらされてるぞ』って言われても。
感謝されたこの瞬間の満足感があるから……俺はつい、人助けをするんだ。
「いや、俺の方こそ楽しかったよ。あ――レベル上げなり攻略なり、それぞれ頑張って。……それじゃあね」
俺はそれだけ言って、別れようとした。と、その俺をエリスが呼び止める。
「あの!」
「ん?」
俺は振り返る。眼鏡のエリスが、少し切羽詰まった顔をしている。
「あの……私たちに――もう少し、ダンジョン攻略の指導とかしてほしい……んですけど――。ダメでしょうか?」
そんな困った顔で頼まれたら――断れないだろ。俺は思わず苦笑した。
「判った――やってみよう」
俺がそう言うと、エリスだけでなくフィリアとチェルシーの顔も輝いた。
ついでに俺は言ってみた。
「それじゃあ、飯でも食いながら話そうか。俺はカプセル宿屋に泊まるんだけど――もしよかったらだけど、夕食をそこでつきあってくれるんなら、そっちの宿泊代も出すけど――。どうかな?」
三人の顔が驚きに包まれる。俺は慌てて付け加えた。
「あ、別に下心はないから。そういう事ができる宿屋でもないしね」
俺は軽く笑ってみせた。
「ほ、本当にいいんですか……?」
「あたしたち――三人分の?」
エリスとフィリアが、驚きの声を洩らす。警戒してるのか?
「いや、無理にとは言わないけど――」
「是非! お願いしますわぁ!」
チェルシーが、喜色満面で俺の手を握る。
「あ、あのそういうサービスはいらないんで……」
「え? 何がですかぁ?」
え? ちょっとこの人、自分の美貌と巨乳に自覚がないのか?
……いや、判らん。天然に見せた計算かもしれん。
「……う――ぐ……」
え、なに? なんか唸り声みたいなものがするんで見ると、フィリアが拳を固めて震えている。ど、どうしたんだ?
「風呂キターッ!!!」
フィリアがいきなり叫ぶ。
「ああーっ! ザコ寝宿でのあの行水! 最低限、身体を洗うためとはいえ、冷たい水で身体を洗うのは本当に辛かった! けど今夜――カプセル宿屋に行くということは……お風呂に入れるってことだぁぁっっ!」
「う……よかったね…フィリア……私たち、生きる希望が湧いてきましたわ……」
エリスがそう言って、フィリアの傍で涙ぐんだ。……いや、大げさじゃない!?




