第177話 追放幼女、下水道を計画する
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翌日の午後、執務を始めようとしているとメレディスがやってきた。
「あれ? どうしたの? 今は訓練の時間じゃなかったっけ?」
「明日からまた、森に出るのでその報告に来ました」
「あ、そうなんだ。でもこの間、地形とかは調べたんでしょ?」
「ええ。ですがすべてを調べられたわけじゃありませんし、実地訓練も必要ですからね」
あー、訓練ね。あのときのあれ、すごかったもんね。あれを森の中でもやるってことか。
うん、そうだね。たしかに初めての場所で戦うより、どこに何があるか分かってたほうが本番になったときに戸惑わないよね。
「分かった。いってらっしゃい」
「はい。今回は少々長めに出る予定です」
「そうなんだ。どのくらい?」
「そうですね。恐らく二週間程度かと」
「分かった。気を付けてね」
「はい」
こうしてメレディスは執務室を出て行った。するとマリーが声を掛けてくる。
「実地訓練ですか。メレディス卿に来ていただいてから、一気に騎士団らしくなりましたね」
「うん。そうだよね」
それまでは元盗賊のウィルたちとスケルトンに素人のあたしが指示を出してただけだったもんね。
「ところでお嬢様、今日はいかがなさいますか?」
「あ、うん。ちょっと都市計画を変えようと思うんだ」
「都市計画をですか?」
「うん。ほら、ここに金庫を作る予定だったでしょ?」
「はい」
「それをもうちょっと広いこっちに移して、隣に騎士団の詰め所も作るの」
「つまり、何かあったときにすぐに騎士に対処してもらうということですね?」
「うん。で、地下でつないで、そこに地下鉄の貨物駅を作るの。それでさらにうちと地下通路で結ぶ感じ」
「……チカテツ? カモツエキ? 一体なんのことでしょう?」
「あれ? あ! そうだった。言い忘れてた。あのね」
あたしは金鉱山から地下貨物線を引く計画を説明した。
「……そうでしたか。それは素晴らしい案ですね」
「へへへ。でしょ?」
「はい。万が一の際の脱出経路も考えておられるとは」
「え? 何それ?」
マリーは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに真顔になって説明してくれる。
「お嬢様、領主の屋敷には緊急事態に領主が脱出するための隠し通路があるものなのです」
「そうだったんだ。じゃあ、サウスベリーのあの家にもあったの?」
「おそらくは」
「えっ? 知らないの?」
「はい。そういったことは当主とその後継者にのみ教えられるものですから……」
「そっかぁ」
あそこだとあたしはいないも同然だったしね。
「うん。分かった。じゃあ、地下貨物駅はこれで進めるね」
「はい」
「それとさ。やっぱり下水道をちゃんと整備しようと思うんだ」
「下水道というのはたしか、様々な汚水を流すための設備でしたね?」
「うん。でさ。おトイレのやつだけ別にしてボブにあげればいいんでしょ?」
「はい。そうですね。ただ、公平に分配する仕組みを考えなければなりませんが……」
「うーん……でもさ。そもそも全部あたしの畑なんでしょ?」
「それはそうですが……」
「だったら気にしなくていいんじゃない? おうちが臭くて不衛生なのより全然いいと思うんだけど……」
「そうですね」
「うん。でさ。あんまり長くするより、いくつかの家のをまとめて集めるのがいいと思う……あ!」
「今度は何を思いつかれたのですか?」
「あのね! 公衆トイレも作ればいいんじゃないかなって思ったの」
「公衆トイレ?」
「そう。みんなが使えるトイレを町の中に作るの。で、それを下水道で集めるの」
「はぁ……」
「うん。いい考え! 早速それも都市計画に入れなきゃ!」
こうしてあたしは下水道と公衆トイレを都市計画に追加するのだった。
◆◇◆
一方、フランク率いるサウスベリー侯爵騎士団の精鋭たち、そしてダヴベリー男爵とその最側近の騎士たちからなる混成部隊が魔の森の奥地を目指してダヴベリーの西門を出た。
西門を出るとそこには農地が広がっており、数百メートル先にはさらに木製の高い壁が築かれている。
「なるほど。防御は二段構えとなっているのだな」
そう言って感心したフランクだったが、ダヴベリー男爵はすぐさまそれを訂正する。
「いえ、三段構えです」
「ほう! 三段構え!」
「はい。これは先代侯爵閣下が考案されたものなのです」
ダヴベリー男爵は自慢気な様子で説明した。
「なんと! あの先代の閣下が? それはどういうものだ?」
「まず今通った壁と堀が三段目、民を守る最後の防壁です」
「ああ。だが最終的には領主の館に逃がすのだろう?」
「最終的にはそうですが、基本的にはそうならない前提で行動しています」
「そうなのか」
「はい。そしてあちらに見える壁は農地に被害を出さないための二段目の守り。その先は森の中ですが、土塁と水路があります。加えて見張り塔をあちこちに立てておりまして、森の中で魔物を追い払うのが一段目となります」
「ほほう。なるほどな。魔の森から出てくる前に魔物を叩くということか」
フランクは感心した様子でそう言って頷いた。
「そのとおりです。ちなみにこの方式はここダヴベリーで初めて試されたため、ダヴベリー方式と先代侯爵閣下が名付けられました」
「そうなのか。では新たなる開拓村もそのような構造を目指すべきということだな」
「はい。この方式とすることで農地と家畜を守ることができ、開拓村の維持が容易となるのです」
「となると、ある程度広い土地が必要ということか」
「そうですね。加えて補給路の安全確保が必須となります」
「そうか。物資がなければ戦えぬということだな」
「はい。農奴どもも食べ物がなければ働きません」
「そうか。では魔物を徹底的に駆除すべきということだな」
「それもそうですが、安全な野営場所を整備する必要があります」
「どういうことだ?」
「魔物どもの活動は特に夜、活発になります。ですから商人たちが寝しなを襲われずに済むような設備が必要なのです」
「ああ、なるほど。そういうことか」
そんな会話をしつつ、フランクたちは農地を抜け、二番目の壁の外に出た。道はさらに続いており、十数メートルほど先からは鬱蒼とした森が広がっている。
「いよいよだな」
「はい。ですがこのあたりは比較的魔物は少ないはずです」
「ああ、そうか。この先で魔物を追い払っているのだったな」
「はい。そうして少しずつ木を切り倒し、魔物どもの領域を狭めていくのです」
「……その割には森がこれほど近くにあるが?」
「より安全な東や南から切り拓いているからです。その中でも西は特に魔物も多く、さらに奥へと進めばシルバーウルフの生息地もありますので」
その言葉を聞いた騎士たちに緊張が走る。
「ああ、大丈夫ですよ。このあたりで発見されたことはありません」
「そうか……」
ダヴベリー男爵の言葉に騎士たちは安堵したような表情を浮かべた。
ガサガサガサ!
突然森の木が揺れ、その音に反応して騎士たちは一斉に剣を抜いた。
「今のはなんだ?」
フランクはそう言いつつ、揺れる木立をじっと見つめる。
「……黒っぽい何かが飛んでいったようにも見えたが」
するとフランクの隣にいる騎士が口を開く。
「黒……カラス、でしょうか?」
「カラスだと? 不吉な……」
フランクは苦々し気な表情で吐き捨てた。
「いえ、カラスなどはこのあたりには生息していないはずです」
「では、先ほど飛び去った鳥はなんだ?」
「……森の中は暗いですから、種類までは」
「……」
騎士たちの間に重苦しい空気が流れるが、すぐにフランクが活を入れる。
「ええい。たかが鳥ごとき、恐れるな! 我らがサウスベリー侯爵閣下は我々についに、活躍の機会をお与えくださったのだ! 先代閣下ですらなしえなかったことを、我々が成し遂げ、閣下の名を世に知らしめようではないか!」
「「「おおおお!」」」
その一言で重苦しい空気は吹き飛び、騎士たちは希望に満ちた表情で森の中へと足を踏み入れるのだった。
次回更新は通常どおり、2026/03/08 (日) 18:00 を予定しております。




