第178話 追放幼女、暇な平日を送る
翌日の午後、あたしは今日の執務をするために執務室にやってきた。しかし、いつもと違ってあたしの机の上には何も置かれていない。
「あれ? マリー、書類は?」
「今日はお嬢様に見ていただくべきものはありません」
「え? そうなの?」
「はい。ジェイクさんは金鉱山に泊まり込みですし、アンソニーさんは畑のほうで確認をしてくれています」
「ふーん。じゃあ今日は何しようかな……」
都市計画は昨日やっちゃったし、下水道や地下鉄の工事をしようにもスケルトンたちは空きがないしなぁ。
うーん?
「お嬢様、作付けが終わればボアすけやゴブすけたちが戻ってきます。それまでは少しゆっくりされてはいかがですか?」
「そう?」
「はい。お嬢様はずっと働きづめでしたから、少しぐらい休んでも良いのではありませんか?」
「……そっか。それもそうだね。じゃあ、久しぶりに刺繍でもやろうかな」
「そうなさってください」
「マリーは?」
「私はまだ自分の仕事が残っていますので」
マリーはそう言って数字がびっしり書き込まれた帳簿を見せてきた。
あ……これ、大変な奴だね。
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
「はい」
こうしてあたしは執務室を出て、自室に戻ってきた。するとフィオナがゴブリンのスケルトンたちと一緒に掃除をしており、あたしの姿を見たフィオナが驚いた様子で話しかけてくる。
「えっ? 男爵様!? 今は執務のお時間じゃ……」
「あ、うん。そうだったんだけど、今日は休むことにしたんだ」
するとフィオナは深刻そうな表情で近づいてくる。
「男爵様、もしかして風邪を?」
「えっ!? いやいや、そんなことないよ。早く終わったから、久しぶりに刺繍でもしようかなって」
「そうでしたか……」
フィオナはホッとしたような表情でそう呟いた。
「そういえば二人は?」
「庭でお茶会をしていると思います」
「え? お茶会?」
茶葉、そんなにたくさんあったっけ?
「はい。毎日この時間はお茶会をされています」
「そうなんだ……あれ? なんでフィオナは参加してないの?」
「……あたしは仕事がありますから」
寂しそうにそう答えた。
あー、そっか。二人は王妃陛下から貸し出された侍女だが、フィオナにはそういった立場はない。一応あたしの身の回りの世話をするのが主な仕事ではあるが、実際はどんな仕事もこなす雑役女中だ。
それに二人はれっきとした貴族令嬢なため、いずれは貴族に嫁いでそのまま貴族で居続ける可能性が高い。しかしフィオナは男爵の孫ではあるものの、今のところは一介の騎士爵令嬢だ。そのうえ魔力の問題もあるため、将来的には平民になることがほぼ決まっているようなものだ。
だとすると、どうしても壁ができてしまうのだろう。
ちなみに侍女の仕事はドレスの着付けやヘアメイクのようなものが仕事なのだそうだ。加えて宝石やドレスの管理も仕事らしいけれど……あたしはそういうの、ほとんど持ってないしね。
あ、あとは話し相手も仕事なんだっけ?
とはいえもう少し別の仕事もしてほしいとは思うけれど……ま、いっか。変な仕事をやらせたせいで王妃陛下に叱られたら面倒くさそうだし。
「フィオナ、あたしはあっちで刺繍してるから。気にしないでお仕事は続けてくれる?」
「わかりました」
「うん。よろしくね。いつもありがとう」
こうしてあたしは窓際の明るい席に座り、刺繍に取り掛かる。
うーん、題材は何にしようかな? お花? それとも……。
◆◇◆
一方その頃、カレンとイヴァンジェリンは中庭の一角でテーブルを囲んでいた。
「暇ですわねぇ」
「ええ。ここまで何もないなんて思いませんでしたわぁ」
二人は小さくため息をつく。
「あの無礼者たちがいなくなってから、誰も来ていないのではなくて?」
「本当ですわぁ。せめて誰かが不倫でもしていれば面白かったでしょうに」
「そうですわねぇ。王宮ならいくらでも情報が入ってきていましたけれど……」
「ここじゃあ、不倫どころか結婚も葬儀もありませんわぁ」
そして二人は再び大きなため息をついた。
「どうしてこんなお客様がこないのかしらぁ?」
「そうですわねぇ……お屋敷が狭いせいだったり?」
その言葉にイヴァンジェリンがハッとしたような表情になる。
「カレン! それですわぁ!」
「イヴもそう思います?」
「ええ! ええ! 狭い庭、ダンスパーティーすら開けないボロ小屋。これじゃあ恥ずかしくて貴族のお客様をお呼びできないに決まっていますわぁ」
「ですわよね! やっぱり、きちんと進言したほうが良いのではなくて?」
「ええ! そのとおりですわぁ。王妃陛下も、お嬢様に貴族女性としての手本を見せるように仰っていましたもの」
「ええ」
カレンはティーカップを持つと、優雅な仕草で静かに飲み干した。そして近くで控えていたゴブリンのスケルトンのほうをちらりと見る。
するとゴブリンのスケルトンは普段鳴らしているカタカタという音を立てずにカレンの側までやってきて、優雅な所作でカレンのカップに紅茶を注いだ。そしてやはり音を立てずに一礼し、静かに離れていく。
「……完璧ですわね」
「本当ですわぁ。王妃宮のメイドたちよりもしっかりしているかもしれませんわぁ」
「これで見た目が良ければ最高ですのに」
「そうですわねぇ」
二人はそう言って小さなため息をつくのだった。
次回更新は通常どおり、2026/03/15 (日) 18:00 を予定しております




