第9話 フルモデルチェンジ
バン!
手の中で風船が割れた。
青白い光が散り、指に薄い切れ端だけが残る。
遅れて、さっきナイフが深くめり込んだ場所が見えた。
もう、防ぐものがない。
クラウンの無数の手が動く。
どの腕がナイフを持っているのか、全部を確かめる余裕なんてなかった。切っ先がこちらを向くたびに、足が後ろへ下がる。
踵が柵の根元に当たった。
背後を見なくても分かる。
もう下がれない。
防ぐだけじゃ駄目だ。
昨日みたいに何かを武器にすれば、止められるかもしれない。
でも、攻撃したら。
ヘッジホッグの身体を貫いた光が、頭に浮かんだ。
あの人も、同じようになってしまうんじゃないか。
決められない。
迫る腕を前に、何を掴めばいいのかさえ分からなかった。
轟音とともに、屋上の扉が吹き飛んだ。
紅い姿が出入口を駆け抜ける。
アメリアだ。
既に変身した身体で、倒れた椅子を跳び越えてくる。
「アレックス! また戦ってるの!?」
僕だって、好きで戦っているわけじゃないのに。
でも、言い返すより先に力が抜けそうになった。
来てくれた。
アメリアが助けに来てくれたなら、僕は逃げることだけ考えればいいよね。
クラウンの目が、紅い姿を追う。
その隙に柵沿いを動き、伸びてきた腕の正面から外れた。
アメリアは異形と化したクラウンにも、一切怯まなかった。
懐から取り出したのは、1本のペンだった。
カチャカチャカチャ。
紅い魔導術式が開く。
ペンの軸が幾つにも分かれ、内部から新たな部品がせり出した。重なっていた節が次々と伸び、周囲を外殻が覆っていく。
指先ほどだったものが、腕より長く、太くなる。
最後には、前に見た鉄パイプのような形になっていた。
あれ、ペンだったんだ。
「怪人! あたしが相手よ!」
踏み込んだ足元で砂埃が跳ねた。
速い。
瞬きをする間に、アメリアはクラウンの間合いに入っていた。腰を捻り、パイプを振り抜く。
ガシッ!
幾つもの手が、その軌道へ重なった。
刃を挟み取るみたいに、左右からパイプを掴んでいる。
止められた。
アメリアが引き戻そうとしても、無数の指は離れない。
その下から、別の拳が突き出した。
「ぐっ!」
拳が胴にめり込み、紅い身体が横へ飛ばされる。
アメリアは着地で片膝をつき、装甲の上から脇腹を押さえた。
あの身体でも、痛いんだ。
針に当たっても平気だったから、機械なら大丈夫だと思っていた。
でも、アメリアはすぐに立ち上がれない。
クラウンの腕が、掴んだパイプを引き寄せる。紅い光が腕の隙間に沈み、やがて見えなくなった。
あの腕、数が多いだけじゃない。
アメリアを殴り飛ばすほどの力がある。
2人とも、武器がなくなってしまった。
「アレックス、どうすんのよ!」
「それはこっちが聞きたいよ!」
腕の塊から、パイプが飛び出す。
クラウンがそれを振り上げた。
アメリアが立ち上がる。僕も反対側へ飛び退いた。
パイプが床を叩く。
コンクリートに亀裂が走り、砕けた破片が脚の装甲を打った。
続く横薙ぎが、椅子をまとめて巻き込む。
金属の脚がひしゃげ、座面が裂けて宙を舞った。
あれで殴られたら。
考えるだけで足がもつれそうになる。
クラウンは止まらない。
何本もの手でパイプを持ち替え、右から、今度は上から振り下ろす。避けた先の床が砕かれ、その次に逃げる場所まで破片で埋まっていく。
アメリアも近づけずにいた。
踏み込むたびにパイプが向きを変え、さらに余った腕が横から伸びる。
僕たちは、避けることしかできなかった。
「アレックス! アンタの新型プロテウスの力で、なんでもいいから魔導器に変えなさい!」
「なんでもって言われても……」
足元には、折れた椅子やコンクリートの欠片が散らばっている。
また爆弾にする?
でも、この距離で爆発させたら、アメリアまで巻き込むかもしれない。
風船は割れてしまった。
次も防ぐだけだったら、いつまで逃げればいいんだろう。
何か強そうで、頑丈な物。
イメージが湧かない。
一瞬、自分の手を見る。
この手で触れた物が、考えたとおりに変わる。
それなら、イメージさえできれば、どこまでいけるんだろう。
レジェンドオブマナ。
何度も見た紹介映像が浮かんだ。
主人公が振るう、人間と同じくらい大きな剣。
持ち主の魔力に呼応して破壊力を増す、最強の魔剣。
あれなら、あのパイプを受け止められる。
何本もある腕だって、押し返せるかもしれない。
目の前を紅い姿が横切った。
パイプをかわしたアメリアが、すぐ隣に着地する。
頑丈な装甲。
その内側に詰まった、魔導機械。
「……アメリア」
「何!?」
「ごめん!」
胸に手を触れた。
もちろん、装甲に。
決して邪な気持ちになったわけじゃない。
ただ、その瞬間には、あの大剣をはっきり思い描いていた。
指先から青白い光が流れ込む。
「ちょっと、アンタ――」
アメリアの声に、硬い駆動音が重なった。
紅い身体の装甲が開く。
腕が引き寄せられ、脚の機構が折りたたまれていく。重なった部品が位置を変え、細く絞られた部分から長い芯が伸びた。
え。
本当に、変わってる。
手を離す間もなく、掌に柄が収まった。
もう片方の手で支えると、紅い装甲が左右へ展開する。長く伸びた機械骨格に沿って刃が組み上がり、その中央を光る回路が貫いた。
気がつくと、僕の両手には紅の大剣が握られていた。
人間と同じくらいの長さ。
幅広い刀身の根元には、アメリアの装甲を思わせる意匠が残っている。
剣を支えたまま、目の前を見る。
さっきまで隣にいたはずの、紅い姿がない。
「な……な……」
声は、手の中からした。
「何よコレぇぇえ!」




