第10話 紅い大剣とドレッド
「私の身体、どうなってるの!」
手の中で大剣が跳ねた。
切っ先が持ち上がり、今度は横へ引っ張られる。剣の姿でも、多少は自分で動けるらしい。
刀身には紅いマナの奔流が渦巻いていた。
間違いない。
イメージした、あの魔剣だ。
落とさないように柄を強く握る。
「ちょっと! どこ触ってんのよ!」
「普通に柄だけど……」
アメリアにとっては、あまり触られたくない場所らしい。
でも、離したら落としてしまう。
どう持ち直せばいいのか迷っていると、クラウンがパイプを振り上げた。
「と、とにかく、戦おう!」
大剣になったアメリアを構える。
重量はしっかりと両腕にかかった。それでも、持ち上げられないほどじゃない。踏ん張れば、切っ先を向けていられる。
伸びてくる腕に向かって、軽く剣を振った。
ブゥン!
紅い残光が弧を描く。
刃がクラウンの腕に触れた。
抵抗は、ほとんどなかった。
「ギャァァァ!」
伸ばされていた腕が離れ、床へ落ちた。
切断面が赤く光っている。
振り抜いた剣を戻せず、思わず足を踏み出した。
こんなに簡単に。
怖くなって手が止まりかける。その前へ、別の腕が伸びてきた。
掴まれる。
慌てて剣を引き戻すと、紅い刃がその腕も断った。
もう、近づいてこないで。
無数の手を押し返すように、大剣を振るう。
横へ。続いて、下から。
振るたびに紅い光が走り、迫っていた腕が途切れていく。パイプを支える手も失われ、金属音を立てて床に落ちた。
クラウンの身体が揺れる。
腕に覆われていた上半身が、ようやく見えた。
元の腕まで失ってしまった姿は痛々しかったけれど、さっきの異形とは違う。そこには、派手な衣装を着た人間がいた。
クラウンはその場に跪き、動かなくなった。
剣を構えたまま、少し待つ。
もう腕は生えてこない。
こちらへ向かってくる様子もなかった。
切っ先を下げる。
「……あなたは、なんなんですか? どうして、そんな風になっちゃったんですか?」
クラウンの顔が上がった。
倒れた椅子。砕けた床。ナイフが突き刺さった客席。
辺りを見渡すその目が、次第に大きくなる。
自分がやってしまったことに、今ようやく気づいたみたいだった。
「ボクは……過ちを犯してしまった。あれだけ気をつけていたのに……」
掠れた声は、さっきまでの叫びとはまるで違っていた。
「昔、パフォーマンス中の事故で、腕が不自由になった」
クラウンが肩を動かす。
そこに腕がないことを、確かめるように。
「でも、治せるって聞いて……ボクは藁にもすがる思いで、治療を受けたんだ」
胸元の装甲が気になった。
僕の中にあるものも、死にかけた身体を助けてくれた機械だ。
この人も、助かりたかったんだろうか。
「そこでは、物騒な事も言われた。怪しい契約書にも、沢山サインした」
クラウンは俯いた。
「けど、ボクは腕さえ治れば、それでよかった……。変身にさえ気をつけていれば、なんともないと……」
「治療? 治療を受けたら、そんな姿になっちゃったんですか?」
「そうだ……ボクの他にも、沢山いる」
他にも。
ヘッジホッグの青い血を思い出す。
あの男も、同じだったんだろうか。
「一体、どこで治療を受けたの?」
手の中から、アメリアが尋ねた。
クラウンの目が、紅い大剣に向く。
「……ドレッド……。ボク達は、ケガや病気が治る代わりに、怪物に――」
何かが空を切った。
クラウンの身体が、2つに引き裂かれた。
「……え?」
崩れた輪郭が、細かな塵になっていく。
床へ倒れるより先に、その姿は風にほどけて消えた。
さっきまで、そこにいた。
話していた。
なのに、もう誰もいない。
何が起きたのか分からず、通り過ぎたものを目で追う。
黒い、丸いもの。
……シルクハット?
「おやおや。秘密事項も守れないなんて」
声がした。
「とんだ失敗作だ」
派手なステージ衣装を着た男が立っていた。
長身で、華奢な身体。衣装は綺麗に整えられ、顔には薄く化粧が施されている。
いつから、あそこにいたんだろう。
男の方へ、シルクハットが戻っていく。
ブーメランのように弧を描いて飛んだそれを片手で受け止め、男は何事もなかったように被り直した。
あれが、クラウンを。
剣の柄を握り直す。
目の前の男は笑っている。人を消したばかりとは思えないほど、穏やかな顔で。
「……初めまして。プロテウスの被験者クン」
息が止まりそうになった。
なんで知ってるの?
僕のこと?
そう聞こうとしたとき、サイレンが耳に入った。
建物の下から響いてくる。さっきよりも近い。
男もその音を聞いたらしく、わずかに顔を傾けた。
「……ふむ、今日は幕引きだね」
ここを離れるつもりだ。
でも、止めるには、あの帽子が飛んでくるところへ近づかなきゃいけない。
足が動かなかった。
「つまらないショーに最後まで付き合ってくれて、礼を言うよ」
「あの人のショーは、つまらなくなんかなかった!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
男の目が、こちらへ向く。
「最初は、本気で楽しませようとしてくれた!」
風船を全部割ったとき、本当にすごいと思った。
風船を断った僕にも、おどけてお辞儀をしてくれた。
あの人がやったことは怖かった。
女の子を連れていこうとしたときは、止めなきゃと思った。
それでも、最初から全部つまらなかったみたいに言われるのだけは、嫌だった。
僕だって、途中で欠伸をしたくせに。
今さら、こんなことを言っても遅いのに。
男は不思議そうに首を傾げた。
そしてシルクハットを取り、空中へ放る。
黒い帽子が回転した。
その輪郭が、広がっていく。
鍔が大きな円盤のように伸び、男の頭上を覆った。底の暗がりが日差しを遮り、足元へ丸い影を落とす。
これは……魔法?
剣を構え直す。
けれど、男はこちらへ手を伸ばすこともなく、ただ立っていた。
「アンタ、誰なの!」
アメリアの声が響く。
「……私は、マッドハッター」
男は胸に手を添えた。
「近いうちに、次のショーでお会いしましょう」
丁寧に、お辞儀をする。
その頭上から、大きなシルクハットが降りてきた。
肩が隠れ、胴が隠れ、靴の先まで黒い帽子の中へ消える。
追いかけようと半歩踏み出したところで、帽子が床の上で回り始めた。
くるくると回転しながら、小さくなる。
人が入れる大きさではなくなっても、さらに縮み続けた。
最後には、影も形もなくなった。
空いた床を見つめる。
クラウンも、マッドハッターもいない。
壊れた客席と、床に落ちたパイプだけが残っていた。
「……なんだったんだ」
手の中の大剣が動いた。
「アレックス……さっさと元に戻しなさい!」
そういえば、そうだった。




