第86話 練習の成果
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2週間後。
世間は、動きのないスターハーツに興味を失ったらしい。
うちの周りに集まっていた報道陣も配信者も、いつの間にか姿を消していた。窓の外を気にせず過ごせるようになった頃を見計らって、ソフィーが遊びに来た。
「ソフィー、変わりない?」
「うん。言葉のつかえも、もうないの」
少し前まで、ソフィーは言葉を話すたびに苦しそうだった。今は自然な声で返事をしている。そのことに、僕はほっと胸を撫で下ろした。
「よかった」
「でも、たまに毛繕いの仕草しちゃうけど」
「僕もやっちゃうんだよね」
「アンタ達、猫科だもんね」
アメリアが笑う。
「アメリアも足で身体を掻こうとしてたよね」
「み、見てたの!?」
「見えちゃった」
アメリアの狼耳が伏せられ、赤い尻尾が揺れた。
今日はトレーニングの成果を確かめる日だ。身体を獣化させて、また元に戻す。僕たちは1人の時も練習を重ねてきた。今では変化の手順にも慣れ、以前のような苦痛はなくなっている。
「じゃあ、始めるわよ」
アメリアの声に合わせて、僕たちはそれぞれ目を閉じた。
青い毛並みが腕から肩へ、胴へと広がっていく。指先は黒い爪のある前脚へ変わり、服は毛並みに吸い込まれていった。僕の身体は小柄な蒼い獅子の獣人形態になる。
隣では、アメリアが赤と白の毛並みを持つ狼の獣人形態に。ソフィーも白と灰色の縞模様に包まれ、雪の結晶の模様が浮かぶ白虎の獣人形態になっていた。
「ぐる……喋りづらいけど、全然苦しくないね」
「順調ね」
「うん。前より身体も動かしやすいよ」
僕たちは腕を動かし、床を踏みしめて感覚を確かめた。
「そろそろ、完全に変えてみましょうか」
アメリアが言う。
「……少し怖いなぁ」
「無理ならすぐ戻ればいいわ。焦らなくていいから」
僕は1度息を吸い、意識を身体の隅々へ向けた。
毛並みがさらに広がる。重心が前へ移り、背中がしなやかにしなる。手足が床につき、視界が低くなった。
気づけば、僕は四足の蒼い獅子になっていた。
恐れていたほどの苦痛もなく、変化はすんなり終わった。
「がるるっ」
喉から声が漏れた。前脚を交互に踏みしめ、身体をひねってみる。動きは滑らかで、さっきまでの不安が少し薄れた。
隣には、白と灰色の縞模様をした小さな子猫がいた。ソフィーは自分の前脚をじっと見てから、僕の顔を見上げた。
「にゃあ」
一歩近づき、僕の前脚へ鼻先を寄せる。大丈夫、と確かめているようだった。
「くぅ」
僕も鼻先をそっと合わせる。ソフィーの耳がぴくりと動き、尻尾がゆっくり揺れた。それから彼女は僕の隣に座り、前脚を揃えて床へ伏せる。喉を鳴らす音も聞こえてきた。
赤い狼のアメリアは、少し離れたところで僕たちを見ていた。耳を伏せ、短く鼻を鳴らす。
「ふぅ……」
そのまま前脚を伸ばして大きく伸びをすると、床に伏せた。赤い尻尾がゆったりと揺れている。
さっきまでの緊張がほどけて、身体が楽になったらしい。
アメリアは不本意そうに鼻を鳴らし、尻尾を床へ一度打ちつけた。けれど、すぐに僕たちのところまで歩いてくると、ソフィーの頭を前脚で軽く撫でた。
「くるる」
ソフィーが嬉しそうに喉を鳴らす。
アメリアはそっぽを向いたままだったけれど、耳は少し立ち、尻尾もさっきより穏やかに揺れていた。
僕はアメリアへ近づき、肩へ鼻先を寄せる。
「ぐるる」
彼女は小さく唸り返し、僕の額を前脚で押しのけた。
どうやら、気遣いは受け取ったけれど、素直に認める気はないらしい。
「わうっ」
その声に合わせて、アメリアは尻尾をひと振りした。獣の姿は不本意だけれど、こうしていると気楽で、身体も楽。そんな気持ちが伝わってくる。
完全な獣の姿では言葉は出てこない。僕たちは鳴き声や仕草、鼻先を寄せる動きで互いの気持ちを確かめ合った。
それから、今度は人へ戻ることにした。
身体が大きくなり、前脚が人間の手へ戻っていく。獣の姿から戻る時には、やはり少し苦しさがあった。それでも、前よりずっと軽い。
やがて変化が収まり、僕たちは元の姿に戻った。
頭の獣耳と尻尾、それに瞳孔の縦割れは残ったままだ。
「違和感はあったけど戻れた……」
「変身も安定してるし、そろそろ学校に行けるかもね」
アメリアは腕を組んだ。
「でも、まだ完全には戻ってないよ」
「待ってたら卒業しちゃうわよ?」
「どうせ、もうクラスメイトにも正体がバレてるんだから。前向きになるしかないわ」
学校へ行く。
みんなに会いたい。リアムとも、ソフィーとも、また教室で話したい。
けれど、今の僕を受け入れてもらえるのかは怖かった。
あなたはどんな姿でも、私の子供よ。
前にお母さんがそう言ってくれた言葉を思い出す。
なら、友達だって――。
まだ分からない。でも、考えているだけでは何も始まらない。
今度は僕からリアムに話しかけよう。




