↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
86/90

第86話 練習の成果

◇


2週間後。


世間は、動きのないスターハーツに興味を失ったらしい。


うちの周りに集まっていた報道陣も配信者も、いつの間にか姿を消していた。窓の外を気にせず過ごせるようになった頃を見計らって、ソフィーが遊びに来た。


「ソフィー、変わりない?」


「うん。言葉のつかえも、もうないの」


少し前まで、ソフィーは言葉を話すたびに苦しそうだった。今は自然な声で返事をしている。そのことに、僕はほっと胸を撫で下ろした。


「よかった」


「でも、たまに毛繕いの仕草しちゃうけど」


「僕もやっちゃうんだよね」


「アンタ達、猫科だもんね」


アメリアが笑う。


「アメリアも足で身体を掻こうとしてたよね」


「み、見てたの!?」


「見えちゃった」


アメリアの狼耳が伏せられ、赤い尻尾が揺れた。


今日はトレーニングの成果を確かめる日だ。身体を獣化させて、また元に戻す。僕たちは1人の時も練習を重ねてきた。今では変化の手順にも慣れ、以前のような苦痛はなくなっている。


「じゃあ、始めるわよ」


アメリアの声に合わせて、僕たちはそれぞれ目を閉じた。


青い毛並みが腕から肩へ、胴へと広がっていく。指先は黒い爪のある前脚へ変わり、服は毛並みに吸い込まれていった。僕の身体は小柄な蒼い獅子の獣人形態になる。


隣では、アメリアが赤と白の毛並みを持つ狼の獣人形態に。ソフィーも白と灰色の縞模様に包まれ、雪の結晶の模様が浮かぶ白虎の獣人形態になっていた。


「ぐる……喋りづらいけど、全然苦しくないね」


「順調ね」


「うん。前より身体も動かしやすいよ」


僕たちは腕を動かし、床を踏みしめて感覚を確かめた。


「そろそろ、完全に変えてみましょうか」


アメリアが言う。


「……少し怖いなぁ」


「無理ならすぐ戻ればいいわ。焦らなくていいから」


僕は1度息を吸い、意識を身体の隅々へ向けた。


毛並みがさらに広がる。重心が前へ移り、背中がしなやかにしなる。手足が床につき、視界が低くなった。


気づけば、僕は四足の蒼い獅子になっていた。


恐れていたほどの苦痛もなく、変化はすんなり終わった。


「がるるっ」


喉から声が漏れた。前脚を交互に踏みしめ、身体をひねってみる。動きは滑らかで、さっきまでの不安が少し薄れた。


隣には、白と灰色の縞模様をした小さな子猫がいた。ソフィーは自分の前脚をじっと見てから、僕の顔を見上げた。


「にゃあ」


一歩近づき、僕の前脚へ鼻先を寄せる。大丈夫、と確かめているようだった。


「くぅ」


僕も鼻先をそっと合わせる。ソフィーの耳がぴくりと動き、尻尾がゆっくり揺れた。それから彼女は僕の隣に座り、前脚を揃えて床へ伏せる。喉を鳴らす音も聞こえてきた。


赤い狼のアメリアは、少し離れたところで僕たちを見ていた。耳を伏せ、短く鼻を鳴らす。


「ふぅ……」


そのまま前脚を伸ばして大きく伸びをすると、床に伏せた。赤い尻尾がゆったりと揺れている。


さっきまでの緊張がほどけて、身体が楽になったらしい。


アメリアは不本意そうに鼻を鳴らし、尻尾を床へ一度打ちつけた。けれど、すぐに僕たちのところまで歩いてくると、ソフィーの頭を前脚で軽く撫でた。


「くるる」


ソフィーが嬉しそうに喉を鳴らす。


アメリアはそっぽを向いたままだったけれど、耳は少し立ち、尻尾もさっきより穏やかに揺れていた。


僕はアメリアへ近づき、肩へ鼻先を寄せる。


「ぐるる」


彼女は小さく唸り返し、僕の額を前脚で押しのけた。


どうやら、気遣いは受け取ったけれど、素直に認める気はないらしい。


「わうっ」


その声に合わせて、アメリアは尻尾をひと振りした。獣の姿は不本意だけれど、こうしていると気楽で、身体も楽。そんな気持ちが伝わってくる。


完全な獣の姿では言葉は出てこない。僕たちは鳴き声や仕草、鼻先を寄せる動きで互いの気持ちを確かめ合った。


それから、今度は人へ戻ることにした。


身体が大きくなり、前脚が人間の手へ戻っていく。獣の姿から戻る時には、やはり少し苦しさがあった。それでも、前よりずっと軽い。


やがて変化が収まり、僕たちは元の姿に戻った。


頭の獣耳と尻尾、それに瞳孔の縦割れは残ったままだ。


「違和感はあったけど戻れた……」


「変身も安定してるし、そろそろ学校に行けるかもね」


アメリアは腕を組んだ。


「でも、まだ完全には戻ってないよ」


「待ってたら卒業しちゃうわよ?」


「どうせ、もうクラスメイトにも正体がバレてるんだから。前向きになるしかないわ」


学校へ行く。


みんなに会いたい。リアムとも、ソフィーとも、また教室で話したい。


けれど、今の僕を受け入れてもらえるのかは怖かった。


あなたはどんな姿でも、私の子供よ。


前にお母さんがそう言ってくれた言葉を思い出す。


なら、友達だって――。


まだ分からない。でも、考えているだけでは何も始まらない。


今度は僕からリアムに話しかけよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。