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第83話 賑やかな家

◇


アメリアとの暮らしが始まって、最初の朝。


食卓にはキュナが焼いたパンと目玉焼き、それから山盛りのサラダが並んでいた。


僕の向かいにはお母さん。その隣にはアメリアが座っている。


空いていた席が埋まっただけなのに、いつもの食卓が少し狭く感じた。


「アレクお坊ちゃま、野菜も残さず食べてくださいねー」


キュナに言われ、僕はフォークで葉っぱをつついた。


「食べるよ。今から食べようと思ってたんだ」


「さっきから全然減ってないじゃない。先に野菜を食べた方がいいわよ」


今度はアメリアだ。


「分かってるってば」


「それと、パンくずが服に落ちてるわ」


「後で払うよ」


「食べている最中に払いなさいよ。毛についたら取りにくいでしょ?」


僕は頭に残った丸い獅子耳を両手で塞いだ。


人間の耳は戻っていないから、本当にこれで聞こえづらくなる。


「アメリア、キュナよりうるさい」


「なによ! 同じ家で暮らすんだから、だらしない生活をされたら私まで困るでしょ!」


「キュナよりうるさいとは聞き捨てなりません! キュナは必要なことしか言ってませんよ?」


左右から声が飛んでくる。


耳を塞いでいるのに、獣になってから鋭くなった聴覚は容赦なく2人の小言を拾ってしまう。


逃げるように顔を上げると、お母さんが楽しそうに笑っていた。


「朝から賑やかね。アレックスも寂しくならなそうで安心したわ」


「寂しく?」


「お母さん、そろそろ仕事に戻らないといけないの」


持ち上げかけたフォークが止まった。


「もう行っちゃうの?」


「ええ。急いで片づけなきゃいけない仕事が残ってるから、明日の朝には出るわ」


帰ってきたばかりなのに。


言葉にすると余計に寂しくなりそうで、僕は目玉焼きへ視線を落とした。


頭の獅子耳も伏せてしまう。


自分では隠しているつもりなのに、尻尾まで椅子の横で力なく垂れていた。


「その顔をされると、お母さんも行きづらくなるじゃない」


お母さんの手が伸び、青い髪ごと獅子耳の間を撫でる。


子供扱いしないでよと言いたかったけれど、その手を振り払う気にはなれなかった。


「なるべく早く帰ってくるわ。毎日連絡もするから」


「……うん」


「もう、そんなに落ち込まなくてもいいでしょ」


アメリアがパンを置き、僕をまっすぐ見た。


「お母様が留守の間は、私が一緒にいるんだから」


「アメリアが?」


「なによ、その不満そうな顔は!」


「不満じゃないけど……」


「私がいれば寂しくないでしょって言ってるの!」


そこまで言ってから、アメリアの狼耳がぴくりと揺れた。


自分の言葉が恥ずかしくなったのか、頬が赤くなっていく。


「もちろん、スターハーツの仲間としてよ! アンタが勝手なことをしないように監視する必要もあるし!」


「やっぱり小言を言うためじゃないか」


「違うわよ!」


お母さんの笑い声がますます大きくなった。


朝食を終えると、アメリアは荷ほどきを始めた。


キュナと僕も手伝い、玄関に積まれていた荷物を空き部屋へ運んでいく。


服の入った箱。


勉強道具。


トレーニング用品。


それに、見たことのない高そうな化粧品まである。


「アメリア、これ全部使うの?」


「女の子なら普通よ」


「こんなに顔へ塗ったら、別人になりそう」


「アンタも少しは身だしなみに気を使いなさい!」


アメリアは箱の底から小さなブラシを取り出すと、いきなり僕の後ろへ回った。


「尻尾、ぼさぼさじゃない」


「自分でやるよ」


「ちゃんと見えないでしょ。じっとしてなさい」


青い尻尾をつかまれ、背筋が伸びた。


ブラシが毛先を通るたび、くすぐったさが腰まで伝わってくる。


「ちょっと、優しくしてよ」


「暴れるから引っかかるの。昨日きちんと手入れしなかったでしょ?」


「尻尾なんて最近までなかったんだから仕方ないじゃん」


「私だって同じよ。でも毎朝とかしてるわ」


そう言って、アメリアは自慢するように大きな赤い尾を揺らした。


確かに、白い毛先まで綺麗に整っている。


悔しいけれど、僕の尻尾よりずっと触り心地がよさそうだ。


「触りたいなら触ってもいいわよ?」


「なっ、なんでそんな話になるのさ!」


「さっきから見てるからでしょ」


「見てない!」


慌てて否定した拍子に僕の尻尾が跳ね、アメリアの赤い尾へ絡みついた。


2本の尻尾が、まるで握手するように重なる。


「ちょっと……」


「ご、ごめん!」


すぐに離そうとしたのに、焦るほど毛が絡んでうまくいかない。


僕とアメリアは背中合わせになり、お互いの尻尾を引っ張らないよう少しずつ身体を寄せた。


「動かないで。余計に絡まるわ」


「アメリアが尻尾を振るからだよ」


「最初に絡めたのはアンタでしょ!」


「仲がよろしいのですね」


声に振り返ると、部屋の前にエラが立っていた。


いつも通り表情は薄いけれど、灰色の瞳は僕たちの尻尾へ向けられている。


「違う!」


「違うわよ!」


声だけは綺麗に重なった。


どうにか尻尾をほどいた後、アメリアはキュナの家事を手伝うと言い出した。


居候だから何もしないわけにはいかないらしい。


けれど、キュナが洗濯物をたたみ始めると、アメリアは僕の服を手にして眉をひそめた。


「また同じパーカー。アンタ、本当にこればっかり着てるのね」


「同じのが何着かあるんだよ」


「余計にどうかと思うわ」


「似合ってるんだからいいでしょ?」


「まあ、似合ってはいるけど……」


小さく呟き、アメリアは蒼いパーカーを丁寧にたたんだ。


「今、似合ってるって言った?」


「言ってない」


「言ったよね?」


「聞き間違いよ。獣耳になってから聞こえすぎるんじゃない?」


狼耳を赤くしながら、アメリアは次の服へ手を伸ばした。


午後は、それぞれ自分の課題をすることになった。


僕が部屋でゲームを始めると、開けたままの扉からアメリアが顔を出す。


「アレックス、座り方が悪いわよ」


「今度は何?」


「背中が丸まってる。それと画面へ近づきすぎ」


「これぐらい普通だよ」


「目が悪くなるでしょ」


「マナリンクで調整できるし」


「そういう問題じゃないわ!」


僕はコントローラーを置き、また獅子耳を両手で塞いだ。


「うるさいなぁ」


「子供のうちから姿勢が悪いと、背が伸びなくなるわよ」


その一言で手が止まる。


僕は12歳にしては特別大きくない。しかも今は獅子耳がある分、頭の高さをごまかしているだけだ。


「……本当に?」


「さあ?」


「適当に言ったの!?」


アメリアは笑いながら部屋へ入り、僕の隣へ座った。


「それ、どうやるの?」


「ゲームしたことないの?」


「全然ないわけじゃないけど、得意ではないわ」


僕は予備のコントローラーを渡した。


簡単な対戦ゲームを選び、操作を説明する。


最初こそ壁へぶつかってばかりだったアメリアは、数回遊ぶうちに動きを覚え始めた。


「ちょっと待って、なんで急に強くなるの?」


「相手の動きを見れば分かるわ。アンタ、攻撃する前に必ず右へ避けるじゃない」


「そこまで見る?」


「戦いと同じよ。癖を読めばいいの」


あっという間に負けた。


画面の中で、アメリアの使うキャラクターが勝ち誇っている。


本人まで同じ顔をしていた。


「もう1回」


「あら、負けず嫌いね」


「次は本気だから」


結局、キュナが夕食を呼びに来るまで勝負は続いた。


夕食後、お母さんは明日の出発準備を始めた。


開いた旅行鞄へ服や仕事道具が詰められていく。


僕は廊下からそれを見ていたけれど、胸の奥がまた重くなってきて、自分の部屋へ戻った。


ベッドへ座ると、尻尾が力なく床へ落ちる。


しばらくして、扉が2回叩かれた。


「入るわよ」


「返事を待ってから入ってよ」


アメリアは構わず入ってきた。


けれど、今度は部屋を見回したり小言を言ったりせず、僕の隣へ腰を下ろす。


「寂しいの?」


「……少しだけ」


「そう」


笑われると思ったのに、アメリアは何も言わなかった。


赤い尾だけがベッドの上を静かに動き、その白い毛先が僕の青い尻尾へ軽く触れる。


「明日から朝のトレーニングを始めるわよ」


「いきなりそれ?」


「身体の一部だけを獣へ変えて、確実に戻す練習。学校の課題もあるし、ヒーロー活動の方針も考え直さないといけないわね。それから部屋の片づけと、ゲームの時間も決めるわ」


「やっぱり小言を言いに来たんじゃん」


「忙しくしていれば、寂しがってる暇なんてなくなるでしょ?」


アメリアは得意そうに笑った。


僕は少しだけ呆れて、それから同じように笑う。


「それにしたって、キュナよりうるさすぎるよ」


「なら明日からはもっと厳しくするわ」


「勘弁してよ……」


伏せていた獅子耳が、いつの間にか元へ戻っていた。


部屋の外から、お母さんとキュナが荷造りをする音が聞こえる。


明日になれば、また少し寂しくなると思う。


それでも、この家が静かになることはなさそうだった。

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