第82話 力の使い方
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お母さんとアメリアのお父さんがマナリンクで大人同士の話をしている間に、アメリアは荷物を空いている部屋へ運び込んだ。
さすがに絶縁したまま住ませるわけにはいかないらしい。
下の階から、時折お母さんの困ったような声が聞こえてくる。
アメリアのお父さんの声までは聞き取れなかった。
僕はソフィーとの通信を繋いだまま、自分の部屋へ戻った。
ベッドへ腰を下ろした直後、廊下から足音が近づいてくる。
バン!
扉が勢いよく開いた。
「へぇ、ここがアレックスの部屋ね」
「アメリア!?」
アメリアは断りもなく、ずかずかと部屋へ入ってきた。
赤狼の耳を動かしながら、物珍しそうに室内を見渡している。
「ゲームばっかりじゃないの」
棚にはゲームソフトや攻略本。
机の横にはマナリンクへ接続するコントローラー。
壁際にはゲームの特典でもらったポスターが貼られている。
確かに、人に見せるとゲームばかりの部屋に見えるかもしれない。
「別にいいでしょ。それに、勝手に入ってこないでよ」
「これから一緒に暮らすんだから、少しくらいいいじゃないの」
「一緒に暮らしてもプライベートはあるよ!」
アメリアは僕の抗議を聞き流し、棚に並んだゲームソフトの背表紙を眺めている。
赤い尾が興味深そうに左右へ揺れていた。
ソフィーとの通信画面は、机の上へ小さく表示したままだ。
画面の向こうでは、ソフィーが少し困ったように僕たちを見ている。
『アメリア、元気そうだね』
「当然よ。家を出たくらいで落ち込んでいられないわ」
そう言い切ったものの、赤い狼耳が一瞬だけ伏せられた。
すぐにいつものように胸を張り、僕へ向き直る。
「さて、戦いの後で今後の課題が分かったわ」
「……課題って?」
アメリアは机の前にあった椅子を引き寄せ、僕と向かい合うように座った。
金色の瞳には、縦長の獣の瞳孔が残っている。
「私たちはD因子を嫌うあまり、D因子で何ができるのか知ろうともしなかった」
その言葉に、マッチガールとの戦いを思い出す。
僕の身体を走った蒼い雷。
ソフィーの氷を強めた白い力。
アメリアの紅蓮の炎。
どれも、僕たちが強くなりたいと願い、D因子が応えたことで生まれた力だ。
「……確かにね。僕が雷を使えたのも、D因子の力を初めて意識したからだったし」
「嫌だからって、存在しないことにはできないわ」
アメリアは自分の胸へ手を当てた。
「私たちの身体には、もうD因子が入っている。力を使わないように怯えているだけじゃ、また勝手に暴走するかもしれない」
「でも、使えば使うほど身体へ深く刻まれるって、マッドハッターが言ってたよ」
「だから、振り回されないように制御するのよ」
アメリアは立ち上がる。
「私、一晩練習したの」
「一晩って……昨日はちゃんと寝たの?」
「細かいことはいいの!」
よくはないと思う。
アメリアは右手の袖を捲り上げた。
露わになった腕は、人間の少女のものだ。
「見てて」
アメリアが目を閉じる。
赤狼の耳が立ち、金色の瞳孔が閉じた瞼の奥で淡く光った。
呼吸を整え、意識を右腕へ集中させている。
しばらくすると、指先が小さく震え始めた。
赤い毛が手の甲から生え、指を包んでいく。
爪が黒く鋭く伸び、指の形そのものが太く変わった。
掌には濃い色の肉球が盛り上がる。
変化は手首を越え、前腕へ広がった。
赤い毛の表面に、炎を思わせる金色の模様が浮かび上がる。
数秒後、アメリアの右手は完全に赤狼の前脚へ変わっていた。
「アメリア! また獣になってる! まずいよ!」
思わずベッドから立ち上がる。
蒼い獅子の尾が緊張で大きく膨らんだ。
「違うわ」
アメリアは狼の前脚となった右手を持ち上げる。
「獣になったんじゃなくて、獣にしたの」
黒い爪の生えた指を握り、ゆっくりと開く。
大きな肉球まで、思いどおりに動いている。
苦しんでいる様子もない。
「動かせるの?」
「もちろん」
机に爪が触れ、カツンと硬い音を立てた。
『すごい……』
ソフィーが通信画面の向こうから身を乗り出す。
アメリアは得意そうに笑った。
「戻すところも見てなさい」
再び目を閉じ、呼吸を整える。
右腕を覆っていた赤い毛が少しずつ短くなる。
黒い爪が指先へ沈み、肉球も掌へ吸収されていった。
太く変化していた指が細くなり、人間の形を取り戻す。
金色の模様が消えた時には、元の右手へ戻っていた。
アメリアは指先まで確かめた後、袖を下ろす。
「私は以前、D因子に完全適合していた。だから、ある程度は変身を制御できるわ」
頭上の赤狼の耳を指で示し、続いて大きな尾へ視線を向けた。
「……後遺症で残った耳と尻尾は消せないけど」
赤い尾が不満そうに揺れる。
「でも、生まれつき狼系の獣人だったと思えば、耳と尻尾くらいなら目立たないわ」
「確かにクラスメイトにも獣人の子はいるけどさ……」
イスカティアにも獣人は暮らしている。
耳や尾があるだけなら、珍しくても怪物扱いされることはない。
それでも、この街では目を引くことに変わりはなかった。
まして、僕たちの正体は国中へ知られている。
耳を帽子で隠したところで、獣の瞳孔や尾を見れば気づかれるかもしれない。
「これから毎日トレーニングするわよ」
アメリアが人差し指を立てる。
「最初の目標は、獣の姿から自分の意思で戻れるようになること」
次に、2本目の指を立てた。
「それができたら、人と獣の姿を自由に行き来できるようにする」
「自分から、またあの獣人になるの?」
「いきなり全身を変えるわけじゃないわ。まずは手だけ。次は腕や脚。自分で戻せる範囲を少しずつ広げるの」
アメリアは元へ戻った右手を握り締めた。
「そうすれば、D因子が暴走しても抑えられる可能性が上がるわ」
「……でもさ」
昨日、獣人へ変わっていった時の苦しみが蘇る。
身体が自分のものではなくなっていく感覚。
プロテウスが反応しなくなり、人間へ戻れなくなった恐怖。
「また戻れなくなったら、どうするの?」
「そうならないように、ほんの少しずつ身体を変える練習をするんでしょ?」
「答えになってない気がする」
「何もしなくても暴走するかもしれないのよ。だったら、できることから試すしかないわ」
アメリアは迷いなく言い切る。
僕は自分の人間へ戻った手を見る。
今なら指も普通に動く。
でも、また獣の手へ変えたら、本当に元へ戻せるのだろうか。
『わたしも練習する』
通信画面からソフィーの声がした。
「ソフィー?」
画面へ目を向ける。
ソフィーは白虎の耳を真っすぐ立て、僕たちを見つめていた。
淡い青色の瞳には、強い決意が宿っている。
『もう2度と、誰かを襲ったりしないようになりたい』
ソフィーは以前、D因子の暴走でラクーンを凍らせた。
獣になった後も、僕へ襲いかかった。
そのことを今も気にしているのだろう。
『自分の身体なのに、何もできなくなるのは嫌。わたしも、自分で止められるようになりたい』
「ソフィー……」
アメリアが満足そうに頷く。
「まずは自分に打ち勝つ!」
赤狼の耳を立て、大きく胸を張った。
「でなきゃ、ドレッドに勝つなんて夢のまた夢よ!」
力強い声が、僕の部屋へ響く。
家族と絶縁したばかりで、きっと心の中では苦しんでいる。
それでも前へ進もうとして、僕たちまで引っ張っていく。
いつもの強引で、自信満々なアメリアだ。
アメリアらしさは、戻ってきたのかな……。




