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第79話 明かされた正体

◇


僕たちは治安維持部隊の護送車へ乗せられ、そのまま治安維持局まで運ばれた。


逮捕されたわけではない。


けれど、窓のない護送車の中で武装した隊員に囲まれていると、悪いことをして捕まったような気分になってくる。


僕たちの身体は、まだ獣人のままだった。


僕は蒼と白の毛並みに覆われた獅子の姿。


アメリアは金色の模様が走る赤狼。


ソフィーは雪の結晶のような模様を持つ白虎。


人間へ戻ろうと何度願っても、身体は変わらない。


プロテウスで変身しようとしても、今は胸の奥でわずかな反応があるだけだった。


僕たちは治安維持局の最上階にある、広い執務室へ通された。


重厚な机の向こうに、1人の男性が座っている。


アメリアと同じ紅い髪には白髪が混じり、短く整えられていた。


鋭い金色の瞳も、真っすぐに伸びた背筋もアメリアによく似ている。


治安維持局長。


そして、アメリアのお父さんだ。


僕たちは隊員から渡された毛布にくるまり、横並びに置かれた椅子へ腰を下ろしていた。


寒いわけではない。


むしろ全身が厚い毛皮に包まれているので、人間だった時よりずっと暖かい。


それでも毛布から顔だけを出している方が安心できた。


人でも獣でもない身体を、まじまじと見られるのが恥ずかしい。


大きな肉球のついた手も、曲げた膝から先の獣らしい脚も、毛布の中へ隠した。


蒼い尾まで押し込むと少し窮屈だったけれど、外へ出しておく気にはなれなかった。


隣では、アメリアも赤い耳だけを毛布の上から出している。


大きな尾が収まりきらず、椅子の横から先端の白い毛だけがのぞいていた。


ソフィーは毛布へ深く潜り、白虎の耳と淡い青色の瞳しか見えていない。


治安維持局長は、しばらく僕たちを見つめていた。


アメリアへ視線を向けても、すぐには何も言わない。


執務室の時計が時を刻む音だけが響く。


「その姿で……話せるか?」


やがて、局長が重々しく口を開いた。


僕は乾いた喉を鳴らした。


「ぐる……はい」


返事の前に、獣の唸り声が混じってしまった。


舌も口の形も人間だった時とは違う。


言葉を作ろうとすると牙へ引っかかり、発音が少し崩れる。


それでも、話すことはできる。


局長は小さく頷いた。


「先ほどの配信は、ほぼ全国民が見た。君たちの姿も、正体も広く知れ渡っている」


胸の奥が重くなる。


あの撮影用ドローンが捉えた映像。


僕たちがD因子の力を使ったところ。


プロテウスの変身が解けたところ。


獣人へ変わってしまったところ。


そして、マッドハッターが口にした僕たちの本名。


全部、イスカティア中へ流されてしまった。


「もはや隠し事は不可能だと思って話してくれ。プロテウスとD因子、ドレッドについて、君たちが知っていることを全てだ」


「……分かり、ました」


僕たちは、これまでに起きたことを話した。


僕の心臓へプロテウスが突き刺さった夜。


アメリアがプロテウスの被験者になる予定だったこと。


ソフィーが心臓病の治療としてD因子を移植されたこと。


ドレッドが治療を求める人々へD因子を与え、その命を利用して犯罪を行わせていること。


クラウンやラクーンのこと。


オデットにD因子OF型を投与され、一度は獣に変えられたこと。


抑制剤を使っても、身体へ獣の特徴が残ったこと。


そしてマッドハッターが語った、D因子を世界中へ広めるという計画。


うまく言葉が出ない時は、アメリアが代わりに説明した。


アメリアの声にも狼の唸りが混じっている。


ソフィーも途切れがちな言葉で、自分がドレッドからD因子を与えられた経緯を話した。


局長は途中で口を挟まなかった。


表情を変えず、僕たちの話を最後まで静かに聞いていた。


全てを話し終えると、椅子の背へ身体を預ける。


それから目を閉じ、深く長いため息をついた。


「まず、これまでこの街の治安を守ってくれたことに敬意を表する」


局長は立ち上がり、僕たちへ頭を下げた。


イスカティアの治安維持局で一番偉い人が、僕たちに頭を下げている。


どう反応すればいいのか分からず、毛布の中で肉球を握り締めた。


「治安維持局は、君たち3人を公式に保護する。企業や研究所が研究目的で接触を求めても、こちらで拒絶する」


局長は顔を上げ、僕たちを真っすぐに見た。


「街を守ったヒーローを、実験動物にはさせない。私の責任において約束しよう」


「ありがとう……ございます」


少しだけ胸が軽くなった。


この姿を調べたいと思う人は、きっと大勢いる。


プロテウスとD因子が同時に体内へ存在する人間なんて、僕たちしかいないのかもしれない。


治安維持局が守ってくれるなら、無理矢理どこかの研究所へ連れていかれる心配は減る。


「ただし――」


局長の声が低くなる。


「君たちの身元は、すでに割れてしまった。この件については、我々にもどうにもできない」


銀色の瞳を伏せる。


分かっていた。


一度広がった映像を、全て消すなんてできない。


「パパ、私――」


「アメリア。黙っていなさい」


局長は短い言葉で娘を制した。


アメリアの狼耳がぺたりと伏せられる。


普段なら言い返しそうなのに、今は毛布を握って俯いてしまった。


局長はそんな娘をしばらく見つめていた。


険しかった顔が、ほんの少しだけ曇る。


「娘がこれほど危険なことをしていた。それなのに家へ帰らず、私は何も知らなかった」


机の上に置かれた拳へ力が入る。


「父親失格だな」


「……パパ……」


アメリアの声は、今にも消えそうに小さかった。


局長は目を閉じた後、僕たち3人へ視線を戻した。


「これは、助言になるか分からないが――」


言葉を選ぶように、わずかな間を置く。


「3人とも、今後は人前へ姿を現さない方がいい」


胸が締めつけられた。


「好奇の目で見られる。君たちの私生活を探り、家や学校へ押しかける者も現れるだろう。正体を知っていると名乗り、接触しようとする者も後を絶たないはずだ」


局長の言っていることは、もっともだった。


僕だけの問題ではない。


お母さんやキュナにも迷惑がかかる。


エラだって、今は僕の家で暮らしている。


リアムやジャンヌ、ジムおじさんたちにも、誰かが押しかけるかもしれない。


家族に迷惑をかけてしまう。


いや、もうかけている。


「家まで護送車で送る。まずは、家族を安心させてあげなさい」


「……はい」


僕たちは、それぞれの家へ送り届けられることになった。


◇


護送車が僕の家へ近づくにつれ、外から大勢の声が聞こえてきた。


窓の隙間から外を見る。


家の前には、すでに報道陣や配信者、近所の人たちが集まっていた。


手持ちのカメラ。


空中に浮かぶ撮影用ドローン。


マナリンクをこちらへ向ける人々。


僕の家を背景にして、配信へ何かを話している者までいる。


「アレックス君は本当に獣人になったんですか!」


「スターハーツについて一言お願いします!」


「ご家族は以前から知っていたんでしょうか!」


「アレクサンダーを出してください!」


護送車へ気づいた人々が、一斉に道へ押し寄せる。


運転手が何度もクラクションを鳴らした。


それでも退かない人たちの間を、護送車がゆっくりと進んでいく。


フラッシュの光が窓を白く染めた。


「こっちを向いて!」


「その姿を見せてください!」


身を縮め、毛布で顔を隠す。


獅子の耳には、車外の声が嫌でも鮮明に届いた。


僕が憧れていたヒーローとは、こんなものだったのだろうか。


有名になりたいと思ったこともある。


新聞に載った時、少し嬉しいと思ったこともあった。


けれど今は、誰にも見つからず家へ帰りたかった。


治安維持部隊の隊員が先に車を降り、人垣を押し止める。


「道を空けてください!」


その間に裏側の扉が開いた。


僕は毛布を頭からかぶり、身体を隠したまま車から飛び降りた。


「アレックス君ですか!」


「顔を見せて!」


背後でシャッター音と声が弾ける。


獣の脚で玄関まで駆け、転がり込むように家の中へ入った。


扉が閉まる。


外の騒音が少しだけ遠ざかった。


「アレックス……」


顔を上げる。


玄関には、お母さんとキュナが立っていた。


その後ろには、夜になって大人の姿へ成長したエラもいる。


お母さんの目は赤い。


キュナも表情こそいつもと同じだけれど、両手を胸元で強く握っていた。


エラは何も言わず、心配そうに僕を見つめている。


「……黙ってて……ごめんなさい」


獣の喉から、かすれた声を絞り出す。


「ぐる……僕……ずっと……」


言えるはずがなかった。


心臓に魔導器が刺さっていることも。


街で怪人と戦っていることも。


D因子のせいで獣になったことも。


一度は家へ戻れなくなっていたことも。


怒られる。


そう思った。


身体が勝手に縮こまり、蒼い尾が脚の間へ巻き込まれる。


次の瞬間、お母さんが僕を抱き寄せた。


「……お帰り、アレックス」


「お母……さん……?」


お母さんの腕が、蒼い毛に覆われた背中へ回る。


獣の姿になった僕を怖がることも、突き放すこともなかった。


「あなたはどんな姿でも、私の子供よ」


胸の奥へ溜まっていたものが、一気にあふれた。


「ぐぅ……くぅ……」


泣こうとすると、人間の声より先に獣の声が漏れてしまう。


銀色の瞳から涙が流れ、白い頬の毛を濡らした。


キュナも僕たちのそばへ来る。


小さな身体で僕の頭を抱え、蒼い鬣を優しく撫でた。


「ハンバーグ、温め直しますね」


キュナはそれだけを言った。


いつもと同じ口調だった。


まるで、少し帰りが遅くなっただけのように。


「怒ら……ないの?」


お母さんは僕を抱いたまま、少し困ったように笑った。


「もちろん、たくさん心配させられたわ。話したいことも聞きたいことも、山ほどある」


背中をゆっくり撫でられる。


「それでも、今は帰ってきてくれたことが嬉しいの」


「これからどうするかは、ゆっくり休んでから考えましょう?」


「……うん」


エラもそばへ来て、毛布の隙間からのぞいていた僕の肉球へ、そっと手を重ねた。


「お帰り、アレックス」


「……ただいま」


キュナが台所へ向かう。


しばらくすると、温め直されたソースと焼けた肉の匂いが漂ってきた。


獣になってからよく効くようになった鼻が、ハンバーグの匂いをはっきりと拾う。


ぐぅぅぅ。


大きくお腹が鳴った。


お母さんが小さく笑い、僕の蒼い耳を撫でる。


恥ずかしかったけれど、その匂いに包まれていると、本当に家へ帰ってこられたのだと思えた。

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