第73話 変身形態変化
◇
1つの容器を3人で分け合ったのが原因?
それとも、普通のD因子を抑える薬だから、OF型には完全には効かないの?
考えが頭の中を巡るたび、腰から伸びた尻尾も落ち着きなく左右へ動いた。
止めようとしても止まらない。
意識した瞬間だけ硬くなり、気を抜くとまた勝手に揺れ始める。
目の前の鏡には、人と獣の中間で変化を止めた僕たちが映っていた。
「これじゃ、僕たちだとは分かってもらえても、身体の説明がつかないよ……」
顔は元に戻っている。
けれど、獣の耳や毛に覆われた手足、肉球、爪、尻尾まで残っている。
人前へ出れば、誰もが振り返る。
学校へ行けば騒ぎになるし、家へ帰っても、お母さんやキュナへ何から説明すればいいのか分からない。
ドレッドに捕まり、D因子OF型を投与され、仔獅子になった。
抑制剤を飲んだら、今度はこんな身体になった。
自分で経験した僕にだって、何がどうなっているのか理解できていない。
「プロテウスの変身は?」
アメリアが自分の赤い手を見つめながら尋ねた。
「この身体でも使えるなら、変身した時だけは今までと同じ姿に戻れるかもしれない」
「試してみる?」
胸の奥に意識を向ける。
プロテウスはある。
心臓と重なる位置から、いつもの反応が返ってきた。
変身しようと思えばできそうな感覚もある。
「……だめだ」
僕はジャンヌへ視線を向けた。
変身すれば、僕たちがスターハーツだと知られてしまう。
ジャンヌは僕たちの正体を知らないはずだ。
「ここじゃ、ジャンヌがいるから試せないよ」
僕が小声で答えた時だった。
ピピピッ!
聞き慣れた警告音が店内へ響いた。
「うわっ!」
左手首を見る。
蒼い体毛の隙間から、青いマナリンクが押し出されるように現れていた。
獣化した時には身体の中へ吸収されていたものだ。
空中へ投影された画面に、赤い文字が点滅する。
『緊急事態発生』
続けて、治安維持局の通信が流れた。
『市街地にてドレッドと思われる事件が発生。周辺住民は直ちに避難してください。現場部隊は応援を要請中』
「まずい……」
スターハーツがいなくなってから、イスカティアの治安は急激に悪化している。
僕たちが獣の姿で捕まっていた間にも、ドレッドは好き放題に暴れていた。
今も誰かが助けを求めているかもしれない。
でも、この身体で戦えるのか分からない。
プロテウスが正常に変身できる保証もない。
僕たちが顔を見合わせていると、ジャンヌが大きなため息をついた。
「……アンタらさ、やらないといけんことあるんなら、行ってきなよ」
「え?」
ジャンヌは頭の後ろで手を組み、僕たちへ背を向けた。
「……あーしは何も見ていない」
そのまま店の奥へ歩いていく。
「今から起こることも、全部夢オチってことで」
「ジャンヌ……?」
返事はなかった。
ジャンヌは一度も振り返らず、自室へ続く扉を開けた。
中へ入る直前、足を止める。
「戸締まりは勝手にやっといて。スターハーツ」
扉が閉じた。
僕たちは何も言えなかった。
スターハーツ。
ジャンヌは知っていた。
いつから気づいていたのだろう。
マグナムちゃんに教わったのかもしれない。
僕がアレクサンダーだと、最初から見抜いていた可能性だってある。
それでも、ジャンヌは何も聞かなかった。
正体を暴こうともせず、僕たちが話すまで待ってくれていた。
今も全てを理解した上で、知らないふりをしてくれている。
「……ありがとう、ジャンヌ」
閉じた扉へ向かって呟く。
僕はアメリアとソフィーへ向き直った。
アメリアの狼耳が真っ直ぐに立っている。
ソフィーも不安そうにしながら、僕の目を見返した。
「行こう」
僕は2人へ手を差し出した。
肉球に覆われ、爪の生えた手。
以前とは違う。
それでも、誰かを助けたいと思う気持ちは変わっていない。
アメリアが僕の手へ自分の手を重ねる。
「この身体でどこまでできるか分からないわよ」
「それでも行くんでしょ?」
「当たり前じゃない」
力強い返事だった。
ソフィーも僕たちの上へ白い手を重ねた。
「わたし……も……いく」
まだ言葉は途切れている。
けれど、その瞳に迷いはなかった。
3人で頷く。
僕たちは手を離し、それぞれの胸元へ意識を集中させた。
心臓と融合したプロテウスが、僕の意思を受け取る。
アメリアの胸から紅い光が漏れた。
ソフィーの胸には白い光が灯る。
僕の胸では、蒼い光が鼓動に合わせて強くなる。
「「「変身!」」」
3色の光が同時に弾けた。
僕の胸から蒼い魔導回路が伸びる。
首から肩へ。
肩から腕へ。
腰を通り、両脚へ。
蒼い光は、獣の毛に覆われた手足にも迷わず流れ込んだ。
カチャカチャカチャ!
体毛の下から濃紺の機械骨格が現れ、その上へ白銀の装甲が重なっていく。
両手を包む手甲には、獣の爪を思わせる意匠が形成された。
けれど、指そのものは以前と同じように動く。
試しに握ると、金属の節が滑らかに連動して拳を作った。
胸の中央には、青い菱形のコアが灯る。
肩から首の周囲へ装甲板が重なり、獅子の鬣を思わせる輪郭を作っていく。
額を覆う装甲にも、獅子の顔を模した意匠が浮かんだ。
腰から伸びた尻尾は消えない。
蒼と白銀の装甲に覆われ、先端の房が硬質な金属へ変わっていく。
変身は続いている。
そう思って、僕は次の変化を待った。
……あれ?
身体が伸びない。
視界の高さも変わらない。
腕も脚も12歳の僕の長さのままだ。
以前なら、変身と同時に全身が大きくなっていた。
背が一気に伸び、鏡の中には大人の騎士が現れたはずだ。
けれど、今の僕は違う。
蒼と白銀の装甲をまとっているのに、その内側にある身体は小さいままだった。
鏡の中に立っているのは、長身の機械騎士ではない。
獅子の意匠を持つ装甲に包まれた、146cmの少年だった。
「背が……伸びてない」
思わず声が漏れた。
隣では、紅い魔導回路がアメリアの全身を駆け巡っている。
赤い毛に覆われた手足が紅と白の装甲へ包まれ、手甲には狼の爪を思わせる意匠が浮かぶ。
腰にはドレスのような白い装甲が広がり、紅い装甲の縁を金色の模様が彩っていく。
胸元や腰、耳の周囲には、イアハートを象徴するハートの意匠が形成された。
頭の狼耳は、先の尖った紅い機械耳へ変わる。
大きな尻尾にも紅い装甲が重なり、白い先端を持つ機械の尾になった。
変身を終えたアメリアが隣へ立つ。
その頭は、僕よりも明らかに高い位置にあった。
「アレクサンダー……アンタ、小さくなってない?」
「小さくなったんじゃないよ。大きくならなかったんだ」
「同じようなものじゃない」
同じじゃない。
前のアレクサンダーなら、普段の僕と結びつけられる心配は少なかった。
背丈も体格も顔つきも違う。
新聞に写真が載っても、学校の誰かに見られても、12歳のアレックスと長身の蒼銀騎士が同一人物だなんて考えない。
でも、今は違う。
身長も肩幅も、手足の長さも普段の僕と同じだ。
獅子の装甲とバイザーで顔の一部は隠れている。
それでも、並んで見比べられたら気づかれるかもしれない。
髪の色も、銀色の瞳も変わっていない。
ペニーさんに間近で見られたら、すぐに疑われそうだ。
学校のクラスメイトやリアムに見つかったら?
お母さんやキュナが、新聞に載った姿を見たら?
アレクサンダーが僕だと知られれば、普通の生活には戻れなくなる。
正体を隠して戦うことは、もうできないかもしれない。
「アレク……?」
ソフィーの声で我に返った。
白い魔導回路が、小柄な身体を駆け巡っている。
白と蒼の装甲が手足を包み、手甲には猫科の爪を思わせる意匠が形成された。
白い装甲には雪の結晶を模した模様が浮かび、淡い光を放っている。
尖ったエルフ耳はそのまま残り、その上へ丸みのある機械式の猫耳が現れた。
内部で白い魔導光が明滅する。
縞模様の尾は、白い外殻を持つ節状の機械尾へ変換されていく。
変身を終えたソフィーは、3人の中で一番小さかった。
「スノー……ホワイト……」
途切れながらも、自分の名前を口にする。
白い回路がその声に応えるように輝いた。
鏡の中に、3人の新しい姿が並んでいる。
12歳の身体のまま、獅子の意匠を持つ蒼銀の装甲をまとったアレクサンダー。
紅と白のドレス型装甲と狼の特徴を持つイアハート。
雪の結晶と白虎の特徴を残したスノーホワイト。
D因子の影響は消えていない。
プロテウスも、僕たちを以前と同じ姿には戻さなかった。
鏡に映る小さなアレクサンダーを見る。
この姿で人前へ出れば、正体を隠し通せないかもしれない。
また新聞に載れば、誰かに気づかれるかもしれない。
怖い。
普通の生活を失うのも、家族を巻き込むのも嫌だ。
胸の奥に、逃げたい気持ちが膨らんでいく。
その時、マナリンクから再び通信が流れた。
『現場部隊、応答してください!』
雑音の向こうから、何かが崩れる音と悲鳴が聞こえた。
『負傷者多数! 繰り返す、至急応援を――』
通信が途切れる。
鏡の中で、僕の獅子の耳が音の消えたマナリンクへ向いていた。
正体が知られるのは怖い。
でも、誰かが傷ついていると分かっているのに、見た目を気にして隠れている方がもっと嫌だった。
僕は爪の意匠が刻まれた手を握り締める。
指は問題なく動く。
身体も以前と同じように軽い。
背が伸びなくても、僕はアレクサンダーだ。
「……行こう」
「いいの?」
アメリアが僕を見る。
「この姿を見られたら、僕だってバレるかもしれない。でも、そのことを考えるのは助けた後にする」
自分へ言い聞かせるように答えた。
「今は、事件を止めないと」
アメリアの金色の瞳が僕を見つめる。
やがて、その口元にいつもの強気な笑みが戻った。
「ようやくリーダーらしい顔になったじゃない」
「こんな時ばかりリーダー扱いしないでよ」
「アレク……わたしも……いく」
スノーホワイトが僕の手を握った。
白い機械の指が、少し震えている。
それでも、離そうとはしなかった。
「うん。3人で行こう」
イアハートも僕たちの隣へ並ぶ。
鏡の中で、蒼、紅、白の3色が重なった。
元通りにはなれなかった。
正体を隠し続けられる保証もない。
それでも、助けを求める声を無視することはできない。
僕たちはフェアリーテールの出口へ向かって、同時に駆け出した。




