第7話 サーカスを見にきただけなのに
新作『レジェンドオブマナ 3』完売。
次回入荷日、未定。
棚に貼られた案内を、しばらく見つめていた。
……やっぱり売り切れ。
紹介映像が流れる画面の下に、見本のパッケージだけが並んでいる。昨日まで何度も見た主人公が、今は少し恨めしい。
夜中に家を抜け出して、死にかけて、身体まで機械になったのに。
ゲームは買えないままなんだ。
隣の棚を覗いてみても、目当てのものがあるわけじゃない。何も持たずに店を出ようとしたところで、館内放送が聞こえてきた。
『まもなく屋上イベントスペースにて、ミニサーカスが開演いたします』
そういえば、キュナが言っていた。
このまま帰ったら、本当に売り切れの貼り紙を見に来ただけになってしまう。
それだけでも見て帰ろうかな。
◇
屋上には、色鮮やかな旗が渡されていた。
小さなステージの周りを風船が飾り、軽快な音楽に合わせて、入口の布飾りが風にはためいている。
平日なのに、それなりにお客さんが入っていた。子供連れが目立つけれど、買い物袋を抱えた人や、飲み物を片手に座っている人もいる。
客席へ向かう途中、派手な服を着たピエロが近づいてきた。
白塗りの顔に赤い鼻。大きく描かれた口元を動かしながら、細長い風船を器用に捻っていく。
あっという間に犬の形ができた。
差し出されたけれど、受け取るのは少し恥ずかしい。
もう、風船をもらって喜ぶ歳でもないし。
「あ、大丈夫です」
断ると、ピエロは犬を自分の頭に乗せて、おどけた調子でお辞儀をした。
その脇を抜け、空いている席を探す。
前の人の頭も邪魔にならず、ステージ全体がよく見える場所に座れた。
もうすぐ開演だ。
ピピッ。
腕のマナリンクが鳴った。
表面にアメリアの名前が表示されている。
触れると、手元にメッセージが開いた。
『あたしの学校、今終わったんだけど』
『アンタ今どこ?』
アメリアだ。
少し迷ってから、空中のキーに指を走らせる。
『ショッピングモールの屋上です』
返事はすぐに来た。
『あら、意外と近いじゃない』
『私もいくわ』
ええ……。
会う約束をしたつもりはなかったんだけど。
できれば今日は、変身に関わることなんて一切思い出したくなかった。普通にゲームを買って、普通に帰りたかっただけなのに。
ブー。
開演を知らせるブザーが鳴り、マナリンクの画面を閉じる。
ステージにクラウンが現れた。
大きな靴を鳴らして中央へ進み、両腕を広げて挨拶する。その途端、衣装のあちこちから風船が飛び出した。
赤、黄、青。
幾つもの風船が、クラウンの頭上へ舞い上がる。
どこから出したんだろう。
膨らんだまま服の中に入れていたら、動きにくそうなのに。
クラウンが袖へ手を入れた。
現れたのはナイフだった。
銀色の刃が、次々と宙へ放たれる。
パン、パンパンッ!
風船が立て続けに弾けた。
最後の1個まで割れると、色とりどりの破片が降り注ぐ。その下で、クラウンが両手を広げてお辞儀をした。
おお、すごい。
どれを狙っているのかも分からないうちに、全部割ってしまった。
拍手をしながら周りを見ると、思っていたほど反応はなかった。
小さい子はステージを指さしている。でも、その隣の大人はマナリンクの画面を開いたままだ。後ろの席には、腕を組んで目を閉じている人もいた。
ナイフをあんなふうに投げるところなんて、目の前で見るのは初めてなのに。
クラウンは客席を見渡してから、次の道具を運んできた。
大きな玉だ。
その上に片足をかけ、ひょいと乗る。足の裏で玉を転がしながら、今度は何個ものボールを空中へ放り始めた。
玉乗りからのジャグリング。
これは、結構見るやつだ。
落とさずに続けるのは難しいんだろうけど、映像で見たことがあるせいか、最初ほどは驚かなかった。
ボールが高く上がる。
クラウンはその下を玉ごと移動し、背中側へ回した手で受け止めた。
前の席の子供が拍手をする。
それに応えるように、白塗りの顔が大きく笑った。
その後も、ショーは続いた。
火の輪くぐりでは、熱が届きそうで少し身構えた。人体切断マジックでは、箱から足が離れて動いているのを、つい目で追ってしまった。
でも、どうしても考えてしまう。
あの箱の中、どうなってるんだろう。
調べたら、タネが出てきそうだ。
マナリンクを開きかけて、やめる。せっかく目の前でやっているんだから、今は見ていればいい。
そう思ったのに。
「ふぁぁ……」
欠伸が出た。
朝から残っていた眠気が、座っているうちに戻ってきたらしい。目元を擦り、背筋を伸ばす。
そのとき、クラウンと目が合った気がした。
ステージの上で、こちらを見ている。
……欠伸、見られちゃったかな。
「……誰もボクのショーを見てくれない……」
「え?」
音楽の合間に、呟きが聞こえた。
クラウンは笑っていた。
正確には、笑顔の化粧が描かれている。大きく吊り上がった口元とは違って、その目は客席のどこを見ているのか分からなかった。
「ボクのショーがつまらないからだ」
道具を片づける手が止まる。
「なら、最高のショーにしよう!」
メキッ!
音がした。
クラウンの肩が、不自然に持ち上がる。
衣装の縫い目が裂け、そこから新しい腕が突き出した。
えっ?
元からあった手は、まだ腰の横にある。
その上で、もう1本の腕が肘を曲げた。
メキメキッ!
反対側の肩でも衣装が裂ける。
さらに腕が伸び、開いた指が空を掴んだ。
やがてクラウンの腕は、6本になっていた。
「えっ……これは、どうやってるの?」
背中に誰かが隠れている?
機械の腕をつけていた?
そう考えても、肩から生えてくるところが頭から離れない。
周りの人たちも、ステージに目を向けていた。マナリンクを触っていた大人まで画面を閉じ、口を開けている。
クラウンが、満足そうに客席を見た。
6本の手に、ナイフが握られる。
「最高のショーをご覧ください!」
腕が動いた。
銀色の刃がステージの上を走る。
今度は、上じゃない。
客席だ。
パンッ!
小さい子が持っていた風船が割れた。
泣き出す声に重なり、別の席で硬いものが砕ける。
大人の手元に開いていたマナリンクの画面が消えた。腕輪本体をナイフが貫き、その人は弾かれるように腕を引いた。
「キャァァァ!」
悲鳴が上がる。
ステージに刺さったナイフの柄が震えていた。
さっきまで風船を割っていたのと、同じナイフだ。
あれを、客に向かって投げている。
パフォーマンスにしても、やりすぎだ。
そう思っている間にも、また風船が割れた。すぐ近くの人が椅子から滑り落ち、頭を抱える。
「ハハハ! アヒャヒャヒャ!」
クラウンの笑い声が、音楽を突き抜けた。
6本の腕は止まらない。
客席のあちこちで刃が光り、椅子が倒れる。目の前を逃げる人に遮られ、ステージが見えなくなった。
「逃げろぉ!」
その声を合図に、観客が一斉に立ち上がった。
僕も席を離れようとしたけれど、通路はもう人で埋まっていた。
押し合う肩。引きずられる買い物袋。泣く子供を抱えたまま、出口へ駆けていく大人。
倒れた椅子に誰かがつまずき、その後ろからも人が押し寄せる。
逃げなきゃ。
また、間に合わなくなる。
華やかな旗の下で悲鳴が重なり、屋上は阿鼻叫喚に包まれた。




