第6話 夜更かし以外は普通の日
◇
翌日……というか、今日の朝。
マナリンクのアラームが鳴っている。
布団の中から腕だけ出し、手探りで音を止めた。
まだ眠い。
目を閉じれば、そのまま眠れそうだった。でも、静かになった途端、昨夜の爆発音が頭の中に蘇る。
針だらけの男も、蒼い機械の身体も。
自分の手が金属に変わっていくところまで、はっきり覚えていた。
布団から両手を出す。
いつもの手だ。
胸にも痛みはない。着替えた服の下に、あの機械が入っているなんて、見ただけでは誰にも分からない。
腕のマナリンクに触れると、手元に半透明の画面が開いた。
腕時計より少し幅のある腕輪型の情報端末。それがマナリンクだ。普段は表面に時刻や通知だけを表示していて、こうして画面を開けば、指先や音声で操作できる。
通話も、支払いも、映像を見るのも、勉強するのも、これがあれば大体済んでしまう。
連絡先の一覧に、アメリアの名前があった。
あの後、連絡先を交換したのだ。
アメリア『おねいさん』と。
呼ぶように言われたけれど、まだ本人に向かって言える気がしない。昨日まで知らなかった相手を、急におねいさんと呼ぶのは、なんだか恥ずかしかった。
「アレクお坊ちゃまー! 朝ごはんができていますよー!」
1階からキュナの声がした。
画面を閉じ、ようやく布団を出る。
2階の自室から階段を下りると、パンの焼けた匂いがした。リビングのテーブルには、もう朝食が並んでいる。
「おはようございます、アレクお坊ちゃま」
金髪のツインテールを揺らし、キュナがこちらを向いた。
給仕服から覗く手首や膝には、丸い関節が見える。背丈は僕より低く、見た目は10歳くらいの女の子だ。
家事代行用の少女型オートマタ。10年前の型落ちだけれど、料理も洗濯も、僕がやるよりずっと上手い。
小さい頃から家にいるので、両親が出張中の今も、朝からこの声が聞こえることには慣れている。
「……お坊ちゃま、顔色が悪いですよ?」
椅子を引きかけた手が止まる。
「そう?」
「はい。夜、ちゃんとお休みになりましたか?」
「ちょっと、ゲームで夜更かししちゃって」
嘘は、思ったより簡単に口から出た。
ゲームの映像を見ていたのは本当だ。その後に何があったかを、言っていないだけで。
「夜更かしすると、朝がつらくなりますよ」
「うん。今日は早く寝る」
キュナはまだ僕の顔を見ていたけれど、それ以上は聞かなかった。
席につくと、温かい朝食が目の前にある。それだけで少し落ち着いた。
昨日の夜から、ずっと遠くに来てしまったような気がしていた。
でも、家はいつもどおりだ。
料理を並べ終えたキュナは、ソファに寝っ転がってテレビを見始めた。さっきまで台所を動き回っていたのに、もうすっかりくつろいでいる。
フォークを口へ運んだところで、画面がニュースに切り替わった。
見覚えのある通りが映る。
手が止まった。
割れたショーウィンドウ。壊れた車。石畳に散らばった破片。
昨夜、僕がいた場所だ。
『本日未明、上層の商業地区で、全身から針のようなものを生やした男が暴れ、車両や店舗を破壊する事件がありました』
パンを飲み込む。
アメリアは映っていない。
僕も、今のところは。
『治安維持部隊が到着したときには、男は既に姿を消しており、その行方を示す痕跡も確認されていないということです』
画面には壊れた店先が映っていた。
あのおもちゃ屋さんまで出てきたらどうしよう。
「物騒ですねえ」
ソファからキュナの声がする。
何でもない顔をしようと、朝食へ目を戻した。でも、ニュースの続きが気になって、味がよく分からない。
蒼い光のことも、紅い女の人のことも、最後まで出てこなかった。
よかった。
バレてない。
フォークを握っていた手の力が、ようやく抜ける。
キュナはそのまま次のニュースを見ていた。こちらを気にしている様子はない。
残りの朝食を食べ終える頃には、少しだけ食欲も戻っていた。
◇
朝食の後は、勉強の時間だ。
僕は学校へ通う代わりに、通信教育を受けている。マナリンクで授業を見て、課題を解いて提出する。
自室の机で画面を開くと、まだ終わっていない課題が表示された。
計算問題。
昨日の夜には、人間の身体が機械に変わるなんてことが起きた。
触った石が爆弾になって、おもちゃから光線まで出た。
それでも、今日の課題は待ってくれないらしい。
空中に浮かぶキーを押し、最初の解答を入力する。
画面に不正解の表示が出た。
……どこで間違えたんだろう。
途中式を見直していると、欠伸が出る。目を擦り、もう1度、問題の数字を追った。
分からないことなら、マナリンクで調べれば大抵出てくる。
計算だって、数字を入れればすぐに答えが出るのに。
なんで僕が、計算問題なんてやらなくちゃいけないんだろう。
◇
最後の解答を入力し、提出する。
画面に課題の完了が表示されたときには、もう1度確かめる気力もなかった。
眠かった。
途中、同じ問題を何回も読み直してしまったし、気づけば数字を見たままぼんやりしていた。
それでも、午前中に終わらせてしまえば午後はゆっくりできる。
マナリンクの画面を閉じ、机の上に腕を投げ出す。
そうだ。
元々、今日は新作ゲームを買いに行くつもりだったんだ。
あれだけ楽しみにしていたのに、朝から課題のことばかり考えていた。昨夜のことを思い出したくなくて、ゲームまで一緒に頭の隅へ追いやっていたらしい。
今から行っても、まだ残っているかな。
いつものゲームショップは、事件のせいできっと閉まっているだろう。あの通りへ戻るのも、少し気が重かった。
ショッピングモールなら、別の店が入っている。
そこで探してみよう。
出かける支度をして階段を下りると、キュナに呼び止められた。
「アレクお坊ちゃま、どちらへ?」
「ショッピングモールに行ってくる」
「確か今、屋上でミニサーカスをやってますよ。ついでに見てきたらどうですか?」
サーカス。
テレビで見たことはあるけれど、目の前でやっているところは見たことがない。
ゲームを買って、少し覗くくらいならいいかもしれない。
「サーカス、ちょっと気になるかも」
「いってらっしゃいませ」
玄関を出ると、日差しに思わず目を細めた。
昨夜と同じ街とは思えないほど明るい。庭の自転車も、いつもと変わらずそこにあった。
ハンドルを握る手は、ちゃんと人間のままだ。
そのことに少し安心しながら、サドルに跨る。
今日はゲームを買いに行くだけ。
ペダルを踏み込み、ショッピングモールへ向かった。




