第5話 そっちも子供だったんだ
「私はアメリア。あなたは?」
大通りから離れた路地裏で、ようやく手が離された。
建物の隙間から細く夜空が見える。壁を這う配管の下で向かい合うと、僕の胸の青白い光が、アメリアの紅い装甲に映っていた。
こんな機械だらけの2人が、ひっそり話している。
誰かが通りかかったら、どんな顔をするんだろう。
「アレックスです」
「そう、アレックス。あなたがプロテウスを盗んだ……ってわけじゃなさそうね?」
さっきより声が落ち着いていた。
とりあえず、無理矢理どうこうする気はなくなったらしい。両手で抱えていたガンを少し下げる。
「プロテウスって何ですか?」
「心臓に埋め込んで使う、最新の魔導インプラントよ。肉体を魔導機器に変換して、別人の様に変えるの。私も今は変身中」
アメリアの身体を見る。
紅い装甲に覆われた腕も脚も、最初から機械の身体だったと思っていたが、この人も普通の人間から変身していたんだ。
「脳内信号を受信して、変身したいと思えば身体が勝手に変わっていくわ」
それで、さっきは勝手に変身したのか。
転んで、手を擦りむいて。
あの機械の身体だったら、と考えた途端に胸が光った。
言葉で命令する必要も、何かのスイッチを押す必要もない。あの身体になりたいと思っただけで、プロテウスは動いたんだ。
胸の中央に触れてみる。
今は装甲越しだから、心臓が動いているのも分からない。
「僕はトラックが爆発して、それで、そのプロテウスってやつが心臓に刺さっちゃったんだ」
話しているうちに、飛び散った金属の光景が浮かんでくる。
逃げようとしたところで、胸に何かが当たった。
痛みより先に寒くなって、倒れて。
あのとき刺さったのが、これだった。
「……もう! 私が心臓に埋め込むはずだったのに」
アメリアは自分の胸に手を当てる。
「…私が使ってるのは旧式なの」
「新型を追加して、2機運用する予定だったのに」
アメリアは僕の胸を見た。
さっき指を突きつけられた場所を、つい手で隠してしまう。
返してあげたいとは思う。
でも、返したら死ぬと言われている。落とし物を拾ったのとは違うから、どうにもできない。
僕だって、欲しくて刺さったわけじゃない。
「新型は、触れたものを任意で魔導器に変えられるの。さっきやってみせたでしょ?」
瓦礫バクダン。
トイガンのレーザー化。
それなら、説明がつく。
手の中のガンには、まだ青白い光が走っていた。元は柔らかい弾を飛ばすおもちゃだったのに、今は両手で持っているだけで妙に重い。
銃口を足元へ向け、引き金から指を離しておく。
さっき撃った光を思い出すと、持ち方を変えるだけでも怖かった。
あれを、僕がやった。
狙った場所に当たったのは、よかったと思う。アメリアにも当たらなかった。
けれど、あんなことになるなんて知らなかった。
人の身体を消し飛ばすほどの威力があると分かっていたら、同じように引き金を引けただろうか。
装甲に覆われた自分の腕を見渡す。
肘から手首まで伸びる回路も、細かな部品が噛み合った指も、もう動かすことには慣れ始めていた。
でも、何ができるのかは、まだほとんど分からない。
何かに触るたびに武器になったら困る。
任意で、と言っていたから、変えようと思わなければ大丈夫なんだろうか。
さっきの瓦礫は、そんなことを知らずに握ったのに。
尋ねたいことがいくつも浮かんで、何から聞けばいいのか迷った。
「ともかく、この姿を見られるとあまり良くないから、変身を解除しましょ」
アメリアが路地の入口を確かめる。
遠くのサイレンは、まだ聞こえていた。音が建物に反響して、どこから来ているのか分かりにくい。
僕たちを探しているんだろうか。
この姿を見られたら、さっきの戦いについて聞かれるかもしれない。胸に刺さった機械のことも。
そもそも、僕の身体に入っているのは、アメリアのものだったらしい。
怒られるだけで済むのかな。
早く戻りたい。
そう願うと、胸の光が強まった。
白銀の指が縮み、表面の装甲が内側へ沈んでいく。
ガンを落とさないように抱え直した。手の中でも光がほどけ、銃身を囲んでいた術式が消えていく。ずっしりしていた重みが抜け、軽いおもちゃの感触に戻った。
腕も脚も短くなっていく。
目線が下がると、目の前のアメリアにも同じ変化が起こっていた。
紅い装甲が収縮し、その下から人間の身体が現れる。耳を覆っていた魔導器も消え、赤い髪が頬の横へ落ちた。
つい見入っているうちに、自分のバイザーもなくなった。
冷たい夜風が、額と目元に直接触れる。
元の身体だ。
胸にはまた、血のついた服があった。上着の前を閉じながら、アメリアを見る。
さっきより少し小さくなっている。
でも、見上げる側になったのは僕だった。
変身中は僕の方がずっと背が高かったのに、今はアメリアの目が少し上にある。
向こうも、僕を見下ろしていた。
金色の目が、顔から足元まで動く。
「アレックス、あなた、そんなに小さかったの!?」
その言い方は、ちょっとひどいと思う。
確かに、さっきまでは大きかったけど。僕だって好きで縮んだわけじゃない。
「そういうアメリアも、少し縮んで大人っぽさもないよ」
口にしてから、まずかったかなと思った。
さっきまでは綺麗な女の人だった。
今も綺麗だけれど、頬の形や目元が少し幼くなっている。ずっと年上だと思っていたのに、急に近く感じた。
もちろん、胸から機械を引き抜こうとした人だということは忘れていない。
アメリアは僕の顔を見たまま、言った。
「私は14歳。アレックスは?」
14歳。
2つしか違わないんだ。
あんなに動けて、針をかわして、怪人と戦っていたから、もっと大人だと思っていた。
僕なんて、逃げようとして転んだのに。
「12歳……です」
同じ子供だと分かっても、なぜか敬語が戻ってしまった。
アメリアの口元が、少し上がる。
なんだか嫌な予感がする。
「はい、これからはおねいさんって呼ぶこと」
……おねいさん。
ついさっき、名前を教えてもらったばかりなのに。
アメリアは当然という顔をしている。僕の返事を待つ金色の瞳を見て、抱えていたトイガンを持ち直した。
こんな短期間で、上下関係ができてしまうなんて……。




