第4話 何で僕まで
「アンタ、その身体……『プロテウス』を使ったでしょ?」
女の人がズカズカと近づいてきた。
逃げた方がいいのか迷っているうちに、目の前まで来られてしまう。金色の瞳が肩から腕へ、胸から脚へと動いた。何かを確かめるように、装甲の継ぎ目まで見られている。
そして、僕の胸へ指を突きつけた。
「それ、あたしの。返して?」
「返してって言われても、僕の心臓に突き刺さってるから外せないよ」
「なら、私が引っこ抜いてあげる」
「死んじゃうよ!」
普段の僕より低い声で、情けない声が出た。
胸を庇って後ずさる。
「…フフッ、冗談よ」
この人は、これが何なのか知っている。だったら、外せないことも分かってくれると思ったのに。
ジムさんは、無理に外したら死ぬと言っていた。
助かったばかりなのに、また死ぬのは嫌だ。
「が……はっ」
通りの方から、掠れた声がした。
「クソッ!」
煙の中で、針の生えた肩が持ち上がる。
ヘッジホッグが、ゆらりと起き上がった。青い血が顎から垂れ、焼け焦げた身体を伝って石畳に落ちる。
まだ生きてたんだ。
爆発をまともに受けたのに。
女の人は僕に向けていた指を下ろし、パイプを握り直した。
「一旦、話は後にしましょ? コイツを片付けるわ」
紅い脚が地面を蹴る。
男との距離を瞬く間に詰め、光るパイプを頭上から振り下ろした。
「何回も喰らうかよ!」
ヘッジホッグが横へ身をかわす。
空振りしたパイプが石畳を砕いた。その破片が浮き上がる中、男が両腕を広げる。
針が飛んだ。
女の人だけを狙っているんじゃない。道路にも、店にも、僕の方にも。
逃げなきゃ。
そう思ったときには、胸に強い衝撃があった。
「うわぁ!」
また情けない声が出る。
地面が足の下から消えた。
背中で硝子を突き破り、何かにぶつかる。硬いものが倒れる音。身体が床を滑り、いくつもの箱が上から降ってきた。
顔のすぐ横で、小さな車が転がり続けている。
……動かないと。
次の針が来るかもしれない。
肘をついて身体を起こすと、肩に引っかかっていた箱が落ちた。
痛くない。
胸に手を当てる。針が当たったはずの装甲にも、穴は開いていなかった。
さっき転んだだけで血が出たのに。
今は店まで吹き飛ばされても、何ともない。
その違いが、自分の身体のことなのに気味悪かった。
周りには、おもちゃが散乱している。
倒れた棚から零れた積み木。箱ごと潰れた模型。破れた包装の中から、ぬいぐるみの腕が伸びていた。
ここ、おもちゃ屋さんだ。
僕が飛び込んだところだけ、陳列台が根元から倒れている。割れた店先の向こうを針が横切り、道路で火花が散った。
また来る。
思わず頭を低くする。
外では、パイプと針がぶつかる音が続いていた。
あの人は戦っている。
僕はどうしたらいい?
店の奥へ隠れれば、ここからは見えなくなる。でも、さっきみたいに壁や硝子を突き破って飛んできたら。
膝をついたまま、床に散った破片を見る。
さっきの瓦礫バクダン……。
あれを投げたとき、男は倒れた。
同じことができれば、逃げる時間くらいは作れるかもしれない。
でも、何をどうやったんだろう。
握って、投げた。
その前に、腕から光が流れていた。
もしかして、何でもいけるのかな?
近くに落ちていたトイガンが目に留まる。
柔らかい弾を飛ばすおもちゃだ。長めの銃身に照準器がつき、側面には飾りの部品が重なっている。
こういうので遊ぶのは、もうとっくに卒業したけど。
今は、手ぶらで外へ出る方が怖かった。
恐る恐るグリップを握る。
あの針が届かない、遠くから撃ち返したい。
腕の魔導回路が光った。
肘から手首へ、指先へ。青白い光がトイガンに伝わり、表面へ細かな線を刻んでいく。
軽い樹脂の感触が、掌の中で硬く変わった。
ブゥゥゥン!
蒼い術式がガンを包む。
銃身の周囲に光の輪が浮かび、低い振動が指へ伝わってきた。
できた。
でも、これも爆発するんじゃ。
持っている手を見る。瓦礫は男に当たってから爆発した。なら、引き金を引くまでは平気なのかもしれない。
分からないことばかりだ。
試していいものなのかも、分からない。
外で激しく金属が打ち合い、女の人の足が石畳を擦った。
顔を上げる。
紅い姿が、飛んでくる針を弾きながら後ろへ下がっていた。
考えている間にも、戦いは続いている。
ガンを両手で持ち、割れた店先から外へ出た。
足元には折れた針が何本も転がっている。踏まないように避けたところへ、別の1本が飛んできて、すぐ横の窓枠に突き刺さった。
肩が跳ねる。
僕を狙ったわけじゃない。
それでも、あと少しずれていたら顔に当たっていた。
女の人は針を避けながら、踏み込む機会を窺っていた。前へ出るたびに進路を塞がれ、パイプの届く距離まで近づけない。
男の脇へ回り込もうとしても、針が追っていく。
パイプを振るう腕の動きが、さっきより大きい。
「チッ……!」
弾き損ねた針が肩の装甲を掠めた。
紅い身体が傾く。
次の針をかわすため、さらに後ろへ跳んだ。
早く。
ガンを持ち上げ、照準器を覗く。
手が震えていた。
胸に針が当たっても平気だった腕が、今は言うことを聞かない。狙いの中央に男を入れようとすると、銃口が細かく揺れる。
ゲームなら、何度もやっている。
狙って、撃つ。それだけだ。
でも、画面の中には、間違って撃ってしまいそうな女の人はいなかった。
男の横を紅い姿が横切る。
駄目だ。今は撃てない。
引き金にかけた指を止める。
もし当たったら。
あの瓦礫みたいに、あの人まで爆発したら。
照準器の縁に、また針が飛び込んできた。
女の人が身を低くしてかわす。続く針をパイプで叩き落とし、その勢いのまま横へ跳ぶ。
ヘッジホッグとの間が開いた。
男がそちらへ腕を向ける。
今なら。
照準の真ん中に、針の生えた胴体が入った。
息を止める。
何とかなれ!
引き金を引いた。
ビシュゥゥゥン!
銃口から光が迸る。
蒼白い1条の光が夜の街を照らし、ヘッジホッグの身体を貫いた。
「ぁあ! あおあああ……!」
男がのけぞる。
当たった。
そう思った直後、男の体に青白い亀裂が走る。腹へ、肩へ、首へ。男が自分の胸を掴もうとした指の間からも、光が噴き出した。
声にならない呻き声が続き、ヘッジホッグの身体が爆発した。
爆風が通りを駆け抜ける。
そこら中に刺さった針が灰のように消滅していく。
……静かになった。
ガンを持ったまま、男が立っていた場所を見る。
もう、誰もいない。
倒れているんじゃない。
身体が、なくなってしまった。
引き金から指を離した。握っているのが怖くなったのに、ガンを下ろすこともできない。
遠くでサイレンが聞こえる。
だんだん近づいてくるその音を、ぼんやり聞いていた。
「……新型プロテウス、聞いていた以上ね」
紅い女の人が、僕のガンを見ていた。
その声で、自分がまだ銃口を前へ向けていることに気づく。
何か言わなきゃ。
でも、口を開いても言葉が出てこなかった。
「離れるよ!」
手を掴まれ、強く引かれる。
よろけながら足を動かすと、ガンの先がようやく下がった。
蒼と紅の光を引いて、僕たちは夜の路地裏へ消えた。




