第3話 見てただけなのに
とりあえず、近くの路地裏に隠れた。
建物の陰に入ってから、もう1度、自分の身体を見下ろす。
胸の真ん中が青白く光っている。腕にも脚にも白銀の装甲。こんな格好で誰にも見られたくない。
帝国軍の特殊部隊でも、こんなゴテゴテしたインプラントは入れてないよ。
街で見かける機械の腕や脚とは、明らかに違う。額当てまでついているせいで、服で隠すこともできなさそうだ。
戻ろうと思えば、戻れるのかな。
でも、戻ってからあの針に当たったら。
さっき見た、車の扉を突き破った針が頭に浮かぶ。今すぐこの身体をなくしてしまうのも、それはそれで怖かった。
路地の奥へ進みかけて、大通りの方が気になる。
あの悪い奴、まだ強盗してるのかな。
ここから離れるにしても、どっちにいるかくらいは確かめたい。
壁に身体を寄せ、そっと顔だけ出す。
「うぎゃぁ!」
悲鳴とともに、男がこっちの方向へ飛んできた。
針だらけの身体が道に叩きつけられ、派手な音を立てて転がる。慌てて顔を引っ込めたものの、男は路地の入口より少し先で止まった。
ヘッジホッグだ。
肩や背中の針が何本も折れ、身体から青い血が噴き出している。石畳に散ったその色を見て、さっきまで人間だと思っていたことまで怪しくなった。
「ザコ怪人! そこまでよ!」
女の人の声だ。
通りの向こうに、紅い姿が立っていた。
街灯の下にいるのは、ドレスと鎧を合わせたような格好の女の人だった。腰の周りに広がる装甲はスカートみたいで、その下から伸びた脚も、胴体も、紅い魔導機械に覆われている。
でも、顔は人間だ。
赤いショートボブの髪。その両側、耳の辺りには魔導器がついていた。金色の瞳が、倒れたヘッジホッグを見据えている。
綺麗な人だ。
すっと通った鼻筋も、きりっとした目元も、なんだか大人っぽい。
そんな人が、片手に金属パイプを握っていた。
……パイプ?
剣でも銃でもなく、工事現場に落ちていそうな長い棒だ。ただ、表面には光が走っていて、普通の金属には見えない。魔導器なのかな。
先端を軽く下げたまま、女の人が歩いてくる。
靴底が石畳を踏むたびに、紅い脚の機構が動いた。歩き方は人間と変わらないのに、やっぱり身体は機械みたいだ。
僕と同じ?
胸元の装甲に触れかけたとき、ヘッジホッグが起き上がった。
「てめぇ! よくもやりやがったな!」
折れた針が、足元へぱらぱらと落ちる。
男が腕を突き出すと、そこから針が飛び出した。
さっき車を壊したときより速い。
何本もの針がミサイルみたいに飛び、女の人へ殺到する。
危ない、と思ったときには、紅い身体が横へ滑っていた。
最初の針が頬のすぐ脇を抜ける。続く1本は首を傾けてかわし、そのまま半歩下がる。
背後の店に針が突き刺さり、壁の破片が散った。
女の人はもう別の場所にいる。
脚を狙った針を跳び越え、着地と同時に身体を捻る。紅いスカート状の装甲が翻り、腰のあった場所を次の針が通り過ぎた。
すごい。
紹介映像の戦闘みたいだ。
あんなに速いものを、どうやって見てるんだろう。こっちはどこに飛んだのか追いかけるだけで精いっぱいなのに。
飛んできた針の1本を、光るパイプが横から叩いた。
甲高い音が響き、弾かれた針が石畳に突き立つ。女の人はパイプを振った勢いで身体を回し、さらに2本をかわした。
けれど、ヘッジホッグは撃つのをやめない。
腕だけじゃない。肩からも、胸からも、次々と針が飛んでいく。
車に当たり、店の壁を削り、硝子を砕く。
路地の入口にまで破片が跳ねてきて、思わず奥へ引っ込んだ。
こんなところにいたら、僕も当たる。
それでも、すぐに逃げ出せなかった。もう1度顔を出すと、女の人がさっきより遠く、建物の壁に近いところまで下がっている。
右へ動こうとすると、そちらに針が飛ぶ。
左へ避ければ、また左へ。
パイプで弾くたびに金属音が重なり、紅い身体が少しずつ後ろへ押されていく。
あれ。
逃げる場所、なくなっちゃうんじゃ。
女の人の背後には壁がある。すぐ横にも針が何本も突き刺さり、突き出した先端が動ける場所を狭くしていた。
ヘッジホッグが両腕を広げる。
その全身に残った針が、女の人へ向く。腕にも肩にも、腹にも、まだあんなに生えていたんだ。
「小娘が! 死ねぇ!」
女の人がパイプを構える。
でも、あの数を全部?
さっきまで1本ずつ弾いていた。それがいっぺんに飛んできたら、どうなるの?
あの女の人が危ない。
考えるよりも先に、足元に落ちていた瓦礫を掴んでいた。
ソフトボールぐらいの大きさ。壁から剥がれ落ちたのか、表面に白い塗装が残っている。
僕にできることなんて分からない。
ただ、あいつがこっちを向けば、その間に逃げられるかもしれない。
瓦礫を握った腕を、後ろへ引く。
ゲームでボムを投げる様に。
そのとき、装甲の隙間を青白い光が走った。
肘から手首へ。手首から指先へ。
光る魔導回路が、握った瓦礫にまで伝わっていく。
え?
白い表面に細い線が広がり、指の隙間から青い光が漏れた。石の角が硬い金属みたいな光沢を帯びていく。
何、これ。
でも、ヘッジホッグは今にも針を撃ち出しそうだった。
確かめている暇なんてない。
「えいっ!」
腕を振り抜く。
瓦礫は思っていたよりずっと速く、手の中から飛び出した。
青い光が尾を引く。
ヘッジホッグがこちらを向きかけた。その身体に瓦礫が触れた瞬間、眩しい閃光が弾けた。
爆発。
腹の底まで響く音に、思わず身を縮める。
青白い爆炎が男の身体を包み、通りへ膨れ上がった。足元の破片が吹き飛び、熱い風が路地の中まで押し寄せてくる。
頬を熱が撫でた。
石を投げたはずだった。
ちょっと大きくて硬い、ただの瓦礫を。
なのに、目の前で炎が上がっている。
「何なの!?」
紅い女の人も、パイプを構えたままこちらを見ていた。
さっきまで余裕がありそうだった金色の目が、大きく開いている。
驚かせちゃった。
でも、1番驚いているのは僕だ。
投げた方の手を見下ろす。白銀の指には、もう何も残っていない。
……バクダンじゃん。




