第60話 スターハーツの末路
◇
『アレックス、ソフィー、今すぐ夜の公園に来て』
届いたメッセージは、それだけだった。
何があったのかも、どうして呼び出したのかも書かれていない。
送り主はアメリア。
スターハーツを抜けると言い残し、僕たちの前から走り去ったアメリアだった。
『分かった。すぐに行く』
僕は短く返事を送った。
謝らなくちゃ。
僕も意地になって、ひどいことを言った。
会って、ちゃんと話をしたい。
きっとアメリアも、そのために呼んだんだ。
そう思いたかった。
ソフィーと合流する。
「アメリア、仲直りしてくれるかな」
「うん。きっと大丈夫だよ。アメリアも分かってくれると思う」
「そうだよね」
ネオンの光が流れる大通りを走り抜けていく。
指定されたのは、昼間なら家族連れで賑わう大きな公園だった。
けれど、深夜の公園に人の姿はない。
魔導街灯の白い光が、広場や遊具を静かに照らしている。
噴水は止まり、水面に上層のネオンだけが揺れていた。
「アメリア!」
呼びかけても返事はない。
ソフィーと並んで、公園の奥へ進んでいく。
やがて噴水の向こうに、2つの人影が見えた。
1人は純白のドレスを纏い、背中に大きな翼を生やした女性。
白銀の長い髪を夜風になびかせる、オデットだった。
その隣には、赤いフードを深く被った人物が立っている。
背丈からすれば女の人だ。
けれど、フードと外套に隠されて顔は見えない。
「オデット……!」
ソフィーの声が震えた。
僕も胸へ手を当てる。
「変身!」
蒼白い光が胸から広がり、僕の身体を白銀の装甲へ置き換えていく。
隣では白い魔導回路がソフィーの全身を走った。
白銀の髪が広がり、白を基調とした機械の身体が形作られる。
僕たちはアレクサンダーとスノーホワイトへ変身し、オデットを前に身構えた。
「アメリアはどこだ!」
僕の問いに、オデットは答えない。
唇へ指を当て、不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「アメリアを返して!」
スノーホワイトが両手を突き出す。
白い魔導回路が掌へ集まり、冷気が渦を巻いた。
「凍っちゃえ!」
放たれた氷の光線が、一直線にオデットへ迫る。
「やめろ!」
赤い影が割り込んだ。
フードの人物が片腕を振るう。
その腕から伸びた鋭い爪が氷の光線を切り裂き、白い冷気を周囲へ弾き飛ばした。
足元の石畳が凍りつく。
その時、巻き起こった風が赤いフードを跳ね上げた。
露わになった顔を見て、息が止まる。
短い赤髪。
金色の瞳。
見間違えるはずがない。
「アメリア……?」
頭には、大きな赤狼の耳が生えていた。
外套の後ろからは赤い毛並みの太い尾が伸び、ゆっくりと左右へ揺れている。
両腕と両脚も人間のものではない。
肘から先と膝から下が赤い毛に覆われ、指先には黒く鋭い爪が伸びていた。
脚は獣のように形を変え、地面を掴む足先からは、いつでも飛びかかれる力が伝わってくる。
顔はアメリアなのに、そこに立っているのは赤い狼の怪人だった。
赤狼の耳がぴくりと動く。
アメリアはオデットを背中へ庇い、僕たちへ爪を向けた。
「私の番のオデットを傷つけないで」
「スターハーツ……!」
僕は前へ出ようとして、足を止めた。
どうして。
どうして、アメリアがオデットを守っているんだ。
「どうして……どうしてだよ、アメリア!」
「オデットに何かされたの!?」
スノーホワイトが叫ぶ。
「その姿、D因子で変わっちゃったの!?」
アメリアの金色の瞳が、冷たく細められた。
「私はもうアメリアじゃない」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「私はレッドフード。ドレッドの戦闘員、D因子の完全適合者……」
「そんな……!」
スノーホワイトの白い尾が大きく揺れた。
「D因子は手術じゃないと移植できないわ! こんなに早く変身するなんて聞いたことない!」
「ふふふ」
オデットが翼を広げる。
白い羽根が夜風に舞い、噴水の水面へ落ちた。
「それがD因子OF『オーバーフロー』型の特徴よ。投与するだけで即座に変異する」
「OF型……?」
僕はアメリアの姿を見つめた。
昨日まで一緒に戦っていた。
怒って、笑って、強引に僕の手を引っ張っていた。
それなのに今は、ドレッドの戦闘員を名乗っている。
「アメリアを元に戻せ!」
「戻す?」
アメリアは自分の赤い尾へ手を伸ばした。
指の間へ毛並みを通し、愛おしそうに撫でる。
続いて頭の狼耳へ触れると、気持ちよさそうに目を細めた。
「私は今のこの姿が好きなの」
「嘘だよ……」
あんなにドレッドを嫌っていた。
ソフィーを助けるために戦ってくれた。
オデットがシオだと知った時、裏切られてもなお涙を流した。
そのアメリアが、こんなことを言うはずがない。
「アメリア、目を覚まして! 僕だよ!」
「その名前で呼ばないで」
アメリアの声には、迷いも動揺もなかった。
オデットが彼女の肩へ手を置く。
「レッドフード、正式にドレッドへ加入するために彼らを倒して?」
アメリアはオデットへ振り返った。
さっきまでの冷たい表情が消え、嬉しそうに微笑む。
「オデット、分かったわ」
赤い脚が石畳を蹴った。
一瞬だった。
目の前からアメリアの姿が消える。
「アレク、前!」
スノーホワイトの声に反応し、両腕を交差させた。
直後、赤い爪が白銀の装甲へ叩き込まれる。
ガギィン!
火花が散った。
「うわぁっ!」
身体が宙へ浮き、背中から地面へ叩きつけられる。
衝撃で石畳に亀裂が走った。
速い。
イアハートの時よりも、ずっと速い。
立ち上がるより先に、アメリアが頭上へ跳び上がった。
赤い尾で姿勢を制御し、両脚を揃えて僕の胸を蹴りつける。
「ぐっ!」
地面を転がり、噴水の縁へぶつかった。
「アレクから離れて!」
スノーホワイトが両手から氷の光線を放つ。
アメリアは身体を低く沈めた。
冷気が頭上を通過し、背後の木々を白く凍らせる。
そのまま四足で地面を駆けた。
獣のような動きで左右へ飛び、狙いを絞らせない。
「速すぎる……!」
「ソフィー! 近づかれないようにして!」
「うん!」
スノーホワイトが地面へ手をつく。
白い魔導回路が石畳を走り、無数の氷柱が噴き上がった。
アメリアの進路を塞ぎ、氷の壁が僕たちとの間に作られる。
けれど、赤い影は止まらない。
「そんなもの!」
アメリアの爪が紅く光った。
ひと振り。
氷の壁に5本の亀裂が走る。
もうひと振り。
厚い氷が粉々に砕け、白い破片が夜の公園へ飛び散った。
「きゃっ!」
砕けた氷の向こうからアメリアが飛び出す。
スノーホワイトの腹部へ肩から突っ込み、そのまま地面へ押し倒した。
「ソフィー!」
助けようと駆け寄る。
アメリアが振り向き、尾を鞭のように振るった。
赤い尾が僕の足をすくう。
体勢を崩したところへ、鋭い回し蹴りが飛んできた。
咄嗟に近くのベンチへ触れる。
蒼い魔導回路が木材と金属を走り、ベンチが大きな盾へ変形した。
蹴りが盾へ直撃する。
ゴォン!
両腕が痺れた。
盾の表面がへこみ、僕の足が石畳を削りながら後ろへ押される。
「アメリア、やめてよ!」
返事はない。
もう一度、蹴りが叩き込まれる。
盾に亀裂が走った。
3度目の蹴りで盾が真っ二つに割れる。
アメリアの爪が胸の装甲を掠め、白銀の表面へ深い傷を残した。
痛い。
けれど、それ以上にアメリアが本気で僕たちを倒そうとしていることが苦しかった。
「アレク!」
背後から白い光線が放たれる。
アメリアは僕の肩を踏み台にして跳び、空中で身体を捻った。
氷の光線を避け、そのままスノーホワイトへ飛びかかる。
「ソフィー、避けて!」
赤い爪がスノーホワイトの肩を切り裂いた。
白い装甲の破片が散る。
「ぁっ!」
スノーホワイトがよろめく。
アメリアは腕を掴み、彼女の小さな身体を持ち上げた。
そのまま勢いをつけ、噴水へ投げ飛ばす。
水柱が上がった。
「ソフィー!」
噴水の中で、スノーホワイトは動かない。
白い装甲から光が消え、機械の身体が縮んでいく。
白い魔導回路が胸へ収束し、元のソフィーの姿へ戻った。
「ソフィー……!」
駆け寄ろうとした僕の前へ、アメリアが立ち塞がる。
「退いて」
「退かないわ」
「お願いだよ。僕たちが分からないの?」
「分かっているわ」
その答えに、希望が灯りかける。
けれど、続く言葉がそれを砕いた。
「私とオデットの幸せを邪魔する敵でしょう?」
アメリアの赤い爪が、僕の胸へ突き刺さった。
装甲を貫くほどではない。
それでも激しい衝撃に息が止まる。
続けて腹へ拳を打ち込まれ、膝が崩れた。
視界の端で、オデットが微笑んでいる。
「さすがよ、レッドフード」
その声を聞いたアメリアの尾が、嬉しそうに揺れた。
「アメ……リア……」
最後に名前を呼ぶ。
アメリアは何も答えなかった。
赤い脚が閃き、蹴りが僕の側頭部へ直撃した。
世界が回る。
地面へ倒れた僕の装甲から、蒼い光が抜けていった。
白銀の機械の身体が縮み、生身へ戻っていく。
遠くで誰かの足音が聞こえた。
意識が闇へ沈む直前、見えたのは赤いフードと白い翼だった。
◇
「アメリア、この2人にも『愛』をあげて?」
オデットは懐から2本の注射器を取り出した。
中には、甘い輝きを帯びた赤い液体が満たされている。
アメリアは倒れたアレックスとソフィーを見下ろした。
2人とも変身は解け、意識を失っている。
「これで、みんなで幸せになれるわ」
オデットがソフィーの細い腕へ針を刺す。
アメリアもアレックスの腕を取り、残された注射器を押し込んだ。
赤い液体が、2人の身体へ流れ込む。
「う……ぁ……!」
アレックスの身体が大きく跳ねた。
意識を失ったまま胸を押さえ、苦しそうに身を丸める。
ソフィーも喉から掠れた悲鳴を漏らした。
2人の肌の下を、D因子の赤い光が走っていく。
骨が軋み、身体の輪郭が縮み始めた。
アレックスの青い髪が全身へ広がる。
腕も脚も短くなり、手足の先から柔らかな青い毛に覆われていった。
頭には丸い獣耳が生え、腰から細い尾が伸びる。
首元には、幼い鬣のような濃い青の毛が膨らんだ。
服の中から転がり出たのは、銀色の瞳を持つ青い子獅子だった。
ソフィーの身体も小さく縮んでいく。
白銀の髪が雪のような毛並みへ変わり、細い手足には小さな肉球が作られる。
白い三角形の耳と、淡い縞模様の入った長い尾。
淡い青色の瞳を持つ、手のひらに乗りそうな白い子猫へ変わった。
2匹は地面の上で震え、小さな声を漏らした。
「可愛らしい……」
アメリアは青い子獅子を抱き上げた。
オデットも白い子猫を胸へ抱く。
アメリアは子獅子の柔らかな鬣へ頬を寄せ、オデットは子猫の白い毛並みへ頬を寄せた。
そして2人は互いに寄り添い、幸せそうに微笑んだ。
「さ、帰りましょう?レッドフード」
「…ええ、オデット…」
結成から数週間、ヒーローと呼ばれたスターハーツは一夜にして全滅した。




