第58話 傷ついた恋心
◇
後日。
朝刊の『イスカティア・タイムズ』は、スターハーツの活躍を大きく報じていた。
『スターハーツ、大型自立兵器を撃破!』
『白銀のキャノンと紅の大剣! 仲間の力を振るう蒼銀騎士!』
一面には、スノーホワイトをキャノンへ変えて構える僕の写真が大きく掲載されている。
その隣には、イアハートの大剣を振り抜き、凍りついたガングを斬り裂く瞬間も並べられていた。
『絶体絶命の状況で仲間の力を束ね、巨大兵器を打ち倒したアレクサンダー。蒼銀騎士の勇姿は、イスカティアに新たな英雄が誕生した瞬間と言えるだろう』
「英雄……」
自分で読み上げると、ものすごく恥ずかしい。
僕1人の力で勝ったわけじゃない。
スノーホワイトがガングを凍らせてくれた。
イアハートが大剣になって、力を貸してくれた。
2人がいなければ、僕は何もできなかった。
それでも、悪い気はしなかった。
誰かを助けたことを、こんなに大きく褒められている。
ヒーローとして認めてもらえたようで、胸の奥がくすぐったくなった。
学校へ行くと、新聞を読んだ生徒たちが朝からスターハーツの話をしていた。
もちろん、目の前にいる僕がアレクサンダーだと知る人はいない。
「見たか? アレクサンダーが持ってた大剣! あれ、絶対レジェマナの武器より強いぜ!」
リアムの言葉を聞きながら、僕は正体がバレないように曖昧に笑った。
「そうかもね」
「キャノンもすごかったよな。あの白い子が変形したって噂だけど、本当かな?」
「ど、どうだろう……」
隣に座るソフィーと目が合う。
僕たちは同時に視線を逸らし、声を押し殺して笑った。
◇
放課後。
「アレク、今日は一緒に帰ろう」
「うん、いいよ」
僕とソフィーは並んで校門を出た。
街角の新聞販売機にも、スターハーツの写真が大きく表示されている。
通り過ぎる人たちの口からも、アレクサンダーやスノーホワイトの名前が聞こえてきた。
「みんな、私たちの話をしてるね」
「なんだか変な感じだよ。僕たちのことなのに、誰も気づかないんだから」
「でも、嬉しいな」
ソフィーは鞄を抱えながら、楽しそうに笑った。
「私、2人の役に立てたんだって思えるから」
「役に立ったなんてものじゃないよ。スノーホワイトが凍らせてくれなかったら、絶対に勝てなかった」
「本当?」
「うん。新聞には僕ばかり大きく載ってるけど、あれは3人で勝ったんだよ」
ソフィーの頬が、少しだけ赤くなった。
「アレクも、すごくかっこよかったよ」
「えっ?」
「大剣を持って走っていくところ、本当の英雄みたいだった」
面と向かって言われると、新聞に書かれるより恥ずかしい。
顔が熱くなり、僕は歩道の先へ視線を逃がした。
「そ、そうかな……」
「うん!」
ソフィーは嬉しそうに頷く。
以前より、僕たちの距離は近くなっていた。
獣の姿になったソフィーを廃工場から連れ帰り、プロテウスを移植し、一緒に戦った。
互いの秘密も、怖さも知っている。
気がつけば、僕にとってソフィーはただのクラスメイトではなくなっていた。
「アレク」
不意に、左手へ柔らかな感触が触れる。
ソフィーの小さな手が、僕の手を握っていた。
「はぐれないようにね」
「別に、そんなに人はいないけど……」
「じゃあ、嫌だった?」
淡い青色の瞳が、不安そうに僕を見上げる。
「嫌じゃないよ!」
思わず大きな声が出た。
女の子と手を繋いで帰るなんて、初めてだ。
心臓が速く鳴り、繋いだ手の温かさばかりが気になってしまう。
最初は指を伸ばしたまま、どうしていいのか分からなかった。
けれど、しばらく歩くうちに緊張も少しずつ薄れていく。
僕はそっと指を曲げ、ソフィーの手を握り返した。
ソフィーは何も言わなかった。
ただ、いつもより少しだけ嬉しそうに笑っていた。
◇
校舎の窓から、見慣れた青い髪が見えた。
アレックスだ。
隣を歩いているのは、ソフィー。
2人は何かを話しながら、楽しそうに笑っていた。
私も声をかけようと思った。
一緒に帰って、新聞の記事について話したかった。
アレックスばかり英雄扱いされていることをからかって、それから3人で勝ったのだと改めて言ってやるつもりだった。
けれど、伸ばしかけた手が止まった。
2人の手が繋がれている。
ソフィーから握った手を、アレックスがゆっくりと握り返すところまで見えてしまった。
「何よ……それ」
胸の奥が、きつく締めつけられる。
ソフィーは友達だ。
怪人になって苦しんでいたあの子を、私も助けたいと思った。
仲間になってくれたことだって嬉しかった。
それなのに、アレックスの隣で笑うソフィーを見ていると、どうしても胸がざわつく。
私の方が先にアレックスと出会った。
私があいつをヒーロー活動に引っ張り込んだ。
何度も一緒に戦って、何度も助け合った。
大剣に変えられた時だって、文句は言ったけれど、本当はアレックスなら私を使いこなせると信じていた。
怪人に堕ちたシオを前にして動けなくなった時、そばにいてくれたのもアレックスだった。
私が泣いた時、何も言わずに肩を支えてくれた。
あの時から、ずっと気になっていた。
アレックスが傷つけば怖くなる。
他の誰かに褒められれば、私まで嬉しくなる。
一緒にいると落ち着かないのに、会えないともっと落ち着かない。
それが何なのか、もう分かっている。
私は、アレックスが好きなんだ。
「……馬鹿」
今さら自覚しても遅い。
私が素直になれない間に、ソフィーは簡単にあいつの手を握ってしまった。
アレックスも、それを握り返した。
胸の奥で膨らんだ言いようのない感情に、自分でも名前をつけたくなかった。
けれど、どう考えても嫉妬だった。
◇
その日から、私はアレックスへ強く当たるようになった。
「遅い! 集合時間の5分前には来なさいよ!」
「まだ3分前だよ……」
「言い訳しない!」
別の日には、戦い方の確認をしているだけなのに、余計なことまで口にした。
「アンタ、最近気が緩んでるんじゃない?」
「そんなことないよ」
「新聞で英雄扱いされて、調子に乗ってるんでしょ?」
「乗ってないってば!」
自分でも、理不尽なことを言っていると分かっていた。
アレックスは何も悪くない。
ソフィーも悪くない。
悪いのは、勝手に嫉妬して、素直に気持ちを伝えられない私だ。
それでも、2人が並んでいる姿を見るたびに胸が苦しくなった。
そして、ついにアレックスも我慢の限界を迎えた。
「アメリア、最近どうしたの?」
ヒーローミーティングの途中、アレックスが正面から私を見た。
「何がよ」
「ずっと怒ってるじゃないか。僕が何かしたなら、ちゃんと言ってよ」
「別に。何もしてないわ」
「じゃあ、どうして毎回そんな言い方するんだよ!」
「アンタが頼りないから注意してあげてるんでしょ!」
「僕だって真面目にやってるよ!」
アレックスも声を荒らげる。
いつも控えめなあいつに言い返されて、胸の中の感情がさらに掻き乱された。
「それに、ソフィーにまで嫌な言い方をするのはやめてよ」
「え……」
「ソフィーは何も悪くないだろ?」
分かっている。
そんなことは、最初から分かっている。
それでも、アレックスがソフィーを庇ったことが、どうしようもなく苦しかった。
「そう。やっぱりソフィーの方が大切なのね」
「どうしてそうなるんだよ!」
「私より、ソフィーと一緒にいる方が楽しいんでしょ?」
「今はアメリアの話をしてるんだ!」
「何よ! 私が全部悪いって言いたいの!?」
「そんなこと言ってない!」
「2人とも、喧嘩しないで……」
ソフィーが間へ入ろうとする。
けれど、もう止まれなかった。
「だったら、2人で仲良くやればいいじゃない!」
「アメリア?」
「私なんかいなくても、キャノンがあれば戦えるんでしょ!」
「そんなわけないだろ! アメリアの力だって必要だよ!」
その言葉を、素直に受け取ればよかった。
必要だと言ってくれたことを、喜べばよかった。
けれど、感情に支配された私は、いちばん言ってはいけない言葉を口にした。
「もういい! 私、スターハーツを抜ける!」
「えっ……」
アレックスの顔が固まる。
ソフィーも淡い青色の瞳を見開いていた。
2人の顔を見ていると、泣いてしまいそうだった。
だから私は背を向けた。
「アメリア、待って!」
呼び止める声を振り切り、その場から駆け出した。
◇
アメリアは、振り返ることなく走り去ってしまった。
追いかけることもできず、僕はその背中を見送る。
「……どうして、こんなことになったんだろう」
「アレク……」
ソフィーも不安そうに立ち尽くしていた。
僕たちはどうすればいいのか分からないまま、アメリアが消えた道を見つめていた。




