第57話 子供の遊びは程々に
◇
子供の姿をしたエラは、僕たちと一緒にリビングのテーブルを囲んでいた。
最初は人目を気にして俯いていたけれど、ソフィーが学校の話を始めると、少しずつ会話へ加わるようになった。
「エラちゃんも、今度一緒に学校へ行こうよ」
「でも……こんな姿、みんなに見られたら……」
「その時は私たちが説明するわ」
アメリアが当然のように言う。
「何か言ってくる奴がいたら、私が懲らしめてあげる」
「アメリアはすぐそういうこと言うんだから」
「何よ。悪口を言う方が悪いでしょ?」
2人のやり取りを見て、エラが小さく笑った。
さっきまで泣いていた顔に笑顔が戻ったことに、僕も少しだけ安心する。
「エラ、今度は一緒にご飯を食べようよ。キュナもその方が喜ぶし」
「……うん。辛い料理がいい」
「そこはやっぱり変わらないんだね」
その時だった。
ジジッ!
マナリンクから、治安維持部隊の緊迫した無線が流れる。
『上層第7区に大型自立兵器が出現! 周辺の建物及び車両を無差別に破壊している!』
通信の向こうから、激しい銃声と金属のぶつかり合う音が聞こえた。
『こちら第3班、既に交戦中だが歯が立たない! 至急、応援を――』
ドォォォン!
『う、うわぁぁぁぁっ!』
断末魔のような叫びを最後に、無線が途切れた。
僕たち3人は顔を見合わせる。
「……行くわよ」
アメリアが立ち上がった。
ソフィーも真剣な表情で頷く。
「ごめん、エラ。用事ができた」
「えっ?」
会話を途中でぶった切り、僕たちは玄関へ向かう。
「ちょ、ちょっと待って! どこに行くの?」
「すぐに戻るから!」
「アレクお坊ちゃま、お食事の片付けは――」
「キュナ、後で!」
エラとキュナを残し、僕たちは家を飛び出した。
◇
現場へ近づくにつれ、地面を揺らすような衝撃音が大きくなっていった。
ドン!
ドン!
ドォン!
角を曲がった瞬間、巨大な何かが乗用車を蹴り飛ばした。
車体は横転し、窓ガラスを撒き散らしながら道路を滑っていく。
「何、あれ……」
隣を走っていたソフィーが息を呑む。
通りの中央で暴れていたのは、全高2メートルほどの大型ロボットだった。
分厚い装甲に包まれた胴体。
腕は人間の胴ほども太く、巨大な拳が地面へ届きそうなほど長い。
脚部も重く頑丈そうで、踏み出すたびに舗装された道路へ亀裂が走る。
頭部には顔らしいものがなく、横一線の発光部が不気味に明滅していた。
「いけ! ガング! 全部ぶっ壊せ!」
ロボットの傍らから、楽しそうな声が上がる。
声の主は、まだ幼い男の子だった。
見た目は6歳ぐらい。
小柄な身体に、黄色と黒を組み合わせた丈の長いジャケットを羽織っている。
明るい金髪は毛先があちこちへ跳ね、その周囲では細い黄色の電流が弾けていた。
ジャケットには黒いベルトや金属製の留め具がいくつも付き、胸元には黄色い液体の入った小さな筒が並んでいる。
肩と腰の後ろから伸びた3本の黄色いコードは、ガングの背中にある接続口へ繋がっていた。
先端の大型プラグから黄色い電流が流れ込み、ガングの装甲に刻まれた回路を明滅させている。
ガングは自分で標的を選んで動けるらしい。
けれど、巨体を動かすための電力は、あの子供から送られているんだ。
「ガング! 次はあっち! あのおっきい建物、壊して!」
黄色い子供が両腕を上げる。
背中のコードを走る電流が強くなり、ガングの発光部が眩しく輝いた。
大型ロボットが両腕を振り上げる。
「させないわ!」
アメリアが飛び出した。
僕たちは人目の途切れた場所へ駆け込み、同時に変身を始める。
アメリアの身体を紅い魔導回路が包み、紅と白の装甲を組み上げていく。
ソフィーの周囲には白い魔導回路が走り、白銀の髪と機械猫耳を持つ小柄な機械少女へ変わった。
僕の全身にも蒼い魔導回路が広がり、白銀と蒼の装甲が生身の身体を置き換えていく。
「スターハーツ、行くわよ!」
イアハートが地面を蹴った。
ガングの拳が建物へ振り下ろされる寸前、紅い戦乙女がその腕へ跳びつく。
「はぁっ!」
紅い装甲に包まれた蹴りが、ガングの肘へ直撃した。
ガァン!
重い金属音が響く。
ガングの腕は僅かに逸れ、巨大な拳が建物の壁ではなく道路を叩き砕いた。
「何だよ、お前!」
子供が頬を膨らませる。
「ガングの遊びを邪魔するな!」
「建物を壊すのは遊びじゃないわ!」
イアハートは着地と同時に踏み込み、ガングの脚へ拳を打ち込んだ。
紅い拳が装甲を叩くたび、火花が飛ぶ。
けれど、ガングの分厚い脚部には小さなへこみしか残らなかった。
「硬い……!」
「もっとパワーをあげる!」
子供が歯を見せて笑う。
金髪の周囲で黄色い電流が激しく弾け、3本のコードを通してガングへ流れ込んだ。
ブゥゥゥン!
ガングの全身から低い駆動音が響く。
さっきよりも発光部が強く輝き、装甲の隙間から黄色い光が漏れ出した。
ガングが腕を横薙ぎに振るう。
「イアハート!」
僕が叫ぶより早く、イアハートは身体を反らして巨大な拳をかわした。
拳が頭上を通過しただけで、激しい風圧が赤い髪を巻き上げる。
続けてガングの反対側の腕が迫った。
イアハートは地面を蹴て後方へ飛んだが、拳の先が腰の装甲を掠める。
「きゃっ!」
身体が弾き飛ばされ、道路を転がった。
「イアハート!」
「これぐらい平気よ!」
イアハートは片手を地面につき、すぐに立ち上がった。
「スノーホワイト、脚を凍らせられる?」
「やってみる!」
スノーホワイトが両手をガングへ向ける。
白い魔導回路が腕を走り、機械の指先へ集まった。
「凍っちゃえ!」
両手から白い冷気の光線が放たれる。
光線はガングの右脚へ命中し、装甲の表面へ霜を広げた。
たちまち膝から下が氷に覆われる。
「やった!」
ガングの動きが止まった。
けれど、子供は面白がるように笑っている。
「そんな氷、ガングのパワーで壊せ!」
黄色いコードの中を、何度も電流が脈打った。
ガングが供給された電力を脚部へ集中させ、凍りついた足を強引に持ち上げる。
バキン!
まとわりついた氷が砕け、無数の破片となって飛び散った。
「えっ!?」
「この程度じゃ止められない……」
スノーホワイトの表情が強張る。
「この天才の僕、ヴィクター製のガングは最強なんだぞ!」
子供――ヴィクターは両手を上げて飛び跳ねた。
「踏んじゃえ! ぺちゃんこにしろ!」
ガングの巨大な足が、スノーホワイトの頭上へ迫る。
僕は全速力で飛び込み、小さな身体を抱えて地面を転がった。
直後、ガングの足がさっきまで2人のいた場所を踏み砕く。
腹に響く衝撃と共に、砕けた舗装材が装甲へ降り注いだ。
「アレクサンダー、ありがとう」
「うん。でも、このままじゃ……」
近づけば、電力で強化された巨大な腕に薙ぎ払われる。
離れれば、スノーホワイトの冷気でも装甲の表面を凍らせるだけだ。
イアハートの攻撃も効いてはいるけれど、装甲を破壊するには威力が足りない。
ガングはヴィクターから電力を受け取る限り、力を出し続けられる。
コードを狙おうにも、ガングの巨体がヴィクターと接続部を守っていた。
僕はガングの拳を避けながら、2人の姿を見る。
イアハートの大剣。
スノーホワイトのキャノン。
試したばかりの武器化なら――。
「2人とも、聞いて!」
僕たちはガングから距離を取り、倒れた車の陰へ身を寄せた。
「まず、スノーホワイトをキャノンにする。あれなら氷の力を一気に撃ち込めるはずだ」
「その後は?」
「ガングが凍って動けなくなったら、今度はイアハートを大剣にする。僕が装甲を斬る」
イアハートがガングを睨みながら頷く。
「いいわ。ただし、1回でも外したら終わりよ」
「外さない」
「私も頑張る!」
スノーホワイトが僕の前へ立った。
「アレク、お願い!」
「ちょっとくすぐったいかもしれないよ」
「今は我慢する!」
僕がスノーホワイトの肩へ触れる。
胸の発光部から蒼い魔導回路が伸び、僕の腕を通って白い装甲へ流れ込んだ。
カチャカチャカチャ!
スノーホワイトの身体が折り畳まれ、次々に形を変えていく。
白銀の外殻が長い砲身を作り、内部に黒い機構が組み上がった。
砲身の上には青く光る機械猫耳が残り、後部からは白い機械の尻尾が弧を描いて伸びる。
両手で抱えるほど大きな、白銀のキャノン。
『アレク、準備できたよ!』
「重いけど……これなら!」
後部の主グリップと前方の補助グリップを握り、ガングへ砲口を向ける。
円形の砲口に白い光が集まり、周囲の空気が一気に冷えていく。
「また変なオモチャだ!」
ヴィクターがガングの背後から笑った。
「電気いっぱいあげるから、壊せ!」
ヴィクターの全身を黄色い電流が駆け巡る。
3本のコードが眩しく発光し、送られた電力によってガングの発光部が限界まで輝いた。
ガングが地面を蹴る。
巨体からは考えられない速さで迫ってきた。
照準が激しく揺れる。
まだだ。
今撃って外せば、次はない。
ガングが右腕を振り上げた。
「アレクサンダー!」
イアハートの叫び声が響く。
砲口の先で、ガングの発光部がこちらを捉えた。
「今だ、スノーホワイト!」
『うん! 凍っちゃえぇぇっ!』
トリガーを引く。
砲口から白い閃光が放たれた。
ゴォォォォッ!
雪崩のような冷気が正面からガングを呑み込む。
巨大な拳が僕の顔へ届く寸前、その表面に白い霜が走った。
霜は瞬く間に腕から肩、胸、脚へ広がっていく。
背中へ接続された3本のコードも、流れる黄色い電流ごと白い氷に閉ざされた。
ガングの巨体が、拳を突き出した姿勢のまま凍りつく。
道路も白い氷に覆われ、周囲へ細かな雪の結晶が舞った。
「ガング?」
ヴィクターの笑顔が消える。
「動けよ! もっと電気をあげるから!」
ヴィクターの髪から激しい電流が放たれ、凍ったコードへ流れ込む。
氷の内側で黄色い光が明滅した。
凍りついた機体から、低い駆動音が漏れる。
ミシッ。
氷の表面に亀裂が入った。
「長くは止められない!」
『アレク、急いで!』
僕が武器化を解除すると、キャノンが白い光に包まれ、スノーホワイトの姿へ戻る。
「次は私ね!」
イアハートが迷わず僕の前へ立った。
僕は差し出された手を握る。
蒼い魔導回路が、紅と白の装甲へ伝わった。
イアハートの身体が折り畳まれ、人の背丈ほどもある大剣へ変形していく。
白銀の幅広い刀身。
中央を走る紅い光。
鍔の中心では、紅いハート型の発光部が強く輝いている。
『ちゃんと両手で持ちなさいよ!』
「分かってる!」
長い柄を両手で握り、腰を落とす。
ずしりとした重さが腕と肩へかかった。
目の前では、ガングを覆う氷の亀裂がさらに広がっている。
ヴィクターが送り続ける電力が、機体を無理矢理動かそうとしていた。
バキン!
右腕の氷が砕ける。
凍結が完全に破られる前に、決めないといけない。
「やっちゃえ! アレク!」
スノーホワイトの声に背中を押され、僕は氷の上を駆け出した。
ガングの右腕が鈍い動きで振り下ろされる。
身体を横へ逸らす。
巨大な拳が肩の装甲を掠め、激しい火花が散った。
痛い。
それでも、足は止めない。
僕はガングの懐へ踏み込んだ。
「イアハート、力を貸して!」
『最初からそのつもりよ!』
紅い光が刀身から噴き上がる。
「うおぉぉっ!」
全身の力を込め、大剣を斜め上へ振り抜いた。
紅い閃光が、凍ったガングの胴体を走る。
一瞬遅れて、分厚い装甲に真っ直ぐな亀裂が生じた。
ガァァァン!
ガングの上半身が大きく傾き、内部から火花と黒い煙が噴き出す。
背中の接続口が壊れ、3本の大型プラグが弾き出された。
ヴィクターから送られていた黄色い電流が途絶える。
横一線の発光部が明滅し、そのまま消えた。
巨体は膝から崩れ、道路へ倒れ込む。
地面を揺らす轟音が響いた。
「……ガング?」
ヴィクターが、動かなくなった大型ロボットを呆然と見つめる。
「起きてよ」
返事はない。
ヴィクターは外れたプラグをガングの背中へ押しつけた。
「電気あげるから! ほら、起きろよ!」
プラグの先で黄色い電流が弾ける。
けれど、壊れた接続口は電力を受け取らない。
「ガング! まだ遊ぶんだぞ! 起きろよぉ!」
ヴィクターは倒れた装甲を小さな拳で何度も叩いた。
それでも、ガングは動かなかった。
「う……うぅ……」
金色の瞳から、大粒の涙がこぼれる。
「うわぁぁぁぁん! 僕のガングぅぅぅ!」
ヴィクターは顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくった。
黄色いコードの先で大型プラグが揺れ、周囲へ細い電流が弾ける。
「お前らなんか大っ嫌いだぁ! マッドハッターに言いつけてやるからなぁ!」
涙を拭うこともせず、ヴィクターは背を向けた。
「覚えてろよぉぉぉ!」
幼い泣き声を響かせながら、ヴィクターは通りの奥へ逃げていった。




